第140話 冷徹なる男の特攻
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ率いるEL97式改空挺部隊。
人工知性体を直接繋いだ天斬機、そしてエルドラ機を抜きにしてる割『割と良くやっている』といった印象のレヴァーラ・ガン・イルッゾである。
此方側が余り攻め込まれ過ぎるとアテネ市街地に被害が及ぶ。それは市長と一応の約束を違える結果になるので出来れば避けたい。
既に触れたが彼女の機体は『閃光』在りきの存在である。時間制限が在る故、出所を誤りたくない訳である。味方が余程大苦戦か、或いはここぞのもう一押しが欲しい。
なるべく後者で、さも現人神らしく振舞いたいのがレヴァーラの本音なのだ。
──どうする? まだファウナ機を助けるには、気が早いのではあるまいか?
確かに作戦開始直後こそ巧く味方の戦略が機能せず、少し面白くない流れがあったものの、味方は1機たりとも喪失していない。
対する敵軍は総数12機のうち、5機を既に大破している。まだ慌てるような時間じゃない。レヴァーラがそう感じるのはごく自然な流れと言えよう。
「──同じ閃光使いの残り具合を見てからでも遅くはないんじゃなくて?」
そんな相棒の気分を勝手に汲み取ったリディーナが僅かに緩みを帯びた声を掛ける。
同じ閃光使い──それは間違いなく重武装による戦果を挙げらずにいるレグラズ機の事である。
残弾ゼロの火器を次々と捨て最早左腕に装備してる砲身の長いの超電磁砲と右手に握るヒートソードだけ。
見た目だけならそこらに転がってるゼロカスタムなEL97式と、殆ど変わらぬ情けない姿を晒していた。
──アレを我が参考に?
思わず眉を顰めるレヴァーラ様。あんな偶々力が開花した男と比較対象されるとは。片腹痛い印象を受ける。──が、直ぐに気が転じた。
ペロリッ……。レヴァーラの舌舐めずりとは途轍もなく珍しい。
「成程……奴の残り香とやら、観戦してからでも遅くはあるまい」
レヴァーラの少し歪んだ目。見た目だけならかなりの上物が悔し気に唇を噛みしめながら足掻く様を楽しもうと決めたらしい。
「貴女、何だか目つきがやらしいわよ。男相手にそんな顔してたかしら?」
相棒へ容赦なく軽蔑の眼差し向けるリディーナ。自分相手はおろか溺愛してたファウナ相手にもしてなかったと思う。
可愛い者が失敗する様を期待しているその様子。相棒は口こそ悪いが、2つしかない性癖で言えばM的な人間だと思っていた。自分がMであるのを決して認めぬMの典型。
されど今の『見物してからでも……』の意味合い。みやる相手に結果を期待してる感じではない。
寧ろ最後まで失敗したのを見届けた上、『愛い奴』と弄れる果実を捥いでかじりたい様子。
「リディーナ? ──何を言いたい?」
「別にぃ……もう少し静観ね、了……解」
ファウナ・デル・フォレスタからの無償の愛を受けるまでのマーダ。恋愛という感情を理解しつつもAIが表現するぎこちなさが存在していた。
尤もリディーナ側にしてみれば、その初々しさこそ他では得られぬ尊き成分。それが少女を知って以来、或る意味普通の百合が芽生えた。
──そして次なる獲物が女も裸足で逃げ出す色男なの? かなり節操がなさ過ぎやしない?
いよいよ思春期真っ盛りな14歳の性欲が爆発するのか? なれど此処は戦場……やり過ぎはご勘弁願いたい処だ。リディーナが無造作に頭痛薬の瓶を開いて口へと放った。
『おぃッ、事務方ァ! この俺様直々に手伝ってやろうかッ?』
飛行形態で悠々自適に空を旋回しながら、地上で憔悴しつつも奮闘を続けるレグラズを揶揄うアル・ガ・デラロサ。
『やかましいッ! 空を飛ぶしか芸のない隊長機は黙っていろッ!』
キレるレグラズ・アルブレン。あの隊長機がただ空を飛んでいる訳がない。それ位のこと戦闘経験の少ないレグラズにだって充分判る。
デラロサ機、敵機の動きを空から俯瞰で睨みを効かしている。時折地上の敵機へ向け、電磁銃による牽制射撃。
敵機達に好きな陣形を取らせないだけでなく、味方機が潜む位置へと誘い込むのだ。初陣こそ派手さを見せたが、盤上できちんと歩を活かすのだ。
パチンッパチンッ。
『マリアンダ副長。ま、上手いこと頼んわ』
無線回線0203で妻へ気軽に呼び掛ける夫。夫妻しか知らない回線。
『了解、まだまだ出来の悪い新兵に結果を譲り自信を持たせる。大尉はとても出来る軍人です』
かなり弾んだマリーの応答。アルのことを軍人としても男としても、心底敬愛している。婚約前、小馬鹿にする場面も在りはしたが、それは恥じらいの裏返しなのだ。
早速レグラズに一番近い敵機の足元へ出力を下げた超電磁銃の一撃を見舞う。
それで怯んだ相手を肉眼で睨むが如く、メインカメラの視線を向けた。加えてホバリング移動の態勢を取る。
「へぇ、貴女ってまるで対人の様に抑圧を掛けるのね。相手の搭乗者、心拍がぐっと上がって面白いわ」
今回からマリアンダ機に同乗しているアビニシャンが透き通った甲高い声で面白げに肩を揺らす。
潜み近寄る事で相手の上を征くやり方もあるが、ワザと適度な圧を見せつけ隙を作り出す方法。アビニシャンは、EL97式改で完璧な対人戦を魅せるマリアンダを褒め称えている。
『──ウォォォッ!!』
『ヒィッ!?』
マリアンダ機に御膳立てして貰ったレグラズ。『余計なことを!』と叫びたい気分を押さえ、ヒートソードを突き出しホバリング全開で敵機へ飛び込む。
濃紺の機体が搭乗者と同じ髪色である閃光の輝きを撒き散らしながら蒼き箒星と化す!
もう自機さえも道連れにし兼ねない突貫の一撃。敵機の操縦席の裏側から突き出た滾る赤き刃。鍔元すら向こうへ見えてる渾身。
『バッカ野郎ッ!! 死ぬ気か手前ッ!?』
余りにも危険な匂い立ち込めるレグラズの熱過ぎる特攻に、デラロサが空から喚き散らす。例え敵を墜とそうが自分が死んでは意味がない。そこまで望んじゃいないのだ。
カァッ!! ズガガーンッ!!
『グッ!?』
見事爆散する赤い敵機。熱くなり過ぎた自分をレグラズは正直恥じたい。
されど今は蜘蛛糸1本で構わない。自分だけは生き残る未来に賭け、ホバリング逆噴射。今度は全身全霊で逃げを狙う!
爆風を割き、レグラズ色のEL97式改が、鮮やかなる後退劇をやってのけた!
大袈裟にも高々とエル・ガレスタの人差し指1本を掲げ、人型兵器戦闘経験初の撃墜数1を周囲へアピールするレグラズ機。
──フフッ……私としたことが何と大人気ないものだ。
普段見てくれも頭脳も冷静な彼が思わず苦笑い。我ながら少年の様なはしゃぎだと今さら恥じた。