第138話 闇討ち
裏連合国軍の絶対的エースにして魔導士──ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。
二人の女神を有するアドノスに転じた場所の森の女神──ファウナ・デル・フォレスタ。
何れも魔道の力で原子力という禁忌を操る忌むべき存在。
まるで20世紀の核抑止力的な存在と化した両者。しかもこれが抑止で終わらず実力行使へ転ずるやも知れぬ恐怖。
元連合の指揮官、レグラズ・アルブレンは兵器を超越したこの両者の存在に戦慄を感ずる。
ファウナは黒海の浮島、或いはさらに北東のカザフスタン付近から姉がフォルテザを核の炎で狙い撃てる。そこまでは言及していない。
だがそれ位の覚悟はしている。私にも迎え撃つ準備が在ると言ったも同然なのだ。
少し話を脇道に逸らす。
ファウナの魔道はあくまで森の守護者として、同じく森で密かに営むエルフ族の教えを元にしているもの。後は神に成るべく世界中の神々に於ける神聖術を元にしている。
木の葉を刃と化して無数に飛ばす『森の刃』や森の精霊達が吸った生気を回復に転ずる『森の美女達の息吹』この辺りは如何にも森の果実を彷彿させる。
一方で『流転』や『雷神』といった森と繋げるには首を捻らざる負えない術も存在する。
流転は流れ落ちる滝の逆転を創造したもの。
雷神は前にも語った通り、山火事被害を止め得る最終手段──この辺りは神として君臨し得る為の能力の開花と言った処か。
では何故ファウナ自身『イメージこそあるのよ……』と告げた原子の連鎖を見事現界せしめたのか? 姉に対する憎悪を種子とし、仲間を救うべく決死を恵みにしたのでは余りにも無理がある。
これは核以上の破壊力を持ち得ながら、その炎で残留物すら燃やし尽くしたゼファンナの見せた結果に寄る処が多大。後は罪の意識を振り払えるかの一点。
ゼファンナに取って、そもそも罪の意識など存在しない。ファウナは大切な仲間達を守るという正義感が勝った故の結実といった処か。何れにせよ人が持って良い力ではない。
◇◇
ギリシャ・アテネで敵軍を待ち構えているファウナ達へ話を戻す。
マリアンダ機の数ある探索計器類と彼女自身の類稀なる敵の匂いを見つけ出す嗅覚。加えて超感覚を持つアビニシャンの合わせ技で敵位置を特定した。
これらの情報をデラロサ隊最強の純火力を誇るヴァロウズNo6・チェーン・マニシングへ送信。
チェーンは無論、一番好みの白狼の姿。4本の脚爪全てを地面に食い込ませ、大口を開き黒光りする荷電粒子砲の砲身を引き出してゆく。
ファウナ作戦参謀の思考は以下だ。
『私がゼファンナ・ルゼ・フォレスタなら待ち伏せている小賢しいデラロサ隊含め、総てを原子の連鎖の一発を空から墜として終わりにさせるわ』
余りにも判りやす過ぎる結論。
浮島でアル・ガ・デラロサ率いるEL97式改異能部隊と遣り合うまでは、己の力を誇示すべく敢えて遊びを演じていたゼファンナ隊。
然しそれは最早無用の長物。加えてファウナが考えられる事柄はゼファンナとて想像し得るが道理。
ファウナが会議に於いて『真正面からゼファンナ隊と相対するのはどうかと思うわ』の模範解答がこれだ。
万全なる準備をしつつも空を征く輸送機毎、ゼファンナ隊をチェーンの総火力で撃破し、この争いを早々に終わらせるのだ。
ギュイーン……。
チェーンのエネルギー補充が臨界を迎える。あの誇大なお喋りチェーンが黙り込んで作戦を着実に遂行している。
▷▷発射!
ドギュッーーーン!!
ファウナの言の葉による指令通り、チェーンが最大火力で空を墜とす勢いでそれを放つ。然も酷いことにこれの音消しをさも当たり前にジレリノ機が熟しているのだ。
寄ってこの『ドギュッーーーン!!』は見た目な感じなのである。音は無くとも絶大な輝きがそれを大いに具現化している。フィルニア機が呼び込んだ暗雲の暗がりを瞬時に晴天以上へ変えた。
ならばいっそファウナ達の無線の声も? それはとっくに施工済。それでも姉の第六感をファウナは恐れていた。
スガガーーンッ!!
──殺ったのか!?
これは地上部隊全ての思い。尤もファウナだけは実姉を殺害する後ろめたさは正直在る。雨雲の中から膨大なる火の手が上がる。
今回は輸送機の翼なんてケチをしてない。操縦席から真正面を狙い撃った。火の手が上がったということは、この一撃でゼファンナ隊は全滅。
前段階の準備以外、労せずしてデラロサ隊の大勝利……。の筈であった。
『──『爆炎』!』
ファウナと同じ声音が空を弾けて、チェーン・マニシングの足元を破砕する。これで次の射撃をチェーンが行うには場所の移動が必須となる。
「──グッ!」
ファウナ参謀、思わず無線のヘッドセットを操縦席内で悔しさと共にかなぐり捨てた。最初の攻防はゼファンナの頭脳が勝利。
空に次々と現れる軍のEL97式改。敵も全ての機体に光学迷彩を施したらしい。但し燃費が悪いのでこれをOFFにして空一面に出現した処である。
ゼファンナ隊長はこの結果を見越した上で、嘗て輸送機を敵のEL97式改に撃たれた距離からこれを逆算。
その前に総出撃させ、ものけの殻と化した輸送機を敵側に狙い撃たせた。やはりファウナの構想ならば姉はすべからず想像仕切れた次第である。
『おぃっファウナ! まだ負けた訳じゃねぇッ! 奴さんが落着する前に各個撃破だ! Roger?』
一気下落したファウナへワザと怒声を浴びせ掛けるデラロサ隊長。戦場に私情を持ち込んだ上での士気低下は命取り。
『──了解!』
少しの躊躇いを以って自らの声を励ましファウナが応じる。──そうだ、此方はまだ何も負けてなどいない。
『──『輝きの刃』!』
ファウナが堂々魔法の声を寧ろ敵共へ『聞け!』とばかりに張り上げる。ゼファンナ機をあしらった鞭の如くしなる光の刃で上方を薙ぎ払う。
ビシィッ!
『クッ!?』
『そう何度も同じ手は食わないわよッ、私の可愛い妹ッ!』
ゼファンナ機の電磁銃から伸びる輝きの刃が今度は防ぐ番。砲身の短い電磁銃をゼファンナ機も採用していた。雪辱の軽量化である!
『クッソ! 当たらねぇ! おぃッ、レグラズゥッ!! 手ぇ抜いてんじゃねぇッ!!』
『馬鹿を言うなッ! 既に本気だッ!』
今回のデラロサ隊、全てのエル・ガレスタ専用機が出揃い、然も電磁銃などの武装すら完璧。
武装という一点ならばレグラズ機は特に悪目立ちが過ぎる。以前強化服を着込んだ上で歩く砲台と化した彼。
今回はそれが12mに伸びた文字面通りの自走砲台。背負ったバズーカ2砲に両腕にも砲身を伸ばした超電磁砲を装備。
短時間の閃光を遺憾なく発揮すべくド派手に総火力を惜しみなく稼働してるが敵機に当たらなければただの花火だ。
この間に於ける運用試験からの出撃ではない。それにも拘わらず金色のゼファンナ機のみならず敵機の動きが格段に良過ぎる。見た目は変わらないのに宙で攻撃を避けるのだ。
『姉さんッ!? まさかこの12機全てに重力解放だけでなく戦乙女をッ!』
人工知性体を繋いだ天斬機やエルドラ機ならいざ知らず、こんな短期間で機械的総合力を挙げられる訳がない。間違いなくゼファンナの為せる業。
それにしても他人への魔法付与は酷く労力と魔力を消費する。何もかも理解している自分に掛けるより遥かに敷居が倍加するのだ。
ファウナは機体越しに姉ゼファンナの意地と覚悟を感じずにはいられなかった。




