第137話 浮島の在り様
『──1500m上空に機影を確認。機体識別を照合……ゼファンナの部隊に間違いありません』
マリアンダ・デラロサ副長による敵輸送機発見の無線報告。今回からマリアンダ機は複座式となっている。無論夫と相席している訳ではない。
何とヴァロウズの元No5、タロット使いのアビニシャンが同席している。
これは前回の浮島戦にて見えざる敵を撃ち落としたマリアンダの射撃センスと、思い込みで敵を倒す力こそ喪失したが、超感覚は戻りつつある二人を索敵役に回すという目的である。
今回の作戦に於いて最重要視している点だ。
『ククッ、ファウナの予測が的中したな。やはりその蒼き目、未来視すら出来るのではないか?』
ファウナ・デル・フォレスタが会議にて発言した敵の次なる出現座標。パルテノン神殿等を有するギリシャのアテネである。
レヴァーラ・ガン・イルッゾは、この主張を敢えて真に受け、アル・ガ・デラロサ率いるEL97式改部隊を先行させた。待ち伏せた上で撃破するのが狙いである。
今回デラロサ隊の移動に際し、利用したのは2艦の潜水艇。敵に気取られない為とはいえ、またも空挺部隊とは世辞にも言えぬやり口。
デラロサ隊長が異議申し立てをしたのは語るまでもない。妻であるマリーが説き伏せる一幕があった。
潜水艇に積載不能という尤もらしい理由はあれど人工知性体覚醒者決戦兵器Meteonellaの出撃は見送られる。
レヴァーラの誓い『あの黒猫を同胞殺しには決して使わぬ』これも理由の一端であるものの、本音の処はファウナとの同調への不安だ。
恋人同士であった両者が事実上別れた直後。こんな状態でファウナがMeteonellaとの接続を巧く熟せるものか?
そこは年長者らしい危機回避。そう言えば響きこそ良いが、早い話ファウナが巧く立ち回れなければ何も出来ない黒猫の扱い。──結局の処、逃げである。
現にMeteonellaの中枢というべきファウナ当人『Meteonellaでなくて良いの?』と知れ顔で言い放っていた。彼女ならば実際やれていたかも知れない。
そんなレヴァーラの新たなる専用機。ガンメタリックの機体色には意味が在る。銀髪のリディーナ、そして黒髪のレヴァーラ。この2人も複座式のEL97式改へ搭乗している。
これも勿論、訳が在る。
閃光の力を存分に発揮出来るが、継続時間の短いレヴァーラ。対して同じ閃光を扱えるとはいえ一気呵成とはゆかないリディーナ。
この両者に一組で扱わせることで互いの欠点を補うのが目的なのだ。成り行きとはいえ二人の仲が元に戻った感がある。
『──問題は敵の輸送機に例の2機が積載されているのか。余り心地良いとは言い難いな』
レヴァーラが苦笑を禁じ得ない例の2機とは紛れもなく天斬機とエルドラ機だ。あの地獄を呼び込む存在の有無が、戦局を二分すると言って差し支えない。
「──そんな事より良いの貴女達?」
「何の話だ?」
レヴァーラと同じ操縦席内であるリディーナが、計器類を確認しながら呆れを混じえた声掛けをする。
「はぁ……なんて白々しいのかしら……あれ程御執心だった女神様と縁切りだなんて。女神様のバチが当たってからじゃ遅いわよ」
リディーナ『何の話』と惚けられ思わず溜息。二人の仲がどうこう……そんな話を直接聞いた訳ではない。
何しろこの相棒の素行は互いの直通回線によるON/OFF具合で筒抜けなのだ。近頃めっきり回線OFFがなくなった。これが良い兆候と思えやしない。
「縁切り? 何馬鹿げた事を…。ファウナは作戦指揮をしてるではないか」
視線すらリディーナと合わせず淡々と返すだけのレヴァーラである。「あ、そうですか」とこれまた淡白な返しのリディーナ。戦場に不要なこの話題は打ち切られた。
処で今回、このアテネの街を現人神が守護すべく現れたとアテネ市長へ掛け合ったのだが、それはそれは手厚い歓迎ムード一色であった。
何しろ22世紀の女神とそれに連なる森の女神の両方御自らの申し出。紀元前に神を囲っていた街とはいえ、今の住民達はただの人。
遺跡を石塁としてデラロサ隊の機体を隠すことすら、向こうからの提案を受ける有り様。詰まる処、修復出来る観光資源よりも住民の生命が最優先という訳だ。
お陰でデラロサ隊の準備は滞りなく進められた。
事前にフィルニア機が黒い雨雲を呼び、いざとなればアテネ市街全域の表面を凍結させる気満々なディーネである。
浮島の時も大概だが、今度はスケールが余りに違い過ぎると思わないのであろうか。
但し今回の場合、作戦参謀であるファウナの意見に寄れば『そんなまどろこっしいこと、私が姉さんならやらない』との事である。
▷▷──OK、マリアンダ副長。チェーンに出来るだけ正確な敵座標を伝えて下さい。
もう既に無線傍受の可能性を恐れ、風の精霊術『言の葉』で伝令するファウナの念の入れ様。副長はおろか隊長すら飛び越えた存在。
◇◇
刻を会議室でのやり取りに戻す。
『敵基地の配置までは予測しきれていない』
そう告げたファウナである。アテネが消滅すればフォルテザまで、攻撃の矢が1直線で襲来することを示唆した。要は北東へおよそのアタリをつけている。
「──軍は半ば本気で浮島を手に入れたかった。あの場所を経由地にしたかったのでしょうね。姉さんは始めから破壊する気だったみたいだけれど」
ファウナ、未だレヴァーラの指先を握ったまま、次は浮島のさらなる北。ロシアとカザフスタンの国境付近までそのまま滑らせる。
自然、引き寄せられるレヴァーラとファウナの両者が円卓に向かい低姿勢となる。金髪と黒髪が互いの本音を晒すかの如く虚しく絡んだ。
「私の扱う重力解放には魔力が不可欠である様に、飛行機には燃料がいるのでしょう」
当たり前過ぎるファウナの理屈。しかもEL97式改を輸送可能な世界でも最大クラスの輸送機。それをさらに燃費を悪化させる光学迷彩までふんだんに使っているのだ。
「な、成程。給油拠点を用意したかった。それも此処へ攻め入る為の……」
ファウナの意見を敢えて神妙なる面持ちで繰り返すリイナである。特に理由こそないのだが、それだけでない気がしたのだ。
「──浮島ってさ……初めのうち、何で浮いてるんだろって思ってたけど、下手に埋立して基地を増設するより、いっそ浮いてた方が効率良いのよね」
此処でファウナは突然、浮島そのものの印象を語り出す。ゼファンナ達の事ではないので僅かばかりの肩透かしを喰らう周囲。
「頭が回る娘だ。お前の想像通り、アレは船が大波を受けても沈没せずにいられる言わば座りと同じ考え方だ。例えば直撃でないミサイルであれば、いなす様に造られている」
ファウナの外れた発言に唯一絡んだのが浮島の元主。切れ者のレグラズ・アルブレンだ。さも誇らしく自分の昔の仕事を語る。
「ご解説ありがとうございます──ではそのまま伺うのだけれど、アレって逆に踏ん張りは利くのかしら?」
魔法少女の冷ややかな返しに少々面食らうレグラズ。
「ムッ? 要は発射台として機能……いや待てファウナ・デル・フォレスタ。それは幾ら何でも笑えない冗談だ。大陸間弾道ミサイルでも用意しない限り此処までは不可能……!?」
大陸間弾道ミサイル──。
それこそ持つだけで抑止力と化した愚かなる過去の遺産。言い掛けてレグラズは背筋に冷たいものが走る。軍人の冷徹さだけで塗り固めた様な男がである。
核弾頭よりも恐怖の対象と化した魔法を思い返した。思わず細い目を開いてファウナを見やる。ファウナは顔色ひとつ変えていない。
双子の魔法少女……この二人であればそんな腐った兵器も蹂躙する恐怖を振り翳せるのやも知れない。