第136話 アドノス
正規軍であろうが地下の秘密基地に暗躍する特別編成された部隊であっても、これ以上の悪名を一身に背負う愚行を起こしやしない。
偽りのファウナ・デル・フォレスタという傘を被り続けることは、もう出来ないのだから……。
余りにも甘過ぎた、そして身勝手に飛躍し過ぎた論理だったと思い知る羽目に陥る。但しこれはレヴァーラ配下の内、概ねの感じ方。
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタは堂々真実の名を語った上で、『それでも私は世直しを続ける。自分が世界の罪を甘んじて総て受け持つ』と宣言した。
もう株価だの為替だの金融全部が言葉だけの紙切れと化す。そして己が正義を振り翳す者達だけが生き残る世界を再構築し始める。
狩るか狩られるか──これはまさしく狩猟の民。ファウナの言う紀元前の歴史へ全世界が巻き戻されつつある。
それでも偶々鼠の様に生き残れた人類は、いよいよシチリアの現人神へ理不尽にも祈りを捧げた。
時を同じくした頃、世界に名だたる先進都市になりつつあるフォルテザの施政を一手に担うレヴァーラ・ガン・イルッゾは、シチリア島の名前すら自らが改めた。
『アドノス』
ヘブライ語で支配者を意味するAdon。加えて英語で北を現すNorth──東西南北で最も上を示す。この2つを組み合わせし造語。
まさにこの島国とこれを率いる己を、地上で最も尊き存在と定義したのだ。実に甚だしき神気取りである。
何しろゼファンナが指揮する裏連合国軍が勝手に余分な民草共を刈り取ってくれる。労せずして世界を手中に収める一歩手前まで迫りつつある。
レヴァーラ・ガン・イルッゾというただの踊り子であった筈の女。その掌の上で踊り狂う世界という皮肉。
レヴァーラ当人、そして恐らくファウナ・デル・フォレスタ。この両者だけはこの未来予知が出来た上で、敢えて静観していた
但しレヴァーラが絶対神となる以上、悪の組織へ転がり落ちた裏連合を潰し、世界をより良く導かねばならない。
正義感溢れるアル・ガ・デラロサ隊長の鼻息が荒くなるのも、当然の成り行きだといえよう。
「──レヴァーラッ! 一体いつまでこの状況を見過ごすつもりだ? 敵は完全に俺達へ挑戦状を叩き付けてんじゃねぇかッ」
例のモニター式円卓がある会議室。レヴァーラの座る席だけ専用に差し替えられてある。
まるで神の玉座であるかの様な仰々しい椅子に肘を付き、アル・ガ・デラロサの訴えを冷笑で受けるレヴァーラ。パルメラの際、折り畳み椅子に座った彼女が別人の様だ。
「デラロサ……何を騒いでいるかと思えば。好きにさせれば良いではないか、目下我らの敵はディスラドただ独り。然も奴とてMeteonellaさえ手元にあれば馬鹿は出来ぬよ」
レヴァーラ神、笑いを絶やさず優雅に応答するだけで留まる。もうすっかり森の女神等と出会う以前の横柄なる態度へ還っていた。
「──絶対神を気取ろうとしてる者がそれは器量が小さいのではなくて? 真正面からやり合うのは私も賛成しかねるけどね」
私の主人の存在だけに成り果てたレヴァーラに対し、ファウナが強気の横槍を入れる。以前にも増して凛々しき態度。
デラロサ──この間の出来事の受け止め役に回った彼だ。少女の強さに舌巻く思いと共に、裏腹の強がりを哀しく感ずる。
「フフッ……ファウナよ。何か良い知恵があるのか?」
あれだけ溺愛した女神に対する傲慢さ。此方も裏に闇を抱えている。然も誰にも打ち明けられない救いの無さ。
「Meteonellaの探索機能を以てしても天斬機とエルドラ機の消息は未だ掴めてないわ。恐らく起動しないことには人工知性体の塊を見つけ出せないのでしょうね」
天斬とエルドラの遺体発見に至れていない。詰まる処、未だ敵の本拠地を探り切れていないとファウナは説明している。
さらにゼファンナ達は浮島以降、その虎の子を隠蔽し続けている。ゼファンナの魔法と再建造したEL97式改の部隊だけで充分やれているという次第だ。
「──でもね、これだけ馬鹿みたいに出撃を繰り返してれば私の目を誤魔化せ切れなくてよ。例え光学迷彩やらレーダー妨害した処でもね」
ピッ。
円卓をモニターと化すファウナ。世界地図が浮かび上がる。ゼファンナ隊の出撃を確認出来た場所。至る所にある赤い点。目が痛くなるほど多く、そして広範囲に渡っている。
「ぜ、全世界でこんなにバラバラッ!? こんなので本当に敵の位置を割り出せんのかよ……」
フォレスタ三姉妹の長女、オルティスタが円卓の上でへたり込む。戦時に在って鋭き勘の良さと、それを活かせる行動力が売りの彼女だ。俯瞰的戦略、考えただけで頭痛が走る。
「敵の本拠地は割り出せなくとも次に何処へ進撃するか。それ位なら簡単だわ」
ピッピッ。
ファウナが白地図だった画面に違うデータを重ね合わせる。
「こ、これは……」
信心深い意識でもあるのだろうか、ア・ラバ商会のリイナが酷く不快な顔をする。
「軍事基地の後は、兵器産業などで栄えた街をしらみ潰しにしている。次は目の敵の様に世界遺産を徹底的に破壊──それも古代の神に関わる聖地と言える場所ばかりよ」
ファウナ自身、少々苦虫を潰した顔をしている。彼女は森の女神を本気で目指す、かなり変わった少女である。
森に住むエルフ族から魔導書の参考知識を引き出したという話が在った。それは精霊術としての視点に於ける研究。
けれど魔法にはパルメラの扱う様な神聖術も存在する。寄って燃えてしまったフォレスタ邸の彼女の部屋にはその手の知識も山積みだった。
ファウナの語る『人間の紀元前からの歴史』これは彼女に取って能力の源。増してや自分が森を守護する神に成ろうと言うのだ。だからゼファンナの動きを察知出来て必然である。
「──で、続けるけど信じ難い聖地が未だ健在なのよ。然もね、ローマにいる私達へまるで当て付けみたいに……」
最早立腹を通り越し、軽蔑の境地なファウナ。姉ゼファンナの思惑なのか、或いはもっと上の連中による指示か。何れにせよ反吐が出そうなやり口だ。
「ククッ……確かにこれは酷いものだな。神の中でも最高神と忌むべき存在」
レヴァーラが大きい椅子から立ち上がり、正答と言わんばかりに指差した場所。
──ギリシャ・アテネ、アクロポリス。
冷笑しながら『忌むべき存在』と絶対神への憧れを抱くレヴァーラが吐くだけのことはある。
人が人を成した神話の都。ゼウスにアテナ、挙げ出したらキリがない程、神を輩出した場所である。
「成程──新世界の神に名乗りを挙げようと企む我を嘲笑うには最高の舞台だな」
神様なんて所詮、知恵の実を喰らった人間の妄想による産物。
それを古代ローマ時代に於ける同じ舞台で無惨にも滅ぼす最大の宴を見せつけようという腹積もりか。小賢しいと思い嗤う黒い女神。
「レヴァーラ様の神様気取り。まあ私はそこん処、正直どうでも良くってさ……」
スーッ。
白け顔のファウナがアテネを指してるレヴァの人差し指を勝手に握り、黒海に文字通り浮かぶ島まで線引きをする。
「──何の真似だファウナ?」
「わっかんないかなぁ……アドノス、アテネ、そして黒海の浮島。アテネをもし喪失したら浮島のさらに上から此処まで丸裸っては・な・し!」
神に現を抜かすレヴァーラ様へ、やれやれと呆れ顔で首を竦めるファウナである。
『敵の本拠地は割り出せない』
そう告げたファウナ・デル・フォレスタ。実の処、方角だけは既にアタリがついているのだ。




