第12話 落ちてはいない飛車角の行方
『──アル・ガ・デラロサ、出るぞ!』
その外連味たっぷりな台詞と様子は、レヴァーラの命を受けて出陣したヴァロウズのNo10、ジレリノにも届いていた。
「──あの野郎、やっぱりだ。あの戦場での屈辱。倍返しにしてやるぜ」
彼女は同じヴァロウズのNo7、そしてNo8と共に、配置についていた。やはりジレリノは敵の事を知っていた。それも連合へ鞍替えしてたことすらも。
だがそれとは別に借りを返したい相手を見つけることとなる。
「あ、あの金髪の嬢ちゃん!? 何で此処にいんだよ?」
つい1週間位前の盛大な黒星が頭をよぎって仕方がない。訳判らぬまま跳ね返された自分の銃弾による傷痕が、未だに疼いてしまう。
しかし今の敵は、あくまで連合軍だと割り切るしかない。もし此方の邪魔をする様なら容赦しないが。
「敵は強化服を装備した兵士、約30人とあのデカブツって訳ね。僕はヴァロウズの8番目だけど、この戦争の指揮は貴女に譲るよ」
自らをヴァロウズのNo8と名乗ったこの女。美しい黒髪に黒い瞳。少々長めの髪だが、戦闘に支障が出る程とは思えない。
2本掛けの皮ベルトには何やら仕込んでいる感じのポーチが付いている。グローブと籠手を兼ねた感じの装備。そして何よりその綺麗な顔立ちと大きい胸が主張している。
武器らしい武器が見えない辺りからしても、まさか彼女がジレリノより上の戦士とは想像し難い出で立ちである。
「そうですね。此処は同じ近代兵器による戦争の経験者の意見を優先すべきでしょう。『ディーネ』の意見に私も異論ございません」
もう1人。此方もやはり美しき女性だ。赤茶けた髪に同じ色した瞳。また身体の凹凸とてディーネという女性に劣っていない。言葉遣いにも位の高さを感じる。
ただ彼女は既に二刀を抜き身で構えていた。身体の装備は実に軽装で、自分が斬られることを想定しているとは思えぬ程の露出ぶりである。
これがヴァロウズのNo7、『フィルニア』である。その出生からフィルニア姫と揶揄されることも多い。
「流石聡明なディーネさんとフィルニア姫だ。そう言って貰えるとこっちも助かるってもんだ」
「御託は良いです……で、どうしますか? 恐らく敵は既に我等が根城を認識していますよ」
「だからこそだ。餌にたかるゴキブリみたく、勝手に寄せてくるから此処に居るんだ」
ペロリと傷跡の血を舐めるジレリノがニヤリッと笑って見せた。ゴキブリとは黒い強化服を着た敵を模した彼女なりの冗談なのだが、蟲の嫌いなディーネは眉を顰めた。
◇◇
「おぃ、頭の良い新兵君! 何処を攻め落とすのが正解か君に判るかい?」
コクピット内のデラロサが、例の頭の良さだけで噛みついて来た新兵に対し、無線通信で絡んでゆく。
その如何にも相手を試している声に、未だコケにされてると感じた新兵が露骨に嫌な顔をした。
「え……ええと、この戦火でただ一つ、しっかり形を残しているあの白いビルでしょうか?」
正直もう面倒臭いと思った新兵。取り敢えず一番目立っている建物を指し、その場凌ぎを考えた。
「大・正・解ッ!!」
「ウッ!!」
物凄くデカい声で返され思わず頭を抱えた新兵である。ただ『大正解』と言ってる割に、馬鹿にしてる雰囲気が色濃く滲んでる気がした。
「そうだね、そうだねぇ! 他は爆撃でボロボロなのに、アイツだけしゃんとしてやがる。元々の本拠地はあそこだったろう……だがッ!!」
デラロサのデカい煽り声と無線のハウリングにより、近くにいる兵士達が皆頭を抱えてしまった。
「──手前、本当お馬鹿さんだな。敵の親玉が未だに金・飛車角残してあそこに陣取ってるって本気で思ってんのか? この雑魚がッ!」
輸送機にいた時と同じく将棋で今の戦況を解説するデラロサであるが、果たして金・飛車角と言われ、理解出来る兵士が何人いることか。
加えて規格外サイズの強化服……。正直着衣と言うには無理があるが、あくまで人間の強化という意味合いでそう呼称する。
これと同等の長さを持った銃を例のビルへ向け、引き金を引く。この強化服専用の電磁銃が火を噴いた。
「何ィィッ!?」
デラロサに取って意外な展開が起きた。最早ものけの空と確信していた白いビル。無抵抗で消失するとタカを括っていたのだ。
だが実際には建物に当たる直前で竜巻が起こり、憐れ虎の子の銃弾は外されたのである。
王将はともかく、飛車角級は依然としてあの場を守っているという結果を突き付けられたデラロサである。部下の前でデカい面を下げた都合も合わさり実に居心地悪い。
──まだ居るのか? そこに?
まあ今は部下への対面よりも以後の対応を深慮するのが最優先事項である。しかもその事に気を取られ過ぎ、ある重大時に気づけなかった。
「……ウグッ!?」
「グハァッ!?」
そんなどさくさの後、突如2人の兵士が吐血し倒れた。
「た、隊長ぅぅぅっ! 此奴等死んでますッ!!」
「黙れクズ野郎がッ! そんな報告は要らねえんだよッ! 何故殺られたか? それだけを考えて動けぇッ!」
デラロサに報告する兵士が狼狽するのも無理からぬこと。強化服に傷一つなく死んでいるからだ。
──一体どういうからくり何だァッ!?
流石に焦るデラロサである。仮にあの建物が未だ本拠地の機能を果たしていると仮定してもだ。自分達が布陣している位置まで1kmはある筈だ。
音も動きも見えない飛車角から此方の手駒を奪取された。デラロサの心中が穏やかである訳がない。
「あれ? そういやマリーがねえな? どこやった? アイツ気はデカいが身体の方は豆粒だかんな」
この土壇場で姿の見えない副長、マリアンダ・アルケスタの動向に触れるデラロサ。自分は落ち着いていると主張するかの如く、冗談を交えていた。
しかしながら本当に何処へ行ってしまったのであろうか。別包囲網を敷く……そんな作戦など聞いてはいない。
「おぃ、一体どうなってんだ? 敵が勝手に倒れやがった」
「………」
無事着地を果たしファウナの指示通りに動いて、残された廃墟へ身を隠せたファウナ一行。異様な戦況にオルティスタが戦慄する。
ジレリノからファウナが見られていたのだ。彼女達の位置関係も非常に近い。実はファウナからもジレリノ達のやり口が見えているのだ。
──成程。フフッ、やってくれるじゃない。流石私の姉達を追い詰めただけのことはあるわ。
独りファウナだけが、この戦場に於ける魔法の種と仕掛けを把握し静かに笑った。