第134話 真実を欲する覚悟
もう語り尽くした感が否めない勝敗であるが、ほぼ異能者で構成されたアル・ガ・デラロサ特殊空挺部隊は、連合国軍最強であった金色の特殊空挺部隊を圧倒せしめた。
とはいえ大破2・中破1・他にもやられた箇所は数知れず。リディーナとア・ラバ商会から派遣された整備士達の眠れない夜が続いたのは言うまでもない。
その上、未だ改修中であるレヴァーラ・ガン・イルッゾ機とレグラズ・アルブレン機という宿題も残っている。まあこればかりは『仕事だから仕方ないよね』と無心で取り組めば良い話。
ただ肝心な話がある。それは余りに強さを世間に知らしめ過ぎたというごく当たり前の話だ。
先ず普通の人間だけが搭乗するEL97式部隊。これはもう相手にならないのは敵味方双方理解している。どれだけ改修を重ねようがデラロサ隊に勝てる気がしない。
もう馬鹿みたいな話と化すが兵器はタダでなく、それ処かとんだ金食い虫だ。寄って改修だけで拮抗出来ないのなら、もっと数を量産し対抗すれば……良い訳がない。
ただでさえ軍に対する世界の目は冷たく厳しい。軍縮と無駄な戦乱を極力避けたいのは正規軍とて同じ事。
──もっとハッキリ言おうか。デラロサ隊が修復&さらなる改修を進めた処で敵がいないのだ。
正規軍──これはあの妖怪眼鏡拭きが先導してない連合国軍を指す言葉だ。
では秘密の地下基地に潜伏しているゼファンナ・ルゼ・フォレスタと、実験自体は成功を収めた天斬機、エルドラ機。これで編成した部隊はどうだろう。
彼等には予算がある。もう他の軍部を削った分さえ此方に流れる。寄って天斬機、エルドラ機の量産自体は不可能でなく、これらが揃えばデラロサ隊に唯一対抗し得る部隊になれる。
だが此方の場合、これ以上戦争を嗾ける為の大義名分が世間的に成り立たない。何しろ彼等、本物のファウナ・デル・フォレスタを偽り、世界を混乱の渦へ巻きこんだ張本人。
さらにシチリアで待ち構える真実のファウナ。まさに悪の組織をやっつけた正義の女傑。悪の組織が正義のカリスマを殺しに征く作戦を誰が好んで応援するのか?
作り話の様に悪の救世主など誰も欲しくはないのである。折角互いの威信を賭けて用意したまでは良かったが、何れも役どころがないのでは話にならない。
尤も互いの敵ならば未だ存在する。然もレヴァーラ、連合国軍両陣営に取っての忌むべき存在。
シチリアのエトナ火山を吹き飛ばし、この異常な三竦みを創造した存在。ヴァロウズのNo2、爆発と暗転のディスラドである。
しかしレヴァーラ、軍、共に揃って何故だか腫物の様に、彼に対する徹底抗戦を避けている感が否めない。
特にレヴァーラ陣営に取っては目と鼻の先。ディスラドの暗転は確かに脅威だが此方には多大なる戦力と何より覚醒者の天敵、Meteonellaが在る。
Meteonellaは覚醒者の中に潜む人工知性体を探し当て、これを誤動作させることで宿主を死に追いやる。
対ディスラド戦で始めて見せた時の様に物理的攻撃熱線に変えることも可能。何れにせよ躊躇さえなければいつでもあの芸術を履き違えた男を死にいつでも葬送れる。
先程『デラロサ隊には敵がいない』と書いた舌の根乾かぬうちに、いきなり理屈の合わぬ話。EL97式改で編成したデラロサ隊だけでは敵がいないのが真実。
Meteonellaを前面に押し出し、天斬とエルドラの人工知性体の成れの果てを探し出しレヴァーラ側から打って出る。これなら充分やり様が在る。だがこれもおくびにも出さない。
一方、連合国軍がディスラドを攻めきれない理由──。これは実に判り易い理屈。
ディスラドの家はレヴァーラ邸のご近所さん。同じシチリアに居を構えている。軍が大手を振ってディスラド攻略に動き、剰えレヴァーラ軍との戦闘に発展すればいよいよ立場が危うくなる。
或る意味、渦中のディスラドは哀れとも言える。
この世で一番戦乱を欲する男が、それを治める側に奇しくも回った。後は彼自ら、イタリアのミラノを落とした時の様に出向く以外、台本が動かないかも知れない。
◇◇
「──Master、No2とNo4。今日も両者の動き認められません」
「御苦労、もう上がって良いぞファウナ」
Meteonella専用格納庫では後部座席に搭乗したファウナ・デル・フォレスタによる索敵が日夜行われていた。
依然としてファウナ自身が黒猫に騎乗すると、まるで電子部品の一部と化す口調に変わる。報告を聴いたレヴァーラが無表情で応対する。
「ふぅ……ねぇ、一体何時までこんな無駄続けるつもり?」
レヴァーラを敬愛するファウナは勿論のこと、現人神に従う殆どの者が己が主人の言動に疑いを持たなくなった。
実際言いたい事を飲み込んでいるのは恐らくあるのだ。人が他人を心の底から信じられるものではない。要は結束がより硬くなったという話だ。
そんな最中、恋人のよしみでファウナが切り出す。浮島への出撃以来、毎日ディスラドとパルメラの動きを探るのに骨を折っているのはこのファウナだ。
「動きがあるまで……今はそうとしか言えんな」
レヴァの何とも他人行儀な返しに森の女神候補生が頬を膨らますだけの抗議。ファウナ自身が『ディスラドは最後にしたいのよね?』と確かに告げた。
しかし実の処、歳の離れた恋人の意図は判っておらず、こうもはぐらかされては面白い訳がない。『私にすら言えないことなの!?』声を荒げたいのを抑えている。
身近な者に対する女の顕示欲。これは『まあいいや』で流せる男とは格段に異なる。尤も全てが該当するとは言い難いが。
ファウナ無言の抗議を目に細めたレヴァが淹れ過ぎた珈琲を飲んだ様な顔で口角を挙げた。
「済まん赦せ……我にも正直な処、そうとしか応えられんのだ。──いやこれでは我が女神に対して無礼であるな。何の脈絡もない戯言だと思ってくれ」
ようやく固い口を愛する自分だけに割ろうとしている。ファウナ、食い入るように二回も頷く。
このどうしようもなく可愛い生き物に対し、口を閉ざし続ける事など到底適いそうもない。半ば諦めの境地なレヴァーラなのだ。
「総ての事象を反転させるディスラドの暗転。そこへ形ばかりとはいえ、不死を操りし存在である不死鳥の力を呼び出そうとするパルメラが合流した」
「──う、うん?」
笑みを絶やさず組んだ長い脚を入れ替えレヴァーラの語り部が始まる。ファウナは未だ話の掴み処を得られてない様子。
「この二人の繋がり、我は偶然ではないと考えている。歴史に於いて奇跡を起こし名を残した英傑達。結果それらは全て必然で在った」
とうとう歴史の授業を始めたレヴァーラ教授。妖しい魅力に溢れた美人教師の個人授業。少し昔の盲目なファウナであればこれだけで喰らい付いたに違いない。
「え、えっと……ディスラドとパルメラの邂逅でレヴァの期待してた何かが起きる。貴女はそう考えている訳ね。で、でもそれって貴女に取って都合の良いこと?」
だけども既に心身共に繋がりを持った今のファウナではそう易々と落ちやしない。少し頭を捻れば出てくる疑問を積み重ねる。
トクンットクンッ……。
ファウナが自席を降りてレヴァーラの膝上に自らの頭を乗せ、勝手に膝枕と成し両目を閉ざす。もしレヴァーラが自分を危険視し首を跳ね落としても構いやしない。
自分を心根から愛してるという自信の表れと、愛するレヴァにならばいっそ預けても本望という覚悟。
そこまでしてもこの妖艶なる女の本音を引き出したい。もうファウナの欲はそこまで来ていた。姉に『騙された方が悪い』と告げた言葉に偽りはない。
──それはそれとして、顔を赤らめ違うモノも欲せずにはいられない少女の抑えきれない強欲。
「フフッ……無論不都合が生じるやも知れんな。ならばいっそ芽が苗木と化す前に摘み取るべき。流石我の認めた女神である」
自分に心身を捧げた可愛くも賢しき少女の滑らかなシルクの如き金色の髪。これに指通しする愉悦に浸りながら、黒い女神も全て打ち明ける覚悟を決めた。