第132話 絶対と平穏の共演
自分専用の人型兵器。それで降下上陸作戦を遂行する面白味。
そして何より己にしか成し得ない楽な仕事を達成した快楽。ヴァロウズのNo10、ジレリノの搭乗する機体が、レヴァーラの戦闘機を下駄代わりに浮島への上陸を果たした。
ジレリノ様と言えばトレードマークの青いポニテに青い瞳。故に機体色も青でディーネ機と被るかと思いきや、青と灰色の斑模様。傭兵出身らしい空迷彩で颯爽たる登場。
──しかしである。
例えジレリノが優秀なる罠使いだとしてもだ。何の下準備もなしに天斬機が上昇する位置へ得意の鋼線によるトラップを、何故こうも容易く仕掛けられたのか?
これはアンカー付きワイヤーの造り込みがジレリノ機のみ、まるで他の機体と異なるからである。
先ずアンカー、リディーナが開発した戦闘服などにも使用している人工生命体を含む金属を織り交ぜてある。
これでジレリノの意志により、自在にコントロールすることが可能。またワイヤーも敵に気取られぬよう、光学迷彩付きの細く切れ味鋭い材質に更新した。
しかもこれが手甲の上からだけでなく、機体のありとあらゆる場所に内包してある。当然増えた分、搭乗者の意志による操作が非常に複雑化する。だけどジレリノ様なら心配御無用。
言わずもがな音使いのジレリノは、超優秀たる糸使いなのだ。想像だけでワイヤートラップを仕掛けるなど朝飯前だ。
これらを完璧な隠密行動で仕掛けられるのだから『お馬ちゃん』と揶揄されてたサイズが巨大化するだけに非ず。寧ろ生身の頃より馴染んでさらに戦果を期待出来る優れモノと化した。
ファウナの蜘蛛の糸を間借りしてた存在から、自ら蜘蛛の糸を張れる存在にまで進化を遂げた。
アル・ガ・デラロサ隊長がファウナ・デル・フォレスタに作戦を打電した際、これら全ては伝えられていたのである。ファウナの冷笑推して知るべし。
そしてさらに最後尾の躍進が留まることを知らない──。
フィルニアが天に張り巡らせた暗黒の雲。そこからまるで雲を千切って形を成したが如く、ドス黒い機体がヌッと一瞬その影をチラ見せする。
ザクッ!
『きゅ、9番目の影使い!?』
金色の機体に騎乗するゼファンナが、やられたことに驚き戸惑う。
雲から下方向へ姿を見せた敵と思しきEL97式改。これがゼファンナ機の足元から上を向いて突然出現。ゼファンナ機の攻撃の要といえる超電磁銃に向けて二刀のナイフを繰り出した。
ゼファンナ機、辛うじて左腕部の超電磁銃自体を斬られるのだけは免れる。咄嗟に腕を引き、手首だけで難を逃れた。
『チッ! アレを躱すね?』
無線で舌打ちしつつ、またも姿をくらませるアノニモ機。
アノニモに取って今の不意打ちを避けられたのは中々の屈辱。魔法使いに自分の暗殺術が僅差で及ばないのが不愉快。
──ど、どういう事!? い、幾ら何でも影中を時空転移する際物すらEL97式で再現出来るっていうのッ!?
これがゼファンナの本音である。
確かに機体と搭乗者を一体化出来たとはいえ、機械が表現出来る限界があると相場は決まっている。影使いアノニモ、自身の影さえ持たぬ能力。これはゼファンナに取って想像の範疇外。
これはリディーナ博士による兵器故の単純明快なる表現の恩恵なのだ。
聞いてみればなんてことない答え合わせ。光学迷彩の繰り返しに過ぎない。如何にも影から浮かび上がった様に態々迷彩を切って敵へ斬り込み、再び消えゆく。
ならばいっそのこと、ずっと消えていれば良いのでは? それではまるで意味を成さない。あくまで影から影を渡りゆくアノニモの特異性を再現し得ることで敵に余分な圧力を掛ける。
もっと述べるとLydinaCustomに不可能なぞ在り得ないという、大々的宣伝も兼ねている。それに光学迷彩は電力消費が著しいという裏事情も存在した。
グシャッ!
「──いかん! 流石にこれでは旗色が悪過ぎる」
軍の司令官殿がこの戦況で大いに苛立ち、彼の象徴と周囲から見えてた自分の眼鏡を握り潰す。
何とまあ、あれほど後生大事にしてたかと思えば、自分を賢く見せる為の伊達眼鏡でしかなかったのだ。
天斬機は両腕を音無しに捥がれた。刀の持てぬ剣士など、ものの役にも立ちはしない。本物の剣士であるなら無手で組み合う術もあるが、どちらにせよ腕がなくては同じこと。
そして最凶を再現したエルドラ機が、よもやの星の屑封印という何とも惨めな状況に、此方もまるで成す術がない。
結局、元々隊長機を一任してた偽ファウナこと、ゼファンナ機のみ作戦可能という痛々しい状況へ戻ってしまった。然も手負い──敗色濃厚を認めざる負えない。
──ゼファンナ君、せめて一矢報いる手立てがあるのか?
連合国軍総司令、此処でまさかの他人任せ。自国の代表選手でも応援するかの様に、モニターへ視線を集中。
いつ如何なる場合でも優秀なる手駒を事前に揃え、いざ盤上で勝負する際には、既に勝敗が決している。それが指揮官の本懐だと子供の様に信じ疑っていないのがこの男だ。
今回ばかりは代表の監督はおろか、観客席に居る熱狂的サポーターにすらなれていない。
『──『戦之乙女』!!』
まるでゼファンナ機自身が吼えた様な能力底上げ。金色の機体がより眩しさを増す。
『なッ? こ、此奴まだやる気だってのかッ!?』
デラロサが彼女のブレない強さに脅威を抱く。ただの悪足掻きに見えぬ芯を持った炎。
『──『破』!』
未だ残せた超電磁銃を自らの足元へ向け、発破術の破を数珠繋ぎ状に超電磁銃から撃ち出す。機関銃の様な攻撃を再現。いつぞやの名もなき自衛隊員が見せた暗殺者の炙り出しと同じ要領。
果たしてそこにアノニモ機は──潜んでいなかった。例え殺るべき相手が1機とはいえ、その影へ再び隠れるドジをこの狡猾な暗殺者は、やる訳がない。
アノニモ機と入れ替わりで嵐と共に赤白のEL97式改が、矛先の尖った剣二刀と共に、独楽の如く回転しながらゼファンナ機へ襲い掛かる。
『グッ!』
ゼファンナ機、これは避けられないと判断し、白き月の守り手を全開にした上で、腕を十の字にして完全防御。
──が、この立合いはフィルニアの剣士としての面目躍如。憐れゼファンナ機は後方へ突き飛ばされた。
ゼファンナ機、凍った地面をどうにか全身で蹴り、重力解放とホバリングで空へ気高く舞い上がる。
『距離を置く? させるかよッ!』
──空から魔法? まさかやる気!?
デラロサ隊長機がFモードへ切り替え上昇し、一挙に追い縋る。
ファウナ機はゼファンナ機と同じやり方でこれを追う。だが戦乙女の底上げが効いてるのか、あと一歩及ばない。
ゼファンナの狙い、最早語るまでもない。
空に上昇しながら魔法に集中する時間稼ぎをしつつ、浮島に居る連中を軍共々総て焼き払う気だ。
ガツッ!
『ぐっ! こ、こんなどうって事ないわッ! 私さえ生きてりゃこんなガラクタどうでも良いのよッ!』
ゼファンナ機の行き先にもジレリノのトラップが待ち構えていた。勢いと白き月の守り手の防御力のみを傾け、強引に引き千切る。
地上からもありとあらゆる火線がゼファンナ機を襲う。当たりはするが白き月の守り手任せでどうにか凌ぐ。確かに金色の機体がバラバラになろうとも、搭乗者さえ無事なら無問題なゼファンナである。
『や、止めんか! 天斬機とエルドラ機を巻き込んでは絶対ならん!』
これはまたもや身勝手なる司令官の物言い。天斬機とエルドラ機、大変貴重な実験機を失いたくない。
それは判る理屈だが、ならば星の屑が文字通りのクズと成り果てた時点で撤退命令を出すのが道理。これはいよいよ無能を晒している。
『『── エス・ポロ・シエーネ・ルクエアーニ……』』
「──ッ!」
『ファウナッ!? それでまさかの相打ち狙い!? だ、駄目だ! 余りに無茶が過ぎるッ!』
ゼファンナ機は高度800付近、未だ上昇を続けながら人の創りし最大の禁忌を詠唱し始める。これは想定通りというか、他に逆転の仕掛けがない。
問題は我がファウナだ──。
ゼファンナ機を追うのを諦め、高度300付近で機体を空中停止。そしてあろうことか自分で出来ないと告げた同じ術式の準備に入る。
これに同じ空を飛べる者同士として割って入りたいデラロサ機と戦闘機を操るレヴァーラ。下駄扱いだったが1発だけミサイルを積んでいる。ゼファンナ機へ見事命中出来れば勝利は我が手中。
『『現世の人間共に巣食う混沌よ、堕天使すら飲み干せぬ知恵の果実を得た人の渇望が聖盃より溢れ出す』』
高度およそ1000、ゼファンナ機も空中静止。
さらに超電磁銃を地上へ……正確には同じく自分の方を向き、やはり超電磁銃を構える妹へ、最期の手向けとばかりに狙う。
二人の女神から禁忌の術が紡ぎ出される最中、レヴァーラ・ガン・イルッゾはゼファンナ機を照準に収めるのを何故か躊躇う。
──な、何故だ!? あの娘はファウナではないッ! 我は何を迷っている!?
『『悪魔の地より来たれ破壊の衝動。人の創りし最大の禁忌よ……』』
──ッ!? ファウナ、貴女まさか本気でッ!?
──姉さんは私が止めるッ!! そう決めたからこそ此処に居るッ!!
『『──爆ぜろッ『原子の連鎖』!!』』
同一な金色の機体が砲身へ、そのありったけを込め互いに撃ち出す。姉と妹、絶対と平穏を望む両者。
形は等しくとも込めた想いが違う──2つの核分裂を濃縮した輝きが真正面からぶつかり合った!
──第11部 デラロサ特殊空挺部隊Vs金色の特殊空挺部隊 完──




