第130話 その名は”ゼファンナ”
『──浮島に天斬とエルドラの反応? 誤認ではないのかリディーナ?』
空の上、リディーナからの無線に驚くレヴァーラ・ガン・イルッゾ。何と彼女、浮島から接収した戦闘機を飛ばしている最中である。
しかもその隣にランデブー飛行を続けているのがレヴァーラから『機会をやらんでもない』とそそのかれたレグラズ・アルブレンである。
実は他にも居る──。
レヴァーラの機体上で屈んでいる灰色のEL97式改。搭乗者はNo10、音使いで罠使いのジレリノである。
彼女はNo6のチェーンを除くと圧倒的に背が低い。寄って機体よりも戦闘服のサイズ調整の方が寧ろ大変であったらしい。
一方、レグラズ機の上に陣取るEL97式改。此方の搭乗者はNo9、影使いで暗殺者でもあるアノニモ。
彼女自身、特に執着なかったのだが、ジレリノの方が『此奴の上だなんてゾッとしねぇ』と断りを入れてきた為、このフォーメーションとなった。
『Meteonellaのチェックがてら、覚醒者のセンサーを開いてみたのよ。そしたら浮島にチェーン、フィルニア、ディーネ以外の反応を見つけたから、過去データと照合したら合致したわ』
Meteonellaには覚醒者──所謂自分の意志と人工意志の共生に成功した人物を感知出来る機能が内包されている。
本来ならファウナ・デル・フォレスタとレヴァーラ・ガン・イルッゾの組合せで成り立つ訳だが、リディーナは機体運用向け端末を直に接続した上でのマニュアルモードを使えるのだ。
尤も機体そのものを動かすことは適わない。
──天斬とエルドラ……何れも軍が遺体を持ち去った存在……。
『ま、まさかリディーナ! あの連中をファウナの様に機体へ接続したとでも!?』
レヴァーラの声音が一気に緊張と恐怖を帯びる。自分の想像が正しければ12m級にスケールアップした天斬とエルドラ・フィス・スケイル両方をデラロサ隊は相手取ってることになる。
レヴァーラは自分の想像した地獄絵図に思わず震えた。想像したことさえも後悔する地獄の際で寵愛する森の女神が……首を強く振り脳裏に浮かんだ映像を消す。
『──速度を上げる! アノニモとジレリノ、決して振り落とされるなッ! 遺憾だが我々の出番が必ずあるとそう思えッ!』
レヴァーラが無線で吼える。
出番──実の処、在って欲しくないものだと思っている。もし在るとするなら泥試合であるのが確実。仮に自分達が間に合った処で会心に為り得るか全く以って自信がないのだ。
◇◇
『──赦さない、決して赦さないわ』
ラディアンヌを殺されかけた怒りに震えるファウナ・デル・フォレスタ。あくまで見た目上、機械なのだが、それすら憤怒の雰囲気が滲み出ているかの様だ。
『一体何を呆けている、さっさとあんな時代遅れな魔女は処分したまえ』
軍司令官の言葉だけは、相も変わらずブレがない。『処分』と物扱いする辺り、それが垣間見える。
時代遅れとは17世紀辺りの魔女裁判でも重ねているのか。その癖、ファウナ姉を最強の魔女と仕立て上げた何とも手前勝手なる発言。
自分だけは絶対領域に隠れているふざけた有り様。当然森の女神候補生の怒りの矛先は彼に向けられている。
▷▷フィルニア、今直ぐ雷雲を召喚して頂戴。
──ハッ!? い、今のはファウナなのか? 『言の葉』を彼女が?
生の声はおろか無線越しですらない森の女神の声がフィルニアの鼓膜を打ち震わす。しかも珍しくフィルニアと呼び捨てで抗えない命令口調。
言の葉とは風の精霊達に術者の思いを代弁させる術式。フィルニアだけは元々使えた。ファウナもやれるのは知らなかった。
しかしそんな技術的云々は打ち捨てて良いと感じたフィルニアである。この瞬間だけは女神候補生でなく、飛び級で卒業した女神そのものを思わせた。
「──風達よ、暗黒を呼べ」
己が大気の精霊達へ呼び掛けるフィルニア。無線傍受を避けるべく肉声のみで呼応する。それ位の気遣い、言われずともやってのける。
驚くべき速さで浮島上に暗雲が立ち込める。
迷わずファウナが電磁銃を天へと翳す。轟音と共に激しい落雷。金色の機体が稲光で蒼白の輝きへ転じる。
ガチャッ! 銃を天へと向けるファウナ機。何事もなかったかの様に自然に動く。
「──『雷神』!」
ドギューーーンッ!!
ただでさえ雷神の呪文は凄まじい電撃を起こす。森を焼き尽くす山火事、これを電撃の道筋をぶつけ、被害を最小限に食い止めるという末恐ろしい発想の術。
これを電磁銃の銃身に集約したうえ、然も自然の雷で底上げする荒業。砲身は一撃で耐え切れずに破砕した。壊れた銃が未だ痺れた音を立てる。
『い、一体何狙ってやがるっ!?』
驚いたアル・ガ・デラロサ機が天を見上げる。
これ程の乾坤一擲を何もない空へ浴びせ掛ける愚行。フィルニアが呼んだ暗雲を貫き、恐らく衛星軌道まで届いた筈だ。
ガクンッ!
急に天斬機の頭が事切れた人の様に下を向く。
膝も機体を支える力を失い、故障でもしたかの如く活動を停止しそうになる。単眼モニターの中に見える瞳孔がチラつきを繰り返した。
「──何があった!?」
遂に妖怪眼鏡拭きが眼鏡を掛け、戦況を確認すべく細い目を一気に見開く。
「や、やられました……EL97式を操作しているアンテナが折られた模様。直ぐに予備へ切り替えます」
「な、何だと!?」
天斬機をモニタリングしているオペレーターからの報告。これには流石の老人とて自分の難聴を疑いたくなる。
天斬機、それにエルドラ機は軍事衛星に取り付けたアンテナ経由で操作系をサポートしている。
確かにメインの操作系統こそ、接続した人工知性体の成れの果て。されどそれ頼みだけで軍の番犬に仕立て上げる程、悪魔の技術は革新に至れてなかった。
──し、信じられん。あの出来損ないの妹が、このカラクリを感知し得るとは……。
これが老人の驚きの真実。魔法の威力では決してない。何故バレた上に然も見つけて狙い撃てるのか。その一点に絞られる。
──そんなふざけた真似、うちのファウナ君にも決して出来ない。やはりアレは最も危険だ。
『天斬機の切り替え作業急げ! エルドラ機──そして『ゼファンナ』君。即刻その妹を生け捕りにせよ』
老人の乾ききったボロボロの唇から発せられた意外なる台詞。本来の名前で呼ばれた双子の姉が妹と生き写しの蒼き瞳に雲を漂わせ、口を半開きにする。
しかもだ──。
老人は『生け捕り』と確かに告げた。殺害、消去、何なら道連れ。何れも許していないのだ。
『あ、アンタに言われなくたって判ってるわよこのボケ老人ッ! そこで精々ボサッと観戦してなさいッ!』
強く首を振り、自身の任務遂行へ邁進する事を改めて誓うゼファンナ。
『──ふざけんじゃないわよこの三流ッ!! 世界中の馬鹿共もその足りない頭で良く聴きなさいッ!! このファウナ・デル・フォレスタが偽物を捻じ伏せる様をッ!!』
ファウナ・デル・フォレスタ、脅威の宣言。遂に本物がその牙を剝く。