第124話 壮絶なる領土争い
ファウナ姉Vsファウナ妹──。
これが今回の争いに於ける絶対なる方程式。ファウナ姉は断定していた。或る意味そこへ胡坐を搔いてた。
その甘さを思い知らされるただの軍人による超距離狙撃。沈むより他ない黒船を放棄して、慌ただしく浮島へ自力による落着を目指す。
想像以上の屈辱と散々な状況だが、浮島は既に射程範囲。重力解放とEL97式が本来持っている姿勢制御だけで飛び移れる自信は在る。
先に地面さえ奪えば、使えない友軍機も本来の実力を発揮出来るというもの。要は最後に勝てれば此方が官軍を名乗り続けられる。
「──此奴等飛行しながらの戦闘だと、まるでお話になんないのよね」
実に腹立たしいが金色が殿という守りの拠点になる以外、この戦局を打開出来ない。ゆっくり自由落下しながら、これから迫る敵の脅威を怠らないファウナ姉である。
◇◇
一方此方もデラロサ部隊の殿な存在。犬鷲と化したチェーン・マニシングが輸送機役をかって出た。3機とあくまで1名の編成。
チェーンの飛行速度、こればかりは技術畑の人間がどうこう言えるレベルではない。後発組で在りながら、衛星軌道上からのレーダーによる距離測定が嘘の様に縮まってゆく。
「──待ってチェーン、敵は既に空に居ないわ。どうやったか知らないけど目指す輸送機が撃ち落され、脱出した敵部隊が浮島へ上陸しそうよ」
自身の感覚頼みで索敵を続けていたファウナが状況を未然に察知した。
「えっ? じゃあどうすんだよ。進路変更か?」
気持ち良く飛んでいた処へ釘を刺されたチェーンが口を尖らす。尤も嘴なので元々尖ってはいる。これはチェーンの気分といった処だ。
「ごめんなさい、取り敢えず一旦停止で」
音速の領域で空飛ぶものが軽々しく『一旦停止』と言われた処で通常適うものではない。それでもこの犬鷲は翼を大きく広げた上、さらにその羽根上に存在するブースターを逆噴射。
チェーンはいとも容易くやってのけ、ファウナの期待に応えてみせた。
「うぉっ!?」
「キャァ!!」
オルティスタとラディアンヌのフォレスタ姉妹がその急激な動きに悲鳴を上げる。
リディーナの設計した戦闘服と操縦席による補助がなければ全身骨折もやむを得ない程、酷い急ブレーキ。身体が座席に埋まるかと泡喰った両者。
「な、何て酷ぇことしやがるッ!」
「チェーン、貴女この姿でも例のアレ撃てると思う?」
何ともみっともない姿勢のまま罵声を浴びせるオルティスタを三女は敢えてガン無視。加えてチェーンに途方もない二番煎じをさせるつもりだ。
「勿論撃てらあ! だが何も見えんし、それにお前達のこと支えてられんぞ!」
チェーンは魔法少女の企てに気付く。しかし此方も雲海の真っ只中を潜航中。敵の影はおろか先行した味方機の気配すらまるで不明だ。
第一踏ん張れる地面が此処には存在しない。もしこのまま強行したら積載物を総て振り落とすことになる。チェーンは『撃てる』と豪語したが試したことは未だ皆無。
されど威力が違うとはいえ、似たような奇跡を既に遂げた輩が居るのは確か。ならば機械の無骨さと生命体の繊細さが一体を成した自分に拒絶の二文字は在り得ない。
『良しっ、やるわ! 浮島へ上陸しようしている輩を此処から叩く!』
実に力強いファウナの決意。愛しのレヴァに『吹っ切れた』と告げたのは虚言でない様だ。発言を無線に切り替え、犬鷲の背中を離れた。
『今なら敵は身動きが不自由な筈、私達は此処から自分達だけで征く! チェーンは指示する方へ有りっ丈をぶち込んで!』
或る意味とても身勝手なファウナの言い草。デラロサ小隊の内、この4体だけは自分が隊長。命令違反など決して赦さぬ気迫を見せる。
私達のファウナがこれ程自信の塊なのは妙に爽快なものがある。今のファウナには敵の気配どころか、恐らく全てが見透せてるに違いない。ファウナ隊結成の瞬間。
『よっしゃァァッ!! このチェーン様に全て任せなッ!』
犬鷲のチェーンがさらに両翼を全力で広げきり、全身の各所をブースターに変え、気流乱れる雲海の最中で自分の巨体を固定する。そして嘴を大きく広げ、黒光りする銃身を引き出した。
『チェーン、西南西…5度修正。オルティスタ機はナイフを装備、貴女の炎舞を敵の中枢へ叩き込む。ラディアンヌ機、貴女はオルティスタの背後に隠れて炎舞と同時に一点突破』
まるで超強力な魔法詠唱を唱えてる程、凛々しい口調のファウナ小隊長。
チェーンの狙撃位置だけでなく、今の彼女には盤上に居るチェスの駒と、これから動かす自分の駒。それら総ての動きを読み切る自信が漲っている。
『ふふっ、こんなものに乗せられて一時はどうなる事かと思ったが……』
『ですね、これはとても面白いです。何だかワクワクしてきました』
操縦席で微笑みの連鎖を繋げる長女と次女。
EL97式にいきなり搭乗しろと言われ、自分達が活躍出来る姿をまるで想像出来なかった。しかし今はどうだ、生身で戦うのと全く同じ想像がハッキリ見えていた。
ファウナが自分の機体に電磁銃を装着する。
そして遂に姉と同じ金色へと変化を遂げた。この色は光線の類を弾き返す機能が在る分、電力消費も著しいのだ。
金色と化したファウナ機が電磁銃を天に向けて高々と掲げる。
敢えて周囲に知らしめる作戦実行の合図。味方のデラロサ達に伝達するのは勿論のこと、敵にさえ『ファウナ・デル・フォレスタ此処に在り』をワザと印象付けるつもりだ。
『私がこの銃を発射と同時に作戦を開始する! チェーンは撃ち終わり直後、私達3機の前で先陣を切って貰うわ! ──じゃあいくわよ』
ズキューーンッ! マリアンダの砲身を伸ばした超電磁砲と比べ、おとなしめな印象の射撃。
ドキューーーンッ!!
しかしその直後、余りに可愛げのない野太い火線が地上へ向けて一瞬でひた走る。
ファウナの合図に気を取られる間、直撃を受けた3機の紅い親衛隊機が塵芥と成り果てた。
その間、一応先んじてたファウナ率いるフォレスタ三姉妹の前に巨大な犬鷲が敢えて邪魔入りして先導する。空気抵抗をその巨大な身に受け負わせる。
何しろ猛禽類として空気を斬り裂く術を大自然の内に会得している姿だ。その断然速い犬鷲に自分達を引っ張らせるのだ。
──見えたッ!!
「──『破』!」
ファウナ機だけがその隊列より外れ、先制攻撃の魔法を仕掛ける。爆炎とは違う小爆発の連鎖を平行に浴びせ掛ける。これで墜ちるエル・ガレスタはいない。此方に興味を惹きつけるのが目的。
「──『輝きの刃』!」
次は電磁銃の砲身から青白い刃を繰り出し、さらに敵の殿である同じ金色に一挙襲い掛かる。
『フフッ……随分派手にやってくれるじゃない! 処で輝きの刃同士なら斬り結べるのね』
『グッ! ──姉さん、私が貴女を必ず止めるッ!』
ファウナ姉もこの立ち合いは織り込み済だったらしい。自身の電磁銃に同じ魔法を付与済だが、敢えて伸ばさず暗器の如く隠していた。
ようやく姉Vs妹の幕開け。ファウナの御付きとして正直不安もあるが、此処は敢えて自分達の妹の成長を信じて貫くだけだ。
「──『火焔』!」
オルティスタ機が刃渡り5mは在りそうなナイフの先で火の鳥を描いて続々飛ばす。最も浮島へ近づいてる紅色の機体等をさも邪魔する様に。それにしても燕とは到底言えぬ巨大な火の鳥。
「──『陽炎』!」
鳳凰の様な火の鳥が一気に弾けて、敵機の視界を完全に奪い去る。機体のサイズも人型兵器戦闘未経験なのも微塵も関係なし。普段の戦いぶりを完璧に再現している。
「──我、風と共に在り」
ド派手に現れた長女とは対照的。その背中からフワリッと背面跳びの格好で黄緑の機体が出現。枯れかけの芝生の様な色だったのに、滴る雨雫を陽光が反射するが如く輝いている。
敵機の狼狽え射撃をまたしても綿毛の様にハラリハラリと躱し続ける。ラディアンヌの舞いもエル・ガレスタ上で寸分違わず再現された。
「──嵐、我と共に在り」
風が瞬間、嵐に転じた──。
しかしこれはラディアンヌの言葉ではない。赤白の機体の両肩から真横に伸びる竜巻の渦。しかもオルティスタが呼んだ火の鳥を取り込み、炎の渦で敵機を撃破した。
『ヴァロウズの風使い、フィルニア・ウィニゲスタ見参。我等がレヴァーラ・ガン・イルッゾの浮島を逆賊に決して渡さぬ!』
浮島へ先に上陸したのはファウナ姉でも妹でもなく、増してや御付きのラディアンヌでさえもなかった。此処の占有権はレヴァーラの生え抜きであるNo7が宣言した。