第123話 "アイ"の連携で成し得た狙撃
黒海の浮島を迎撃すべく、エル・ガレスタで編成されたアル・ガ・デラロサ隊長率いる小隊の内、4機のみ先行している。
敵の大型輸送機は未だ沈黙を続けている。リディーナがハッキングした監視衛星がその様子を克明に捉えている。
それならば逆もまた然り──。
未だ互いに目視こそ出来ていないとはいえ、敵機もデラロサ達の動きを既に追っているのが自明の理。
それでも動きを見せない相手。しかし当然の我慢なのかも知れない。
あくまで本物のレヴァーラ・ガン・イルッゾ&ファウナ・デル・フォレスタ親衛隊を装うのであれば、得体の知れぬ相手を迎え撃つだけで、慌てる様は見せたくない。
「処で今回、お馬ちゃんの音消しは使わなかったな?」
これはマリアンダ機を積載しているデラロサ隊長の言葉。この2機密接しているので、機体同士の音が反響し合う。それ故、無線回線を開く必要がない。接触通信という奴だ。
「流石に効果範囲というものがあると想像します。あと……それ処かステルスさえも使っていません」
No10音使いのジレリノは今回、フォルテザにて留守番をしている。1000km圏外でも効果が持続するとなれば、いよいよそれは反則過ぎるというものだ。
生真面目なマリーの応答に在る『ステルスすらない』を聴き、寧ろ狡猾在りげに笑うデラロサ隊長。
「──確かにな。要は隠れんぼしねえで、正々堂々真っ向からやり合えってこった。とんでもねぇデビュー戦だなっ!」
リディーナの仕事に抜かりなし。LydinaCustomにステルス機能は標準装備。にも拘わらず使用指示が成されてないとは、つまりそういう事だ。
この勝負、どちらが現人神の御使いであるのか?
本物を世界中に知らしめる大一番という訳だ。寄って小手先の小細工は敢えて使わない。逆に負ければ救いようがない悪魔扱いに成り果てる。だからこそ漢は滾るのだ。
マリアンダは夫のこういう子供じみた気分が好きだ。子供的発想なのに勝ちに繋げるべく最善手を必ず選ぶ。それも思考に頼らず、反射でやってのける感が堪らない。
────ッ!?
「敵機発見! 輸送機から降りる前に先制します」
戦場で夫との穏やかなるひと時を楽しんでたマリアンダの目つきが軍人に戻る。
敵側のエル・ガレスタも装備していた超電磁砲を左腕側部に固定。電源を腰辺りから取る。身体はなるべく起こさずアルの機体を支えとする構え。
「ア"ッ!? 何言ってやがる!? 此奴のレーダーにすら映ってねえぞ?」
動きこそ迅速な対応のマリーであるが、目視はおろかデラロサ隊長の発言通りなのだ。この2機、敢えて厚い雲の中を飛んでいる。ホワイトアウトだけの視界。あくまで衛星軌道から捉えてるだけの話。
「わ、私もおかしな発言をしている自覚はあります。ですが理屈でなくそう感じるのです。──この超電磁砲砲身が伸ばせる? 隊長、威力を上げる為、そちらの機体からも電源をお借りします」
バルセロナ基地配属時代、こんな軽挙妄動を進んで行う人間ではなかった。しかも部下だろうが上官でさえも赦さないのがアルケスタ少尉であった。
──ヘッ! 此奴は面白えッ!
「了解だ少尉! お前の腕を俺は信じる! 絶対に外すんじゃねぇぞ!」
「了解!」
妙に嬉しくて心躍るアル・ガ・デラロサ。
もし外してしまえば此方の詳細位置を知らせる言わば最悪手。後続の隊にすら悪影響をもたらす。そんな不確定を確定に転嫁する決意。マリーの覚悟が機体を通して伝わるのを感じた。
──私は自分の意識を信じ切ってみせる! デラロサの名にかけて!
照準はマリアンダの意識を反映すべくAUTO。トリガーのタイミングは自分の手先を信じたMANUAL操作。
途轍もない緊張と重圧。それでもマリアンダという女の冷静な意志は永久凍土の様にブレない。汗一つ掻いていない手。呼吸も乱れていないのだ。
「そこッ!!」
マリアンダが遂に超電磁砲の引き金を引いた。これは軍人でなく針の穴を通す様な殺し屋の長距離ライフル狙撃に近い。
ズキューーーンッ!!
銃身から放たれた光が白い雲に飲み込まれる。秒単位待って手応え無ければ外れ確定の厳しさ。
白い雲のさらに向こう側で火線が上がったのを確認した。一本気な夫の気持ちが乗り移り、マリーの正確無比がそれに応える完璧なコンビネーション。
撃ったマリアンダが大殊勲であるのは勿論、気流乱れる空で砲台の役割を無事果たした隊長機の匙加減も並大抵でないのだ。
「ヒューッ!! マリアンダ、お前やっぱ最高ッ!! 敵さん今頃大慌てだぜぇッ!」
「た、隊長が私を信じてくれたお陰です。しょ、正直私独りでは、意識がブレていたでしょう」
「何、俺様のマリーなら必ず当てる! そう思い込んだ。それに此奴が応えただけだよ」
手を叩いて歓喜するアル。対照的に操縦席の背もたれに身体を預け、ひとごこちなマリーである。これはマリアンダの本音、愛するアルが隣に居たから成し得た奇跡。
──雲の中に火柱!? もう戦闘が始まっている?
そんな最中、赤と白を織り交ぜたエル・ガレスタが隊長機に追い付いた。大気使い、フィルニア・ウィニゲスタの機体である。雲に紛れたディーネ機も直ぐそこまで迫っていた。
◇◇
「しゅ、主翼を撃ち抜かれましたッ! 姿勢制御不能、全ての機体を緊急発進させて下さい!!」
此方撃ち抜かれた側の状況──。
マリアンダ機の放った神憑りな一閃は、エンジンの次に重要と言っても過言でない輸送機の左主翼をものの見事に破壊した。
「アンタに言われなくたってやってるわよッ!! こんな見掛け倒しのボロ船なんて即刻廃棄に決まってんじゃないッ!」
輸送機から全てのエル・ガレスタが脱出するのを見届けるまで、心中覚悟で姿勢制御している乗組員に対する情け容赦ない罵倒。
これは語るまでもなくファウナ姉の台詞──。
この賢しい姉にしてみれば何とも馬鹿げた乗り気でない作戦なのだ。連合の汚点と忌むべき存在の浮島。
この古びた黒い輸送機以上に、サッサと廃棄物にすべき代物だと今でも思って疑っていない。寄って誰よりも先んじて金色の隊長機に乗り込んでいた。
もし彼女を逸すれば、連合国軍は転覆に等しい大打撃を受ける。だがそれにしても人の上に立つ者の器とは言い難い動きだ。
──それにしても妹じゃなくて、ただの兵器で見えない場所から当ててくるとかどういうこと!?
自分の可愛い妹分の仕掛けであるならまだ理解も出来る。死角からまさかの超電磁砲狙撃。そんなゴミで、キリキリ舞いさせられてる状況に苛立つファウナ姉。
『アンタ達もサッサと自分の人形に乗り込みなさいッ!』
操縦席の拡声器から大いに煽るファウナ姉。火の海地獄と化した機内でただの子供がいい大人達に浴びせる罵声。
「──ったく私が居なきゃ何も出来ないんだから……」
ファウナ姉がさも面倒臭げに、親衛隊10機全ての搭乗を自機のモニターで確認する。
「──『重力解放』!」
金色のエル・ガレスタがファウナ姉と同様の動きで他の紅い機体群に重力無視魔法を付与する。
これでひとまず当人を含む11名の命が安堵された。しかし狭い輸送機内で自分達の意志をガン無視した浮き輪を被せられるのだ。
「ちょっとぉぉッ、脱出しろってハッチが開いてないじゃないッ! バッカじゃないのッ! ──『爆炎』!」
恐らくハッチの制御系による故障で開かなくなっている。そんな状況さえも度外視した文句。しかも火炎地獄の最中、爆炎の呪文で邪魔とばかりに吹き飛ばす。
本物と目されているファウナ姉の非道ぶり。ファウナ妹と同じ顔、同じ声をしていながら、可愛げが致命的に無さ過ぎた。