第122話 ファウナ・デル・フォレスタ 愛しの出撃
黒海の浮島付近に出現したファウナ姉率いるエル・ガレスタ空挺部隊。
これを迎撃すべく、飛行形態へ変形可能な隊長機とそれに跨り先陣を切ったデラロサ夫妻。風使いのフィルニアがターボチャージャーを全開にして後を追う。
水使いのディーネも貯水タンクの水圧上昇による水蒸気噴射で追い縋る。此処まではどうにか迎撃行動を開始出来た。
しかし鬼才リディーナが改修の枠組みを超えた別物を用意したとはいえ、たった4機では心許ない。
何しろ相手はファウナ・デル・フォレスタと同じか或いはそれ以上の魔導士が率いている特殊部隊だ。やはり毒には同じ毒をぶつけるべき。
第一ファウナ姉が、ファウナ妹の名を語り、世界各地を狂乱の渦に巻き込んでいる。ならば此方も本物を同じエル・ガレスタに機乗させ、堂々打ち破るのが至上の流れというものだ。
──とはいえ、そのファウナ専用機を一体誰が黒海の先まで導くのか?
その方法について揉めてた矢先、No6の自由人、チェーン・マニシングが口を挟んだ。
『チェーン? 貴女って空も飛べるの?』
リディーナの素朴な疑問が無線を通じ15m級な白狼姿のチェーンに届く。アビニシャン討伐の折、ボディーガードとして付き添いを命じられた彼女。
鮫や鯱辺りに化けて海を泳いだことはまだ記憶に新しい。それに何しろチェーンと言えば4足歩行の生物に化けるイメージが強過ぎる。
「アレはレヴァーラから『潜航しろ』って言われたからだ。僕に化けられない生物なんてこの世にいないッ!」
リディーナの無線に対し地声だけで応答するチェーン。大きい時の彼女が喋る分なら無線なんてかえって邪魔な存在。地声でも格納庫の作業員達が耳を塞ぎたくなる程だ。
チェーンが巨大な白狼の姿で無許可のままハッチを飛び出す。
そして周囲が直視出来ない程、眩い輝きに包まれたかと思いきや、巨大な大鷲の様な姿に転じたのだ。
然も此方まで15m級。翼を広げた全長となると筆舌に尽くし難い感。無論、鳥の毛並みでなく、それら全てが機械の躰を示す感じでごつごつしている。
「どうだ? これなら背中にファウナの機体を乗せても飛べるぞ」
鳥顔でドヤるチェーン・マニシングである。鳥みたいな顔なので、そんな感じとしか言えないもどかしさ。
それにしても今さらなのだが実際にはこんな巨大鳥……大きさだけなら翼竜と呼ぶのが適切。
──チェーンのサイズ感って一体……。
かなりどうでも良い考えがリディーナの頭を過ぎる。実際どうでも良い話なので、心の中だけに留めておいた。
『──確かに。エル・ガレスタ1機分位、余裕で運べそうね。ただ……』
狼転じて犬鷲と化したチェーンの背中とファウナのエル・ガレスタを見比べるリディーナ。未だ含みを持たせる。
「何だ何だぁ? まだなんかあんのかぁっ!?」
チェーン・マニシングはあくまでファウナ嬢のことを気に入っている。寄ってそれ以外の注文は余分に等しいのだ。
リディーナが思わず溜息一つ。『まだなんかあんのか』と問われれば当然在ると答えるしかない。第一空を旋回している犬鷲であれば、気付かない方がどうかしている。
12m級の巨大人型兵器が2機、地面で暇を持て余している。緑迷彩と黄緑の機体だが、地面に生えた草花達と同化してる様に見える訳がない。要は興味がそもそもないのだ。
『チェーン様……貴女の足元に居るその2機も一緒に輸送お願い出来るかしら?』
リディーナが近頃ロクに手入れ出来てない銀髪に手櫛を入れつつ、徒労覚悟で犬鷲様にお伺いしてみる。様を付ける精一杯の譲歩と共に。
「下ァッ!? 嗚呼、駄目駄目無理無理ぃ。流石に定員オーバーだ」
犬鷲様がクィと下界を覗き込む。生命体で在りながら機械を兼ねたその瞳、ズーム機能を用い、此方を見上げている緑色のデカブツ2体を見やる。如何にも怪訝な口調で断る。
『そんな無下しないで御願い致しますチェーン・マニシング様。その強靭なる脚に、憐れな子羊をしがみ付かせて下さいませ』
リディーナが猫撫で声で懇願するのは大変珍しい。その裏でキーボードを叩き、チェーンの能力ならEL97式3機を同時輸送可能であるか、机上計算しているのだ。
ギロリッ。
──あの二人、ファウナの御付きか……。
「し、仕方ねぇなぁ……。そこまで頼まれちゃ断り切れねぇ」
ヴァサッ。
あっという間に地上すれすれまで降下するチェーン。僕がファウナの御付きも連れてゆく。あの魔法少女の笑顔が自分だけに向けられる。これが譲歩の真なる理由だ。
『チェーン様、ありがとうございます! ──ファウナ機、電磁銃を装着して出撃。敵に近寄るまでその色でいなさい』
白々しい感謝を述べながら、チェーンの機械としての能力値に実の処、舌を巻いているリディーナである。
涎が出そうな位に欲しい飛行能力、悔しいがチェーンなら直ぐ前衛に追いつくと想像出来た。これは計算するまでもない。
『了解──ファウナ・デル・フォレスタ。エル・ガレスタ、出るわよッ!』
全身白色のエル・ガレスタが出撃する。マリアンダ機の白と違い、何故か頼りなさげな見た目。寄って姉と同じ金色ではない。リディーナの『その色』とは白色を指している。
けれども実に無駄のない動き。いい塩梅のホバリングで犬鷲の背中に跨る。やはり蜘蛛の糸による神経系接続効果は絶大。こればかりはリディーナの頭脳だけでは届きやしない。
三女の動きに比べ、どうにも見劣り感が拭えない姉貴分2機も、どうにかチェーンの鳥脚にしがみつく。
「これじゃ流石に重いでしょう? ──『重力解放』」
ファウナがメインモニターを見ながら魔法を使う。彼女が勝手にエル・ガレスタの記憶回路へ、魔導書の情報を流し込んだ様だ。
「──おっ?」
『おおぅ?』
『うっわっ?』
3機分の重みが一挙に軽くなり、言葉通りの肩の荷が下りた感のチェーン。
さらに突然、自分達の機体がホバリングとは別の何かにフワリと引き上げられるのを感じ、驚くオルティスタとラディアンヌ。
自らを飛ばす為でなく、自重を軽くすべく重力調整をいとも容易くやってのける森の女神候補生。
「り、リディーナ様……」
「はぁ……この子が味方で本当に良かったって感じね。でも……無意識何でしょうけど、私達の努力を軽くあしらわれた気がしてならないわ」
一目見てその凄味に気付いたリイナが思わずたじろぐ。隣で少し頭を抱えるリディーナである。ファウナ達がデラロサ機に届くであろう想像が確信へ転化する瞬間。
「──何を言っている。アレが敵にも居るのをもう忘れたか?」
黒い頭を一歩前に突き出してレヴァーラが口を挟む。問答無用でリディーナのヘッドセットのマイク側にルージュを近付けた。
『ファウナ、聴こえているな? 私の機体は調整中で出撃出来ん。デラロサ達は出来る連中だが、あの小賢しい魔導士が率いる敵。──悪いがアテにしている』
台詞だけ切り取れば手厳しい上からの物言い。しかし顔色は一目瞭然。姉に散々振り回され、恐らく未だ引き摺っている少女を、心底案じているのが判る。
ビッ。
リディーナ達が覗いているモニターに突如、金髪少女の穏やかな笑顔が割り込む。ファウナがリディーナ側の端末さえも瞬時にハッキングしたのだ。
『大丈夫よレヴァ……私ならもう吹っ切れてるから安心して。私が姉さんを止めて見せるわ……』
麗しの女神の笑顔が映っている。モニター越しでも吸い込まれそうな蒼き瞳、自分だけに伝えたい想いなのだと身勝手に思い込むレヴァーラ。
『……愛してるレヴァ、貴女の処に必ず帰るわ。───チェーン! 浮島への経路を送る、悪いけど至急で御願い!』
レヴァーラ・ガン・イルッゾは改めてこの少女に自分が堕ちているのを強く感じた。モニターから3Dの如く、ファウナが現れ自分の唇さえも奪ったのを肌で認識したのだ。