第118話 遊びでも教科書でもない本気
「──そ、それを着ないと本当に駄目なのですか!?」
リディーナの提案した戦闘服の着装を心底嫌がるマリアンダ・デラロサ少尉。困惑此処に極まれりといった風体。
──何故自分が21世紀に流行ったアニメのコスプレみたいな衣装を着なければならないのだ?
「あ、アル……じゃなくて、デラロサ隊長も何か一言言ってくださいッ!」
夫の背中に隠れて縋るマリアンダはやけに可愛らしい。まだ20歳前の女の子な色を当人の思惑とは別の処で見せ付けてる。
「ア"ッ? 俺様はアレ凄く似合うと思うが? だってお前立派にあるしな」
「ハァァッ!?」
リディーナが少々白け顔で夫婦の痴話喧嘩を見やる。リイナは白い顔を赤く染め抜いてる。新婚夫婦のこの手のやり取りは、何だか異様な生々しさ。
アル・ガ・デラロサが両手で立派なモノをアピールするのが、やらしさにより一層拍車をかける。30を過ぎた男という生き物は、こうした礼儀が激減し、より苛烈さを増す。
「リディーナ、俺のも見せてくれ。──あ、やっぱ野郎の分はそれなりって感じだな」
男アル・ガ・デラロサ32歳。
いきなりその場で今着ている物を勢い良く脱ぎ始める。まるで部活を終えたばかりの男子高校生。
「ちょ、ちょっと。言っときますけどそれ全裸の上から着るものですからっ! だからホラッ! キチンと更衣室で着替えてらっしゃい!」
野郎の着替えなど今さら微塵も関心がないリディーナが大きな声で二人を促す。
リイナの方は碧い穢れを知らぬ瞳を両手で覆う。そちらの興味が、あった上での恥じらい。
既に半裸なアルと未だ乗り気に成れないマリーの両者。アルがマリーの背中を押しつつ更衣室へと足を運ぶ。
強化服を着込む際、使用する更衣室。強化服は通常上から羽織る形態なので、この部屋の利用価値は余り少ない。
一応男女の間仕切りこそあれど、元は繋がった1つの部屋だ。アル・ガ・デラロサが入団する以前、劇団黒猫は男子禁制だった為、こればかりはやむを得ない。
ガサゴソ……。
夫の着替える音が間仕切りを無視して届くのが必要以上の気掛かりを生む。既に夫婦な男女である為、今さら何を気に留める?
執拗いがマリアンダ・デラロサは未だ19歳。戦場で肌を晒すのとは勝手が違い過ぎる。最上の好意を抱く相手の前でこの仕打ち。正直酷いと心中で羞恥を感じている。
「た、隊長……」
「ン? どした?」
如何にも踏ん切りがつかない淀んだ声のマリー。アルがさも面倒臭げに応答する。彼は既に着替えが着々と進んでいた。
「わ、我々は今のままでもアレを存分に扱えますっ。こ、こんな色物に頼らず…とも」
恥ずかしさにかまけての、らしくない言い訳。しかも『我々』という言葉でアルも身勝手に巻き込んでいるのだ。
二人はこうなった経緯を既に理解していた。これは戦闘服の形を成した意思伝達装置。ファウナ姉妹の扱う蜘蛛の糸の代替品である。
最早世界中の人間達に眠る僅かな人工知性体をこの戦闘服で緩やかに覚醒させることで手足操作を遥かに凌ぐ性能を引き出すのが狙いだ。
様々なエル・ガレスタカスタムシリーズを設計量産しておきながら、リディーナ最大の売りは此処に集約してるのだ。
マリアンダが改修済エル・ガレスタの操縦席で見つけた『AUTO』と『MANUAL』表記がまさにこれだ。AUTOは思考のみで動かすモード。MANUALは手動を指している。
ジッ。
「だからどしたあ? らしくねぇなぁアルケスタ少尉」
もうすっかり身支度を終えたアル・ガ・デラロサ。胸元のジッパーを引き上げて準備万端。
彼が好きに生きてた傭兵時代。バルセロナ基地へ配属された正規軍人時代。
これらの間、嫌になるほど様々な味方と轡を並べたものだ。中でもアルケスタが秀逸だった。ワザとキレ者だった頃の旧姓で呼ぶ煽りと鼓舞。
「えっ……」
未だ以ってベンチに腰掛けたままの腑抜けた女の目が開かれる。
「お前ともあろう奴がもっと上に行きてぇとは思わねえのか? ──俺は際限なく幾らでも欲しいぜ。例えどんな搦め手を使ってでもな」
「……はい」
マリアンダは当然馬鹿ではない。
自分の本質も夫の意地も痛い位に肌で感じている。
本物の強さが欲しい。狙い澄ましたとはいえ、偶々狙撃出来た結果じゃなく、真に堂々とやり遂げたと胸張れるものを。
されどこんな人づて頼みでそれを成し得て充足なのか? 考えるだけ無駄な狭間で彷徨いている。
「大体俺達此処に来て以来、ただの人間に散々遅れを取ってんだ。そろそろ俺達二人で彼奴等の間抜け面拝んでみねえか?」
トンッ。
間仕切り向こうで俯いてる相棒の肩を叩くかの様な音。実際にはロッカーを小突いただけ。夫の底抜けに明るい笑顔が見えなくとも感じ取れた。
バッ!
マリアンダの迷いは完全に失せた。アルがいつも頼りにしてる凛々しさを以って1分も掛からず着装し終える。さっきまでのモヤモヤが嘘の様だ。
「行こうぜ、俺様が選んだ最高級! AUTOでもMANUALでもねぇ俺達を見せ付けようぜッ!」
「はッ!」
アルがバチンッと平手で拳を景気良く響かせる。後に続くマリーも吹っ切れた顔。勢い良く更衣室を後にした。
カツカツカツカツ……。
この様子を更衣室入口少し手前で伺っていた別の二人。赤い髪したNo7と偶然聞き及んだ内容に顔を赤らめたNo8である。
同じくリディーナ様から格納庫に呼び付けられ『コレ着なさい』と不意打ちを喰らい、訳も判らぬまま押し付けられた。
青天の霹靂ならぬ曇天なる辟易を抱えた両者。仕方なく着替えに来た処、人生の伴侶同士の何とも尊く甘い話を一部始終拝聴した。
「や、やっぱ凄いねあの二人……」
「だな──って言うかデラロサ、好い男過ぎるな」
男女間に寄る恋愛が遠くに霞むこの場所に在って、あの両者のやり取りは、此処の女達が忘れ掛けてたものを引き摺り出すのに過剰が過ぎる。
兎に角この手の話題にはすっかり奥手なディーネ。取り敢えず感な台詞を、男よりも良い声で返すフィルニアの言葉尻が妖しみを帯びる。
「ふぃ、フィルさんっ!?」
「何だ、略奪愛の相談か?」
フィルニアからの衝撃発言にディーネがドン引きし、突っ込みの言葉を選べずヤキモキしてる処へ、さらに後ろから飛び入り参加したのは炎舞使いのオルティスタ。隣には妹分も付き添っている。
「い、幾ら何でも言葉が過ぎますよ……」
「いや、判る判るぞフィルニア姫。だってただでさえ男いねえのに此処。アイツ割と優良物件だかんな」
ラディアンヌが引き気味に制するのを意にも介さず、フィルニアの肩を後ろから抱く姐さん。下手な男が裸足で逃げ出す組合せ。
オルティスタ姐さんはデラロサを『優良物件』と言うが、この狭い世間で比較対象出来る物件と言えば、顔だけ超優良のレグラズ・アルブレンしかいない悲しい現実。
「私は其処まで言ってない。それよりお前達もアレに乗れと言われたのか?」
肩を抱かれたままの姿勢で顔色一つ変えないフィルニアである。そんな駄々事よりもファウナの御付き二人が持ってる服が気になる。
「──そう、なんですよ。私なんてただの武術家。皆様の様な異能の持ち合わせが無いというのに……」
「俺だってただ剣振るしか能のないってのに、あの銀髪年増、何企んでやがる!?」
ラディアンヌとオルティスタの如何にもな困惑顔。これにはフィルニアとディーネが驚きの顔合わせ。
この姉妹、ヴァロウズの異能でさえ凌ぐというのに自分達を『普通の人間』と言い張っている。
これが皮肉でないのがまた凄い。三女の天然ぶりはこの姉妹の所為かも知れない。そう感じずにいられないNo揃い踏みコンビであった。




