第117話 リディーナ様の自由気ままな酒池肉林
「──ハァハァハァ」
長い銀髪と正直年相応とは言い難き短い裾を揺らしつつ、あのリディーナ様が息を切らして全力疾走。当然目指す先は愛しのエル・ガレスタが待つ格納庫。
彼女の相棒であるレヴァーラ様が神気取りなら、此方は天才気取りといった処。髪色も目の色さえも異なるが最上を欲する似た者同士だ。
こんなにも懸命に走ったのは何年……思い出すのに脳を働かせるのが億劫になるのですぐさま止めた。どうせ間もなく目的地。寄って其方に己が処理の総てを割振ることになる。
「リディーナ様っ!」
だがその前に彼女の興味を存分に惹く女性が満面の笑みで出迎えの手を振る。ア・ラバ商会のリイナである。
「り、リイナ……はぁ……ま、まさか……ほ、ホントに、たっ、たったの4ヶ月……で」
ケホゲッホッゲホッ……。
本当に、本当に、何時ぶりか判らぬ全力疾走を終えたリディーナ。リイナの目前で酷い動悸息切れと関節の痛みに襲われる。顔を上げることすら出来ない。正直かなりみっともない。
「だ、大丈夫ですかリディーナ様?」
早速リイナの気遣いが存分にリディーナの努力を労う。見た目はまるで姉妹な二人。然し実年齢は……推して知るべし。
リディーナの背中を優しく擦るリイナ。
医療行為として大した効力など正直ない。けれども互いに気を許しつつ合う者。増してや如何にもおしとやかの塊であるリイナの手当は抜群に効く。
長きに渡り連れ添っていた相棒が、近頃若い女に強奪された。まあ色恋沙汰だけで押収された訳ではないので致し方ないと思っている。
背中に哀愁漂うそんな彼女に新たな女性が舞い降りた。然もファウナとは違う意味の優しき理知。母なる地球の様な碧眼を湛えている。
リディーナ博士──。
この場に現れた最大の理由は語るまでもなく新型エル・ガレスタの搬入立ち合いに他ならない。
しかし大人女性の欲張りが、この美麗な乙女の手厚い介護を欲してやまない。昨今のリディーナ様は人型兵器の改造と、この乙女の繋ぎ止めに奮闘していた。
リディーナの上がった息が、だいぶ落ち着きを取り戻しつつある。だけども別の意味で引き続き胸を上下させる。
落ち着いたにも拘わらず敢えてリイナの肩を欲する。やはり色好みまで黒髪の女と似通っている。その計算高さたるや、此方の方こそ余程タチが悪い。
リイナの肩から伝わる初々しさと大人の繋ぎ目を思わせる柔らかみと温かみ。銀髪から流れ出流少し大人びた芳しき香りを思う存分味わっている年齢不詳だ。
一方、リイナは『年齢は──内緒です』と嘗て仄めかしたまま、それ以上の追及を逃れている。加えて経歴さえも詐称というか兎に角怪しみを帯びている感が否めない。
美貌に於いては20代になったばかりといった処。これは肌の色艶などから推測出来得る。然しその割、余りにも人間が成熟し過ぎてる。知識、性格、全てに於いてだ。
世の中にはごく稀にそうした往き過ぎた人間が確かに存在する。それにこの超が付く程の非常時に於いて彼女の存在は便利過ぎるが故、誰も指摘していない。
「だ、大丈夫よ。年甲斐もなくちょっと燥ぎ過ぎただけ。発注しといて酷い言い草だけど、よくもまあこの短期間で形にしてくれたわ」
未だリイナの肩を借りたままの格好で人型兵器の密林を如何にも満足気な顔で仰ぎ見る。
──片思いの相手から『良い景色が拝める場所に連れてってやる』と誘われ、山登りでもした気分だわ。
若き日の馳せる想い出……それがあるのか定かでないが、幸福に浸り切っているには違いない。かなり可笑しな妄想癖。
手塩にかけて育てた可愛らしい子供達。それから敢えて徒然を装いつつ、新たな天使の身体に酔いしれるという二重の快楽。
リディーナの性癖とて並大抵の他とは随分異なるのだ。相棒に負けていない。
「私は伝言役を仰せつかっただけですよ。リディーナ様から頂いた完璧な設計図面とプログラムを頂いたからこそ、こうして実現出来たのです」
リイナも万感の想いで同じく12mの人型を見上げる。共に働くア・ラバの女達の有能ぶりは彼女の誇りでもあるのだ。
「おぉぅっ! リディーナさんよぉ……コラァとんでもねぇサプライズだぜッ!」
バチンッ!
銀髪碧眼の美女二人を見つけたアル・ガ・デラロサが駆け寄る。半ば強引にリディーナの手を持ち上げてからの手厚いハイタッチ。
さも手を痛そうに振りつつも痛みと笑顔の入り混じりで応えるリディーナである。デラロサの手は分厚くゴツい。文字面通りの手厚い歓迎。
「最高でしょ? 私から御夫妻へこれ以上ない御祝儀だと思って頂戴」
為て遣ったり感満載のリディーナと、最高の贈答品を受け取りご満悦なアル・ガ・デラロサ隊長。いずれにせよ誇らしいものが胸中に浮かび上がる。
「嗚呼、確かにこれより上は在り得ねえなぁ! 然も俺様のグレイアードまで取り込んでやがるッ!」
──そうなのだ。
リディーナがしっかり約束を果たしたデラロサ隊長専用機。『これが貴方の機体』と説明を受けるまでもない。
デラロサの頭髪と同じ銀色に輝く機体。これだけでも充分なのだが、膝関節がこの機体のみ前後何れにも曲がるのだ。ED01-R特有の機械駆動によるオートバランス機構である。
その後、連合が正式採用したEL97_LSTにはない機能だ。EL97式はホバリング移動を充実させることでオートバランス機構の呪縛を捨てた機体。
要は敢えて排除したものを態々取り入れている。無論、デラロサを歓喜させる為ではない。当のデラロサが未だこの無駄の意味を理解してない。それでも無邪気に笑っているのが何ともこの男らしい。
「り、リディーナさん。この機体、操作系がこれまでと全然違うのは、一体どういう理屈なのですか?」
迅速なる対応と外見だけでご満悦な夫の前を横切る妻が、肩を怒らせ気味にリディーナ様へ押し寄せる。
これは無理からぬことである。
操縦桿やペダル的なものは変わりなく存在している。だがシステムを起動してもその何れも無反応。
モニターに『AUTO』と表示されているだけ。これも何を指しているのか、まるで意味が理解出来ない。
何しろエル・ガレスタは元々マリアンダ専用機と言っても過言でない代物。それがこうも勝手が変われば冷静な彼女だからこそ苦情を言いたくなるのも頷ける。
「マリアンダ少尉、どうか落ち着いて下さい。それを説明する為に此処まで足を運んだのだから」
最近リディーナはデラロサ夫妻を敢えて軍属扱いしている。これはこの二人に対する期待の現れ。そこへ示し合わせた様にア・ラバの作業員がカートに何かを載せて運んで来た。
それを見つけたリディーナの弾ける笑顔。「最高のタイミングだわ、ソレを此方へ渡して頂戴」と作業員にも愛想を振り撒く。
此処では大変稀有な何でもない男性作業員、これには思わずニコリッ。恥ずかし気にやたら分厚い衣服2着を美麗な魔女に手渡しである。
「以後エル・ガレスタに乗機する際、コレの着用を義務付けますわ」
1着をバサッと広げて見せるリディーナ。彼女が背伸びと両腕を上まで伸ばしても衣服の足元が床を引き摺る長さ。バイクのツナギを思わせる形状。胸元や腰回りの流れを見るに女性用。
「こ、これはもしや!?」
「そ、そっくりじゃねえか! レヴァーラの戦闘服とやらに!」
ライダースジャケットなら胸部付近のプロテクターこそ分厚い筈。しかしこれはレヴァーラが着装してるものと同じく、やたらと胸を大きく開けている。
これを自分が着る!? マリアンダは余りに勘が良過ぎる。着装後の自分を想像。顔を朱に染め尻込みする。初めて閃光のリディーナ様を見た時の軽い軽蔑を思い出す。
「ソソッ、そういう事。基本的に戦闘服と全く同じ。勿論言うまでもなく貴女のサイズに合わせてるわ」
劇団黒猫の中では比較的膨らみの小さい胸を強調しドヤ顔するリディーナ様。如何にしてマリーのスリーサイズを計測したのか? 気になるが怖くて聞けない匂いが周囲を包む。
第一最大の問題は其処ではない。何故兵器へ乗る為にこんなあられもない格好が必要なのか?
旦那の背中で縮こまってる新妻。もうそこはかとなく気付いてしまった。