第116話 不死鳥に願う旅人
ヴァロウズのNo4、美麗なる褐色の女。パルメラ・ジオ・アリスタ。
ICUのベッドから目覚め、不死鳥の話をさも厳かな様子で語っている最中である。
ピピピピッ……!
『──はい……えっ、嘘ッ! 本当にッ!?』
ガバッ! ガタッ!
医務室でけたたましく鳴る呼び出し音。だがナースコールではない。リディーナと地下格納庫を直接繋いでいる回線の呼び出し。しかも今どき大変珍しい受話器型。
リディーナがさもウザったい顔で受話器を耳に充てる。『今、とても大事な話を聴いてる最中なのに』如何にもそんな様子の顔だ。
それが周囲も驚く程、顔も声音も上気してゆく。受話器を食べてしまうのでは? 周りがそんな在り得る筈のない心配をしたくなる程、喰らい付いてゆく。
さらに椅子を立ち上がると未だ患者と言って差し支えないパルメラと周囲の輩を置いてきぼりに、その場を走り去ってしまうのである。
「な、何やぁ!? えらい慌てぶりやなぁ?」
ICU内にリディーナ側を映すモニターは存在しない。それでも蜘蛛の子散らす駆け足で担当医がスリッパをパタパタ鳴らし、走り去ったことに患者が気付いた。
『済まないパルメラ。恐らく待ちに待ってた物が届いたのだ。どうか赦してやってくれ。お前の話の続きは我と、このファウナが聞き遂げようぞ』
レヴァーラの台詞を字面通りに読むと偉ぶっている感じである。然し実の処、謝罪の気分が声にありありと浮かんでいる。携帯端末越しでもその辺りが伝わっている。
そして隣人のファウナの肩をさらにギュッと寄せるのだ。これは『自分とファウナが話を聴いた方がより建設的だ』といった気分の匂わせである。
「アハッ、確かにな! まるで数ヶ月音沙汰のうなった彼氏からの電話受けてる中学生みたいやったわ!」
一吹きしたパルメラの『数ヶ月』が偶然とはいえ的を得ている。リディーナに取って散々待たされた4ヶ月なのだ。
尤も同じ銀髪碧眼なア・ラバの美女から『お待たせ致しました。間もなく御用意出来ます』といった具合の配達中連絡は既に受けていた。然しこうした途中連絡は、待つ者の気分をかえって昂らせるものだ。
『フフッ……或る意味アレに取って男よりも愛しい連絡なのだ。──さて、もう(ICUでなくとも)大丈夫であろう。折角だ、我等三人でそちらへお邪魔させて貰う。可愛い息子との水入らずでなくて悪いな』
この踊り子様のきめ細かな気遣いと穏やかさ。パルメラが改めて動揺を隠し切れない。だけども肩寄せ合う金髪の魔法少女を見てすかさず得心に至る。
──この娘っ子がレヴァーラはんの心の隙間、埋めたんやなあ……。
1ヶ月前、フォルテザに自分達が着いた時からどうも様子がおかしかったのを思い出す。あのレヴァーラが他人の目も憚らず、女の子と痴話喧嘩してる様にしか見えなかった。
「──で、確か不死鳥がどうこうという話であったな」
手近に在った折り畳み椅子。これをあの現人神様が自らお出しになり、パルメラの枕元へ腰掛ける。然もファウナとジオの分まで彼女が手ずから用意した。
パルメラ目線のそもそもな話である──。
自ら神を気取る黒髪のあの女性が如何にも安っぽい折り畳み椅子に座っているだけで滑稽が過ぎるというものだ。またも噴き出すのを禁じ得ない光景。
「な、何だ? 我の顔に何か付いているのか?」
「い、いや、そないなことあらへん。き、気にせんといてや、た、大したことあらへんて」
生死を賭けた悶絶を繰り広げていた女が、次は自分を肴に腹を抱えてお笑い地獄。情緒変動の波が、まるで怪しい企業の株価の様だ。
レヴァーラ・ガン・イルッゾ視点なら何とも合点の往かない状況。彼女は真剣にこの敵の行く末を案じている。自分ですら知らない間に。
ガタッ!
「──え、エルドラの安堵が夢でない貴様が、不死を欲して何とする!?」
椅子を蹴り倒し立ち上がるレヴァーラの激昂。両拳を強く握り締め、火照ったルージュを嚙んでいた。
このレヴァーラは笑い飛ばされたが故、怒っている訳では決してない。それが判らぬ程、パルメラも能天気な女ではない。
「愛する者を逸したまま、永遠を勝ち得て何とするッ!」
「──レヴァ、落ち着い……」
珍しく敬愛なる踊り子様が、人の話を最後まで聞かず暴走している。いや、この間ファウナと演じた言い争いとて不思議で在った。
如何にか止めに入ろうと試みる18の少女。然しマーダとしての永久を理解してる分、上手く言葉に出来ない。虚ろに揺れる蒼き瞳と重なる金髪。
「答えろッ!! パルメラ・ジオ・アリスタァッ!!」
喉奥から搾り出したる黒い女神の絶叫。ただの一言で喉が老いた。
──この女、自分と同じ永久の道を望んでいる? 死んだエルドラの分も自分が生きようとでも言うつもりか!?
これはマーダの甚だしき思い違い。
パルメラは、レヴァーラ・ガン・イルッゾなる者の意識が人から人を渡り歩き、死ねない生き地獄を彷徨うことなど全く以って知らないのだ。
ガタンッ!
「────ッ!? ふぁ、ファウナ!? こんな時に何をッ!」
ファウナが黒い女神を縋る勢いで抱き締めたのだ。精一杯の想いを込めて。未だ興奮冷めやらぬレヴァーラ。
──この娘、駄々っ子の様に何をしているっ!?
彼女は其処まで追い詰めている、己自身を。
「違うッ!! レヴァ、この人の話をちゃんと最後まで聴いてあげてぇッ!!」
ファウナが涙溢れた顔を上げ、黒髪女の淀んだ緑へ必死に訴えかける。愛しい躰を叩きながら、そのままズルリと崩れ落ちた。
そんな二人のいざこざを見やったパルメラが「ふぅ……」と思わず溜息を漏らす。そして自らの身体を起こし真面目な顔へ還る。淀みない瞳を踊り子様に向けた。
──この御方、やっぱり星を見つけたんやなあ、せやけど眩し過ぎて扱いに難儀しとる訳や……。
部外者であるパルメラにも改めて良く理解出来る状況。人は突然舞い降りた天使には戸惑うものだ。
パルメラはマーダの存在など知り得ない。然しそれでもこの女の孤独さ、淋しさくらい、この佇まいを見てれば判る。
星を見失った彼女だからこそ判るのだ。けれども自分を心配そうに見つめる瞬きは未だ消えていない。
人という字の形をジオと蒼き瞳の少女の中に改めて見出した。何とも尊い人の導き。
「──笑って申し訳ないですレヴァーラ様。ウチ……つい嬉しくなってしもて。馬鹿にした訳じゃない。どうかそれだけは御理解下さい」
乱れた衣装を整えながら、またしてもパルメラが無理をしている。
レヴァーラが「むぅ……」と一言。
無駄に振り上げてしまった拳の矛先を見失いつつ席へと戻る。その様子に胸を撫で下ろしたファウナも再び椅子の人に還った。
「そして私は不死が欲しい。そんな大それた想いなど決してございません。私の血はこの子が継いでくれました」
穏やかな顔で首を振る。さらに女子の如き可愛いげのあるジオを自分の胸へと引き寄せた。
ジオが男子としての恥ずかしさで顔を赤らめるが母の偉大を受け容れる幸せの方が彼の中で勝る。
「不死でもなく増してや夫の蘇生ですらない?では不死の鳥にパルメラ──お前は一体何を望むか?」
やたらと回り道をした果てにようやくこの率直に辿り着けたレヴァーラである。終わりの無いワルツを踊っていた自分から、ようやく解放された気分だ。
「──出来るかどうか、こればかりは神の気まぐれ。私の願いはただ一つ、聞きそびれた夫の末期の言葉を聴きたいのです」
夫の死に際の絵面。そのたおやかなる胸に手を充てるまでもなく鮮明に蘇る。
「私の中で翼を広げられない火の鳥がうずくまっているのを確かに感じますわ。後は私が産み落とすだけ。女の意地で精々足掻いて見せますわ」
自分の胸中でまだかえらぬ雛鳥が息を潜めているのを感じるパルメラ。夫を失ったにも拘わらずまたしても産みの歓喜を与えられた。
哀しみを愛しさへ転じられる妻と母の飽くなき清純。パルメラ・ジオ・アリスタは、自身の人生に於ける多幸に驚き震えた。