第10話 同業者の想像力
ファウナ一行が見送った連合軍の行き先は、自分達の往こうする方角と同じであるのは既に触れた。
そこにはシチリア島とイタリアを結ぶメッシーナ海峡大橋が存在する。さらにシチリア側の最北に位置する街。
ファウナが『近頃色々と噂が立っている』と告げていた街がこれにあたる。
噂通り、各インフラが急速に整いつつある街だ。
連合軍側は、13年前の爆心地でなく、その首謀者達が根城にしているのは、この街だと狙いを定めた。
橋さえ渡れば大陸と自由に行き来出来る栄えた街なのだから、当然の判断だと言えなくもない。
この街──やがてフォルテザと呼称される所にレヴァーラと化したマーダや、リディーナといった側近達が居を構えている。
だが13年前の事件を起こした張本人である『ディスラド』は、此処には居ない。
爆心地付近跡地を『エドル』と改め、まるで自分を神の如く崇える為に建造した神殿で、随分大層な御身分なのだ。
「リディーナ、敵の数は? やはり目的は此処なのか?」
「連合軍の偵察機と思しき機影が3。それに続く大きな母艦と思われるものが1。ま、間違いなくこの街に向けて動いておりますっ!」
この非常事態に意外とのんびりを決め込んでいるレヴァーラ。司令官の席らしい椅子で、肘を付いている。ただ顔色は流石に冴えない。
今判っていることだけを無駄なく応えるリディーナである。彼女の方は、焦りでせっかくの美貌が褪せつつあった。
それは無理からぬことだ。医療施設や通信施設などは充実しているのだが、防衛……そんな物の用意はまるでない。
「──此方で動けそうな者はいるか?」
「7番目と8番目は常時この街に潜伏させております。しかし9番目と10番目に至っては未だ意識すら戻らず……」
冷酷に言い放つレヴァーラ。治療室で眠る二人を振り返りつつ報告を返すリディーナ。
その矢先だ。
「れ、連合軍だとォッ! じょ、冗談じゃねぇっ!」
話の槍玉に上がっていたうちの10番目が怒りの声色で突然二人の会話に割って入った。
実は既に意識があって話を聞いていたのか? 或いは予知夢でも見たのか? ともかく的確に現状を射抜いていた。
──グッ、あのクソガキ。手加減しやがって……。
自身の撃ち込んだ弾が、ただ跳ね返ってきた訳では無かったとベッドから起き上がり改めて思い知る。ICUから自分へ伸びる枷を無理矢理ブチブチと引き千切った。
あれだけ無数に撃ったのだ。それにも拘わらず致命打が一撃足りとも無かった。これは決して偶然ではなく故意であるに違いない。
「ジレリノ? ぐ、具合はもぅ良いのですか?」
「ぐ……具合も何も寝ている場合じゃないだろうが。あの前の3機、恐らくただの前座だよ」
ちっとも良くはなさそうなジレリノである。だが休んでる暇はないと息巻く。未だ血の滲む包帯のさらに上澄みを歯で噛みしめ、きつく縛り上げた。
「ジレリノ……貴様、如何にも相手を知っていそうな物言いだな」
このやせ我慢な女にレヴァーラが興味を抱く。ヴァロウズ末席という普段余り期待を持っていない相手がこの時ばかりは、やけに頼もしく映る。
「レヴァーラさんも御存じの通り、アンタに拾われるまで、俺は元々傭兵だった。──連合軍。響きは良いがアレも出来る奴の殆どが同じ穴の狢って訳よ」
ジレリノには読唇術や、相手の心を読む様な搦め手などない。反吐が出そうな同じ戦場で血を流し合った仲。
そんな奴らの考えそうなこと位、判って当然と思っている。
「成程。正規軍には使える者がおらぬと言うのだな。AI機が前座と言ったな? 次は何をさせると貴様なら考える?」
レヴァーラが冷たい笑みを湛えて問い掛けをする。これは正答を知りつつ敢えて聞いてる顔だ。
「おぃおぃ、んなこと決まってらあ。此処は島だぞ、ライフラインを絶つ。戦闘機どころかロクに船すら持ってねえ……」
ズガガガガッ!! ズガガガガッ!!
ジレリノが応えるまでもなかった。イタリアと此処を繋ぐ文字面通りの唯一の架け橋。先ずは吊り橋のワイヤーを撃ち落とす機関砲の音が耳を劈ざく。
リディーナが耳を塞いでその場に崩れる。けれどジレリノは「懐かしい音だ……」と寧ろ酔いしれてすらいる様だ。
「ミサイルで一撃離脱じゃないのか?」
「レヴァーラさんよォォ……そいつはちょっと情緒が無さ過ぎんだ。この戦闘はな、連合の力を大いに見せつける華麗なショータイムなんだぜぇ……」
無駄撃ちだと批判するレヴァーラに対し、次はジレリノがほくそ笑む番だ。蒼い髪をかき上げて煙草を1本燻らせる。
ズガーーーンッ!! ズガーーーンッ!!
先程の砲撃が可愛いとすら錯覚させる程の爆撃音。彼女達の居る建物毎、音の波が情け容赦なく揺らす。窓が割れないだけこの建物は幾らかマシな造りだ。
「──ほぅ、確かに。こっちが本命か」
「メッシーナ大橋が……墜ちた?」
それでも余裕面を止めないレヴァーラ。ジレリノの予言めいた想像に心から感心している。
一方目ざましい発展を遂げたこの街を深く気に入っていたリディーナ。自給自足出来ないハリボテの街が崩れ往く様を想像し、大いに悲嘆に暮れるのだ。
「ジレリノ……お前、やれそうか?」
「へっ! こういう時、司令官が出す言葉は一つしかねぇ。やってこい──ただそれだけで良い。手前の兵隊を信じりゃ言える筈だ」
ジレリノは煙草を吸ってるくせに奇妙な程、落着きがなかった。司令官の指示をアテにせず、ポンコツの身体を引き摺ってでも今すぐ飛び出したい気分なのだ。
「──判った。大いに暴れ戦果を寄越せ……。但し……」
「アアンッ!?」
暫くの間。ジレリノにとっては実にイラつく長い時間に思えた。ようやく待っていた言葉を聴けたと思いきや、変な尾ひれを付けてきたのだ。
「生きて還れ……。リディーナ、7番目と8番目に回線を開け。此奴独りじゃ手に余る」
「は、はいっ!」
「フゥ……意外とお人好しだねぇ……。了解。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
煙草を吐き捨て踏み付けて消すと、後は背中で返事を送った。
◇◇
森の中、連合軍を見送ったファウナ一行に場面を戻す。
ファウナが取り敢えず目指していた場所へ、得体の怪しい連中が向かったのは明らかだ。
だけどもお供のオルティスタとラディアンヌの2人はまるで動じていない。
大切な妹分が向かおうとしてる先。そこが落とされる可能性があるのだから、心の葛藤は確かに存在する。
だが人ならざるものが途方もない速度で飛んでいるのだ。仮に自分達が背中に羽を持つ種族であれど、この場は諦めざるを得ない場面だ。
「──行くよ、2人共!」
空を見上げたままの姿勢でとんでもない事を言い出すファウナ。
姉貴分2人が思わず顔を見合わせ驚きを隠せない。
「ファウナ様? お気持ちは察し致しますが、私達が追った処で……」
「──『重力解放』!」
前往くファウナに手を差し伸べようとしたラディアンヌであったが、それより先に魔導書を開いたファウナが告げる。
「う、うわぁ!?」
「な、何だあ? ちゅ、宙に浮いてる!?」
自分達の意識と無関係に突然空へ浮き始める3人。ラディアンヌが空でジタバタ暴れる。
オルティスタは下から覗く者など居ないというのに、慌てて腰周りのヒラヒラを押さえ付ける仕草をした。女らしい羞恥心が多少なりとも残っていたらしい。
重力解放──その言葉が示す通り、空を飛べる術の様だ。
だがいずれにせよ、相手は飛行高度、飛行速度共に桁が異なる。最後に後を追っている大きい奴ですらそれは変わらない。
決して生き物が追えるものでは無い筈なのだ。ファウナの得体が知れない自信。一体何処から湧いているのであろうか。