第115話 この別嬪(マシン)は俺様んだ!!
レヴァーラ・ガン・イルッゾの先兵達が傷を癒す為に増設したICU──。
一度はその先兵であることを見限った褐色の女、パルメラ・ジオ・アリスタがさも穏やかな顔で眠りについている。
それを同じ室内ではなく、モニター越しに眺めている幼子、ジオ・アリスタの胸中や如何に。
顔を見ているだけでは計り知れないのだ。何故なら母の身を案じる心配顔でもなく、かといって状況をまるで認識出来ぬ子供顔ですらないのだ。
その真顔の下に広がる気分。
だがやがて満点の星空の如き、輝く瞳へ変化を遂げ往く。パルメラ・ジオ・アリスタがいつ覚めるとも判らぬ夢から現実の元へ還って来たのだ。
『──御疲れ様、良く頑張ったわね。貴女は二度に渡る試練に打ち勝ったのよ』
パルメラの耳元に在る拡声器から木霊する相手を気遣うリディーナの声音。
「ンーッ、まあ確かにえらいしんどかったわぁ。せやけどな……」
「んっ?」
ゆっくり上半身を起き上がらせ背伸びするパルメラ。何か含みを持たせた物言い。リディーナの興味が注がれる。
「せやけどな……あの子を産んだ時の痛みと喜びに比べたら、こんなんどうってことないわ」
まるで監視カメラの位置を知っているかの様に真っ直ぐな笑顔を手向けるパルメラ。「ハァ……そればかりは残念だけど私の知らない痛みだわ」他に答えを知らないリディーナである。
「──す、凄い。あの人、私なんかとても及ばない何かを持っているのね」
ファウナ・デル・フォレスタの驚嘆。
この少女約1ヶ月もの間、レヴァの部屋とこのジオ少年の隣を行き来しながら様子を窺っていた。廊下のベンチで少年と共に眠りに落ち、溜息混じりのレヴァーラが毛布を掛けに来ることも在った。
歓喜しているジオ少年へファウナが視線を送る。琥珀と森の緑色を輝かせ、母の声に耳を傾ける少年の瞳は、ただの純な子供のソレに戻っていた。
さらにその隣人、レヴァーラがファウナを見やる。
レヴァーラには子を想う親の気持ちと、親を無条件に慕う子供の気分など判る道理がない。彼女の中に潜むマーダは何せ、魂を持つ人ではないのだから。
されど隣のファウナが惑わす。この少女とて真なる母への想いを重ね合わせている。
母親である筈の無い自分だが、ファウナを見てるとまるで我が娘の成長こそ己が人生の総て。そんな不思議と心地良さに包み込まれる気がしてならない。自然と女神の肩を自分へ引き寄せた。
『──パルメラよ、お前の夢は見えたか? エルドラを現世へ戻すお前の祈りは天に届いたのか?』
レヴァーラが女神を肩に抱いたまま、携帯端末からICUに居るパルメラへと呼び掛ける。それを聴いたパルメラが「フフッ……」と微笑みを返す。
「レヴァーラ様……何もウチは夫を生き返えらせようだなんて、そんなイカれた夢在る訳ないんよ。叶うならそら嬉しいけどなぁ」
まるで他人事の様に適当な笑みを返すパルメラである。とても命を張った行為の後とは思えない。
『えっ……』
『な、ならば貴様はその地獄に何を願ったのか?』
リディーナとレヴァーラに取ってこれはとんだ肩透かしな返答である。
とても残酷かつ手前勝手な考察なのだが夢の内に見た愛する夫、現実にはそれをやはり具現化出来なかった。これこそ夢物語の哀しき結末だと両者は思い込んでいた。
「──御二人は不死鳥って知ってはるん?」
パルメラは両の手を開き、互いの親指同士を繋げるとそれを鳥の翼の如く羽ばたかせる仕草をしている。事情を知らぬ者が見れば、心に癒せぬ傷を負った憐れな人間に見える位だ。
「不死鳥──フェニックスか。確か起源はエジプト神話で太陽を司る鳥……ベンヌ。古代ギリシャでは死して尚、その身を火に飛び込ませ炎の中から蘇るその名の通り、不死を意味する鳥だな」
レヴァーラが強欲な爺から渡された知識を、少し頭を捻りながら引き出してゆく。早い話、富も地位も得た人間が最後に欲する必然の品。何を質にしても欲しがる永遠の命という業。
魂の情報を持たぬ彼女に取っては片腹痛い願いである。マーダという存在は消去こそ出来ても天へ葬送される事変は在り得ないのだ。
『──貴女まさか、不死鳥を具現化させるのが願いなの!?』
世界の七不思議的な事象をその実、深い森に隠れた真実だと踊り子様へ明かしたファウナが此処で喰らいつく。ファウナも本物の不死鳥をその目で見た事はない。
◇◇
「──こ、これは……」
「一体何がどうなってやがるッ!?」
パルメラ・ジオ・アリスタが己が人生を差し出す実験を望んだ日から約1ヶ月。
それは同時に金色のエル・ガレスタが世界を震撼させたその日と重なる。さらに述べるなら、大反抗作戦を企てた銀髪碧眼の美女二人の話に繋がる。
要はあれからたったの1ヶ月────。
それにも拘わらずデラロサ夫妻は格納庫で、とんでもない時間経過に目を見張っているのだ。
最初の異変。アル・ガ・デラロサの愛機であった人型兵器、グレイアードが姿を消した。加えて色違いなエル・ガレスタがア・ラバ商会の連中に寄って、次々と搬入されて往くのだ。
これを青天の霹靂なんて言葉遊びだけで片付ける訳には納得往かない。
異常が過ぎるのである。たった1ヶ月でただの量産機を発注&納品に至る時点でどうかしている。しかもただの色変えでないあからさまの改修機が出揃っている。
まるで森の女神候補生の魔法を見ているのか様な違和感。或いは夢か幻か、非現実が余りに過ぎる光景である。この兵器を良く知る二人なら猶更だ。
「おぃっ! たった1ヶ月でどうやってこの化物を揃えやがったっ!」
アル・ガ・デラロサがア・ラバ商会の整備士兼搬入人員の一人の肩を取っ捕まえて魔法の種を荒々しく聞く。なお、しなやかな筋肉をツナギの下に秘めた女性だ。あからさまに怪訝そうだ。
「仰っている意味が良く判りません。私達は……ええと、大体4ヶ月かしら? 『ア・ラバ商会の総力を上げて意地でも用意するんだ』そう支配人から厳命されました」
無礼な男から鷲掴みにされた肩をフンッと振り解き、支配人の真似事宜しく自身の両眉毛を指で吊り上げた。これは予定通りの宅配だと言われたのだ。
「「ハァッ!?!?」」
これには普段冷静を取り繕うマリアンダ夫人も驚愕の叫びを旦那と共に挙げてしまわずにはいられない。4ヶ月前と言えば、浮島の連中からア・ラバ商会の人質達を解放した時と重なる。
石像の様に固まる二人を置いてサッサと作業に戻る整備員。アル&マリーが互いの顔を見合わせる。
「リディーナッ!? 奴さんとんでもねぇ女狐だぜッ!」
自分達をグルリと取り囲みつつあるエル・ガレスタの一団を見ながらアルが唾と共に自分の心を思い切り吐き捨てる。
──何が『グレイアードは諦めなさい』だ! 最初からその腹積もりだったんじゃねぇかよ!
つい1ヶ月前、疲労でふらついている彼女へ助け舟を出す理由付けで黒猫調査をしたことを思い出す。何もかも見透かしてるのは、森の御令嬢だけではなかった。
「4ヶ月──それにしても早過ぎですよね。リディーナさん、恐らく我々が此処を訊ね……いや違うな。間違いなく此処を襲撃した時から構想を練ってた」
マリーが唇に手をやり、リディーナのこれまでの悪巧みを想像してみる。恐ろしいまでの抜け目なさと仕事量を熟しているのが目に浮かんだ。鍛え上げた彼女でさえ眩暈がする思いだ。
「──尤も開発を軌道に乗せられたのは3ヶ月前。隊長、これってア・ラバ商会も大概ですよ? 長い付き合いなのに御存知なかったのですか?」
「クッ!?」
それぞれ何処かが異なるエル・ガレスタを見ながら、その技術力と仕事の速さに、何処か興ざめしているマリーである。
赤白ツートンの機体は両肩がまるでジェットエンジンのターボファンの様に変化している。水色の方は噴出口付きのボンベみたいのを背負っている。また如何にも兵器らしくバズーカ2砲を背負う機体もある。
嫁に指摘されるまでもなく、アルも自身の見る目が甘々だったことに腹の蟲が収まらない。ア・ラバから来たリイナは確かに『小隊の機体統一化は不可欠』と告げた。
さりとてこれでは言葉の意味が破綻している。何故なら此処に居るエル・ガレスタ、もう長ったらしい解説を聞くまでもなく全て誰かの専用機なのは明白。
要はこの大量なア・ラバ派遣の整備士を使い、これらの面倒を見させる気満々だと知る。やっている事は概ね正しい。それでも騙された感がどうにも拭えない。
──専用機!?
アル・ガ・デラロサ隊長が最重要を思い出し、人型兵器の森を彷徨う。
──これかッ、此奴なのかッ!? 俺様が見間違える筈がねぇんだよッ! この特徴的な膝関節をなッ!
賢しい銀髪女に騙され機嫌最悪の男が実に良い顔した漢へ転じる。沸き立つ情熱はまさに最高潮。この別嬪は俺様んだ! 新妻を隣にしながらの非常な不謹慎。機械に欲情するのは男の美学なのだ。
──第10部 壊れゆく過去・辿るべき未来 完──




