第114話 人の業が形を成した"者"
レヴァーラ・ガン・イルッゾ様御意思の元、世界中で過剰と判断した者・場所・総てに於いてこれを掃討する──。
サウジアラビア・キングハリド軍事都市が、世界の認識した金髪の少女に寄って灰燼と帰して以来──。地球上に安堵出来る場所は、ただ一つして消え失せた。
まるで留まることを知らぬファウナと金色のエル・ガレスタ率いる小隊の猛進撃。金色のファウナの宣言通り、その制圧は軍関連施設だけに収まらない。
一部の富裕層が無駄に自然を切り拓いて築いた都市なども対象とされた。
何しろ現人神の匙加減一つで明日は我が身に戦火が降り注ぐのだ。戦争を対岸の火事と胡坐を掻いてた連中は最早この世界軸に存在しない。
『Allied forces are fucking useless.』
こんな愚痴がSNS上で怒りや絶望と共に溢れかえる。
当然である。
何しろその連合国軍自体が黒幕の総本山なのだから。ファウナ姉とジメジメした地下基地にて眼鏡を磨いている司令官以外の軍属は何とも憐れなものだ。
知らぬ間に連合国軍同士の内乱で数多の命が塵芥と成り果てた。
嘗て眼鏡拭きの司令官は『この施設に全世界の未来が掛かっている』と部下達を焚きつけた。
──これが全世界を救う活動だと言えるのか!?
そんな疑念を抱く末端の職員が出て来るのも無理からぬこと。自分達こそ世界潰しに加担してると思えてならない。
然も真なる敵だと信じてやまないシチリア島最北端、フォルテザに拠点を構える本物の踊り子様へ攻勢を一切仕掛けないのだ。
しかしもし末端の欠片が動くのを拒めば最期。この基地に就職した者は金色の旗印の元、最早思考停止で死ぬまで従事することを余儀なくされる。
その金色自体が『アンタが私を此処に永久就職させたんじゃない!』と言っているのだ。
頭がそれを辞めない限り、その手足も当然拒むことなど赦される道理がないのだ。
◇◇
一方、紛うことなき本物の現人神とその御使い達。およそ1ヶ月もの間、フォルテザという神の街にて総てを静観し続けていた。
本来神の御使い最右翼で在るべきの神聖術士パルメラ・ジオ・アリスタ。No1の天使と共に堕天使に転身。神を名乗るレヴァーラの最凶に生まれ変わった。
それがまたもや神の元へ身勝手にも馳せ参じ、再び神の啓示を受けるべく修羅の道を望んだのだ。
『──全く勘弁して欲しいものだわ。私の本業はあくまでエンジニアなのよ。無免許医が博士級の教授でさえも匙を投げる医療行為をしてるとか本当に意味判らないわ』
今でこそレヴァーラ達に取っての医者扱いなリディーナである。されど実の処、注射針の扱いすら経験がない。
このビル内の誰も寄せ付けない場所──。
そこで起きない眠りに落ちている師匠から得た御業なのだ。言わばリディーナが無条件に信じるしかない神がこのサイガンである。
そんなヤブ医者リディーナ様が、またも引き合いに出されてしまった。パルメラが地獄の実験を受けたいと駄々をこねたからである。
レヴァーラ神にサリエルが神の啓示を望み、それを受け入れた処でだ。実際の行為に及ぶのは裏方の相棒以外に在り得ない。
「──その後、パルメラの容態はどうだ?」
レヴァーラ神は或る意味呑気なものだ。こんな一言だけで後は何もしないし、何も出来やしない。尤も神とはそんな道化かも知れない。
「それが科学者の端くれとして納得いかない処があるんだけど、この聖典の通り、実行したらどうにか巧くいってる感じよ。実験開始直後はやっぱり酷い副作用でヤバかったけどね」
リディーナがパルメラの体調と何やら見覚えある機械図面を両天秤に掛けつつ答える。
リディーナにしてみれば機械図面の方が本来の仕事なのだ。Meteonellaは我ながら最高傑作だと確信している。
されど偽ファウナが本物を語り、人型兵器であれだけ大暴れしている。放っておくと此方の沽券に拘わる事態だ。寄ってこの対応こそ急務である。
それにMeteonellaはあくまで現人神と森の女神、2人の女神専用機というコスパ最悪の機体。
うちの飼い猫があんなプラモデルに負けるだなんて、万に一つも思っちゃいない。
だがもう一人の女神×魔法×寄ってたかってとなると正直かなり面白くない。
ならば此方も一見同様のスクラッチモデルをぶつけることで蹂躙したい。これが彼女の本心なのだ。
「──最初の内? 嗚呼……確かにアレは酷過ぎたな。我を創りし爺はやはり異常者だと思い知った」
最初の10人に至るまでの険しい道程をレヴァーラが吐き気と共に思い出す。人間の遺伝子に他の生物遺伝子を組み込む方がまだマシにすら思える。
人と同等の意識を持つ機械を大量接種する何とも子供じみた発想。爺の残した聖典があるのは必然。
何せ爺自身が最初の被験者と成り、然も成功を収めた実績を造ったからに他ならない。それも偶然の結果を残しただけだ。
失敗者の末路は、レヴァーラが吐く程凄惨なものであった。
自身の意志と接種した別の意識が生産性の無い争いを人の中で繰り広げる。被験者が藻掻き苦しむ様子は様々。
頭蓋が割れ脳漿を散らしながらも、それに気付かず壁に頭を打ち続ける者。全身に回る機械達をどうしても追い出したいのか掻き毟るだけでは足りず、手足を捥いだ輩も居た。
そんな中、自身の意識と機械達の共存に成功した10人は途端に心穏やかな、まるで天に誘われたか如く安らかな夢に堕ち往く。その夢の最中で欲する能力を授かるのだ。
「待て? 今回の場合、初の試みではないのか?」
レヴァーラの疑問────。
一度成功を収めた被験者へ再接種を実施する。それが『初の試み』の真意。一度成功し夢を手にした者がさらに夢を握るというのは些か出来過ぎだという指摘だ。
「それがねぇ……」
少し躊躇いを入れた上でパルメラの容態を映していた方のモニターに違う内容をリディーナが映し出す。
酷い手書きの日本語で書かれていたメモ。サイガンは生粋のイタリア人だ。
「な、何だと!?」
「ねっ──。この人それすら自分の身体で実証済なの。記録が日本語なのは……頭の良い相棒に書かせたのでしょうねぇ。自分がどうなっても良い様に」
リディーナが辞めた煙草を欲しがる程、己が神の強欲振りに呆れ返っている。
レヴァーラと同じ気分。この老人、2度も夢を握ろうとした。
しかも立証出来てない沼に自らを嵌める愚行。サイガン・ロットレンは自分と同じエンジニア出身。それもシステム系。
システムエンジニアがただの偶然で結果成功を収めた事象を、何の立証もせずに再び『これで良いや』は余りに危険なる思考停止。同じ方面のリディーナだからこそ腑に落ちぬ馬鹿げた行為だ。
「──ま、御陰様で成功者は2回目以降もやれる可能性が高いことを証明してくれてたから一応打算があったって訳。処でこのNo4が望む夢って……」
嘗て技術を盗むべく従ったフリをしていた人物の呆れた夢にヤレヤレと首を竦めるリディーナ。次に再び被験者の体調に画面を戻し、途端に俯く。
「嗚呼……余りに陳腐かつ判り易い。──が、そんな人の業すら夢から現へ出来るとしたら。いやそればかりは在ってはならぬ。可哀想だがな」
レヴァーラが他人の対し『可哀想』と同情するのは大変稀有だ。いっそこのまま目覚めないで欲しい。この褐色の女が見てるであろう夢を夢のままで終わらせてやりたい。
黒い女神が無駄を願う。我ながら滑稽過ぎて天を仰ぐ気分のレヴァーラなのだ。