第113話 それぞれの覚悟
「──えっ?」
「な、何ぃ?」
両親を奪われたファウナが、同じ過ちを他人へ押し付けた罪の意識に苛まれている。それを半ば強引に此方へ引き戻そうと必死なレヴァーラである。
育ての両親は自爆こそしたが、その切欠を産み落としたのは紛れもなく目前で怒鳴っている憧れの踊り子様だ。
それも失って直ぐ『所詮ただの育てだ』とアッサリ切り捨て仇の元へ奔ったこの少女だ。それを人様の親の命を消した罪には敏感へ転じる不可思議。
また、ファウナに取っての仇である踊り子様の態度も或る意味異様だ。
寵愛の女神を殺しの道具にした。それを『罪は全て我が被る』と声高に言い張っている。実に甚だしい開き直り。とどのつまりファウナさえ快活で在ればそれで万事解決。
そんな壊れた人生哲学を持つ二人が未亡人と父親を失った者の客受けなど出来る訳がない。余りに愁傷なる客を放り捨て、半ば取っ組み合いの喧嘩をしている様なものだ。
然しこの場は客二人の方が優れていた。さも恭しく頭を下げるパルメラ・ジオ・アリスタとその息子であるらしい獣人の少年ジオ。
恭順の態度こそ崩さぬまま、顔だけ揃って上げる二人の母子。パルメラの美しさが悪目立ちするかに思える組合せだが、このジオとて目立ち振りでは引けを取らない。
10に満たない少年とは思えぬ凛々しい顔立ち。オッドアイの右側の方、樹液が幾年もの積み重なりで出来る琥珀の様だ。金髪と同じ色の尖った耳と、口から洩れてる八重歯が如何にも獣人らしい。
大胆に開けた胸元を見てもやはり性別は男子である。しかしぱっちりしたその瞳だけ切り取れば、我の強い女子にすら思える。何とも妖美な魅力があった。
兎も角並々ならぬ覚悟をこの客人二人から感じたファウナとレヴァーラ。流石にこれは自分達も襟を正そうと気持ちを入れ替える。
白狼姿のチェーン・マニシングが4本の脚を地べたに付けた。要は『背丈を下げたから降りろ』の合図。それでもまだ高過ぎるのだ。
「チッ……」
面倒臭いとばかりに舌打ちした後、背中から地面に向けて何と階段を増設した。まるで旅客機のタラップである。何とも変幻自在な生き物。
レヴァーラから順に恐る恐る階段へ足を伸ばしてゆっくりと地面に降り立つ。降客の確認を終えたチェーンが不意に光を帯びると小さな少女の姿と化した。
此方も琥珀色と言って過言でない大きな瞳。心密かに憧れていた獣人との対峙に於ける彼女なりの礼儀なのだ。最も客を受け入れるに相応しき態度を示した。
「──み、見苦しい処を見せて済まぬパルメラ・ジオ・アリスタ。それと……」
「息子のジオ・アリスタにゃ。御目通り感謝するにゃん」
客人達の方が余程悲哀と決死を背負っている。にも拘らず礼節を欠いていたのを素直に侘びる踊り子様。先ずは良く見知っているNo4へ陳謝。それから初見の者へ流し目を送る。
やはり実に愛らしい声変わり前の男子声で自己紹介を述べるジオ・アリスタ。恐らく本人は至って全力の漢気溢れる挨拶をしたと思われる。
それが返って滑稽な形で迎えの相手達に伝わるのだ。
精一杯背伸びしてる感じが可愛らしいをより際立たせる。キラキラした真っ直ぐな瞳を大人女性と少女二人が色んな意味で直視出来ない。見ている者が己の穢れを恥じらう程だ。
「ぱ、パルメラ。そしてジオ・アリスタ……着て早々悪いがお前達を歓待出来る程、今の我等には余裕がないのだ」
可愛い者への盲愛が沸き立つのに性別は無関係だ。寵愛の女神と倍ほど年齢が離れたレヴァーラとてそれは同じ事。寧ろこの場に居る誰よりも刺さっている。目が泳ぐのを抑えきれない。
「フフッ……相も変らずレヴァーラ様はえろう判り易い御人やわぁ。いやちゃうな、益々人間味溢れてえらい可愛くなっとりますわ」
ファウナとの対戦の折、プロジェクター越しの踊り子様なら既視済のパルメラなのだが、その際に感じ取れなかったレヴァーラの人間味に好感度を増してゆく。
「み、妙な世辞など要らぬ。訊ねて来た要件を早く言わぬか」
パルメラの台詞を字面通りに捉えるのならば、決して賛美ではなく、煽りや挑発の類。それにも拘わらず『妙な世辞』と受け止めるあたり、やはり感情表現の豊かさを感じた。
──昔からこんなええ御人であったなら、ウチもエルドラ様さえも道を踏み外さんで付き合えたかも知れへんなあ……。
パルメラは自分の胸内に余剰なもしを感じ、思わず昔に想いを馳せる。けれどこれを口から洩らさない気丈も持ち合わせている。
改めて頭を深々と下げるパルメラ。母の意志が糸で繋がったかの如く、ジオもしっかり同時に下げた。いつもの白猫らしい気紛れ加減が嘘の様だ。
「──レヴァーラ・ガン・イルッゾ様。御無理を承知で御頼み申し上げます。このパルメラを再びあの実験へ御導き下さいませ」
訛りは残ってこそいる。然し恐らく今の彼女に出来る最大限の礼節。後は実直に頭を下げ続けるという迫真。
「なッ!? 貴様、自分が何を懇願してるのか真に理解しているのかッ!?」
レヴァーラの翠眼が驚き見開く。パルメラの望む『あの実験』とは紛れもなく、褐色の美女からヒンドゥー教徒の祈りを引き出し、神聖術を為した行為。
自身が元々抱いている意志に人工的意識を無理矢理ぶち込む地獄のことに他ならない。下手打つと後釜に自分の本来を引き裂かれ廃人と化す。
だが見事共存を果たせば、己が望むをただ一つ叶えてくれる夢への懸け橋へ転化を遂げ得る可能性を秘めている。
──敬愛なる夫を失った未亡人の望むことなど最早聞くまでもなかった。
「ど、どうか何卒この愚昧な願いを受け入れて下さいッ! ウチの絶対神さえ取り戻せたなら、他はもぅッ、何も要らんのやッ!!」
パルメラの信ずる神がまるでレヴァーラに移り代わったの如く、脚に縋り付き泣き叫ぶのだ。天上に居るべき男へ捧げし愛の慟哭。
これに意見出来る程、ファウナの大人は成熟などし切れていない。賢しい知識を振り翳すだけのただの少女だと思い知らされた。入り込める余地が見えない。
「ま、待てよアンタッ! もし失敗したら残されたこの子はどうすんだよッ! 親の身勝手押し付けんじゃねぇッ!!」
チェーン・マニシングが二人の大人に割って入る。パルメラの襟首を情け容赦無く片腕で掴み上げ、空いた手先で獣人を指す。
「な・に・が・夫の死を覚悟してるだッ!! 思い切り引き摺ってんじゃねぇかア"ア"ンッ!? 仇討ち覚悟の特攻の方がまだマシだろうがァァッ!!」
鬼気迫るチェーンの激昂。ファウナとレヴァーラが口を挟めない迫力。『親の身勝手』この少女の逆鱗に触れる何かを感じたに相違ない。
チェーンにしてみればパルメラのソレは覚悟を冒涜している女の意固地に過ぎないのだ。少女は覚悟の意味を説いている。道なき道を切り拓く思いの向きがズレているのだ。
ガシッ!
「御止め下さい。これは僕の覚悟でもあるのです!」
人を成したジオ・アリスタが母親の襟首を掴む少女の手首を子供のソレとは思えぬ握力と雄々しさを以って止めに入る。語尾の猫語が何処かへ飛んだ。
獣の様な自由人で在りたいと願うチェーンと、生まれながらに獣人の道を押し付けられたジオの想いが交錯した。