第112話 またしても揺れ動く女神と獣人の少年
ヴァロウズNo4、インド神話に出て来る神々の力を具現化出来る能力を持つ存在。パルメラ・ジオ・アリスタ。そしてその連れ、白い子猫やキマイラの様な姿に自身を変化させる能力をもつジオの二人。
ファウナ・デル・フォレスタが持てる限りの魔導を尽くしても、彼女独りだけでは勝てなかった強敵。最愛のエルドラを失った褐色の美女が再びフォルテザに姿を現す。
だがエルドラの仇討ち処か攻撃の意志すらない模様なのだ。何が目的か判らず不気味に感じていたレヴァーラ一派。
しかしファウナの予想『あの神聖術士は此方に何かを望んでいる』この言葉を受け止めたレヴァーラ・ガン・イルッゾは、疑問が一挙に氷解するのを感じ取った。
元々2人──1人の魔法少女が少女の化けた白狼の二人で応じるつもりであった処にレヴァーラが割り込む形に至る。
嘗てファウナがパルメラと戦闘した際、このチェーンが自分には不要な座席をファウナの為に態々用意したものだ。しかし今回は座席を2つ、用意してやる必要が在る。
「どうするんだ? あの例の黒猫みたいに前後式の複座にするか?」
格納庫で寝ていた処を起こされたチェーンの軽い質問。正直どうでも良い話である。
「──いや横2列に並べてくれるか?」
割と優しめな声によるレヴァーラからの願い。早い話、ファウナとのアベックシートを望んだのだ。まるでデートにでも行く気軽さ。緊張感が微塵もない。
「……ま、良いけどさ」
チェーンが言われるがまま、まるで車の前部座席の様に運転席と助手席を用意する。「フフッ……」と緩んだ顔で運転側にレヴァーラ、その隣にファウナが乗り込む。
そして互いに手を絡め、少し身長の低いファウナがレヴァーラの肩に自分の頭をユルリと載せた。実に幸せそうな二人に真顔の白狼が勝手に駆け始めた。
ガシャンガシャンガシャン──。
「レヴァ……」
「んん? 何だファウナ」
とても揺れ動く上、やたらと煩い車なのに二人はすっかり緩み切っている。ファウナの金髪が自分の肩叩きをする度、心地良いと感じる踊り子様なのだ。
「二人で往くならどうしてMeteonellaにしなかったの?」
「フフッ……そんな事か。大した意味はない。強いて上げればあの黒猫では些か礼に欠けると感じたのだよ。何しろ夫殺しの機械だからな。それにアレは狩りの道具──だから不要だ」
さもドライブデートな両者の穏やかなる会話のやり取り。しかし『夫殺し』というレヴァの言葉にファウナの蒼い大きな瞳がさらに丸みを帯びた。
「お、夫ぉ!?」
「何だ、お前のことだ。蒼いその瞳で気付いていると思い込んでいた。内縁らしいが子供すらいる」
未だ18に過ぎないファウナに取って『夫』の次は『子供』という顔を赤らめるに充分過ぎる途方もない話が胸に舞い込む。
「え……ええええッ!?」
「あの獣人だよ。あの女、私には『籍を入れのが終わりだなんて古臭い』と馬鹿にしたが、ミドルネームに自分達の息子の名を刻む辺り、大して変わらぬと思わんか?」
ファウナ、叫ばずにはいられない内容。食い入る様にレヴァを見やる。
対するレヴァは随分と落ち着いたものだ。彼女とて中身は大変初心な少年である筈なのに。驚く愛しの少女の豹変ぶりをさも余裕の表情で楽しんでいる。
「……」
「──どうした?」
不意にファウナの顔が曇天を帯び、すっかり俯いてしまった。これには流石のレヴァーラとて気に掛かるというものだ。
「わ、私……旦那様とダディを殺……した」
愛するレヴァとその仲間達を守る。その為なら敵は討たなきゃどうしようもない。
そう割り切っていたつもりのファウナが愛する家族をこの手で殺めたという生々しさを今頃、実感し酷く落胆してるのだ。彼女の胸中に育ての親と未だ見ぬ親の両方が浮かぶ。
「それは断じて否! アレは我が殺害したのだ! ──ファウナ? まさかお前責任を取る為に名乗り出たのではあるまいな!?」
平和ボケしていたレヴァーラが立ち上がり、ファウナの身体を掴んで精一杯揺すり始める。
ファウナ姉の呪縛から折角解かれたというのに、これでは元の木阿弥。『私がパルメラの話を聞いてくる』あの言葉の裏腹を今さら感じ慌てるレヴァーラ。
「良いかファウナァッ! 我が女神に改めて誓いを立てるッ! もう二度とMeteonellaを同胞殺しには使わぬとなッ!!」
白狼の駆ける音さえ掻き消す勢いでレヴァーラが喉を潰して新たなる誓いを叫ぶ。
それでもファウナは力なくダラリとしていた。『私に取っての女神は未来永劫お前だけ…』あの時よりもこのファウナが、奈落の底から帰って来ないのを感じてならない。
「れ、レヴァ……」
「聴こえなかったのかッ!! エルドラだけはアレに頼るより他なかったのだッ!! そうする様に仕組んだのはこのレヴァーラ・ガン・イルッゾであるッ!!」
確かにMeteonellaは、製作者のリディーナ。実質操縦士のファウナより助力を得て始めてエルドラ・フィス・スケイル最終決戦兵器足り得た。
されどそう仕向けた主犯は自分。お前は知らぬ間にこの犯罪に手を染めただけ。共謀罪すら適用しないとレヴァーラは力強く発しているのだ。
この場への移動手段に黒猫を使わなかったのは単なる気まぐれでなく、寵愛する女神をこれ以上失楽させない為の小細工なのだ。
しかし幾ら理屈を並べた処で感情は別物である。ファウナ自身が『私が殺った』と自らの罪の意識に苛まれている限り、何を言っても徒労に終わる。
ガシャン……。
チェーン・マニシングの地面を蹴る音が止まった。目前に広がるメッシーナ海峡とイタリア本土。
そのもっと手前に褐色の美女が立っていた。インドの民族衣装サリー。ヘソ回りが透けて見える。着る者を選ぶ艶めかしさだが、パルメラ・ジオ・アリスタならこれでも足りない位に美麗を成し得る。
そして隣には背丈が母親の半分にも満たない少年が居た。
彼はレヴァーラでさえ初見。さも獣人らしく金髪頭の上に猫耳が在る。目は黄色と緑色のオッドアイ。見慣れない獣人種故、年齢が判別しづらいが10にはまだ届いていないと予想出来る幼い顔立ち。
「──なんやなんや、金髪のお嬢ちゃん。そないなこと悩んでおるん?」
口論してる間に交渉相手の元に辿り着き、いきなり声を掛けられた。憤怒も悲哀も感じさせない普段通りの声である。それ処か少し口角が上がっていた。
言い争いの内容を聴かれていたと知り、ファウナを強く振り回していたレヴァーラも、哀しみにくれるファウナ自身も、どんな顔をすれば良いのか戸惑いを隠せない。
「ウチのエルドラ様は独りで世界に戦争を仕掛けた凄い御人や。せやからウチかて覚悟はしとった。それを気にするんはウチの旦那様に対する冒涜なんよ」
口は強気なパルメラ。如何にも強き者の元妻らしく毅然と振舞う。未亡人という痛々しさを一切感じさせない。
──だが、やはり此方も理屈では計れやしない哀傷を内に秘めている。だからこそ恥を承知で此処まで来た。
パルメラ親子が地面に膝を付き、恭順の姿勢を取る。形振り構っていられないものをこれから現人神と御付きの女神へ吐き出すのだ。




