第111話 褐色の神頼み
リディーナ&リイナの銀髪碧眼美女コンビが提唱してきたアル・ガ・デラロサを隊長に置くエル・ガレスタ小隊。
デラロサ当人は『隊長専用機』という言葉に大興奮。喜びに打ち震えている。よもや軍を捨てた自分がこんな僻地で再び隊長を名乗る羽目になるとは想像だにしていなかった。
裏腹に自分は何処へ行こうがやはり血と硝煙の入り混じった匂いを嗅がないと生きて往けない人種なのだという気分も孕んでいる。
「──むあって、操縦士がどうこうって話が全然ふぇはぃんはけどぉ」
「うむ、そうだな。確かに類まれなる戦士こそいるが、あの人型をどうやって──まさか我々がやるとか言い出すんじゃあるまいな?」
若い黒髪のNo8は未だパスタを食べながら疑問符を並び立てる。いつも一緒な疑惑の在る赤髪のNo7が馬鹿を言うなといった体だ。
レヴァーラが演説で以って持ち上げ、ファウナ姉が絶望に落とし、今度はまさかのリディーナが持ち上げた食堂に居る面々の空気。
そんな気分の著しい慌ただしさの最中であった──。
リディーナ達二人を大写しにしていた巨大スクリーンに警告の赤文字が突然浮かぶ。同時に皆の携帯端末にも同じものとけたたましい警告音が鳴り響いた。
「──何事かッ!!」
慌てふためき掛けていた空気をレヴァーラが一喝した。状況確認と冷静さをただの一言で引き出すカリスマ力は流石である。
ブォン。
スクリーン向こうが再びリディーナに戻る。レヴァーラへの緊急報告に違いない。またファウナ姉が何かやらかしたのか?
『背中に翼の生えた獅子が此方に向けて飛来してるのを監視衛星が捉えたわ。拡大望遠最大でスクリーンに映すわよ』
黒い歪な鳥の影に見えたそれが次々と拡大されてゆく。その果てを見た誰しもが色様々な驚きの感情を浮き彫りにした。
「あ、あれはパルメラ・ジオ・アリスタ!」
「パルメラッ!? 4番目の神聖術士! 恋人の仇討ちかッ!」
直接魔法戦を交えたファウナ・デル・フォレスタの著しい戦慄。
ファウナと共に戦ったオルティスタがまるで相手がその場に居るかの如く、両腿に差した短剣に手を伸ばす。
「恐らくそれは違うな。そうであれば既に攻勢を始めるのが道理だよ」
皆が振り向いた先に冷徹さを損ねていないレヴァーラが居た。既に堂々メッシーナ海峡を越える辺りだ。逆に此処まで監視網に掛からなかったのが不思議なくらいだ。
インド神話に通じる能力を持つ褐色のパルメラはファウナと同じく魔導士系である。──で、在るなら自分の間合いに入った途端、超強力な神聖術で仕掛けて来るに決まっている。
ジオという白猫なのか獣人なのか良く判らぬ者しか連れがいないのなら猶更のこと。だからこそかえって不気味とも言える。
「──ったくよぉ、次から次に蟲みたく湧いて来やがる。誰だよ黒猫が居れば俺達何かお役御免とか言ってた奴ぁ……」
さも面倒臭さそうに飯食う場所での耳穿りという礼節を欠いた行為に走る青いポニテのNo10。
──それ、貴女が言ってたことじゃない……。
ファウナが珍しく冷たい視線と気分を送る。副流煙を吸いながら半ば無理矢理その話を聞かされたのがこの魔法少女だ。気分を声に載せないだけ彼女の方が大人である。
「私が話を聞いてくる。──チェーン、付き合って頂戴」
『──ぼ、僕ぅ!? な、何でさ! いつもの仲良し組で行けば良いだろ?』
此処に居ない不意撃ちの御指名に音声のみなチェーン・マニシングがおどけてみせた。全く以って油断していた。飼い犬の様に格納庫で寝ていたのである。
「相手は1人と1と……じゃないない。二人きりよ。此方がぞろぞろ頭数揃えて行くのは失礼だわ」
ファウナが指折りしつつ、首を振って訂正する。あの空飛ぶ獅子みたいのは獣人だったと思い返した。
「ファウナっ! それは余りにも迂闊が過ぎる。何か思う処が在るとでも言うつもりか?」
背中に駆け寄り肩をガシリと掴んだレヴァーラがそれを制しようと試みる。一度剣ならぬ魔法で語った相手である。それも何やら訳在りなのは確かだ。
さりとてレヴァーラの気分が杞憂に終わると呑気しても者は誰1人としていやしない。この娘、賢者面と危惧感が同居してるイメージが未だ拭えない。
だからこその人を惹き付ける魅力がこの魔法少女には存在し、かたや魔法少女姉にはそれが垣間見えない。だからどれだけファウナ姉が可憐な妹を演じようとも此処の連中には刺さらないのだ。
「レヴァ、貴女自身が言ってたのよ。その気があれば既に攻撃してるってね。それ絶対だわ」
実にファウナらしい断定系の台詞だ。レヴァーラの引き留めに微塵も狼狽えを見せやしない。
「此処まで何故バレなかった? どうぜ創造神辺りに御祈りして姿を眩ませていたのよ。それをワザと晒したのが何よりの礼儀」
ファウナ姉の非凡振りに為りを潜めていたファウナ節が戻って来た。高飛車に為れば成程、双子の姉と瓜二つに染まって往く。
「礼儀だと? アレが頼み事を望んでいると言うのかファウナ!? ──そうか成程、我にも話が見えてきた。ならばなおの事、私が聞かねばならぬ様だ」
この娘の言葉に如何にも信じ難いといった顔つきであった。けれど中途に何か気付いたらしく、顔を緩ませ、此方もファウナ同様、いつもの口角上げっぱなしの顔へ戻る。
「レヴァ? ──フフッ、此処は従った方が得策って訳ね。了解よMY Master」
振り向いたファウナが如何にも嬉しいそうだ。肩を掴まれたその手に自分の手も重ねた。やはり私のマスターはこうあるべきだと勝手に思う。
「ファウナ・デル・フォレスタ、チェーン・マニシングに我の護衛を命ずる。──確かに礼節は重んじなければな。人として」
命ずる割に片目を瞑って寄越したレヴァーラのファウナのみに通ずる遊び。これはファウナの気持ちも上がった。それとは別に『人として』に妙な含みを持たせた自分に気付かなかった。
◇◇
「ファウナ君。あれしきの基地に見せしめが過ぎるとは思わんのかね?」
ファウナ君曰く、暗くてジメジメした極秘基地に帰還した金色のエル・ガレスタと赤一色の親衛隊機。結局一機たりとも損なうことなく快勝であった。
そこへやって来たのは例の司令官だ。相も変らぬ無愛想。キング・ハリド軍事都市をあれしきとは実に手厳しい。まあ彼の本音は現人神に戦力を晒し過ぎだということだ。
「本当アンタって煩いわねぇ。『御苦労様』の一言くらいも掛けられないの? そんなんだからたった独りの女に逃げられたのよ」
ヤレヤレと首を竦めるファウナ君。
これは流石に言い過ぎな煽りである。妖怪眼鏡拭きが本当に人を辞めて鬼と化しても言い逃れ出来ない内容なのだ。なれど総司令は顔色変えず流すのである。