第110話 銀髪美女達が企てる静かなる反撃の狼煙
食堂が狂乱の巷と化す。そう思い込んでいたレヴァーラ・ガン・イルッゾ。
意外な程、静まり返っている周囲。余りの特異なる光景に声も失っているのであろうかと思いきや、そういう訳でもなさそうである。
無論、楽観的な態度をしている者は独りとしていない──。
けれどもこの状況を真摯に受け止め、出来る範囲の考察・分析を進めている様に見受けられる。レヴァーラは独り『年寄りの冷や水』と苦笑を禁じ得なかった。
「──原子の連鎖、まさかアレを現界出来るだなんて……」
ファウナ妹がその光景に愕然とした。姉が自分を名乗り、増してやレヴァーラの意志で世界を我が物顔でぶち壊すと宣言した。無論、それについても言うまでもなく衝撃を受ける。
しかし今はそんな暗躍が明るみに為った出来事よりも60km四方の軍事都市が姉の詠唱一つで灰燼と化した苛烈ぶりに心囚われている方が大きい。
ヴァロウズの元No1、エルドラ・フィス・スケイルの小細工などより余程壮絶である。爆心地から約直径70kmが完全に消失し、それこそクレーターの様な傷跡を生々しく刻んでいた。
ファウナ姉は魔力さえ尽きなければ、この地獄を好きなだけ披露出来る。それもファウナ・デル・フォレスタを堂々名乗った上でだ。擦り付けられるには余りに大き過ぎる罪だ。
「わ、私もあの術。構想だけなら正直在るのよ。だ、だけど魔導書に書き記すまでには至れていないの」
ファウナが戸惑いを隠せない。けれども先程の凛々しい『大丈夫』は信じても良いらしい。状況分析に至れているからだ。
核分裂反応──魔法でなくとも確立された技術故、構築だけなら寧ろ容易い部類やも知れない。樹々の葉を刃に変化したり、あらゆる事象を反転させる超常現象の類の方が或る意味異常だ。
然しながら魔法とは想像力が物言う世界だ。森と生き物を愛する彼女に取って、想像を創造へ転化出来ない術はやれそうにない。
「──あのふざけたデタラメ魔法は、姉貴オリジナル呪文って訳か。遂になりふり構わずやりたい放題だなクッソ野郎!」
アル・ガ・デラロサの脳裏に浮かんでいる『クソ野郎』は間違いなくあの上官である。いよいよ元身内が敵の親玉と化した。
「ファウナさん、あの例の敵。エル・ガレスタを貴女がMeteonellaを操る様に蜘蛛の糸を直結してるものと想定します。貴女に同じ事が出来そうですか?」
妻マリアンダからの冷静な分析から成る質問。ファウナ相手に敬称を付ける程、結婚後の彼女は精神が確実に成長を遂げている。
見えない糸がカメラ越しに見える訳がないのだが、魔法少女の姉が人型兵器の実戦演習をしているとは到底考えられない。その観点で見えているのだ。
「う、うーん……。Meteonellaはリディーナ様が元々想定してた節を感じてるから確実とは言えないけど、多分同じ位は私にも動かせると思うわ」
ファウナが今朝方奪われたばかりの唇へ手をあて俯き、自分が動かすのを想定してみる。切ってしまった金髪が揺れ動く。
「蜘蛛の糸使いのお馬ちゃんはどうなんだ?」
これは最早煽りとも取れるデラロサの余計な言い回し。No10は蜘蛛でも馬ですらないのである。
「デラロサ手前!? その呼び方いい加減変えねえと今夜、お前等の寝室にその首が転がるから覚悟しとけ!」
青いポニテが怒りに震えた。立ち上がり大いに喰らいつくジレリノである。
「──で、どうなんだ?」
ブレることないデラロサの鋭い視線。これでも真面目に質問してるつもりなのだ。これに敗れたジレリノがプイッと視線を外す。
「クッソ、いちいちムカつく野郎だぜ。まるで出来る気しねぇよ。あの玩具は人形じゃねえ、機械だ。俺様の言ってる意味判んだろ?」
例えジレリノがファウナから借りた蜘蛛の糸を自在に操れるとはいえ、それはあくまで人形師の如く上手に扱えるだけの話だ。
エル・ガレスタの中身を全然知らないのに扱える道理がない。尤も訓練を積めば話が転じるかも知れない。
「──だとするなら余程特殊なやり方を考えなければ、あの動きを私達には再現出来ないと言うのか」
マリーの語る『あの動き』とは勿論金色のエル・ガレスタを指している。
これは正直腹立たしいものが在る。何しろ此方が先約であり1号機だ。しかも機敏な動作だけなら金色処か取り巻きの親衛隊にさえ及んでいないと確信出来てしまっている。
ブォン。
食堂に用意された巨大スクリーンに命が自動で入る。映し出されたのは普段着姿のリディーナである。皆の視線が一斉に注がれた。
「──リディーナ、爆心地付近の放射能汚染状況は把握出来ているか?」
先ずレヴァーラが皆とは切り口の異なる内容を質問する。あの手の兵器に腫れ物の如く必ず付きまとうもの。しかしだからこそ避けたい話題でもある。
『割と此処から近場ですからちゃんと測定してるわよ。それが驚いた事にゼロとは言えないけど限りなくそれに近いの。人体に影響を与える程ではなかったわ』
リディーナの返答にどよめきの声が上がる。やはり人智を超越していた。
「本気で意味判んねぇなソイツは。エルドラさんがいよいよ可愛く思えてきやがった。遺体持っていきやがったが、マジで塵扱いかも知れんぞ」
やはり兵器の話題となればデラロサがやたら喰らいつく。但しあの金髪嬢ちゃんの攻撃は兵器なんて幼稚なものじゃなくあくまで魔法だと思い知った。そうでなければ片付けられない話なのだ。
地上約500mから直接落とす核兵器。そんなものは聞いたことがない。アレは地表で炸裂するのではなく、空で暴発するものだ。
『それはそれとしてデラロサ御夫妻。昨晩はお陰様で大変ぐっすり休息出来ましてよ。大変感謝しております』
──ビクッ!?
スクリーンに大写しされた銀髪碧眼の女性が目を細めてニコリッとデラロサ夫妻を見やる。やけに恭しい言い回し。デラロサ夫妻の背中に冷たい物が走る錯覚。
「お、おぅ。そ、ソイツは良かったな……」
あの漢気の塊が目を逸らして当たり障りのない言葉を選んだ。リディーナとてMeteonellaの機密を堂々盗まれたことを咎める気など毛頭ない。要はちょっとした茶目っ気に過ぎない。
『アル・ガ・デラロサ隊長、貴方に素晴らしい御褒美を差し上げましょう。そして残念でしょうけどED01-Rは諦めて頂くわ』
「なッ!? そ、そらあ一体どういう意味だッ!」
座って話し掛けてるリディーナの隣、同じ銀髪で碧い瞳の女性が横から映り込んだ。
「デラロサ大尉、軍出身ならお判りになられる筈です。小隊の機体が揃っていない不便さを……ね」
リディーナ以上のにこやかな顔でア・ラバ商会からの派遣社員、リイナが話に交じってきたのだ。
──小……隊、それに隊長? あのア・ラバの女、一体何言ってやがんだ?
何だか掌の上で良い様に転がされてる違和感を感じた。もう言い返すのに些か疲れてしまい黙り込む。
小隊編成に機体統一化は不可欠で在る。そんな常識を専門家である自分が今さら問われるのは余りに釈然としない。整備するにしても改修も規格統一は重要視されるものだ。
だがこのアジトに在る機械兵器はグレイアードとエル・ガレスタ、そして言葉選びが最悪だがゲテモノなMeteonellaとそもそも機械ではないチェーン・マニシングだけだ。
──小隊って言葉の意味、此奴等本当に判ってんのか?
『──揺りかごから兵器まで。何でも揃うア・ラバ商会をもうお忘れですかデラロサ大尉?』
増々口角を挙げるリイナとリディーナの二人、こうして同じ表情を並べるとまるで姉妹の様だ。
「ま、まさかエル・ガレスタ小隊編成をするってんじゃァあるまいな! だが操縦士までは揃えらんねぇだろっ!?」
スクリーン向こうの二人、その企みが見えてきたデラロサ大尉。
されどア・ラバの店主が傭兵すら在庫してるというのは初耳。仮に掘り出し者が在るにしてもだ。こんな怪しい集団に外部を入れるのは賛成しかねる。
『何を仰いますやら。此処には粒揃いな兵士達が居るじゃありませんか。後は有能な指揮官が必須条件。貴方にはただの改良機じゃない隊長専用機を御用意しますわフフッ……』
恐らくこのアル・ガ・デラロサより歳上のリディーナ様が身勝手にも話を締め括った。このやり取りに何も口を挟めていないリディーナ様。恐らく置いてきぼりなのだ。
閃光のリディーナ様は、このレヴァーラ様を用意した親とも言える存在。全てまるっとお見通しなのだ。然もいつの間にやらリイナという専属すら隣に付けた。
「ふ、隊長専用機……」
その言葉に心躍り過ぎて声が出ないアル・ガ・デラロサ。彼の内に秘める少年の心が滾るのを止めようがない。
『連合だか連合国だから知らないけど所詮烏合の衆。このリディーナ様を舐めるんじゃなくてよ。目にもの見せて御覧に入れるわ』
リディーナが片肘を付き冷笑を浮かべる。彼女の頭脳には改修を超えた再構築の構想図が色鮮やかに出来上がっていた。




