第108話 金色のエル・ガレスタとその裏側
『此方、King Khalid Military City。所属不明輸送機、そちらは領空侵犯を犯している。繰り返す……』
サウジアラビア──『キング・ハリド軍事都市』。1970年代から1980年代にかけて建造されたアメリカ軍&サウジ軍駐留の為、設計された軍事都市。
軍事都市───その名に偽り無し。
6500万人もの人間が軍事のみらず、居住可能な文字通りの都市である。
訓練施設から果てはショッピングセンターまで存在する街である。20世紀で既に直径約30kmにも及ぶ軍事都市。22世紀に於いて60km四方まで拡大していた。
20世紀後半から始まる軍縮とは? 首を捻りたくなる存在感。尤もエルドラ・フィス・スケイル以来、此方も空き家にするしかなかった。死亡したと知るや、馬鹿にしながら軍属達が復帰した。
レヴァーラ・ガン・イルッゾがシチリアに建造中のフォルテザにコンセプトが限りなく等しい街だ。
その街の1500m上空を所属不明な空挺機らしき輸送機が旋回している。正確には連合国軍の直轄を示す刻印までされているのだ。
しかし例え連合国軍と言えど、軍事飛行をする以前に通達するのが定められたルールで在り、第一裏がないのなら、公表しない理由がない。
サウジとエジプトの国境付近に位置する紅海。これを通過するだけならまだしも、旋回をしつつ留まっている。しかもキング・ハリドからの通信に全く応じない。
寄ってこの機体は所属不明輸送機で何ら間違いなど在りはしない。
余りに不気味が過ぎる。黒を主体とした機体色で在りながら、ステルスする気配がまるでないのだ。寧ろ青空に黒い奴が緩やかに旋回していてはかえって悪目立ちする。
『──所属不明輸送機。これ以上応答がない場合、撃墜する。繰り返す……』
もうこれで何度目の呼び掛けだろうか。正直な話、連合国軍直轄部隊の旗印さえ付けてなければ即刻撃墜している処だ。何せ大変貴重な産油国の超巨大基地だ。
こんな不穏分子、警告無しで撃ち落とした処で文句を言われる謂れもない。寧ろ貴重な資源と施設を守った正当なる評価を受けるに値する。
『──煩いわねぇ! そんな馬鹿みたいに繰り返さなくてもちゃんと聴こえてるわよっ! 黙って待ってなさい、これから堂々飛び出してくんだから!!』
「Oh? お、女の声? しかも少女だと?」
散々警告を無視した挙句、返答の内容が余りに陳腐で酷過ぎた。少女がブチ切れただけの応答に戸惑うオペレータが、一旦無線警告を切る。他の連中と対応を協議しようという事らしい。
だがそんな悠長は許されなかった──。
どうみても空挺部隊所属機なのだが迂闊な記録が残せず、輸送機と呼称されていた存在の後部ハッチが大きく開くと、ギラリッと光る黒い銃口が顔を覗かせた。
やはり連合国という称号に怯えることなく、現場の判断で早々に対処すべきであったのだ。
「Fire!」
巨大な銃口から放たれた銃弾は超電磁砲。気付いた瞬間と訪れる終末が同時である。キング・ハリドのレーダー監視塔施設は一瞬で完全に沈黙した。
そして先程の少女の宣言通り、12m程の巨大人型兵器達が次々とハッチを飛び出して征く。何れもマリアンダ・デラロサと同じ機体。機体色が総て赤に統一されている不気味。
10機出撃し、これで終わりかと思いきやキラリッと輝く黄金の何とも軍属らしからぬ同じ機体が最後に発進した。
落ちながら姿勢制御可能なこの機体群。金色を真ん中にして赤5機づつを翼の如く左右対称に展開した。
然も全機体が左腕に先程の超電磁砲を装着している。後ろからノズルなのか、或いは電力供給ケーブルなのか? 伸びた物が機体の腰辺りに繋がっている。
これはマリアンダ・デラロサのエル・ガレスタには無い装備だ。エル・ガレスタも超電磁砲を発射していたが、アレは携帯式ではない。その分強力だが行動範囲は制限される。
要は新しい機体の方がより簡素化された次第。威力低下は量産数と機動性向上で補う。実にシンプルな考え方と言える。
なお全く以って必然なのだが超電磁砲の電力供給分、本体稼働時間が減ってしまう。それを補うべく、装甲の厚みを薄くし背中に太陽光パネルを背負っていた。
エル・ガレスタ後継機というべき機体解説をもう少しだけ続けたい。
突貫で装甲を軽量化したせいなのか、頭部や肩部とボディを繋いでいるケーブルが剥き出しに成っている。やはり機動性で補えといった処か。剝き出しなのがかえって有機物感を連想させる。
また背中の太陽光パネルが無い機体も存在する。右腕側面に機体とほぼ同サイズで真ん中から折れている盾らしきものを装備しており、その表面にやはりパネルを張り詰めている。
背中だろうが盾であろうが、作戦行動の邪魔と判断次第、パージ出来る仕組みとなっているに違いない。流石に軍ならではバリエーションとも取れるが、要は量産機故の思い切りの良さなのだ。
『アーッ、聴こえますぅ? それからちゃんと私が見えてるぅ? カビ臭い基地の御役人様ぁ? 縄張り示す犬みたいのに騙されるとかバッカじゃないの!?』
やはり甲高い少女の声と、とても軍人には見えない格好だ。しかもどうやら金色に乗ってるらしい。「この衣装、何処かで見た気が…」そんなアテにならないことを言う者が居た。
「な、何だこの小賢しい娘は! サッサと撃ち落としてしまえッ!」
禿げている如何にも無能な御偉方的な1人が無線の届かぬ場所で、さも偉そうに吼え盛っている。
『私はファウナ。ファウナ・デル・フォレスタよ。レヴァーラ・ガン・イルッゾ様に御仕えしてる森の女神って言えば砂漠の田舎者でも流石に判るわよねぇ?』
その名を聴いた軍人たちが大いにどよめく。「や、やはりそうだぁッ!」ファウナの魔法戦を幾度も視聴してた1人が腰を抜かして大層驚く。
『な、何だと! 魔導士が何故そんな機体に乗っておるのだッ!?』
これは至極ごもっともな発言。大体その格好自体、兵器を乗機とするのが不自然過ぎる。しかし黒豹みたいな機体に乗っていたという報告も受けている。
『と、兎に角そちらへAI戦闘機が向かっておるわ! 人型なんて空ではただの標的に過ぎん、もう数秒の命なのだよこの馬鹿娘がァッ!!』
先程の禿げた御偉方がもう勝ちを確信した上で、オペレータの無線を勝手に取り上げ、ようやく表へ通ずる声でさらに吼え昂る。
『──Fuck off and die!』
ブツンッ。
一方的に敵を煽る回線を開いておきながら、腹が立った途端、今後は此方から身勝手にも切って捨てた。
「──『爆炎』」
ファウナを名乗る魔法少女が人型兵器に乗ってる癖に、爆炎魔法で追尾してきたAI戦闘機を瞬時で燃える塵と化した。他にも数機、同じ戦闘機が襲ってきたが総て同じ術であっという間に焼却処分する。
鉄の鳥を全部燃やし尽くしてしまった。然も人型兵器の力を全く借りずにだ。理屈理論無視のデタラメな強さである。
パチンッ。
『──アーハッハッハッ! 見たぁ? ねぇ見た見たぁ? この豚野郎ッ! 次はアンタが丸焼きになる番よッ! 尤も煮ても焼いても食えないでしょうけどねッ!』
ブツンッ。
伝えたい事だけ言ってのけると再び回線を切ってしまうこの無法振り。見た目と声は、それに魔法は完璧にファウナ本物と同一なのだが、天然の性格だけは尖り過ぎている。
遂に地上へ降下した偽ファウナ率いるエル・ガレスタ量産機部隊。やはり金色を戦闘に矛先の様な陣のまま、次はホバリングで軍事都市に堂々寄せ征く。
◇◇
「──り、リディーナッ! 一刻も早くこの中継を世界に洩れぬ様邪魔するのだッ!」
此方はリディーナの報告をなるべくバレぬ様、受信しているレヴァーラである。
『気持ちは判るけど無理よ。既に試してみたけど連合の回線網は強力だわ。──直に皆も気づくでしょうね』
「チィッ!!」
ただの音声のみなのだが俯き加減の相棒の顔色すら見える気がする。周囲と言うか正確には傷心のファウナだけにはどうしても伝えたくない。
その割に自身が一番声を無駄に励ましてしまった。『直に皆にもバレる』ファウナを含む食堂の連中……つい今しがた士気を高めたばかりだというのに一挙に瓦解する音が聞こえた。
 




