第105話 エルドラだかディス"ドラ"だか知んねえ
「──ファウナッ!」
「ファウナちゃん!」
ファウナ姉の介入という異常事態こそ在ったものの、無事ヴァロウズのNo1、エルドラ・フィス・スケイルを撃破しシチリアの我が街へ帰還を果たしたMeteonella。
No7とNo8がさも心配顔で出迎える。他の連中も険しい表情には変わりない。ようやくエルドラが1つ取り除かれたと思いきやの展開。
自分達に取って心の拠り所であるファウナ・デル・フォレスタの何ともやるせない負けっぷり。これまでも彼女は若さと理知に頼り過ぎた結果、敗北を背負った経歴が在る。
しかし今回の黒星は色々な意味で未来を絶たれた感じが凄まじい。正確に勝敗を論じるのなら敗退した訳では決してない。特に魔法勝負なら互角であった。
けれども寧ろ森の女神候補生と同列な時点で酷く辛いものが在る。この連中を無条件で支持してくれる女神が向こう側にも居たという痛恨事だ。
「──だ、大丈夫よ。ただ疲れてるだけだから」
黒猫の猫額を開く。どうにか意識を取り戻したファウナがレヴァーラに身体を支えて貰いながら弱々しくも手を振り応えた。
「ファウナよ、無理をするな」
愛しのファウナの肩を支えているレヴァーラに伝わる儚げ。下から見上げる周囲の者達も動揺の色を隠せていない。
身勝手な話、絶対神は独り居れば後は要らないものだ。複数存在すると迷いを生む。
増してや似た神が敵対するとなれば、いよいよ困ったものだ。神が転じて悪魔を成す。
神なら愛する信者からの我儘とて多少なりとも受け入れてくれるやも知れぬ。だが悪魔に意見した処で嘲笑され、糧になるだけだ。
現人神などと持て囃されてるレヴァーラだが、身内に於ける女神は間違いなくこの少女だ。彼女自身がそれを認めている。
今、敬愛する女神が弱り切ってるというのに自分に出来得ることが全く以って浮かばない。
戦の女神が大敗を喫した途端、魔女呼ばわりされるのだけは、どうにか庇ってやりたいものだ。
「兎も角4人共お疲れ様。何はともあれ今日の処はじっくり休みに徹しなさい。後始末くらい此方でやるから」
「リディーナ──済まない」
仕方のない状況とは言え、あのレヴァーラ様が長年連れ添う相棒に本気の謝りを返している。頂点が揺らぐのは見てる方も辛いものだ。「皆も済まない」とレヴァーラが締め括った。
◇◇
フォレスタ家三姉妹とレヴァーラ・ガン・イルッゾが深い休息へ落ちてる最中。うつらうつらしながら後始末とやらに精を出してるリディーナである。もうすっかり格納庫に根を生やした生活。
「──お前さんも、ちったあ休め。美女にこんな味気ねえ場所で倒られてはこっちがかなわん」
アル・ガ・デラロサが首振りだけで『そこを退け』と告げて来た。後ろには夫人も従えている。
「で、ですが……」
デラロサの申し出を聴き、Meteonellaを心配げに見上げるリディーナである。
「この黒猫ちゃん、小難しい整備が必要だってんだろ? だがな……俺達だって手前の機械整備くらいやってのけてるんだぜ」
「そういう事です。せめて数時間の休息時間くらい我々が作りますから」
ニカッと笑うアル。マリーの吊り眉も緩んでいた。軍に所属してた時分から、グレイアードとエル・ガレスタも簡単な面倒ぐらいは自分達で熟している。寄って手慣れたものだ。
「ご、ごめんなさい……じゃあ御言葉に甘えて。4時間後に起こして下さい」
リディーナ自身も意識朦朧でこれでは進捗がすこぶる悪いと感じていた。どのみち休息は必須だった。後は誰かに止めて欲しいと正直思っていた次第である。
「「了解」」
ふらりふらりと幽霊が如く、格納庫を後にするリディーナ。それを緩い敬礼で見送るデラロサ夫妻である。
「──さてと可愛い可愛い黒猫ちゃん。この伯父様が優しく診てあげるからねぇ」
Meteonellaの状態を映しているモニターを覗き込み、さもやらしい手つきでキーボードに触れようとしているデラロサ。
あのリディーナが端末にLockを掛け忘れるとは中々の珍事と言える。この3人が互いに依頼し合ったのはあくまで機械整備なのだ。
「アル? 約束を違えるのは絶対駄目ですよ」
旦那の態度豹変に冷たい視線をマリーが送る。しかし彼女とて気にはなるのだ。アルの非礼を腕組みで非難しつつもチラチラ片目で様子を窺ってしまうのだ。
自由気ままに図面データを拝見していたアルの手が突然止まる。その不自然さにマリーも気を取られた。
「此奴、人工知性体とやらが融合した人間を探知し何処までも追ってくんだろ?」
アルが尖った顎にゴツい手を添え、考えを巡らせに突っ走る。
「だがそれでも嬢ちゃんの搦め手と態々此奴を世間に晒して仕掛けて来る瞬間を狙うしかなかったのは何故だ?」
彼の疑問は尤もだ。Meteonellaを製作した意義を問われる内容である。
「相手は衛星軌道上に居たと聞きます。例え黒猫の探知能力が優れていようと、地上全体を含む宇宙にすら手を伸ばすのは無茶が過ぎるという話では?」
マリアンダの冷静なる受け答え。人工衛星による探索に掛からなかったのだから住居そのものを迷彩化してるのかも知れない。
如何にMeteonellaが優れていようと所詮ただの機械。ファウナ・デル・フォレスタの魔力に寄ってレヴァーラの閃光を増大させることで、その能力を最大限発揮出来る。
「流石俺様のマリアンダ。大方そんな処だろう。──にしてもあの嬢ちゃん、No4との負け戦の最中、あのジオって化け猫に鈴を付けてやがっただなんて、とんでもねぇ策士だな」
魔導師とインド神話の神々から力を引き出す神聖術士の壮絶なる衝突をこの夫妻も良く見知っている。あのファウナがこうなることまで予見してたとは思っていない。
要はこんな事もあろうかという一応の仕掛けであったのだろうとこの二人は予想している。
「これからあの踊り子様は此奴をどう飼い馴らす気だ? 流石に味方殺しをするとは思えねぇが。──それにこれも司令官殿に見られたのは不味いんじゃねぇか?」
アルの脳裏に何とも嫌な想像が2つも浮かぶ。
ファウナという女神の寵愛さえ引き寄せればヴァロウズ全てを根こそぎに出来る。次に浮かんだのは軍上層部で唯一信頼を置いていた司令官の悪巧み顔である。
「レヴァーラの考え、こればかりはいい加減なことを外野の私には言えません。ですが軍の方は当然良くはないです。尤も同じ物を作れる技術と予算が在るか怪しいですが」
マリアンダが思いつく限りの常識想像論を返す。特に後者は元生粋の軍属としての意見。大方当たっているに違いない。
ギリィ。
「しっかしとんでもねぇクソ狸だよなッ!」
「──何のことです?」
アル・ガ・デラロサ、音が聴こえる程の歯軋りと拳を握り怒りに我を震わせる。
「あの金髪姉ちゃんに決まってんだろ? ヴァロウズの連中も魔法少女も知らぬ存ぜぬ的なこと言ってやがった癖して、あんな奴後生大事に隠し持ってやがった」
夫の激怒が妻にも達する。
ダンッ!
「エルドラだかディスドラだか知んねえ。だがあんな化物の正体をあの狸爺、実は良く判っていたに違いない。何で知らぬ存ぜぬを通してやがった?」
地団駄を踏むデラロサ。ワザとNo2の名を言い間違える。
信じていた存在に裏切られた喪失感。そして何より自分が気付けなかったどうにもやり切れない思いの矛先。これには哀しみの顔で首を振るより他ないマリー。
「判りません。何か言えない事情が存在する。そうとでも思わなければ此方が路頭に迷い込みます」
やはりマリアンダ・デラロサは理想の妻だ。実の処、もうあの司令官の正義の在処などどうでも良い。されど正義は我等に在った。夫の行動を肯定するべく演技している。
「それに──」
端末を離れ工具の類を取りに走るマリー。工具の入ったカートを押し、Meteonellaに取り付こうと近寄る。
「この機体を4時間で調べて我々の機体へ転用する術を調査するのが現在すべき行動ではありませんかデラロサ隊長」
ワザと昔の名で呼ぶマリアンダ少尉の粋な計らい。多忙を極めるリディーナにこれ以上任せておけない。自分達でやるしかない。そこに愛情も同情さえも不必要。
ニカッ。
「へッ! だなッ! やるぞ少尉。1秒たりとも時間が惜しい」
その為に態々薄汚れたツナギでやって来たのだ。そして恐らく尊敬している司令殿も同じ企みを狙っているに相違ない。
量産化された正式採用機がそんな改装で襲来するのは時間の問題。本当に時間がないのだ。




