第104話 重なり合う紅の爆炎(姉妹)
──っにしても、まさか貴女が私を此処まで追い詰めるなんてかなり想定外だわ。
ファウナ・デル・フォレスタ双子の姉を名乗る女性。目前で未だ余裕を見せる女武術家に意外な苦戦を強いられていた。
恐らく可愛らしい妹は心がボロ雑巾と化し、戦う処ではなくなると決め込んでいた。これは予想的中の最中である。
代わりに名乗りを挙げるのは乱れた金髪の女か、はまたま踊り子様。
踊り子様は閃光を使い切ったばかり。ならばこの2人が揃って怒りの矛先を向けると思い込んでいた。
この女武術家は切り込み隊長と見せかけて美味しい処を他の者へ繋げる役割。実際これまでの戦いぶりが示していた。これは教科書にない状況なのだ。
──それだったら楽勝の想定だったんだけど。ま、これはこれで楽しいからいっか。
ペロッ。
少し舌舐めずりしたファウナ姉。それを戦闘再開の合図にしたかの如く、またもラディアンヌの方からファウナ姉へ追い縋る。
最低でも人の脚で10歩は必要──その位の距離を縮地した様な異常なる神速。やはりこの女武術家の動き、自分の蓄積に存在しない。しかも一瞬背中すら見せる。
──回し蹴り? 或いはさらに捻りを加えた裏拳? どちらにせよ随分舐められたものね!
ガシィッン!!
およそ人と人がぶつかり合ったとは到底思えぬ異常音。ファウナ姉の右腕が人間の限界値まで曲がり持ち上がっている。それが白い輝きを帯びていた。
硬質らしき襟で守られている首を敢えて狙い澄ました踵から入るラディアンヌの回し蹴り。これをファウナ姉が完璧に片腕でブロックしたのだ。
「──あ、アレは『白き月の護り』!」
ようやく口を開いたファウナ妹がこの様子に驚いている。
出した脚を戻すラディ。寸での処で見事な守りを決めたファウナ姉。その何れもが不敵に嗤い合う。
「──成程。やはりそうでしたか。姉妹揃って腕は薄手の布生地。さらに御二人共、肘の守りに成り得ない無駄な飾り付けが存在する──仕込みの防御だったのですね」
白き月の護り──森の闇を優しく照らし、迷える者を導く満月から切欠を得た防御魔法。
エルドラの星の屑を無効化する程の優れものではないにせよ、衣服等に予め付与して何時でも引き出せるのが強み。
ファウナ姉妹いずれもこれを常時発動出来るように仕込んである。袖の下に隠した暗器が如くだ。しかも両腕同時に発現可能。
これを非凡な女武術家は見抜いていたという次第だ。
「私にコレをワザと使わせるとか貴女やってくれるじゃない。仕返しに私も貴女の神速の種を明かしてあげるわ。──貴女、呼吸してないわね?」
類稀なる武術と他に類を見ない呼吸術の応用。これが強みのラディアンヌに気でも違ったのではないかと思えるファウナ姉の指摘。
「鼻呼吸、口呼吸。このいずれもしていないという意味よ。貴女、皮膚細胞から直接酸素を供給出来る術があるのね!」
「──ッ!?」
「お、俺すら知らんぞッ!?」
外連味を載せた白色に煌めく指先で相手を差すファウナ姉。突拍子もない発言は続く。
争いの最中という緊張時にも拘わらず僅かにスカートを捲り、肌を晒す仕草さえもおまけに付ける。
発言の内容なのか、はたまた中身の両方か? 顔を引き攣らせ驚くレヴァーラ。長年の付き合いであるオルティスタも見知らぬ話だ。
呼吸──。
いけとし生ける者に取ってなくてはならない生命維持活動。この酸素を吸い、肺を経て血液循環による全身の細胞への供給。加えて二酸化炭素を受け取り、外部へ吐き出すまでの一連の流れ。
争いという過酷に於いてこれが邪魔になると結論付けたマゼダリッサ家の15代目当主。無論、通常な思考とは世辞にも言い難い。
例えばアスリートであるなら心肺機能を高めるトレーニングに精を出すと共に、いざという時、息を少しでも長く止める様、工夫を凝らすものだ。
「──き、聞いたことがあるわ。21世紀初め、腸で呼吸を試みる動物実験が成功し注目を浴びたとか……。も、勿論医学分野の話だけどね」
ファウナ妹の驚きが他の2人に比べ少なかったのはこれを知っていたからだ。但しそれを戦闘に転用した例は流石に知識がないし、想像の斜め上的な事柄ゆえ、考えに至らなかった。
「ほぅ……その答えに辿り着かれたのは貴女が最初でございます。流石伊達にファウナ様の上を自称されるだけのこと御在りに為られる」
遂に力の種明かしをされたというのに奇妙な喜びが沸き立ち、煌めく翠眼を細めてしまうラディアンヌ。寧ろこれからが本気とばかりに両掌を広げ、如何にも東洋の武術家らしい構えを取る。
「貴女、本当に凄いわ。実は貴女が最強じゃなくて? ──でも良いの? これでこの秘密も此方に知れてよ」
一方、ファウナ姉も似た様な構えを見せる。それも両腕を白き月の護りで輝かせた状態を維持しているのだ。そのまま攻撃に応用が利くらしい。
「さて……それは如何でしょう。この御業は一子相伝。知った処で果たしてどうにか出来るものでしょうか?」
そうした余裕を見せ切った直後──。
今度はラディアンヌの方が総毛立つ羽目に陥る。速度も技すらも自分より劣るファウナ姉の方から飛び掛かって来たのだ。
しかもラディアンヌのお株を奪う様な両手によるフェイントを交えた急所狙い。先程見せ付けられた防御が転じた惨たらしい鈍器で襲い来る。
──クッ! や、やってくれます!
後の先が無理と知るや、遅かろうが自分から仕掛けて防御を強いる高等技術。確かにこの姉、ただの魔法少女では断じてないと思い知る女武術家。
何処かで巧みに避ければ此方からの攻勢に戻せるのだが、チラつかせるフェイントが兎に角嫌らしい。まるで自分を見ている様で気持ち悪い。
『──遊びはそこまでにしたまえ』
不意に届いた初老男性の声。ファウナ姉が「チィッ」と舌打ち、飛んで後方へ下がる。発動済の重力解放の残りカスであろうか。
『君の今日の仕事は何だね? 塵収集が最優先事項だよ』
「判ってるわよ、煩いわね」
彼女の何処に仕込んでいるのかまるで判らぬ無線の声。抑揚がまるで感じられない。182cmも在るエルドラの遺体を軽く担いで上空へ逃げてゆく。
「中々思ったより楽しめたわ。やっぱりアンタ達とは敵同士の方が面白そうね」
右肩にエルドラを載せたままの姿勢から空いた左で何やら印を結んでいる様に見受けられる。これを真祖が見逃さなかった。「いけないッ!」と慌てて自分も同じものをすかさず結ぶ。
「「──『紅の爆炎』!!」」
とてもお手軽な顔つきで森の女神最上位の爆炎魔法を上から仕掛ける姉と、それを下から迎え撃つ痛々しき妹の姿。
互いの手から生じた火の玉が見る間に膨れ上がり、真正面から激突した。
スガガーーンッ!!
「フフッ……またね」
「クッ!?」
投げキッスでお別れする姉と顔を歪めて応じる妹。魔法自体は相殺出来た。されど精神的には姉の勝利なのは誰の目にも明らかだ。
「あ、いっけない。忘れる処だったわ」
もう終いかと思った矢先だった。
『私達二人の△■の躰を玩具にして、しかも妹とお愉しみとかアンタ。ハッキリ言って凄く不快よ』
「──ッ!?」
レヴァーラがただ独りだけ狼狽した。彼女だけに届いた声。ただ肝心な何かが聞き取れなかった。
ドサッ。
「──ファウナッ!?」
ファウナ姉が此処を去ったとほぼ同時、ファウナ妹が気を失い戦闘服姿のレヴァーラの胸元へ縋るのであった。