表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/234

第103話 森の女神を独占する女武術家の愉悦

 私が本物のファウナ・デル・フォレスタ──。


 とんでもない事を言い出す軍が寄越(よこ)した新たなる敵。しかしファウナに取って双子の姉であるのは虚言(きょげん)ではない模様。


 当初はNo3(天斬)の偽物と同じく連合国軍が人工知性体(ナノマシン)欠片(かけら)を集めクローン体に流し込んだ存在かに思われた。


 しかしそれでは余りに説明が付かない。

 ファウナ姉は容姿(ようし)と性格、何れもファウナ当人と同じか(ある)いはそれ以上のものを確実に秘めていた。これがもしただの(湧いて出て来る)偽物ならば逆に恐怖だ。


「──あらラディアンヌ御姉様。私の可愛さ、お気に召さなかった御様子ね」


「ファウナ様は私のことを海より深い愛情を込めて『ラディ』と気軽に呼んで下さいます! まあ仮に貴女から同じ名で呼ばれたら虫唾(むしず)が走るでしょうッ!」


 声音(こわね)こそファウナ当人と完全一致するファウナ姉──。


 しかしだからこそラディに取って気色が悪い。何しろ彼女、呼吸一つでファウナ様と同調(ユニゾン)出来る程、敬愛(けいあい)している。同じ声色でも流石に気配までは姉と妹で全く異なる。


 寄ってラディアンヌにはファウナ姉の誘惑(惑わし)がまるで用を成さない。但しその明らかに違う気配に実の処、疑念(ぎねん)も抱く。私の拳が届かないかも知れない? 


 このラディアンヌが本物のファウナ様に拳を上げる。そんな異常事態が在り得ない為、想像の範疇外(はんちゅうがい)だがもし仮に手を上げたとするなら、魔法を繰り出す前なら仕留(しと)められる自信が在る。


 他人へ真に(つか)えるとはそういう確固(かっこ)たる覚悟と、相反(そうはん)する忠義(ちゅうぎ)を必要とする。ラディはそう確信しているし、代々要人警護(ようじんけいご)(にな)ってきたマゼダリッサ家の家訓(かくん)だ。


 万が一、己が主人の過ちと遭遇(そうぐう)した際、この命尽き果てるまで止めなければならない。それが真の忠義というものだ。


 レヴァーラ・ガン・イルッゾとその配下であるヴァロウズと呼ばれし危険因子(きけんいんし)


 この(やから)無邪気(むじゃき)なファウナが付き従うと言い出した際、いつの日か決して(おとず)れて欲しくない現実が(せま)り来るやも知れない。それでも付き従うのがラディアンヌ覚悟の形だ。


 一方、今自分の目の前で冷笑を浮かべる女は仮想ファウナ様──いやそれ以上かも知れない相手。見た目ファウナ様に手を出すのは正直負い目(おいめ)を感じずにはいられない。


 (しか)しだ──。


 ファウナ様でない者と拳を交えつつあるこの異常時に、不謹慎(ふきんしん)にも心躍(こころおど)る気分を感じている。思い切りをぶつけて何ら問題にならない幸福。


「──手出し無用」


 (つぶや)きの様な声量。それでもラディアンヌの有無を言わせぬ台詞(迫力)を確かに聞いたレヴァーラとオルティスタ。


 これには当然驚いたが、そう思える矢先すら与えぬ(神速)を以って無礼な輩(ファウナ姉)と距離を詰め征く。


 ──速いッ!


 このラディの瞬発力には流石にファウナ姉ですら驚嘆(きょうたん)を禁じ得ない。


 けれどたかが人間の動き。左手で此方の肩を狙いすましていることぐらい予見(よけん)出来る。その為の間合い詰め。剣術の後の先(ごのせん)同様、後出しが圧倒的優位なのだ。


 ──と見せかけて貴女は逆の手を出すんでしょ!


 何とファウナ姉はそこまで読み切っていた。彼女は軍の疑似訓練(シミュレーター)でレヴァーラ一派の動きを熟知している。対偽物の天斬(てんざ)戦から得られたデータは嘘を付かない。


「ぐぅッ!?」


 ファウナ姉の予見(データ)がまさかの裏切り。彼女に届いたのは手ではなく、密着時有効な膝蹴りでさえもなく、大胆(だいたん)にも膝から下を頂点へ伸ばしてからの(かかと)落としだ。


 しかも例の首元を護る硬質の(えり)()け、左肩の付け根へ落とされたのだ。途轍(とてつ)もない苦痛と驚きを伴う一撃を(こうむ)ったファウナ姉の顔が苦痛に(ゆが)む。


 ──い、(いく)ら何でも速過ぎるわ!?


 左手の手刀、右手の手刀。先ずこれら全てが囮技(フェイク)。加えて右膝を上げてからの踵落とし。動きの余剰(よじょう)が大き過ぎる。


 例え武術家と言えど人間の動き(速度)を予想出来るファウナ姉に取ってこれは異常事態だ。


 混乱をきたしているファウナ姉を素知(そし)らぬ顔で、次は右肘(みぎひじ)を突き出すラディ。これもファウナ姉の予見(データ)に在る動き。そのまま肘を伸ばし手刀と成すか、やはり見せ技(フェイク)として逆を繰り出す。


「はぅッ!?」


 これは素直に受けるか後ろへ逃げるべきであった。


 混乱し過ぎた処へ見た目通りの右肘を下腹部へ叩き込まれファウナ姉の(からだ)がくの字に曲がる。屈辱(くつじょく)にも美麗(びれい)なる(ルージュ)から逆流した胃液さえも吐き出した。


 ──な、何故? ど、どうしてこうも上へ征かれるのッ!?


 無様にも腹を押さえながら後方へと一旦距離を置くファウナ姉の痛々しさ。そして意外なる展開に驚く周囲。何時でも動ける様、軽いステップを踏みながらラディ緑の(ルージュ)(わず)かに(ゆる)む。


 人ならざる動きを見せた筈の女武術家だが、肩で息をする処か大きな胸でさえ上下するのを確認出来ない。


 ──判ったわッ! これまでにない動きだけど、もうこれ以外に在り得ないッ!


 この僅かな間がファウナ姉に考察(こうさつ)するゆとりを与えた。呼吸術を得意とするマゼダリッサ家の娘が胸を上下(普通の呼吸)させていない(一切していない)


 一方『手出し無用』を言い渡されたオルティスタとレヴァーラが完全に言葉を失っていた。


 まだ知り合って数ヶ月のレヴァーラならいざ知らず、長年に渡り付き合いのある長女ですら妹のこんな異常を見た覚えがない。


「──な、何をのんびりしているの? 次は、次こそ()()()……貴女の攻撃を受け止めて御覧に見せるわ」


 苦悶(くもん)の表情で在りつつも人差し指をスッと上げてファウナ姉が宣言した。彼女にも意地(プライド)がある。


「そう来なくては困ります。私の思う()()()()()()()()()()()()()()()ならば受け切れる攻撃ですから」


 ラディアンヌがとんでもないことをサクリと告げる。──この神速を非力な魔法少女が受け切れる!?


 これには渦中(かちゅう)のファウナ妹を含む、誰もが驚き顔を上げた。

 しかしファウナ当人だけが冷静な顔に立ち返り、この争いの行く末を見届けるべく真剣な眼差(まなざ)しを次女(ラディ)(ささ)げる。


 ──嗚呼……これは何たる幸せでしょう。


 肺呼吸こそ止めているが心の高鳴りがもぅたまらないラディアンヌ。戦闘時に何と破廉恥(はれんち)(たか)ぶり。心処(こころどころ)か魂が躍動(やくどう)する。


 先ずは目前のファウナに良く似た敵の美少女。何とも現金だが見た目の美しさだけならファウナ様すら越える()()。そして何を置き去りにしてもやはりファウナ様の視線(釘付け)である。


 これまで数え切れない御奉仕(ごほうし)を捧げて来たが、自分だけに恋()がれる乙女の様な熱い視線を送るファウナ様などお目に掛かったことがないラディ。


 ──二人のファウナ様をこのラディアンヌが今だけでも独占している! これは何たる至福か!


 一触即発の状況下に置いてこんな阿呆(あほう)余地(よち)すら在るのがラディアンヌの凄味(すごみ)なのだ。但し誤解無き様に語っておこう。ラディアンヌの名誉(めいよ)の為にも。


『私の思う()()()()()()()()()()()()()()()ならば受け切れる攻撃です』


 これはハッタリではないラディアンヌの本音である。それが故の森の女神の姿で在り、それを()したファウナ姉とて出来て当然に帰結(きけつ)するのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ