第102話 我が愛しのファウナ様
最凶の敵、エルドラ・フィス・スケイルの人生の幕切れは意外な程あっけなかった。同時に2つの基地をただの廃墟と化した鮮烈なるデビューを飾ったのにも拘わらずである。
世界に取って不要と罵られる軍基地を殲滅すべく、衛星軌道上から小惑星かはたまた宇宙の海に浮かぶ塵を落とす。
その行動に一部の人間達から神と信仰された存在で在った。だがアメリカ軍基地をすべからず潰した後、世界恐慌を引き起こす原因とされ、評価が一気に地へ落ちた。
そんな化物をたった2人の女と1機の黒い兵器の光だけで追い詰めたのだ。これをあっけないと感じる者、或いは神など所詮まやかしだったと絶望する輩が居たとしても何ら不思議ではない。
エルドラを最も信仰していた者。エルドラをヒンドゥー教に於ける絶対神になぞられ、身も心も総てを捧げていたパルメラ・ジオ・アリスタが未だ生きている。
彼女が絶望を力へ転化し、インド神話の神々より途方もないものを引き出せば、第二のエルドラに化ける可能性も多分に在り得る。
但し仮にそうした処で非凡な魔法少女と人ならざる者による手痛い洗礼を受けるのは目に見えている。
エルドラにせよ、パルメラに至っても余りに自分達を晒し過ぎた。
ファウナを過小評価し過ぎていた。ファウナはパルメラとの初戦時、時限を仕掛けていたのだ。それも彼等に取って心赦す身内というべき存在を。
しかし今地上では、エルドラ討伐に浮かれている場合ではない事態急変が勃発していた。
「──ファウナッ!」
「ファウナ様ッ!」
操縦席はあくまで複座式のMeteonella。しかし兵士を輸送する為の別室が存在する。
そこから血相変えて飛び出したのは、ファウナがこの世で熱い信頼を寄せる姉貴分二人。オルティスタとラディアンヌである。
対エルドラ戦だけで終われば今回は出番なしと思っていた両者。だがたった独りとはいえ、途轍もなく妖しい雰囲気を漂わせた新手が出現した。
妖しい──。
これがパズルのピースの様に当て嵌まり過ぎる。あの姿を見た妹は、恐らく普段の力の半分とて出せやしないと長女は案ずる。尤も自分とて正直怪しいものだ。
──似過ぎている、ファウナに! あれでは自分を相手にする様なものだ!
そう同じ思いを抱いた姉貴分二人。気が動転してるであろう三女の代わりにこの2人が飛び出し、何時にも増した鋭い視線で牽制する。
背丈はこの少女が僅かに上か。勝気な瞳がファウナより鋭く見える。
衣装の色こそ茶色が基調でファウナと違えど、森の女神と称した格好に重なるものがある。
例えば軽装な割に首周りや脇下付近に硬質そうな素材をあしらっている辺りが該当する。一体何方が合わせ込んできたのであろうか。
決定的に違うのは茶色のベレー帽と背負った細身の剣だ。どことなく軍人の匂いがする。傭兵時代、軍と接した経験の在るオルティスタがそう嗅ぎ付けた。
「──『生物召喚』」
女豹の如き鋭い周りの視線を意にも介せず、若い女が聞いたことない言葉を吐いた。
確かに耳にした覚えこそない。けれどこれは間違いなく森の女神と同じ類の魔法だと即気付き舌を巻くファウナの姉貴分二人。
ベレー帽の女の下に突如、紅色の魔法陣らしきものが広がりを見せる。紅色──まるでこの娘の血で描いた色だ。陣の中心に光が急激に集合すると、それはやがて人の形を成した。
「え、エルドラ!? それはエルドラの遺体ではないかッ!?」
操縦席のハッチを開いたレヴァーラが光の正体を断定する。それは紛れもなく覚めることのない眠りへ堕ちたエルドラそのもので在った。
「──あ、生物召喚ッ!?」
時を奪われたかの如く動けないでいたファウナであった。しかしハッチを強制的に開かれ周囲の肉声が耳に飛び込んできた。呆けてばかりもいられないと考えを改める余裕が僅かに生まれた。
生物召喚とはファウナが魔導書に書き記しつつも未だ行使していない術。
術者の血で描いた魔法陣を使い、生きた人間を手元に召喚するのだ。しかしあの女が呼び出したのは、紛うことなき死人である。
レヴァーラとファウナの両人が反重力装置を使い、高い操縦席から地面へフワリと降りる。
その顔ぶれに、より満足度を上げる謎深き女。『これで役者は揃ったわ』とでも言いたげな顔つきである。
「コレは私達が大事に使わせて頂くわ。──初めまして、この場は私がそう言うべきよね? それにしても流石に私の妹ね。実に可愛らしいわ」
エルドラの死体を宙に浮かせて少しばかり隅に追いやる。ただの遺体に転じたエルドラを態々接収する辺り、この女性が軍関係者であるのは最早確定した。
さらに挑発的な態度でファウナに詰め寄り、髪から肩へと人形を弄ぶが如く至る所を撫で回すのだ。
「双子の姉ッ!? 貴女が私の?」
「そうよ見たまんまじゃなぁぁい。御姉様方も初めまして。やっぱりモデルみたいに美しいわ」
ファウナの姉を名乗る女が互いを逐一指差ししながら比較を促してゆく。彼女の話は身勝手に続く。次はファウナの姉達をさも満足気に上から下まで視線で舐めた。
それを聴いて歯軋りするオルティスタ。『俺はお前の姉貴じゃない!』そう叩きつけたい筈なのに何故か口を開けない。
そもそも血縁ではない三姉妹だから発言自体が支離滅裂なのだが、それ以前にこの偽物と斬り捨てられない奇妙さを感じている。
「──そしてアナタが……レヴァ、じゃない。マーダ様が乗り移った例の女って訳ね。皆さま、改めて初めまして。私が『ファウナ・デル・フォレスタ』当人よ」
短いスカートの裾を掴み、脚を交差し深々と頭を下げた。そしてあろうことかレヴァーラの隣で虚ろな目で何も言えない己が妹を偽物と断定したのだ。
「な、何馬鹿な事をッ! この痴れ者ッ! ファウナ・デル・フォレスタは我の隣に居るこの者しか居らんッ!」
心此処に在らずなファウナの腕を強引に引き寄せ揺するレヴァーラ。自分の発言が正しい、議論する余地など皆無。それにも拘わらず翠眼が泳ぎ、血の気の失せる気分に陥る。
「あら? だってその子より私の方が総てに於いて優秀なのよ。──あっ、そうそう。マーダ様は大層色を好むらしいじゃない? こっちの方も私の方が妹より断然具合が良くってよ」
あくまでマーダ様と言い張るファウナ姉。面白がりな顔がさらに深みを帯びる。不意にレヴァーラと額が掠るほど顔寄せ、隊服らしい衣装の胸辺りからジッパーを大胆に降ろす。
黒い下着に隠れてこそいるが、弾け出たモノを大いに見せ付けマーダ様への色仕掛けを狙う。
「──クッ!?」
自らのふしだらな心を殴りたいと思うマーダ様。確かに言われて見れば妹の方は胸元が薄手の生地で膨らみを覆っている。胸の谷間を通す飾り付けでソレを強調していた。
それに比べ姉の方は茶色の硬めな皮生地。早い話が強調せずに押さえ込んでいる次第。それを開き切った時の破壊力たるや性別も性癖さえも乗り越え、釘付けにすると思わずにはいられない。
身長・胸元・腰つき・肌の色という見た目は元より、初対面で在りながらズケズケと人の心に押し入り、しかもそれが嫌悪を感じさせない不思議な魅力。
「──き、貴様は自分を売り捌きに此処へ来たのか!?」
ふしだら顔を背けつつもどうにか捻り出した痛々しいマーダの台詞。
「いいえ、元々はただの偵察と塵回収が目的よ。だ・け・ど……皆の驚く顔を見てたら何だか面白くなってきちゃった」
偵察と塵回収でアッサリ自分が軍属であるのをひけらかすファウナ姉。加えて、さも自分が本物で在るかの如く振舞ったのさえ一笑に伏した。
「私の職場つまんない訳ぇ。おじいちゃんと頭固くて弄り甲斐のない連中しか居ないのよ。おまけに真っ暗でジメジメした地下に潜り切りだからさぁ」
超が付く機密をベラベラと喋り散らす辺り、ファウナ妹さえ凌ぐ天然も同居している。
ファウナ姉の身勝手が留まる処をまるで知らない。顔見るのを避けてたレヴァーラへサッと近寄り、ワザと屈んで下から目線、さも物欲し顔で覗き込む。
「だ・か・ら・ね? そっちの方が面白そうって私思えちゃった。────駄目、かな?」
「────ッ!?」
やたら溜めてからの誘い文句。『駄目かな?』が左右に反響し大いにマーダ様の心を搔き乱す。
娘の様に可愛らしい少女に愛を抱き始めたのと同時に、自分の本質が本能の思うがままに求める可愛い異性に対する気分。
両方の穴を器用に撃ち抜かれ冷静な判断を失い掛けてるマーダ様。兎に角この娘、ファウナ妹との初対面より常軌を逸している。本物じゃないと知りつつも判断を見誤りそうだ。
ズサッ!
「──お待ちなさい! さっきから私の方が優れてるだの、気持ち良いだの随分な言い草! 私のファウナ様の前でこんな横暴。このラディアンヌ・マゼダリッサ、決して赦しません!」
今にも堕ち掛けそうなレヴァーラを、無礼を承知でグイッ押しのけ、間に立ちはだかるラディアンヌ・マゼダリッサ。斜に構えた怒りの睨み。
恋愛対象はあくまで異性。なれどファウナ様を想う気持ちとて噓偽り無し。こんな矛盾を孕んだ女武術家があからさまな嫌悪を向けた。