第101話 星の屑の終末
──じ、ジレリノ。貴女一体何を私に求めていたの?
自他共に認めるヴァロウズNo1の実力者。エルドラ・フィス・スケイルとの決戦場。これまでにない緊張に身を置いているファウナ・デル・フォレスタ。
それにも拘わらず、No10からの恐らく弱気と取れるらしくない台詞がどうにも頭を過る。
それとなく言いたかった事をファウナは想像出来ている。『俺みたいな小さい奴は要らねぇ』アレは恐らく字面通りの意味ではない。
ヴァロウズ10人に能力を与えたレヴァーラ・ガン・イルッゾ。とても不器用なのだが『俺達の雇い主は何かがヤバい。俺の出る幕じゃねぇ』そんな主旨を巧く伝える術がないのだと思っている。
一見、強気一辺倒に思える蒼い頭の小さな傭兵。しかしそれは身体を動かす事で不安を払い除けようとする裏腹の現れ。
命さえも失い兼ねない実験を敢えて受けた人間からの理屈だけで図れない警告。
音無しのジレリノは存外無駄口の多い女だ。けれどもお喋りが多い人間が必ずしも口達者とは言い難い。それ処か肝心なことを伝えられず、埋もれてしまうことも往々にして在るものだ。
それに彼女はこうも告げた。『ファウナは案外良い奴だ。自分が気付いてないだけだ』誰にも明かせない雲の如く掴み処のない想い。
最年少で在りながら誕生日を皆に祝って貰える程、レヴァーラ配下の者共を損得抜きで自然とまとめあげつつある自分。
人付き合いには朴念仁なファウナとて流石に気づき始めている。踊り子様率いるバラバラな劇団員の心を引っ張っているのは自分の存在だという虚ろに。
──ハッ!?
無駄に悩んでいる場合じゃない。このファウナの蒼い目が、大気圏外で地球に見立てた緑の球体を突こうとしている星屑を落とす男の気配を着実に捉えたのだ。
ダンッ!
「エリッドゥ・デラッゼェッ! 陽光すら封じる絶望なる月影──」
急にファウナが席を立つ。そして元来の魔導書を開き、普段唱えること無い詠唱を凛々しい早口で告げ始める。右手に魔導書、不浄を示す左掌を千切れるほど開いている。
「──ファウナ!? ふ、降るのか星の屑がッ!?」
驚くレヴァーラの声すら今のファウナに届きやしない。瞳孔が総て蒼一色に塗替えられる。美しき金髪も着ている衣装も全てが捲れ上がる。吊るされているかの様だ。
有無を言わせぬその迫真。近頃、携帯端末片手の気軽さがやけに目立っていた。されど魔導とは未知なる力、そんな当然を改めて思い知らされるレヴァーラ。
「我が護りし森の不変よ! 億すら越え得る森の刻よ、守りの障壁を此処に示せぇ!」
何しろ相手の星は輝いたら既に終末を迎える。エルドラが仕掛けるほんの秒に満たない僅かが勝負だ。
「──『絶望の守り手』!!」
これがイギリスへ向かう航路の最中、白き満月を見て思い立ったファウナの新術。満月という真逆を見ながら皆既日食という全てを閉ざす闇を連想する他人と異を成す発想力。
トンッ!
ファウナの新呪文完遂後、瞬き1つ分すら変わらぬ間を以って、エルドラからの仕掛けが落ち征く。
黒海と思しき辺りを指で弾くだけという何とも恐ろしき気軽さ。
たったこれだけの行動だけで一体どれだけの命を消し去ったのか。仕掛けた当人が『星の数なんて数え切れないさ』と談笑するのだ。
然もこの男、人間という淀みきった穢れを星屑と成し宇宙へ上げる行為に祈りを込めて『救済』と呼称するのだ。或る意味ディスラドより絶望なる特異者である。
「ば、馬鹿な? な、何も起きないだなんて!?」
Meteonellaで地上を往く2人には決して届く筈のない非常に稀有なエルドラの狼狽え。しかしならば何故、ファウナはエルドラの弾きを手に取る様に感知出来たのか?
此処でファウナがレヴァーラの背後から肘で強めの合図を送り付ける。これ迄はこの若き脚本家の台本通りだ。
『フハハハハッ! 届いているな我の傀儡よ! もう二度と我には通じんのだ、そんな子供騙しなぞッ!』
途轍も無い大言壮語。オンラインを通じて全世界に吐き散らすレヴァーラ・ガン・イルッゾからの神直々なるお告げ。
「──ッ!!」
「な、なんやてぇ!?」
地球衛星軌道上で驚愕するNo1とNo4。両者に取って信じ難き台詞。けれども事実、浮島は静まり返ったままだ。本来なら星の屑が波を為して何もかも押し流す絵が届くのだ。
──二度と通じぬなどと。ククッ、我ながら片腹痛いな。
無論、語るまでもなくレヴァーラ神の御告げは虚言である。
愛しのファウナは『星の屑を2度防ぐ』と確かに言った。当たり前だが3度目は在り得ない。それ処かその2度目ですらも確証を得られていない。
さりとてたったの一回だけでも実証を相手に見せ付けることに成功した。後は冷や汗モノな命の賭けひき。要は敵の無力さをその脳髄に焼付け絶望へ堕とせば此方の勝ちだ。
『──『閃光』! さあッ、一挙にカタを付けさせて貰うぞエルドラッ!! 我に刃向かった愚かさを悔いて逝くが良いッ!』
『Yes Master Revara……Meteonella、Target lock.Eldora・Fiss・Scale』
これまでにない昂ぶりを声に載せるレヴァーラと対照的なファウナの冷たい目標捕捉。つい今しがたまで魔導士としての矜持を大いに見せ付けていた同一人物とは思えない冷ややかさ。
感情を滅した声が寧ろ聴く者の恐怖を煽る。死刑執行が通常業務で在るかの様だ。
数日前、実戦演習で成果を見せた背中の羽根達4本が分離し、光速に匹敵する速度で大気圏内ギリギリまで一挙に飛び交う。エルドラの隠れ家までは距離が在る。此処から狙い撃つ手筈か。
同時にレヴァーラの閃光の光と思しき緑を連ねる。まるで流れ星が空へ向けて上昇する異様なる光景。
「や、止めてぇぇッ! ウチのエルドラ様を奪わんといてぇぇッ!!」
愛しのエルドラを失う──。それは全てを逸するのと同義。そんなバルメラが両手を広げ決死の覚悟でエルドラの前に立ちはだかる。
さりとてそもそもこの攻撃が、どの方位から襲い来るのか判別のしようがない。加えてエルドラ当人が身を捩ることさえ赦されない。呼吸すらも苦しそうだ。
パルメラ・ジオ・アリスタ、最期の愛情表現。全くの徒労に帰する。
「パル……メ」
末期の呼び掛けさえ叶わなかったエルドラの最後。信じられない位、傷一つとしてない綺麗な身体。服すら破れていない。それにも拘わら冷たきただの骸と化した。
Meteonellaがエルドラに放った光線。この二人の愛の巣であるコロニーも破壊せず標的の命だけを死神の如く刈り取った。
この結果からも判る通り所謂超高熱を帯びたビームではない。目標捕捉した相手に潜む例の自由意志を持った人工知性体を狂わせるのだ。
しかもこれで影響が生じる人間は極めて僅か。人工知性体に寄って覚醒の恩恵に辿り着いた者。
対エルドラ・フィス・スケイル最終兵器──。
この名称、決して間違いではない。見えざる敵を人工知性体を感知する事で発見。それを滅殺する。
要はヴァロウズを始めとする覚醒者のみを喰らい尽くす『味方殺し』な忌むべき存在なのだ。
「Master、目標の沈黙を確認しました。遺体はどうしますか?」
やはり氷の様に冷たいファウナからの報告と確認の声。普段の愛らしいものとは掛け離れてるので、どうにも耳馴染み出来ないレヴァーラである。
「気苦労を掛けたな──遺体か。捨て置け、何せコロニーの中だ。連合国軍とて手は出せんよ」
ファウナは日本の天斬と同様の結末を案じている。愛する者を失ったパルメラや、そもそも宿敵とはいえ人の命を手に掛けたのだ。そんな『気苦労』よりも真っ先に次の適切へ走る。
「──『爆炎』」
ズガーンッ!!
「な、何事かッ!」
完全に気が抜けていたレヴァーラ。Meteonellaの右脚元を突然の爆発で揺らされ、危うく操縦席から滑り落ちる処だった。
「何者かが爆発を仕掛けた模様! ──え、う、嘘よ。あ、在り得ないわ」
爆発の原因を究明すべく、足下に仕掛けたカメラに映像を切り替えた途端。抑揚の無いファウナの声が急変した。震える声、息も過呼吸の様に突然荒々しくなる。
「ど、どうしたファ……ウ……ナ」
同じ映像を見たレヴァーラまで呼吸を忘れる程、仰天する。相手はカメラの位置を完璧に把握してるが如く、長くて輝く金髪を掻き上げつつ、蒼き瞳を細めて視線を重ねて来た。
心の奥底まで見透かされた気分に陥るその目──。ファウナ・デル・フォレスタと瓜二つの女性が威風堂々二人を見つめ、青い口紅に冷笑を湛えていた。
─ 第9部『エルドラ包囲網』 完 ─