第99話 "守り"と"護り"の使い手
此方は天斬の遺体から偽物達を大量生産し、シチリアを襲わせた連合国軍最後の砦。元々地下とはいえ、もっと照明を増設しても良いのでは? そう思える程の暗がり。
如何にも人に言えない悪事を働いている。そんな雰囲気を確信犯で漂わせてる感じである。
「ミラノ時刻0201、フォルテザで金色の炸裂弾と交戦があった模様です。ですが同0225、衛星カメラの映像が届かなくなる事象が発生しました」
男性オペレータから総司令へ感情を殺した報告が告げられる。またも眼鏡を磨きつつ、耳を傾けてるのか怪しい体だ。
「──で?」
「はっ?」
報告者に目すら合わせぬ総司令。実に冷たく続きを求むがオペレータに取ってはあくまで報告。それ以上でもそれ以下でもない。
「映像が途絶──君は私に異常報告をしている、それは判る。その異常に於ける君の見解を聞いている。何も特別な事など求めていない」
無駄な感情を排除したAIな口調で淡々と応答を求める総司令。男性オペレータの背筋が凍り、脳細胞の伝達でなく反射で背筋を伸ばした。
「げ、現在判明しているのは……」
震える声だ。報告出来ることなど在りもしないのに無理矢理何かを紡ぎ出そうと躍起になっている。
「ハァ……。それだけならもう自席に戻りたまえ。それとも君はこの私に虚偽を報告する気かね?」
なまじ計器類の精度が優れていると、受け取った内容だけ伝えれば仕事として成立する。凡人に在りがちな錯覚と言えなくもない。
しかし本来仕事というのは、収集した情報を元に想定される事態を納得ゆく根拠と共に提示するのがあるべき姿だ。
「た、大変失礼致しました!」
慌てて言われるがまま席に戻る男性。紐を解かれたと正直ホッと胸を撫でおろす。
カツカツ……カッ。
「──星の屑潰しの策を見出した。大方そんな処かしら?」
若々しくも高飛車な女の声だ。敢えてヒールの音を鳴らして総司令へ近寄った。まるで不出来な男性と入れ替わりのタイミングだ。
彼女がその気になれば足音はおろか気配すら消す無礼を体現出来る。しかし敢えてやらない。仲間に近付く時ですら物音を消す悪癖の在るジレリノとは正反対な礼儀作法だ。
姿形こそ違うが何処かの誰かに重なる雰囲気が存在する。暗がりの最中、目立つ瞳と輝く髪色だ。
「君か。悪いがその位なら、この老いぼれとて想像出来る」
変わらずの冷たい物言い。彼女の名前は勿論知っている。自然と伏せる癖なのだろうか。或いは名前不要の間柄か。
「全く、そんな愛想無しだと中々下は育たないものじゃなくて? 馬鹿を寛容に受け入れ指摘するのが優秀な上司だと私は思うわ」
「君の様な若者にまさか理想的上司像を語られるとは。──今からでもコンサル業務へ転職するのをお勧めしよう」
この男がもし魔が差して何処かの女に堕ちていようものなら、孫として何ら不思議でない存在。そんな娘に教育の手解きを受けては、流石に無駄な言い返しをしたくなる。
「今さら何馬鹿なこと言ってんのよ。アンタが私を此処へ永久就職させたんじゃない!」
「ハハッ……その通りだよ。君は生まれた時から此処の社員で、私の部下になった何とも不憫な女性だ」
早口な甲高い声の小言を引き出すことが出来た。如何にも若い女に戻せたことで、この老いた司令は充足感を得ている。
「大体私が居なきゃアンタの作戦全部御破算じゃないのよ!」
カツンッ!
またも強い音を踏み鳴らす。けれどもこれは礼儀とは真逆の単なる苛立ち。クルリッと背を向け、来た時より大きな音で遠ざかろうとする。
「──また想定実験かね?」
「そうよ、この役演じるの楽しいけど、中々しんどいんだからね」
若い女は振り返らず一応手だけ振ってのさよならを告げた。そのまま暗がりの向こうへ失せ往く。
「さてと、次に堕ちるは誰か何処やら。──サイガン・ロットレン……だったか。貴方は途方も無い鬼子を世界へ産み落としたのだ」
愛をとうに忘れたこの男はふと思う──。
恐らくその彼は哀しい恋愛しか知らないのだろう。何となくだが判る気もした。
◇◇
明くる日の日中──。
ファウナ・デル・フォレスタも、そしてレヴァーラ・ガン・イルッゾさえもあの戦闘より深海の如き眠りへ落ち、気が付いたら既に日付が変わっていた。結局そのままだらしなく、共にベッドの一部と転化した。
2人が皆の前にその姿を見せたのは1日開けた朝食時。慣れない戦闘に加え、特にファウナに至っては想像以上の魔力を消費したのだから結果仕方がない。
──とは言えこうも長大なる妖しげ満載な二人きりである。顔見せした際の周囲の冷やかしと視線たるや、二人の体温が上がる程の辱めと為ったのは言うまでもない。
こうした出来事を経て、ファウナとレヴァーラ。そしてリディーナの3人がMeteonellaの住処で何やら話をしている。特にファウナには、どうしても伝えなければならない事柄。
昨日の明け方、オルティスタとラディアンヌが怪しんでいた例の疑問。黒猫が如何にしてあの理不尽に対抗し得るのか、その計画だ。
ファウナは初めて複座に座った際、『君のことが手に取る様に総て判った』と大言を吐き、しかもそれが法螺でないことをディスラドとの戦いに於いて完璧に実証した。
しかしそれはあくまで黒猫の動作方法に過ぎない。これをエルドラ退治へ繋げる方法論までは教えて貰う必要が在る。
「──成程。とても見事な作戦だわ。それなら九分九厘勝てそうね」
このファウナの感想を聞いたレヴァーラとリディーナが驚いた顔を見合わせる。
正直意外過ぎるのだ。何故ならこの作戦、余りに酷い穴が在る。それを気付かぬ程、この少女は愚かでないと悟っているから不安なのだ。
「ふぁ、ファウナちゃん。ごめんなさい、凄く不躾だけど私達の話、完全に理解出来てるかしら?」
「そうだファウナ。もしあのエルドラが我等の企みに気付き、連合国軍のみを標的にする衡を解いたが最期なのだ」
独り副操縦席に深く腰掛け、蜘蛛の糸をメテオネラに接続し更なる深みを得ながら両者の話にも聞き入るファウナの器用ぶり。
しかしだからこそ子供ですら判りそうな酷い抜け穴に気付いていないのではないかと案ずる2人の年齢不詳。だがそれも無理からぬこと。
どれだけMeteonellaが機敏であれど基地を粉微塵と化す星の屑だ。一度狙われたら、この黒猫共々全てが灰燼に帰す。
「それが問題ないから見事な作戦と言ってるのよこの私は」
「「なっ!?」」
蒼き両目を瞑り、既にNo1との戦闘を想像しつつ、この魔法少女は応えていた。驚きの声が同時に挙がる。ファウナ、体勢はそのままで二本の指をスッと掲げた。
「エルドラの操る星の屑。あの無数を数で言い表すの、我ながらどうかと思う処もあるけどね。このファウナ・デル・フォレスタ2回! あの星屑から身を護る術が在ると断言する!」
フフフッと小さな肩を揺するファウナの様子。互いの緑と蒼を丸くするより他のない両者であった。