第97話 このファウナ・デル・フォレスタを愚弄する気か!
知られざる第2格納庫のハッチが開き飛び出したるは、黒豹──らしき機械兵器。
暫し突発的超直下型地震に腰を抜かし休戦してた残り3名。飛び出してきた異様な影に、言葉はおろか感覚さえも失いかける。
「──それが貴様の答えかレヴァーラァァッ!!」
呆気に取られた内の1人、外野のディスラドが黒い刃を全身バネで振り上げて細い碧眼をカッと見開き飛び込んで往く。
「おぃこら手前! 俺達放って勝手にいくんじゃねぇッ!」
オルティスタが怒り沸騰の声で止めるが既に聴こえない。
しかしまあ……もし自分がディスラドなら間違いなく同じ行動を取ることだろう。だって味方である自分自身がウズウズしてるのだから。
「──ふぅ。どうやら私達の出番、これで終わりの様ですね」
ラディアンヌがひと息ついた。構えを解き肩の力を抜いている。但し彼女の場合、瞬時切り替えが出来るので争いを放棄したとは言い難い。
「それは楽観が過ぎるわラディアンヌさん。アレ、前にも空挺部隊の2機を相手取ってキリキリ舞いさせたのだから」
2人の間に背後から割って入るリディーナが神妙なる面持ちだ。自分達がやられた事だ、忘れようがない。
「──いや確かにその様子、映像で観ただけだがこの黒…豹? 動きの次元が違い過ぎんぞ」
オルティスタがゴクリッと息を飲む。それも無理からぬ事。
あの黒猫みたいなのが早速二本の脚のみで立ち、前脚を両腕に転じて鼠の如く跳ね回る金髪を鋭き指で引っ掻こうとヌルヌル動く。
空挺部隊の最新鋭機でも充分驚かされたが次元が違う。次に比較対象とするのは、生物であるチェーン・マニシングの化けた白狼。
これは流石に良い勝負──動きだけ見ればそう思える。されど目の前で金髪とじゃれてるのはあくまで物。
ゾッとしてきた。自分が代わりの鼠であるならあの爪の餌食になってるかも知れない。
ギロリッ……。
「うわぁッ! 今絶対私を見ましたよ! アレ本当にロボット何ですかぁ!?」
あの頼れる女武術家が蒼く光る目の中に在る瞳孔に見られたと恐怖し思わず科学者の背中に隠れ小さくなる。
「ええ、アレは単なる機械よ。造り手の私が言うのだから嘘はなくてよ」
電動工具や整備AIだけに頼らず、自らの手締めでやり尽くした箇所が無数に存在するのだ。リディーナの両手には豆を潰して、なおも力を加えた痕跡すら残留している。
「だけどアレはもう造り手の理解を離れてしまった。実は以前、稼働確認だけ行ったの。但し正操縦士のみでね」
「「──っ??」」
まるで笑みが固定扱いなリディーナとは思えぬ程、表情豊かだと姉貴分2人が感じた。2人の興味がこの怪しい科学者の発言へ一挙に注がれる。
「それはもう黒歴史にしたい位、散々な結果だった。動くには動いた。けれどね、まるで死に際の人間みたいに蠢いただけだったの」
言い終わりに企みを明らかに匂わせる。もうその先の顛末を聴かずとも結末が想像出来てる2人だ。
「貴女達にまた怒鳴られても仕方ないけど、その時咄嗟に複座式を思い付いたの。ファウナちゃんを通しレヴァーラの意志を伝達するやり方を」
勘が鋭く、増してやファウナの家族同然な2人だ。リディーナとて最早、言わずと知れたを感じつつも最後まで畳み掛けた。
争いの喧騒すら掻き消された勘違いを生む程、鎮まりかえる。この孤独な独りと論争がしたいオルティスタとラディアンヌ。けれどもそれは胸奥にしまい込む。
「──はぁぁ……。もう驚かん、と言いたい処だが流石に嘘だ。──けどな、俺もラディもアンタを殴るだけの馬鹿じゃなくなったつもりだ」
深い溜息により振り上げたい拳を洗い流す姐御肌のオルティスタ。
「おっ、随分大人になりましたね姉様。リディーナ様も、あの踊り子様も言葉足らずで損してますよ。『あの中が1番安全なのだ』それだけでも私達、納得するのに」
そんな長女を煽るラディアンヌとて清濁併せ呑んでいる。
何しろ命すら惜しまぬ無償の愛を三女に捧げてるのだ。そのファウナ様がレヴァーラの端末と成り果て、この化け物を動かしてる。この結果をどうにか前向きで捉えてみる。
「だな──あのNo10のトーク力をちょっとだけ分けて貰いな」
オルティスタがこれほど冗談めかしく言えるのは圧倒的な力を見せ付けられ、発言が夜空の彼方へ消し飛んだからである。
「ウフフッ……成程確かに。──ただ私、実の処ショックなのよ」
リディーナが自嘲気味に笑った後、再び巨大な黒豹を首が痛くなるほど見上げる。
「だって想像を遥かに凌ぐ性能を初回から見せ付けられてるのよ。これは科学者として失格の烙印を押された気分だわ」
次はその場にしゃがみ込んで銀色の頭を抱えるリディーナ様。
短過ぎるスカートが捲れ上がり、ガーターベルトがさらに引っ張っる。女として余りに危なかっしい。
──全く、本当に困ったもんだわ。
これだけ動かれちゃ、この後早速全駆動箇所の改修が必要じゃないのよぉ。閃光のレヴァーラ×魔導士ファウナの相乗効果を舐めた私が馬鹿だったわ……。
またしても自分で要らぬ仕事を増やしたと落ち込むリディーナ。完璧主義だからこそ、人が望んでない仕事を拾い上げて意気消沈するのである。
「ファウナ、そろそろ一気に決める! 遊びの時間はもう終わりだ!」
「Yes──!?」
その瞬間、針の穴ほどの僅かな隙を突かれた──。
ディスラドが黒豹の長い前脚を踏み台に駆け上がり、蒼き瞳同士の視線を絡ませる。さらに黒い刃を翳し相手の目の中に潜むレヴァーラの黒いネグリジェ姿を映り込ませた。
「──『暗転』!」
レヴァーラとディスラドの位置が差し変わる。天地さえも反転するかに思われた──が、実際には何1つとして天変地異は起こらなかった。
「このファウナ・デル・フォレスタを何処まで愚弄する気かッ! 俗物ッ!」
この事象を知覚した誰しもがディスラドの暗転が不成立であったことより、魔法少女の台詞に痺れ完膚なきまで刻を止められた。
如何にもレヴァーラが吐き出しそうな高飛車なる発言。間違いなくファウナが口を開き叩いたものだ。
オルティスタがファウナの歴史の教科書を紐解く。『コレは私の物、先にくたばるとかふざけるな』例の覚醒の一コマである。キレたファウナの本質を見た。
このファウナは最早悟り切っていた。あの鼠は確実に暗転で逆転を狙う。この黒豹を子供の様にただを捏ねて必ず欲しがる。判りやすいにも程がある。
ならば予め罠を仕掛けるだけ。ファウナはこの副操縦席に乗り込んだ直後、黒豹の両眼に流転を付与しておいたのだ。
「──目標捕捉。Master、何時でも殺れるわ」
自分の口から洩れた言葉に驚くファウナ。『ディスラドは最後まで残したいのよね?』勝手な予言をしたのに自らそれを覆した。
「な、何だこれはッ!? か、身体がまるで言う事を効かんではないかァァッ!!?」
宙で藻掻く憐れなるディスラド。No10による糸の結界かと疑った。されど身体に触れるものなど何一つとして感じない。
「フフッ……ディスラド、心から礼を言わせて貰おう。お陰で最高の実戦演習が出来た。──では消えろッ!!」
──どうせあの馬鹿の事だ。残りカスの暗転を使い、此処から失せるに決まっている。
このレヴァーラの裏腹なる計算。ディスラドは常軌を逸した男。しかし歴戦の強者という意味では、ヴァロウズ随一言っても過言ではない。
黒豹の背中から死本の棘とも羽根とも取れるものが一斉に総毛立つ。さらに分離し捕捉した敵へ鋭利な方を向けて往く。
その先端から発射された緑と蒼を混ぜた光の槍が幾重もディスラドを襲い尽くす。
「こ、これはッ!? よ、よくもこの俺様に二度も恐怖をッ!!」
やはりディスラドは所詮ディスラドで在った。金髪の男が何時の間にか独りの見知らぬ女に入れ替わり、本体は姿を消した。
「ふぅ……。ククッ、これは何とも面白きものよ。──だが、流石に初戦でこれは難儀であった」
まだ名もなき黒豹の初戦。慣れないことによる疲労を隠せない踊り子様。息をついて椅子にダラリと寄り添う。
「ファウナ、大丈夫か?」
後ろこそ向かないが優しみ溢れる声掛け。上からの物言いでもなく、下から支える恋人でもない。真横からの対等なる声。
ガバッ!
「レヴァっ! 凄く楽しかったよっ!」
複座を飛び出し、前の座席の背もたれから身を乗り出して親友の両肩を掴んだファウナの笑顔。遊園地のアトラクションでも楽しんだかの様な満面の笑みである。
「そ、そうか──やはりファウナは若いな。此奴に良き名前を付けてやってくれぬか?」
ファウナは若い──。当然過ぎるが正直な気分で緩む。
「名前ぇ!? ──流星を呼ぶ黒豹?。うーん……長いなぁ。いっそ黒き流星で『メテオネラ』! ちょっと捻りが無さ過ぎかしら?」
ほんの僅か頭を捻った後、夜空を見上げたファウナ。ディスラドを撃った光の槍を星に見立てた。
「メテオネラ……悪くない。実に愛らしい名だ。私達の愛猫に相応しい」
その後──。
リディーナの手に寄って、その猫額に『Meteonella』と刻まれた。