第96話 Yes…… Master・Revara
ヴァロウズのNo2と深夜の争いの最中。普段滅多に無駄口など叩かぬレヴァーラが、意味不明な台詞を口走り周囲の者を唖然とさせた。
レヴァーラ・ガン・イルッゾは、そんな痛々しさなどお構い無しで地面へ向かってさらに吐き出す。しかも地べたに両の手を付いてだ。
「ええぃッ! これでもまだ目覚めぬかッ! よかろうッ! では見せつけてくれるッ! ──『閃光』!!」
これまで謎の出し惜しみをしていたにも関わらず、緑に輝くブレスレットを2つ。地面に擦り付け怒鳴り散らす。
「えっ?」
「──ハァッ!?」
やはりレヴァーラ様、いよいよ本気で御乱心召されたか? 敢えて伏せてる謎なのか、或いはただのイカレか?
これだけ意味不明の塊に転じた彼女を見るのは初めてだ。何らかの意図が存在すると願いたい。たが激しき争いの最中、構ってばかりもいられやしない。
ゴゴゴゴッ……。かなり不自然なる揺れと地響きが辺りを突然激震させる。
「な、何だ地震かッ!? これは流石に立っていられんッ!」
「ち、違うこの揺れ──地下!?」
この楽しき余興を邪魔されたディスラドが揺れる地面で地団駄を踏む。単なる腹いせだが在る意味器用だ。
ファウナ察しの言葉も何だか間抜けだ。地震による揺れじゃないにしても、地下であるには変わりがない。要は『地下室』と言いたい舌足らずだ。
地面が裂け折角綺麗に生え揃った芝生が易々と剝がれ落ちてく。何かが地下から競り上がり、ファウナとレヴァーラの物理的距離を切り開こうとする。
「──ファウナッ! 我と共に来いッ!」
「えっ──は、はいっ!」
近頃にしては珍しく有無を赦さぬレヴァーラの手。ファウナが少し戸惑いつつもその手を握ると、グィッと半ば強引に引っ張られて一瞬躰が宙を舞う。
完全に相手の手元に移るや否や腰にもキッチリ手を回され胸元まで押し付けられた。
ふと13年前、この初めてなのに何故だか懐かしきその胸に淡い憧れを抱いた幼き頃の想い出と重ね合わせる。
ウォォォォォォォォンッ!!
「こ、今度は何ぃッ!?」
唐突なる地響きの次、此処に居る筈のない野生動物らしきの雄叫びが木霊する。
耳を塞ごうと一瞬思ったファウナだが、レヴァーラの膨よかな胸元が立派に代わりを果たしてくれた。
早い話、地下格納庫の扉が開こうと動き出した次第。しかしファウナを含むフォレスタ三姉妹、こんな非常口の存在を聞かされていない。
『全く……現人神だか踊り子様だか知らないけど無茶振りが過ぎんのよッ!』
突然レヴァーラの胸元から文句タラタラなNo0の当たり散らしが飛び込んで来た。リディーナからの一方的直通回線。
可哀想なのは巻き込まれたファウナだ。彼女は何一つ悪くないのに最も拡声器より近しい位置で鼓膜を破れんばかりに揺さぶられた。
そんな緊張感が何処かに消し飛んだやり取りをしてる間にも、レヴァーラ母娘を支える地面が失われてゆく──にも拘わらずそれより硬い競り上がりは一体何だ?
『──市民の避難誘導に監視衛星の完全遮断。こんなの幾つ身体が在っても足りやしないわ!』
この不可思議な異常事態などお構いなしで文句を吐き続けるレヴァーラの相棒。言われてる当人は全く気にも留めていない。なお余談だが避難誘導はNo7とNo8に任せきりだ。
やがて完全に格納庫のハッチが開き、レヴァーラ達の地面にすり替わった者の正体が明らかとなってゆく。されどコレを何て呼べば良いのやら……魔導書すら書き起こせるファウナにも呼称が不明だ。
先ず全身の色、一部の関節部などを除き黒・黒・黒。猫の様に小さな額を持つ頭部。ファウナ達が立っているのが丁度その猫額だ。
4足──の割に両手にも為り得そうな長い二本の前脚。指先さえもやたらと長く、何ならファウナ達をその手で持ち上げられそうだ。やはり長く強固そうな後ろ脚も膝を曲げて折り畳んでいる。
これは恐らく普段は4本の脚で駆け、いざとなれば2足歩行すら出来る柔軟さを兼ねている。その立ち姿、短距離ランナーがスタート位置で今にも駈け出さんとしている様子に良く似ている。
「これはチェーンが化けて──ううん、違うわ。歴然たる機械なのね」
そうなのだ──。これこそリディーナの手間暇を存分に込めたあくまで趣味の範疇な代物。
黒豹の脚をすべからず伸ばし、2足歩行も可能とした。けれど機械の癖して先程確かに雄叫びを挙げた。しかしその目に輝きが無い。
レヴァーラがファウナを抱いたまま半歩後ろへ後退する。するとどうだ。その猫額がパカッと開いたではないか。この機械の操舵席に違いない。
しかし僅かに残る不自然──。操舵席が縦に2列。
──恐らく前はレヴァーラが乗る。じゃあ後ろは?
「こ、これひょっとして?」
ようやく拘束を解かれたファウナが複座の後ろを指して震える。
「そうだ。これが対エルドラ・フィス・スケイルの切り札で在り、我とファウナ・デル・フォレスタ専用機。──名前を未だ決めてないがな」
如何にも意味あり気に重々しく振舞うかと思えば『名前が無い』の処で苦笑を交えたレヴァーラが応えた。
『で、でもまさかこんなのいきなり過ぎてファウナちゃんに全く操作方法を伝えてないのよ』
これだけ外連味だらけで出しておきながら、今更にも程があるリディーナからの震え。
「──いえリディーナ様、全く問題ありません」
何とファウナ、レヴァーラを差し置いて自分が先にその複座へフワリッと飛び乗る。意外に座り心地の良い座席だ。固いが如何にも誂えた感が気持ち良い。
そしてキラキラ光る何かを全ての指から飛ばして繋げた。蜘蛛の糸でこの名もなき機体と自分を完璧に接続したのだ。あたかも専用ケーブルの様に。
コックピットの在りとあらゆる箇所に彩が映え、バシュッ! という音と共に黒豹の目に蒼の瞳孔が瞬時に宿ったではないか。
「──嗚呼……判る、判るよ君のこと総てが手に取る様に」
ファウナは今、この黒豹との接続堪らない居心地の良さを感じている。
このコンマ何秒という刹那を用い、このメカの至る所に組み込まれた金属知性体との会話を楽しんでいた。もう酒の酔いなどとっくに冷めた。
「──こ、これは何とも。杞憂とは正にこの時の為にある言葉だ」
果たしてファウナがその複座に座ってくれるか──。
レヴァーラとリディーナの心配は杞憂一つで片付けられた。「フフッ……」と含み笑いしつつ、自分も専用席へと移る。嬉しい、心底有難みを楽しんでいる道化。
血の通わないただの機械が冷え切るかに思えたこの娘との絆を繋ぎ止めてくれた事にレヴァーラは直向きに、ただひたすらに感謝したい。
閃光稼働中のレヴァーラが乗り込んだ途端、黒豹の関節部周辺が緑の輝きを散らす。あくまで無機物で在る筈の存在が魂を帯びたかに見えてならない。
「征くぞッ!」
「Yes…… Master・Revara」
黒豹が脱兎の如き勢いで格納庫を飛び出した。レヴァーラとファウナ、二人の新たな初陣である。