第95話 塵屑以下の役立たずであるッ!
ヴァロウズの2番目、ディスラドにほぼ寝込みを強襲されたと言っても過言でないファウナ・デル・フォレスタ。まともな戦闘準備を整えられないのは必定。
そこへ駆けつけたるは、敬愛するレヴァーラ・ガン・イルッゾかに思われた。しかし本命を覆したのはファウナの姉貴分二人、オルティスタとラディアンヌ。
しかもこの両名、夜襲にも拘わらず装備が毎度御馴染みの姿でキチンと整っている。
これには当人達以外の誰もが驚きを隠し切れない。例えそれが軽装だとしても、そもそも覚悟の面構えが違う。
側近、護衛、御付き、姉貴肌──。様々な呼称で呼ばれるこの二人。
このファウナ最大のピンチに、就寝時すらも何時でも出られる様、万全を期していたとでも言うのだろうか?
──これは何とも頼もしき連中か。
そんな背中を見て思うのはファウナ当人ではなく、寝間着姿で駆けつけたレヴァーラの方で在った。
彼女の側近というべきヴァロウズNo6からNo10。そこへ合流した空挺部隊の二人と偶々拾った独りの軍人。
元々相棒であるNo0と、未だ愛されてると縋りたいファウナは例外として、元を正せば互いの利害一致で集まりし、言わば社長と社員の様な運命共同体。
それでも今の彼等彼女等は自分に良く尽くしてくれている。信頼の絆が確実に存在してる位、充分理解していた。
寄ってこれは実に我儘な要求。だがこの2人の雄々しき背中を眺めていると、見返りなど求めるどころか己が主人さえ無事であれば、命すら喜んで投げ出す関係性に嫉妬さえ感じてしまう。
執拗いがファウナからの2人を想う気持ちも同調していた。それが故の魔道士覚醒だと第三者目線で確信している。
「──ふぁ、ファウナ。皆も無事か!」
争いの渦中、僅かばかり余計な気の迷いを起こしたレヴァーラの憂鬱。頭を振ってそれらを振り切りファウナの背中にようやく入れた。
これまでの高飛車振りをそのまま翳せば『息災か?』などと上から目線で物言う処だ。やはりレヴァーラのファウナへ流れる想い川の向きが、堆積する愛情と共に、変わりつつあるのは確かだ。
加えてこの言葉足らずな『無事か!』には2つの願いが混在している。字面通りの意味とは別にこの破廉恥極まりない男にまさか惚れていまいか?
これは途轍もなく重大時であり、尚且つオルティスタとラディアンヌも含む安否確認ですらあるのだ。
早い話、芸術を履き違えた男。ディスラドの爆弾へと転化する条件の確認なのだ。
何せこのフォレスタ三姉妹は、初めてこの異常性癖者と視線を既に合わせてしまった。これはロンドンの殺戮者に会わせたくなかった想いさえも遥かに凌ぐ。
さりとてレヴァーラの秘めたる想いが、これで伝達する訳がない。少なくとも今の処、この金髪破廉恥野郎に堕ちた者は1人もいない。
レヴァーラの真意など知らずで変わりなく戦い続けてられているのだ。
愛人であるファウナは勿論、後の2人ですらこの異常者に献上するなど決してあってはならない。
──我ながら強欲なのか? この三人を縛る枷など自分には持ち合わせがない。
これは実の処レヴァーラの身勝手なる欲求かと言えば決してそんな子供染みた話ではない。彼女自身、彼女等に対する無償の心が芽生えつつある事実に気付けていないのだ。
人は使える者だけが仕えるべき──。
マーダとしてこの世に創造されてから約50年もの間、それが彼の時も彼女の際もずっと信念で在った訳で、これを捻じ曲げるにはもう少し時間と偶然が不可欠なのだ。
レヴァーラの心情を語るのに随分走ってしまった──。
実際の争いは瞬時も見逃せない程、熱を帯びている。
火焔から陽炎と気配を消した上での不意打ち。これらは見事ディスラドの寝首を掻いた訳だが、攻勢を維持出来るかと言えば、例え4対1でもそう甘くはない。
兎に角ディスラドの暗転潰しに総力を結集する。
炎舞使いによる火焔&陽炎による二段構えでディスラドの刃に映る現実をしらみ潰しに掛かり、続けて構えを見せないラディアンヌによる会心を狙って征く。
ファウナは距離を取ったまま、拾った枝切れによる輝きの刃を伸縮させてラディの牽制を図る。偶にラディと入れ替わりでレヴァが押し入り変化を付ける。
一方ディスラド得意の爆弾。今宵はそもそも手持ちの火薬の持ち合わせがない様子。
ミラノですら全壊させた男だ。まさか新しい街並みに遠慮するとは思えないが現在の処、剣と暗転のみで押し通すつもりらしい。
「──『暗転』!」
「──『流転』!」
そんな一方的最中に於いてもディスラドが拮抗するのだ。オルティとて火焔の燕を絶え間なく描き続けられるかと言えば、どうしても勿体無き間が生じる。
そこを見逃す道理がないディスラドが暗転による逆転を狙う。襲い来る女武術家と自分の位置を入れ替えて混乱に乗じるつもりだ。
されどその機会をこの可憐な乙女が流転で帳消しと化す。
この果て無き連鎖が続くのだ。判っていたがディスラドもファウナとて舌打ちせずにいられない。
「しかし可憐な魔導士以外も面白い程やってくれるっ! 流石噂に違わぬ異端児だなっ!」
余裕の嗤いを絶やさず相手を讃えるディスラドである。細い碧眼をさらに細める。
「馬鹿を言うな、異能なんて俺は持ち合わせておらんっ!」
「──ですねぇ、私達のコレは普段からの鍛錬の賜物ですっ! ファウナ様の魔導書なら話は別かも知れませんけどっ!」
舌戦という会話を繰り広げながら、全力で剣と拳で一撃必殺を叩き込む二人の女。互いに金髪を靡かせ野生動物の如きしなやかさと艶めかしい肢体を次々繰り出す。
紅い二刀に時折輝く翠眼。そこへファウナの蒼が加わる訳で、傍目には流麗なる舞踊とでも映るかも知れない。
──それにしても踊り子様は、何してやがんだ?
苛立ってるのは、このオルティスタだけではない。何なら敵のディスラドさえも『早く本気を出して来い!』と思っている。
折角両腕に用意した知性体仕込みのブレスレット。これが未だ緑の輝きを散らさずにいる。これでは本当にただの踊り子に過ぎない。相手に至っては特に腹立たしい。
──それでは13年前以下ではないかッ! 空を駆け剣を振るって方が余程マシ、だいぶマシだ。
敵にも味方にさえもまるで解せないレヴァーラ・ガン・イルッゾの閃光出し惜しみ。何か狙っているのか、はたまた出せぬ理由が在るのか?
「──まだか? 未だ我を待たせる気かァッ!? 今出せぬなら貴様は塵屑以下の役立たずであるッ!!」
不意に訳の判らない事を大声でがなり立てた踊り子様。此方も大層御立腹、遂に御乱心したかと思えた周りの連中であった。




