第94話 招かれざる外野の敵(アウトロー)
『──何でレヴァーラなんだ?』
昼間のオルティスタからの指摘がファウナの胸に去来する。そして激しく揺さぶり掛ける。珍しく独りでシチリアの海に浮かぶ満月を眺めながら赤片手に自部屋で酔っていた。
「わ、私が一番それを知りたい……私にはそれを知る権利が在る」
日中自分が告げた通り、何故マーダが誰でもないただの踊り子を選んだのかファウナの瞳にすら見抜けていない。ただ見えてこそいないが霞む何かに気付いていた。
ファウナ・デル・フォレスタ──。
人の上に立って当然と思える風格漂い過ぎるレヴァーラの声。そう呼ばれる度に胸がギュッと締め付けられ、熱さを帯びずにいられない。
こうして脳内再生するだけでトクンッと何かが感ずるのだ。けれど盛った分だけ奪われてしまう。
憧れの存在に近付けば近付く程、同時に何かを失ってる気がする。まるで燃え上がった肌細胞が屑と成り果て皺と朽ちるが如く──ファウナは昔ほど盲目なる愛し方が出来ない自分に気付いていた。
一挙に燃え上がり過ぎた炎が永きを保てないと等しく、若過ぎる恋の情熱は冷めゆくのも速きものやも知れない。
エトナ火山を噴き飛ばした爆発より救われた幼き時分の命。「──もぅ決してあの頃に戻れやしない」酔いに染まった唇が勝手に言葉を紡ぎ出す。
「ディスラド──!?」
幼き想い出に馳せる最中、あの芸術の華を咲かせる男も思い出す。
それらと同時に嘗て自分が預言者の如くレヴァーラにぶつけた台詞『No2は後回しにしたいのよね』さえも。
「わ、私は何故あんな世迷言を?」
アレはファウナ・デル・フォレスタらしくなく何の根拠もない台詞であった。ほんの爪先一つの引っ掛かりさえあるなら判る。如何にも知識人をひけらかし、敬愛なる相手の興味を独占したい。
強いて、かなり無理矢理繋げるとしたら、やはり幼き想い出に浮かんで消える二人の仲に帰結する。
もしあの出来事が馬鹿な行動を止めに入った、それだけでないのだとしたら──?? 自分の吐露した理由に今さら気付いた。やはり爪先は存在したのだ。
「──『暗……転』」
次の瞬間、ファウナは夢と現実の狭間からなる声を確かに聴いた。
「ファウナ・デル・フォレスタ、あの踊り子さえも心躍らし狂わす魔性の女──フフッ、これは確かに可憐な乙女だ」
ファウナを見つめる蒼い細目。異常に彩を好む彼に取って、ファウナの美貌はその眼鏡に適ったらしい。
「──えっ!? わ、私何時の間に外へ?」
完全に外野扱いされてたNo2、美麗を爆発に変え得る力と、刃に映り込む全ての事象を反転させるディスラドが不吉を持ち寄り、守りの女神の元へ参上した。
「フフッ、随分火照っているなァ。就寝前に深酒とは……およそ少女のやる事ではないぞ」
「こ、このド変態野郎ッ! アンタが勝手に引き摺り出したんじゃないのッ!」
こればかりは、どっちもどっちな応酬であるが、まあ見るからしてファウナが辛い。
勿論剣はおろか武器に転用出来そうな持ち合わせがまるでないファウナ。グラスを即座に捨て、この際棒っ切れでも構わないと思い暗闇の中、足元を見渡し拾い上げた。
「──『輝きの刃』! ──『戦乙女』!」
どうにか振り絞る声も相まって何とも痛々しげな少女剣士の完成。無論、この格好で防御力は皆無。寧ろ男性に初めて見せる姿に引き算補正すら掛かっているかも知れない。
なお就寝時はおろか入浴時でさえも魔導書代わりの腕時計型携帯端末は、肌身離さず自己の肉体と化している。
「ほぅ? 俺様と剣でやり合うつもりかァ? しかしその蒼い光の刃、あの剣馬鹿のに瓜二つではないか」
ニタァ……。
嫌らしくディスラドが笑い、彼の象徴とも言える黒光りする両刃をスラリと抜き放つ。アルケスタ時代に撃ち抜かれた片腕は、語るまでもなくギミックで補っていた。
ファウナはその戦列に不在であったが、あの黒い剣と理不尽に寄ってリディーナ達が苦しめられたのを知っている。
「剣技で勝ち目ない位判らない程間抜けじゃなくてよ。だけど貴方の異能──暗転とやらに太刀打ち出来るの私だけじゃなくて? これは本気よ?」
すべらかず事象反転させる御業はNo2の専売特許ではない。このファウナには流転が在る。
ディスラドVsファウナ、一体何方の精神力が上であるのか? これはそうした目に見えぬ闘争なのだ。
◇◇
「──ファウナ・デル・フォレスタ。今宵は私の部屋に来ないつもりか? ククッ……流石に嫌われてしまったかも知れんな」
丁度その頃、己が部屋で女神との今夜の情事を待ち侘びていた中年女性。遂に心の距離を置かれたと感じ、自らのこれまでに苦笑した。
愛娘が如き少女を繋ぎ留め置く──。
実母でさえも叶わぬ幻想。
相手は虚ろ気真っ只中な18歳の少女。もし実の母なら猶更無理な夢。──何て事ない。ただの孤独な道化師に還るだけだ。
──ムッ!
「何だこの鳥肌!? 我はこの感覚を知り過ぎている!」
シャーッ!
無造作にカーテンを開く。見知った蒼き輝きが夜空の真逆で揺れ動くのが見て取れた。
「ファウナッ! そしてアレは──ディスラドッ!」
独り占めしたい白きネグリジェ姿の少女が相対するは紛れもなくヴァロウズのNo2に相違ない。
「奴め、一体いつの間にッ!」
此方とて準備を整えている暇などある訳がない。例の知性体を埋めたブレスレットとこの間使ったばかりの鈍2刀をのみを携え窓から躊躇なしに飛び降りる。
──此処は何階? そんな小事、ファウナを失うのに比べればどうでも良いのだァ!
まるで算段丸投げなレヴァーラより先に、1羽の赤い燕が光の帯を創造する。そのままこの悪い虫の目前にてカッと弾けて圧倒的な輝きを放つ。
「グハッ!? ば、馬鹿な?」
これは初見とはいえディスラドが迂闊なのだ。呼吸一つで他人を探索したり、同調出来る自在な女武術家だ。気配を消し背中を奪い掌底を叩き込むなど造作もない。
次いでとばかりに考え無しで落ちて来た黒い塊すらそっと両腕で優しく受け止めるのだ。
「ファウナ・デル・フォレスタの一が側近、炎舞使いのオルティスタッ!」
いつもの滾る二刀を構え、その大いなる胸筋を晒す仁王立ちなオルティスタ。
「同じくファウナ様を誰より愛する側近、武術家ラディアンヌ・マゼダリッサッ!」
此方は敢えて両腕を組んでいる。これは単なる苔脅しではない。両腕の出所を相手に悟らせない為の立派な構えなのだ。割と控えめなラディアンヌも長女に乗せられ名乗りを挙げる。
「「我等が二人揃いし時、この姫に蚊ほどの傷すら付けられんと思えッ!」」
相手には悪いがこれは八つ当たりの域。もう二度と招かれざる客を大切な妹分に決して近寄らせない。そうした覚悟の体現なのだ。




