第8話 余りに愚鈍なる鉄の鳥達の襲来
両親の命を奪われ、大切な友人達すら失い掛けた地獄の一夜より、約1週間が経過した。
あれだけの出来事が在ったというのにファウナ・デル・フォレスタは、まるで全てを忘れた様に、意気揚々と森中での歩みを止めない。
「──ファウナ様、方角からしてどうやら北へ向かっている様ですが、一体何の根拠で進んでおられるのですか?」
黙々と進む妹分へ、ようやくラディアンヌが問いを切り出す。この旅の目的……それは憧れの踊り子を見つけることだ。
それは重々承知している。
しかし何故、北を目指しているのか。まるで要領を得ないラディアンヌとオルティスタである。
絶対的な目標があるが如く、ファウナの歩みに淀みがないのだ。
「……根拠? そんなもの何処にもないよ」
「──えぇ?」
「ある訳ないじゃん。あの御方が何処に居られるのか? そんな便利な魔法探知なんて私は知らないわ」
ラディアンヌの問いに肩を竦め、首を振りつつ、やれやれといった態度を堂々と露わにする。
「で、では何故取り合えず、北なのだ?」
今度はラディアンヌの代わりにオルティスタが、取り合えずの理由を求め、前を歩いていたファウナを追い抜き、後ろ歩きのままで乗り掛かる。
ヒールを履いてる割に器用だ。まあ彼女に取っては普段の足だ。余程慣れているのであろう。
「うーん……そう言われてもなぁ。シチリアの最北付近が何やら最近騒がしいらしい。そんな話を小耳に挟んだ。ただそれだけのことよ」
深い理由のない行動を指摘されれば人間は困るというものだ。人間離れした能力を見せたファウナですらそれは同じこと。
増してやフォレスタ邸と周辺の地域には、ネットすら通っていない僻地中の僻地なのだ。
依って情報とは自然、人伝のみが頼りである。
「ファウナ、一生懸命目指してる処に水差すのは悪いが、お前が憧れるその踊り子とやら。確か13年前に助けられた際、東に在る火山だったと聞いているぞ」
オルティスタのこの発言は実に正しい。当時4歳であったファウナ。火山毎消し飛んだという謎の現象が発生したのは、シチリア中で最も火山活動の盛んだったエトナ火山。
即ち、フォレスタ邸の存在した地域と同じ名を冠する火山だ。流石にその周辺に住居を構える愚は在り得ないので、その西の山中側へ住んでいた次第である。
早い話、過去の話から推測すれば自分達の住んでいた同じ山中へ潜伏している可能性が極めて高い。オルティスタは、そう言いたい訳だ。
「そんなの判んないじゃない。それにあの御方が、こんな何もない田舎で暮らしてるなんて、まるで想像つかないわ。何なら本土かも知れない」
──あの御方。このファウナが踊り子の件を話す際、もれなくその碧眼が輝きを増す。
今も両手を握って目をキラキラさせている。要は憧れが先走り過ぎて、良く前が見えていないという話だ。
「「ハァァァ……」」
諦めムードで再び先陣を赦すオルティスタ。後方を往く同僚と顔を見合わせ深い深い溜息を吐く。
「おぃ、どう思うラディ」
お次は小声で妹分には聞こえない様、細心の注意を払うオルティスタ。ラディはラディアンヌの愛称である。自分の名を棚に上げ『ラディアンヌ? 長過ぎる』と勝手に名付けた。
「もぅああなったら付いて往くしか在りませんよ。ただ……その踊り子さんって信用に足る人物なのか怪しいと思いませんか?」
一番の姉貴肌であるオルティスタに耳打ちするラディ。それこそ一番ファウナに聞かれてはならぬ事をヒッソリ告げる。
「そう、それなんだ……。何しろこの間の敵の正体、それに能力の根本すら何一つ掴めてないんだ。迂闊に動いて味方に付いたら危うくて仕方がないぞ」
「うわぁぁ……。それ一番聞かれちゃ駄目駄目な奴ですよ。後、私ビックリしました。フォレスタの家を爆破したの御二人だったなんて……」
互いに耳打ちし合う姉貴分の2人である。髪型も髪色も同じ。幾度も言うが、この2人が並ぶと姉妹感が半端ない。
さらに話の内容が危うい方向へ沈み込んでゆく。
「そうだ。あの爆発、到底人を選んでいたとは思えぬのだ。いざとなれば己が娘すら共に消す」
「そ、そんな……それは余りにも飛躍し過ぎではありませんか?」
自分で爆発原因を振っておきながら、その動機へ話が触れた途端、顔を曇らせるラディ。だが顔を曇らせるという事は、姉の言い分を無下に出来ない訳である。
「だからこそ、ファウナの能力も含め、相手の事を良く吟味する必要があるのだ」
またしても探偵オルティスタの推理が幕を開ける。けれど直情的なファウナを見てればこうなるのも自然の摂理というものだ。
──オルティスタ……? その言い分ですと、まるでファウナと彼女達の力の根源が同じ……。
ゴオオオオオオッ……。
ラディが姉貴分の怪しい考えを飲み込もうとしたその瞬間。聴き慣れない音に思考を邪魔されてしまう。
「な、何この音!?」
姉貴達の会話に全く興味がないファウナ。それよりも17年間生きていて、一度たりとも聞いた事がない轟音に思わず空を見上げる。
「そうか、ファウナはこの島を出たことないから知らんだろうな。アレは人の創りし鉄の鳥、飛行機って奴だ」
オルティスタは落ち着いたまま空を見上げる。ラディアンヌがそれに続いた。
「いや、待って下さい! アレは確かに飛行機ですが、あの形状……さらに機首に描かれたマーキング! せ、戦闘機!? それも連合軍直轄部隊!?」
ラディアンヌが驚愕の表情で石造の様に固まってしまった。それも3機、編隊を組んでいる様に思えた。
その後を追い、もっと巨大な補給機らしきものが現れて北の方角へそれらは失せた。
「て、鉄の鳥達……」
正体を教えて貰ったファウナ。後は意外にも落ち着いていた。鉄の鳥達が向かう方角だけを、独り睨み付けるのである。
◇◇
「クハハハハッ!! 13年ッ!! 13年だぞ、この、ノ・ロ・マ・がッ!!」
エトナ火山跡地に建造中の神殿から同じものを見上げ、その愚鈍さを大いに笑い飛ばす金髪の男が居た。
「火山すら喪失した事実を知りながら、これ程までに遅れる馬鹿共ッ!! 何が連合軍かッ! 頭の固い爺共、判断が温過ぎるわッ!!」
しかもその向かう方角が男の脳内麻薬を最高潮に引き出したらしい。13年前の元凶が此処に居るというのに、的外れ場所へ征くのだ。
これが男の嘲笑を大いに駆り立てる。傍らで侍女達の注ぐワインが絶好の味に思えた。
──金髪の男が待ち望んだ戦争の火蓋。それがようやく切って落とされようとしていた。
─ 第1部『運命の再会』 完 ─




