7.森林伐採
あれからララは風の力で、魔術師の男は炎の魔法で、度重なる交戦と間合い取りを繰り返しては向かい合い睨み合っていた。
炎の魔法で類火を被る森林は草花に火を灯す。地面には所々と黒い焼け跡が確と表面で残った状態だった。樹皮を燻らせる樹木は、急激な加熱で引き起こされる小さな破裂音を警鐘のように幹の内部で断続的に鳴らせている。
二人の交戦における幾度となく発生した突風や衝撃波は、爆風消化の現象を引き起こして幸いにも森への火災を防いでいた。
「おやおや、どうされましたか? あれほど、熱烈な攻撃をしていただけてたのに。急にその様な場所で篭られては、寂しいではないですか」
魔術師の男の言葉遣いは飄々としたままだが、態度は取り繕うこともなく狂気に満ちた表情を浮かべ続けていた。男のまわりには魔法による火球が無尽蔵に数多く浮かび上がって、今か今かと標的を狙い定めている。
男が視線に捉えて呼び掛ける先には、持続する小さな塵旋風が発生し続けていた。あらゆる攻撃を風速で弾き防ぐその旋風の壁は、まさに風の結界と言える代物であった。
「なんなのよ……コイツ……」
ララは、その風の結界に護られるように中心部で陣取っていた。肩で息を繰り返しながら息苦しさで表情を歪ませて、敵の眼前であっても疲弊の色を隠すことが厳しい状態に陥っていた。
これまでの戦闘で避けきれない火球を弾き飛ばすために、ララは何度も繰り出した脚技によって直接的に触れずとも外火の高温で脚部の肌表面が赤み差す程度には軽度の火傷を負わされていた。
「いやはや、困りましたな。出来ることなら弱らせるだけに留めておきたかったのですが」
魔術師の男は、泣き言の胸中を吐露した。
やれやれ、と頭を悩ませる魔術師の男は、観念したとばかりに周囲に展開していた火球を指を弾き鳴らす合図ひとつで消した。
「お嬢さん、どうか死なないでいただけると私は嬉しい」
懇願する男の腕から黒い煙霧が立ち昇る。段々と霧状から粘度のある液体のように変化が遂げて、男の腕に纏わりつく。次第に肥大する漆黒は、人ひとりを握りつぶせるかのような巨大な腕を形作った。
「まさか、聖魔!? なんで、アンタなんかが――」
風の結界の中で様子を窺い続けていたララは、魔術師が聖魔を扱い出したことに驚いた。
「見た目で判断されるとは悲しいですねえ。偏見はいけませんよ。ご存じでしょう? 聖魔とは選ばれし者が体得する極致。つまり、私は、私こそが選ばれたのです!!」
魔術師の男が叫び言い放つと同時に、巨大な手から黒い霧が噴射される。
扇状に拡がる黒い霧は、漆黒の絨毯のようで目の前に立つすべての者の視界を遮るほどの大きい闇だった。大気を震わるほど力強い闇の波動は、空間の色を塗り替えるように進行して、闇の拡大を阻むあらゆる存在を害した。
「ぐぅっ――きゃああああ!!」
風の結界を破壊するほどの強力な闇が、塵旋風の防壁に守られていたララごと覆い尽くして押し流すように後方へ弾き飛ばす。闇の波動による直撃で瘴気に汚染されたララは、呼吸をする度に苦痛を感じて、生命を喰らわれている感覚に襲われ続けた。
「おお、素晴らしい! これを耐えられるとは、さすがお嬢さん」
魔術師の男は追撃とばかりに巨大な漆黒の手を伸縮させて、吹き飛び地面に横倒すララを掴み獲り――
「かはッ――」
――後方の大樹へ叩きつけるようにララを抑えつけて捕らえた。
「さてと、あの方をお呼び立てしますか」
魔術師の男は、戦いを終えたかのように一息を付く時だった。
頭上からの威圧を感知して、男は捕らえた状態のララを素早く離して後方に跳躍する。直後に、寸前まで男がいた場所には、流星の如く急降下しながら攻撃を仕掛けてきたレシルの姿があった。
「人の妹に!! 手を出すんじゃねえ!!」
出現するや否や、激昂するレシルは魔術師の男に怒号を浴びせた。柔和な笑みで友好的な態度を取る普段の姿とは、全くの別人のように思えるほどだった。
「よかった、間に合ったんだね」
続け様にその場にフリードも現れる。レシルと共に、地面に脱力状態で倒れるララの傍へ駆け寄って声を掛けた。
「ララ、お前なんで逃げもしないでこんなこと……」
「ごめん……アイツら……ユスティア様や……ルミエルのことバカにしたから……」
怪我を負うララを抱き寄せて、レシルは問い掛ける。息も絶え絶えで、答えるララの振り絞る擦れた声には悔しさが滲み出ていた。
二人を見守りながら、フリードは急ぎララに手を添えて聖光による治癒を始める。
聖光を放つ手から、光が移るようにララの身体に宿り始めた。火傷によって軽く赤みを帯びた脚部の肌は綺麗に治り、体から噴き出す瘴気は一瞬にして消失する。
「暖かい……ユスティア様や、ルミエルの光と同じだ……」
苦痛で歪み続けていたララの表情は、次第に柔らかくなって安心を覚えたのか微笑みを浮かべた。
「フリードさん、ララをよろしくお願いします。俺はちょっと、あの人に用があるんで」
レシルは抱き寄せるララの身をフリードに預けて立ち上がる。怒気を放つ鋭い双眸が捉える先には、魔術師の男の姿があった。決して相手から目線を離すことなく、握り拳に力一杯を込めながら歩き出す。
「ダメ……レシルを止めてください……あの魔術師、聖魔を使ってるんです」
ララは、聖光による治癒を行っているフリードの手を掴み、レシルの制止を頼む。言葉遣いに力が戻りつつ、顔色は徐々に生気を取り戻して意識をしっかりとさせ始めている。
「大丈夫だよ、ちょっとした秘策も用意してあるし。今は身体を回復させて、いざという時に逃げれる準備でもしようか」
安静を促して宥めるように、フリードはララへ語り掛けた。
「わかりました――ところで、その頭の大きなたんこぶってどうしたんですか……」
フリードの頭頂部には、ララの指摘する通りの自己主張の激しい腫れ物があった。
この場所にまで移動する際の、風の力を真似て利用した高速移動の失敗で樹に頭をぶつけたものだった。
ララに指摘されるや否や、フリードは頬を掻いて恥ずかし気な表情をした。
「風の力って難しいんだね……」
「――えっ?」
答えをはぐらかしてフリードは治癒に勤しむのであった。数分も経たずに、ララの身体は全快に近づく。普段の調子に戻りつつあるからなのか、余裕が生み出す視野の広がりがフリードのたんこぶを発見するに至ったのだろう。
「いやはや、私は運がいい! 二人もの精霊に縁ある者を貰い受けれるとは!」
一連の流れを傍観していた魔術師の男は、歓喜に打ち震えていた。嘗めずるような品定めを、この場に登場した二人へ視線を送っている。
「もうひとりは、治癒士の方ですか? 素晴らしい、きっと上質な供物になるに違いない」
さらに魔術師の男は一瞥をして、聖光でララに治療を施すフリードを遠目から見て治癒士だと認識したようだった。
「おい、オッサン。色々と言いたいことも聞きたいことがあるが、とりあえず全力でぶっ飛ばす!」
仇敵との相対が如く敵意を剥き出すレシルは、拳を構えて戦闘態勢を取る。手首の装飾具からは風の力が放流されて、渦巻く風が手甲を成型した。
その場で律動的な足捌きを刻み、二度三度の拍子を踏み終わらせると、レシルは陽炎のように揺めき姿を消した。
「まずは、一撃!」
気が付けばレシルは、漆黒の腕を掻い潜って敵である男の懐へ奥深くに潜り込んでいた。
一喝に似た発声と共に、下腹部の低い位置から鋭い右拳が突き上げるように放たれる。足腰を力強く地面に根付かせて、上半身の捻りをバネに重圧な一撃はさながら固定砲台の砲弾ようだった。
「甘いですねえ」
レシルの右拳が放つ打撃は、寸前で魔術による障壁に阻まれて空間の鏡面に直撃する。
透かさず切り返す魔術師の男は、懐に入り込んだレシルを捕らえようと漆黒の腕で抱き締めるような形で押さえ付けようと動く。
「オッサン、そんなに遅すぎたんじゃ捕まえられないぜ」
漆黒の腕をすり抜けて、魔術師の男の背後へ回り込むレシル。がら空きの背面へ目掛けて、素早い両拳の乱打が繰り出される。
だが、再び障壁に阻まれて男に対して直撃は叶わず、拳の衝突が生み出す鏡面の反響音を数回ほど鳴り響かせるだけに終わった。
「ちょこまかと、大人をからかうもんじゃありませんよ!!」
魔術師の男は背後のレシルへの対応するために、自身の身体を振り向かせる回転で巨大な腕を鞭の代わりに攻撃を試みる。
振りかぶる漆黒の手は壁のように襲い掛かるが、レシルはその場で上半身を後方に大きく仰け反せて這うほど低い姿勢で回避を行った。
そして、回避行動に併せた連動する蹴り上げを漆黒の腕へ炸裂させると、男は万歳のような無防備の姿勢を取らされた。
「これなら、どうだ!!」
レシルは回避と蹴り上げ後の勢いを継続させて、全身の後転から通常の姿勢を取り戻す。全動作を一連の流れに収めることで即時的な攻撃への移行を可能とさせた。
そして風の力を収束させて纏わせる腕を、前方へ突き出して無防備な状態の男へ正拳突きを放つ。
直後に鏡面の破砕音が響き渡って、周囲を巻き込む衝撃波が拡がった。土埃は巻き上がり、大気中に伝わる振動が森に共振を起こさせる。
両者の間で反発した力は、レシルと魔術師の男をはね除けて距離を取らせた。
「ふむ、弱いですね。お兄さんでしたか? 妹のお嬢さんは何度も私の障壁を破られていたのですが」
魔術師の男は衣服の汚れを払う仕草をしていた。
挑発とも思える言動をするが、事実レシルが障壁を破ったのは正拳突きの一撃のみだった。
「確かに、貴方の方が瞬発力はあるようです。だが、力や速度のすべてがお嬢さんより劣っていますねえ」
自己分析の結果を本人へ伝える男の様は、余裕綽々として心底楽しそうに映る。
「はあー、ショックだな」
ふと仁王立ちで空を見上げるレシル。
魔術師の男の言葉によって傷付いたような仕草に思えたが、落胆の表情は読み取れず引き締まった顔付きを見せた。
「俺の力だけでララの分もぶん殴ってやりたかったんすけどね。フリードさん、使わさせて貰いますよ」
突然とレシルが纏う風の力から、煌めく銀光の粒子が放たれて激動を始めた。
聖光を漲らせた風は、強大な力を誇示するように存在感を主張し続ける。どこまでも寛容でどこまでも無慈悲になれるような絶対的な力なのだと周囲への認知を強制させるほどの気勢だった。
「な、なんですか、貴方は!? まさか、聖魔――ち、違う!! その忌々しい銀色の光は!?」
聖光に畏怖の念を抱く魔術師の男は、震える身体を自ら抱き締めて叫ぶことで恐怖を払拭させてるようだった。
「とりあえず、どんな感じか殴らせて貰うぜ。オッサン」
「――い、イヤだ!? ――ヤメロォオオオ!!」
レシルは聖光の風を纏った右拳を構えて、男までの短い距離をゆっくりと駆け出す。魔術師の男は恐怖に打ち震えて、身動きが取れず微動だにしない。
聖光が放つ威光だけで全てが制圧されているかのようで静寂が場を包み込む。ただただ静かに、レシルの拳が放たれた。
何ら変哲のない殴打が鏡面の障壁を突き破り、魔術師の男へ直撃を許す。直後に、男の身体では受け止めきれない量の力の激流が溢れ漏れ出て、銀光に輝く旋風が対象を突き抜けるようにして後方にあるものまで全て巻き込み抉り取る衝撃波が発生した。
「えええええええええ!?」
レシルは愕然とする。
星光による効能で魔術の障壁を破って持久戦に持ち込んででも相手を気絶に落とし込めればと高を括っていたところを、前方の光景では魔術師の男と諸共を吹き飛ばして大災害が過ぎ去ったような跡地を誕生させて全てを破壊したのだった。
「バ、バカレシル!! アンタ、何してんの!?」
「ええええええ!? ――違う違う、俺じゃない俺じゃない!」
受け入れがたい光景に全員が混乱を引き起こしてしばらく言い争いが止まずにいた。
直線状に森林を切り取ったかのようで背の高い樹木が一斉に消滅したことで、拳が放たれた方向は視界が確保されて遠方の空も見えるほど明瞭になっていた。