5.今日は風が騒がしいな
「あの、フリードさん。ルミエル嬢の友達ってことなら、是非とも俺らのことも友達だと思って欲しいんですけどいいですか?」
森の移動の最中、フリードと隣同士で歩くレシルが彼に話し掛ける。
村役場の休憩後、午後の部からの仕事にて馬車の積み荷である貨物をチェックして、この村から輸送する配達物や交易品も積み込み、滞在中での村の用事を終えた隊商は再度の編成を経て今現在を移動の道中だった。
そして、村が狩猟や林業に利用する周辺の森を移動経路にして、当初の予定していた征伐も移動と同時に行い次の輸送目的地へ向かうところだった。
「はい、こちらこそ。友達はいいものですよねえ」
「よっしゃ、やったぜ! 改めまして、俺は――「待って待って、アタシも! アタシも友達でいいですよね!?」」
急に現れたララは、レシルの顔を抑えつけるように押し出しながら身を乗り出して自己主張を繰り返した。
もちろんです、とフリードが承諾するとララはレシルと同じように瞳を燦然と輝かせながら喜びだした。
「ああ、もう邪魔するなよララ! すみません、フリードさん。改めまして、俺はレシル・ウィンドミルって言います。そんでこっちが――」
「ちょっと勝手に紹介しようとしないでよレシル! アタシはララ・ウィンドミルです」
隊商の責任者として指揮していた時とはまるで別人のようで、今の歳相応な仕草こそありのままの姿なのだと判然出来た。
「さてと、お互いに友達同士! 自己紹介も無事に終わったことですし、こっからは仕事です。俺ら少し気を引き締めて行きましょうか」
レシルは気合を入れるかのように両手で自身の頬を数回叩き、表情を強張らせた。己が示す行動で、他者に注意を促すようだった。
雑談を交えている間に、移動を続けてた隊商は森の中の進行度的に凡その中間地点まで到達したのである。
森自体には、長年を掛けて人々が踏み分けて出来た最低限の道が存在する。旅人の通行や、村人達による狩猟や伐採の生業の際に、移動や運搬の経路として使われ続けた歴史に等しいものだろう。
「どうせ、大丈夫でしょ。ここは巡回だけで終わるんじゃない? 最近ずっと、この森含めて近隣の村々で魔獣の目撃や出没の報告もなかったし、現に今も野生の動物達だって静かなもんじゃない」
「おい、ララ――」
「それよりもさ、ルミエルのことなんだけど。家の仕事が終わってアカデミーに戻る頃には、あの子も復学したりして会えるんじゃないかな!」
ララはレシルと対照的に、村役場でルミエルの近況を聞いてから天真爛漫な言動を見せ続けていた。浮かれた様子で、鼻歌を奏でてその場をクルクルと回ってご機嫌を窺わせる。
やれやれ、と言わないばかりにレシルは頭を振って、諭すのを止めて口を噤む。最も近しい双子の間柄で互いを理解しているからこそ、この瞬間の彼女の感情を遮る行為を彼は咎めたようだった。
「ララ。とりあえず、話はあとで先に森の巡回の確認だ。いつもの手筈で頼むぞ。一時この場所に俺達シルフィードは隊商の貨物を積んだ荷馬車と共に待機する。お前の脚で調査を始めてくれよな」
「えっ、彼女だけにこの広大な森を周らせるんですか!?」
仕事の話を邪魔をするつもりなく静かに耳を傾けていたフリードだったが、会話の内容を聞いて酷く驚いて思わず問い掛けた。
「ああ、この説明はまだでしたよね。驚かせてすみません。実は俺らは風の精霊の――」
レシルが何かの説明を言い掛けた時に、風が吹き荒れた。
「――もう、説明なんかまどろっこしいのよ。見せた方が早いでしょ?」
突如として吹き荒れる強い風。
隊商の貨物馬車は幌を急激に翻らせ、突風の衝撃で材質の木材が軋みをあげる。あらゆるものを巻き上げて、全員がその場で踏ん張る必要のあるほどの風圧を体感させられた。
その強い風の発生源には、ララの姿があった。
ララの足首には、新緑の色で光輝く小さな宝石が埋め込まれた装飾品のような鎖が巻かれていて、風はそこから吸収と放出を自由自在に繰り返す。脚には風の力が纏い、彼女の意思に呼応させれているのか大自然の風までもが騒然としていた。
フリードは見惚れて自分の視界に捉え続けていたのにも関わらず、瞬間的にララの姿を見失った。
気が付けば周囲からは樹木を蹴る上げる音が響き渡って、突風を巻き起こしながら彼女が樹木の幹を足場に四方八方を高速で飛び跳ねていた。
「お前いきなり……こんなところで、まったく。――ひとまず、こういうことなんで二〇分も掛からずにこの森程度の広さならアイツだけで全体を見て回れるんすよ」
「か、かっこよすぎる……」
純粋無垢かつ無邪気にも言い放つフリードは、年甲斐もなく憧れを抱いた様子だった。
「でしょ?」
飛び跳ねてたララは、いつの間にか樹木の太い枝の上で座りながら自慢気な表情をフリードに向けていた。
騒然としてた強風も、立ち止まる彼女と同じく急停止して流れを止める。
「そういうことだから、いってくるね!」
「あっ、おい! まだ、確認の最中――はあ、兄貴の立場は大変ってのが相場なんだよな……」
レシルが呼び止める前に、ララは樹木の枝から颯爽と姿を消す。
「まあ、何事もなければいいんすけどね。そういうわけで少しだけ俺達はここで待機です。フリードさん」
レシルの説明を傍目に、フリードはいつまでもララの絶技に瞳を輝かせながら見惚れているようだった。
◇
獣道すら見掛けないほどの奥まった場所。昼夜でも少し薄暗く感じる深い森の中で、ララは風のように駆け巡っていた。
自身が巻き起こす風と高速の移動で生じる向かい風を、全身で浴びるようにしながら心地良さそうに眼を細めたりしている。さらには時々、飛び跳ねるのを利用しながら宙で危険な軽業を繰り出してまるで運動とばかりに披露する。
「さてと、この場所はどうかな?」
風の力を使った高速の移動から制動までを瞬時に行い、ララは地面へ着地する。
しゃがみ込んでは周辺付近の地面の土に手を触れたり、周囲の音を聞き取るために彼女は少し佇む姿を見せる。
魔獣の痕跡を探すために彼女は、必要な一連の動作をしては移動の繰り返していた。
「――おかしいわね。上級はともかく、下級の魔獣の痕跡があまりにも少なすぎる。大規模な討伐の報告もずっとなかったし、だから確認でアタシたちが依頼で出張ってるのに」
経験則上の物事の観点から状況を鑑みて、ララは妙な胸のざわつきを感じ始めた。彼女は、虚空を見据えて何かに集中するかのように感覚を研ぎ澄ませる。
自身が纏う風の力と共に、広範囲に及ぶ自然に流れる風すらも無風にさせ始めた。
「――風が動いた。そこね」
何かを察して、ララは風が動いたという方向に顔を向ける。
突風を巻き起こしては自身に追い風を与えるようにして、まるで魔法による飛行と見紛うほどの滞空を維持した高速移動を見せた。
「やっぱり」
ララは目的地に到着する直前で、隠密に徹した動きに切り替えて樹木を隠れ蓑に行動をしていた。
そして到着後の彼女は、目視で確認できた先にある光景を見て想像通りのものだったと確信を口にする。
この森は多少でも道を逸れれば、容易に獣道を見掛けるほどの生茂る森だった。最奥に近づけば近づくほど、強い魔獣の縄張りが色濃く出て野生動物が作る獣道すら存在がなくなる。
当然、人間などは以ての外でどの様な理由があっても存在を確認出来るわけがなかった。だが、今この眼前にある光景に映されたものは違った。
武装をした組織的な集団が簡易的なキャンプ地を組み立てて、根城を作って居座っていた。飲食廃棄物は勿論、幾度も利用された焚き火跡などの長期に及ぶ滞在の痕跡が見て取れる。
そして彼等の側には、打ち付けられた杭から伸びるロープや捕らえるための檻などが設置されていた。
旅人の装いをした通行人達や、この森を生息域とする魔獣達は、惨殺されたり捕られたりした現場だった。どの観点からも見て正道に属するものではないと瞬時に見分けが付く状況である。
「クズ野郎共ね。今に見てなさい、必ず全員捕まえてやるんだから」
ララは単身でこの場を制圧する力量はあると自負するものの、当初の予定通りに冷静な判断を下して斥候の役割を優先させる。
隊商への連絡をするために現場を離れようとした時だった。武装集団の中で会話を始める者達が現れて、ララは少し足を止めることにした。
「おい、オマエらそろそろ離れる準備だけはしとけよ。例の情報通りでそろそろお陀仏するらしい」
「マジかよ、アニキ。もうちょっと楽しみたかったっすよオレ。ここの国の奴らって色白でべっぴんが多くて最高だし濃いのが出るわ出るわ」
ただひたすら下品で聞くに及ばない会話に、ララはこの場を離れて隊商へ連絡に戻ろうとした次の会話だった。
「このバカが、調子に乗んなよクソが! いくつも商品をダメにしやがっただろうがテメエ! んなことよりだアレだ。あのユスティアってなんとかの光る化け物が死にぞこないでいてくれて助かったぜ」
「ホントっすよ。おかげで何ヶ月もオレたちが仕事しやすかったですし」
「あとはさっさと死んでもらって近隣まるごと国が騒がしくなってくれりゃ、その隙にこの地からおさらばだな」
ララはルミエルに関連することだったが為に、否が応でも足を止め聞き続けてしまう。
「だけどもったいないっすよね。その化け物って娘共々めちゃくちゃ綺麗らしいんですよ。死体でもいいから貰えないっすかね味見してみた――」
ララから何がかブチ切れる音がする同時に、武装集団の屯する場所に爆撃の衝撃波のような暴風が通り過ぎた。直後に鼓膜を破るほどの甲高い風切り音が鳴り響き、砲弾のようなものが飛来する。
下卑た会話をしていた片方の男は飛来した砲弾のようなものを背面から腹部を中心に直撃させて、大きく吹き飛び後方にあった大樹に衝突させて己の身体を埋め尽くす。
砲弾とは、ララの風の力と速度が乗った脚からの飛び蹴りの一撃だった。
背面からの強烈な一撃で吹き飛んだ男は、胴体は千切れないにしても逆方向に背骨の関節を折り畳み曲げられた状態で即死していた。
「なっ――なんだ、テメ――」
アニキと呼ばれていた男が驚き言葉を言い放つ間もなく、ララはその場で自身の身体に何度かの回転を加えて、脚の力に回転力を兼ね備えさせた強力な回し蹴りを男の頭部へ目掛けて振り被らせた。
さらに、風の力も纏う状態で放たれる回し蹴りは瞬く間に男の頭部へ直撃して、彼の首を数えきれないほど回転させてながら即死に至らせた。
数秒後に男の頭部は回転が止まるも、首の皮一枚繋がったような状態でねじ切られる寸前の悲惨な死体が彫刻の像のように立っていた。
この状況を受けて、残りの武装集団は一斉に蜂起して、この場に乱入したララを殺そうと躍起になる。
「――よくもユスティア様を、よくもルミエルを、バカにして!! アンタたち、絶対に許さない。――殺してやる。絶対に、殺してやるんだから」
周囲の殺気立つ集団に、目もくれず怒りを露わにララは瞳を潤ませている。自身を襲う表現の出来そうにない滅茶苦茶な感情が殺意に変換され続けているようだった。
まるで殺戮こそが催し物の品目だと錯覚するように、彼女の手によって数分にも満たない時間でに軽々と十数人の命は手品のように消え去った。
「ハア、ハア――絶対……絶対に……許さない……」
ほんの一瞬にして、ララは武装集団の全ての者達を片付けた。未だに冷静さを取り戻すことはなく、興奮も収まることを知らず彼女は取り憑かれたように譫言を繰り返していた。
暴風自体は止み、嵐の前ではなく今は嵐の後の静けさを体現させている。
「人が休んでる時はあれほど静かにしろと――おや? これは一体どういうことでしょう」
奥の樹木の陰から少し歳行く壮年の男性が現れた。顔には魔術の類いと思われる文様を刻み、黒い法衣を纏いつつ落ち着きのある雰囲気を持つ彼の姿は魔術師そのものだと判断させるよだった。
あちらこちらと視線を幾度も動かしては、現状の確認しているようだった。
「はあ、本当に使えない方々ですね。もう仕事も終盤に差し掛かったというのに無能な限りです」
武装集団と関係する者の口振りをするも、彼等の死に様に対して苦言を呈していた。
「ああ、お嬢さん。気にすることはないですよ。価値もなければ、どうでもいい者達でしたので――」
男がララに言葉を語り掛けると、反応するように彼女の指先がぴくりと動く。そして、静止していた風が再び活動を始めて暴風を発生させた。
暴風に誘われるがままに、ララは高速の移動による直進を始めた。
魔術師の眼前に到達する瞬間、急停止したかと思えるほどの制動を経て、踏み殺すほどの勢いある脚で地面を目掛けて叩き蹴る。
地面の土塊を吹き飛ばして大きな窪みを作り出すほどの力強い蹴りの反動は、彼女の全身を爆発的に瞬間加速させて浮き上がらせた。
ララはその極限とも暴力的な加速を利用して、勢いを乗せたままに魔術師へ膝蹴りを翔ばした。
「――おっと」
ララの膝蹴りが魔術師へ直撃する直前で、鏡面が割れるような大きな音が鳴り響く。
衝突による衝撃の余波は爆風を発生させて、土埃を舞い上がらせてあたりを包み込む。吹き飛んだ土は雨のように降り注ぎ、砂煙が辺り一帯を覆い隠す。
次第にあたりの視界が明瞭となって、二人の姿が確認できた。
そこにはララの膝蹴りを、透明な障壁のようなもので受け止める無傷の男の姿があった。
「いやはや末恐ろしい、まるで嵐のようなお嬢さんだ。その若さで障壁に傷を付けるなんて――うん? もしや、貴女は風の精霊の祝福ないし血を受け継いでおられるのですか」
男はララの攻撃に感心した素振りを見せるや否や、目の前まで差し迫った彼女の膝蹴りを再確認して、脚首にある装飾品の新緑の色の輝きを放つに宝石に気が付いた。
「ふむ。――もう帰るつもりでしたが、気が変わりました。精霊の血は、是非とも欲しいですね。あの方がお喜びになりそうだ」
飄々とした態度で落ち着きある雰囲気から一転して、鋭い眼光で魔術師の男は欲望を露にする。
「――アンタ、何者なのよ」
ララは距離を取って、この状況から冷静さを取り戻したのか魔術師の男に質問を投げる。
だが、男は不気味に静かな笑いを繰り返すだけだった。