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4.ニート脱却

 酒場の机座席を借りて、フリードは男に貰ったパンを齧っている。噛みつく度にこんがりと焼き上げられた小麦から爽快な音が鳴り響き、濃厚な匂いを目と鼻の先で充満させる。

 夕方から深夜にまで掛けて酒場を運営していた建物は、日中だと職業斡旋ギルドの支部として使われ始める。男が運び出していた大樽などはしばらくの間、邪魔だからと倉庫へ移動させている最中だった。


「そんで? お前、金もねえのに腹空かせてこれからどうするつもりだったんだ」


 現在進行形で建物内の酒場の時に使われていた物品を、男は片付けながらフリードへ語り掛ける。


「どうって、そうだね。実は気になることを聞いてさ、オベロン連合王国に行こうかなって思ってる」


 朝食代わりのパンを頬張りながら、フリードは男と会話を交わす。この国の素晴らしさを共感した後、不思議と二人は自然に接し始めたのだった。


「お前はバカか。だから金もねえのに、って話をしてんだろ。それに行くにしたって無一文のおめえがどうやってあんな遠いところに行くんだよタコ!」

「え? いや、だからお金は別の場所に――」

「ハア、ったく。ちょっと待ってろ――おい、クソ親父いるか!?」


 フリードの言葉を遮り、男は目の前の作業をやめて怒号のような呼び掛けをした。昨晩の出来事から今朝に至るまで、彼は無一文のフリードしか確認できていなかっためか聞く耳を持つ素振りはなかった。

 男が酒場の奥にある部屋へ行ったと思えばすぐに舞い戻って、フリードの座席の机に紙を叩き出した。


「ほらよ、これにサインしろ」

「――えっ、なにこれ臓器売買契約?」

「てめえ、俺のことを何だと思ってやがるんだ……ちゃんと読みやがれアホ!」


 フリードの悪気のない天然の言動に呆れ果てて、男は今にも拳骨を飛ばしそうな握り拳を作って、青筋を立てながら苦笑いを浮かべていた。

 机上に差し出された一枚の用紙を覗き込むと、この酒場の側面である職業斡旋ギルドの契約に関連するものだった。


「なになに―シルフィード運輸? 運搬業者または傭兵雇用、旅客の護衛依頼も可能?」


 運送業を主とする仕事で、その業務に対して募集項目及び仔細にわたる内容が用紙に記述されていた。


「これから、このフォルトゥナからオベロンへ出立する隊商の仕事だ。まあ、村々を経由するだろうから直接ってワケにはいかねえがな。どうせだ、路銀でも稼ぎながら行ってこいよ」


 有無を言わさずに男は説明をして、フリードを送り出す準備を始めた。


「ありがとう」


 勘違いを含む行動とはいえ、フリードは拒むことはしなかった。少しだけ困り顔も見せてはいるものの、親切に変わりない相手の行動に嬉々を漏らすような笑顔をして用紙にサインした。

 ほらよ、と男に言われてフリードは安物の玩具のような徽章を渡される。この徽章があれば、この職業斡旋ギルドからの紹介で面接を受けることが出来るとのことだった。

 あまりにも世話になったとのことで、フリードは自身を服装を弄って適当な品を男に差し出す。そして酒場を出てシルフィード運輸の建物支部へ向った。


「森の小屋まで、お金を取りに行くつもりだったけど――まあ、折角だしこのまま行くか」


 再び、フリードは街の門へ向う。さきほどの内容の詳細には、フォルトゥナ国のシルフィード運輸の支部は門の付近に構えているとのことだった。そこから集荷や配達、隊商の編成などが行われる。


「ちょうどいい時間だったかな?」


 門近辺にある建物を遠目から目視で確認できた時点で、既に馬車に積み荷を運び始めている最中であった。周囲には募集項目にもあった数名の傭兵らしき人達や、多くの雑用に励む人達も見て取れた。


「すみません、少しいいですか」


 現場に指示を出していた男女の二人組に、フリードは駆け寄って声を掛ける。

 責任を持ち指揮を執るには、少しばかり若さが目立つような男の子と女の子の二人組だった。さらには双子の兄妹とも言われてもおかしくないほど似通った容姿にしている。


「ここからオベロンへ出発する隊商の仕事があると聞いたので、僕も参加したいのですが」


 フリードは目的の説明を交えて、指揮する二人組に職業斡旋ギルドで受け取った玩具のような徽章を見せた。


「ああ、あの酒場の――うーん、オベロン連合王国か。確かに、今し方からの準備がまさにそうなんすけど――」


 片方の若い男の子が受け応えるが、どうにも歯切れの悪い回答をして申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「もちろん、貨物のために働き手は多いに越したことはないから大歓迎です。ただ、実は今回の隊商は征伐隊も兼ねてて」

「征伐?」

「はい。ウチが運輸の経路として利用させて貰っている村々や街の周辺付近などの治安維持みたいなもんっすね」


 会話を交えながらも作業を進める若者の男。もう片方の相方であった女の子も、少し離れた場で指揮を執りつつ作業を続けていた。


「とりあえず、貴方のお名前を聞いてもいいですか?」

「僕は、フリードっていいます」

「――確認ですが、フリードさんって戦えます? 自分の身を守れるだけでもいいんです。場合によっては人や魔獣との……殺し合いに発展するんで嫌な感じになっちゃうかもしれないので」


 恐る恐る殺し合いと口にした男の子の顔には、少しだけ陰りが落ちた。


「はい。僕は戦える方だと思ってます」

「ああ、それならよかった。念のために隊商に関わることなので、こちらで確認して把握しておきたいのですが主に何が出来るのかを聞いてもいいですか?」

「うーん? たぶん、なんでもできると思います」


 男の子の真面目な質疑に対して、フリードからは軽薄そうに聞こえる内容が回答される。鳩が豆鉄砲を食らったように、男の子は目を丸くさせて場の空気が凍った。


「質問の仕方が悪かったですね……えっと、魔法力(マナ・サークル)はいくつお持ちで?」

「マナサークル? いや、僕は持ってないですね」

「あれ、魔道士(マジック・ユーザー)じゃないんですね。もしかして、星導力(エーテル・パワー)をお持ちなんですか?」

「エーテルパワー? いえ、僕は持ってないです」

「うん? 精霊使い(エレメンタラー)ってワケでもないんすか。――まさか、聖魔力(オーラ・バースト)を扱えたりするんですか!?」

「オーラバースト? いや、僕は使ったことないですね」


 何でも出来ると言った手前で行われた質疑応答の結果は散々であった。思わず、男の子もフリードに対して不信感を隠せず険しい顔した。


「あのですね、フリードさん。これらは貴方の身を案じて聞いてるものなんですよ。戦えないなら戦えないって、正直に言って貰って大丈夫です。こちらも、ウチの従業員として責任持ってフリードさんの身を預かりたいワケで。ましてや、事ひとつで隊商全体を危険に及ぼす可能性だってあるんですよ?」


 男の子は毅然とした態勢に切り替えて、立場上の重大な責任者という一面を垣間見せる。そして、事の重大さを伝えるためにか説教のように口早に話した。


「いや、ホントやろうと思えばたぶんなんでも……。――ああ、そうだ! じゃあ、これならどうですか」


 何かを閃いたように、フリードは男の子の前に手を差し出す。その動作に男の子は、彼は目を見張って眼前の出来事に大きく驚いた。

 フリードが差し出した手からは、肉体に精力が漲る優しく暖かな光が放たれたのだった。


「――それはッ、聖光!?」


 思わず叫ぶように男の子は言い放った。聖光の名を聞き取ったその場の人々は、何事かと確認のために野次馬と化して周囲を騒然とさせ始めた。

 男の子は聖光を放つフリードの手を掴み獲って、近くの建物の陰へ連れ出した。


「あ、貴方はフォルトゥナ家の一族の方だったんですか!?」


 短い移動にも関わらず、驚きのあまりか男の子は息切れをした様子で動悸を起こしていた。


「えっ? いやいや、一族じゃなくて友達みたいな間柄だね。それに、これは彼女を真似てみただけのものなんだ」

「あの聖光を真似るなんて聞いたこともない……それと、友達ってまさかルミエル嬢のことですか?」


 男の子の口からルミエル・セイク・レム・フォルトゥナの名前が飛び出したと思えば、次の瞬間に建物の陰にいたフリード達に目掛けて突然と麻袋が投げつけられる。二人は慌てて抱き締める形で、麻袋を掴み取った。


「ちょっと、レシル! いつまでサボってんのよ。なんでもいいけど、もう出発しなきゃでしょ」

「いや、だってさララ。これはさすがに、どういうことなのか聞かないとマズくないか?」


 麻袋を投げた張本人は男の子の相方だった女の子だった。隊商の準備を推し進めていた彼女は、痺れを切らしたかのようにフリード達の会話を中断させるかのように介入した。

 男の子の方をレシル、女の子の方をララと二人は互いに呼び合う姿を見せていた。


「べつにいいでしょ。ちょうど危険なことがあるかもだし、聖光なんてありがたいじゃない」

「それは……そうだけど。ああ、もう! ――はあ。取り乱してすみません、フリードさん。とりあえず採用って形で出立の準備よろしくお願いします」


 こちらこそ、とフリードは挨拶を交わして、その場にいた全員は建物の通りへ戻って出立の準備を再開させた。

 その後の作業中は、恬淡とした姿勢を続ける女の子のララとは違い、男の子のレシルは始終気にする素振りを見せて心ここにあらずと言った様相を呈す。

 そして、寸刻ほどで出立の準備は完了した。今朝方にはシルフィードの隊商はフォルトゥナ国の門を潜り抜けて、各地を巡りつつオベロン連合王国への道のりを進み始めた。



 数刻ほどで、最初の目的地であった村に到着した。この村への輸送予定だった必要な物資を荷卸して終わる頃には正午を回っていた。

 村の広場に貨物を積んだ場所を待機させて、隊商の仲間達は村にある役場を借りて昼食を兼ねての休憩を始めた。


「フリードさん、ちょっといいですか?」


 会議用の机で卓を囲み、備付けの長椅子に座るフリードが配給の食事に手を付けている最中だった。彼の隣の席にレシオが座り始めて声を掛ける。


「事情は聞かないことにしたんですけど。どうしても、ひとつだけ教えて貰いたいことがあるんです」

「えっと、答えられることなら?」

「――あの友達って、ルミエル嬢のことっすよね? 実は俺とララも、ルミエル嬢とはアカデミーの級友なんです。今の俺らは家業の一環で休学してて、今回たまたまフォルトゥナ国と往来する隊商の仕事に付いて」


 正確には面識あるだけでフリードは、ルミエルとは直接的な友人ではない。しかし、彼は混乱を招くことを避けて説明を省き、名実ともにあるフォルトゥナの友として話を聞くことにした。


「その……ユスティア様のお見舞いに行ったんすけど面会を断られて……ルミエル嬢も心配で様子を見たかったんですけどいないってことで会えなかったんです。下の妹のララなんかは彼女と凄く仲良くてずっと気にしてたんですけど」

「どさくさに紛れて下の妹ってことにするんじゃないわよ、バカレシル。上の姉の間違いでしょ?」


 フリードとレシオの二人の会話に最中に、ララは傍まで近付き悪態を付きながら登場した。彼等は、双子の兄妹なのだと確信を得る会話の内容だった。


「ルミエルのことなんですけど、フリードさんってフォルトゥナ家の関係者なんですよね? あの子は大丈夫ですか? お母さんのことで一年以上前の休学して以来、連絡がなくて……」


 ルミエルの母親の問題と言えば、恐らく聖光による後遺症のことだろうと察せられた。二人の訪問時には、危篤状態であったユスティアは面会謝絶で、ルミエル本人は伝説の魔法使いを探し求めていた時期だった推測できる。


「あのお嬢様のことなら、僕の口から直接大丈夫とは言えないけど。だけど、彼女の母親は無事に回復したから大丈夫なはずだよ」

「――ユスティア様は快方に向かわれたんですか!? 嘘じゃないですよね!?」


 双子は似たような台詞を同時に大声で叫ぶ、二人とも両手で力強く机上を叩き、反動のように席から体を飛び上がらせた。

 レシオとララは叫んだ後に、まるで機械の急な機能の停止みたいに動作が止まる。聞きいれた情報を頭の中で反芻して処理するために全力で集中しているようだった。

 そして安堵の表情を浮かべて力なく机上に全身を預けた。


「よかった…ホントよかった……ルミエル……」

「ああ、本当によかった! これほど嬉しいことなんて初めてかも、ユスティア様もルミエル嬢も無事なんすね!」


 まるで自分達のことのように喜怒哀楽の感情を表立たせていた。ララに限っては机に突っ伏して、啜り泣く姿を見せている。

 二人は落ち着くまで少しだけ時間を要したものの、すぐに感情を切り替えて自らの仕事に着手を始めた。その後の姿はとても快活で、見るものすべてに活力を与えるようなものだった。



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