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3.ねんねんころーりいいい

 聖光に蝕まれて万死の床に臥す現フォルトゥナ家の当主ユスティア。彼女の部屋近くまで、フリードは立ち寄っていた。

 二人の騎士は、今も変わらず昨夜から夜通しで部屋の扉の前に佇む。彼らまで沈鬱な表情しているものの、気鬱を払拭するかのように気概を示し続けて警備にあたっていた。

 昨夜の晩はあれほど忙しなく使用人たちが部屋から流動していたにも関わらず、今は大分落ち着きを取り戻してる様子だ。


「すみません。騎士のお二方、少しいいですか?」


 ただ客人が廊下を通り過ぎるかと思いきや、突然の声掛けに騎士達は警戒をして受け応えせずにフリードへ睨みを利かせる。


「ねんねんころーりいいいいい!」


 騎士達の威圧の対応に怯むことなく、突然フリードは有無を言わさず音痴を奏でて歌を聴かせた。歌を聴き入れた瞬間、彼らの表情は微睡みを覚えて虚ろな瞳になった。

 四肢は脱力しているものの、起立した状態で騎士たちは睡眠をしているようだった。


「ふう、お邪魔しまーす」


 騎士達を無力化した後、破廉恥なことにフリードは何ら気兼ねもなく婦人の寝室へ侵入をする。

 昨夜の晩に見た寝台に横たわる女性、現フォルトゥナ家当主ユスティア・セイク・レム・フォルトゥナ。聖光によるものなのか外見から判断できる状態のみならば健康体そのものに見える。

 だが、今や聖光の勢いは風前の灯火のように思えるほど弱弱しく、命が事切れる直前を表現しているかのように思えた。


「さて診てみるか。ご婦人、お手を失礼しますね」


 相手に意識もなく返答があるはずもないと理解しつつも、フリードは断りの言葉を述べてユスティアの手首を掴む。彼は目を瞑って、何かに集中しながら険しい表情で唸り続けた。


「ハハ、そういうことか。まったく、あの(フリム)は天才だったんだな」


 フリードは笑みを溢して感嘆の声をあげる。


「命の系譜を無限の途の代わりに、光の魔法回路を強制接続――永遠の加速で命を廻り続ける光こそが聖光の源泉ってワケか。だけど、このままじゃダメだ。途が焼き切れてしまえば、生命そのものの循環する行き場を失ってしまう」


 自身が識別した内容を口走りながら、彼は延々と独言を繰り返していた。

 フリードはユスティアに手を添えた後に、彼女から何かを取り出すような引っ張る動作を行った。途端に、部屋の宙空いっぱいに幾何学模様の羅列が出現する。

 その後は、まるでパズルを遊ぶかのような挙動を彼は繰り返していた。


「こんなもんでいいかな? あとはこの制御用の回路術式を書置きしとくか。じゃないと、あの(ルミエル)もそうだけどこの未来(さき)の子供達も大変だもんな」


 フリードは無造作にポケットへ手を突っ込み、紙切れとペンを取り出した。鼻歌を唄いながら、ひたすら何かを書き続ける。


「よし、できたっと! んじゃ、まあお世話になりましたってことでお邪魔しました――」

「――お待ちください、フリード様」


 書き終えたメモ用紙を適当な机上へ放って、踵を返して部屋から立去ろうとした時だった。

 フリード以外の声が発せられるはずのない状況で、確かに女性の声が聞こえたのだった。


「この様な姿のままでご挨拶することをお許しください。私はユスティア・セイク・レム・フォルトゥナと申します」


 先程まで意識なく寝台で横たわっていたユスティアが上体を起こして、フリードへ向き直っていた。

 床に臥していた弊害で体力の低下が見て取れる弱弱しい振舞いをしているが、彼女が纏う荘厳な雰囲気は顕在しているようだった。


「まず初めに、感謝を申し上げます。おかげさまで、聖光から命脈を保つことが適いました」

「えっ――あっ、はい。どういたしまして」


 ユスティアは、嫋やかにお辞儀をした。

 自身に身躯に起きた変化を把握していた。同時に、この場にいる彼が伝説の魔法使いだとも認知していた。恐らく今まで手の施しようのなかった状態からの好転が、王家の伝承にある偉大なる魔法使いだと確信を得るだけの証拠になったのだろう。


「そして偉大なる魔法使いにして、我らがフォルトゥナの永遠の友フリード様。どうか、私のお話をお聞きください」


 改めて畏まった態度で、ユスティアは再度お辞儀をしながら懇願するようだった。


「フォルトゥナ家には、代々当主のみが受け継ぐフリム様の手記がございました。その手記には彼女の悲願とも言える遺言が残されていました。――願わくば、この手紙を永遠の友フリードへと」


 ユスティアはベッドから起き上がって近くにある鏡台へ歩き、机上から箱を手に取る。そして、彼女の手から暖かな光が放たれると箱は口を開く。聖光のみに反応する仕掛けのようだった。

 宝箱のような箱の開く口から、話に出たフリムの手記と思われる一冊の書物が取り出される。


「こちらが、その手紙です」


 栞のように挟まれた手紙を冊子から抜き取り、ユスティアはフリードの手渡した。

 フォルトゥナ国の紋章で封蝋された封筒は、数百年もの歳月を経ても尚かなり良好な保存状態だった。


「それと、最後に私からも貴方様に一つだけお伝えしたいことがあります」

「はい?」


 ユスティアは顔色を次第に悪くさせて、足元の不安定さを窺わせた。

 病み上がりの状態から、会話や聖光の発動まで行ったのが原因で無理が祟った様子だった。


「我がフォルトゥナ家の代々続く聖光の暴走に、特殊な処置で延命を施してくださったお方がおります。きっと、彼女は今もオベロン連合王国のアカデミアにて教鞭を執っていらっしゃるはずです……」

「わわっ、ちょっと大丈夫ですか!?」


 よろめくユスティアにフリードは驚いた。彼女の声は段々と小さくなり、力が入らなくなっていた。体裁を整えることもままならず、足元も覚束ない様子だった。


「そのお方、偉大なる魔法使いの……貴方様の娘である……彼女が……会いたいと……仰ってました……」

「――ッ!? ――ええ、僕に娘がいるの!? ちょ、ちょっと、そのお話を詳しく――おっと」


 ユスティアは、フリードの質問を受け応える前に意識を失わせて完全に倒れ込む。そして咄嗟に、フリードは彼女のことを抱き抱えてすぐさま寝台へ戻す。

 貴方様の娘という最後の言葉に、フリードは酷く困惑していた。


「まいったな、詳しく聞きたかったんだが。――オベロン連合王国か」


 手にする受け取った手紙を一瞥して、フリードは静かに思い悩む。



 早天の時刻、フォルトゥナ国の中央広場の噴水にてフリードはベンチに座ってフリムの手紙を読むことにした。

 面倒事を避けるためか、ユスティアの治療を終えた後にフリードはあの邸宅に留まることをせず抜け出していた。


「ふあっ――んん、まだ眠いねえ。昨日からめっちゃ考えたりしてたし疲れが抜けないな」


 フリードは欠伸を噛み殺して、手紙の文章をなぞるように目線を動かす。


 ――親愛なる友フリード、貴方との出逢いと別離(わか)れは星の瞬きのようなものだったな。だが、私の心の裡では今も尚あの時間が永遠のように続いている錯覚を覚える。それと、貴方が愛する自由から名を借りて、私がフリムと名乗ることをどうか認めて欲しい。この国で自由の象徴を意味する言葉だ。


「まだ名も無きあの頃だったキミは、僕の自由から名前を見付けたんだねフリム」


 このフォルトゥナ国のあらゆる方向と場所へ繋がる中央広場。気が付けば、早朝からの活動を始める者達が増えていた。街中の道路を行き交う人々の喧騒で徐々に活気付く。


 ――もう知られていることだろうが、私はフォルトゥナ王家の庶子で第八王女だった。当然のように殺戮が絡み、権謀術数が蔓延った王宮の世界で私は生まれた。当時は生き永らえるために物心付く頃には、継承権を放棄して修道院へ身を寄せていたのだ。


「そうか。だから、あんな森なんかで見掛けたのか」


 まだ少女だったあの頃のフリムの生い立ちを初めて知ったフリードは、当時に不思議と不可解に思っていた点に納得を見出だす。


「ん? いい薫りだね、お腹空いたな。朝食まだだったの思い出した」


 何処からともなく漂う料理の薫りが、鼻腔をくすぐってフリードの空腹を刺激する。多くの民家が朝の食卓を囲むための準備を始めたのだろう。


 ――あの頃の私は酷く臆病でな。何故だか暗闇だけには、どうしても立ち竦むほどの恐怖を覚えたものだ。取り巻くあらゆる苦痛から堪え忍ぶ私を、最期まで追い詰めて害そうとする悪意の権化に思えたほどさ。そして、そんな暗闇に怯える私に光を与えてくれた貴方に感謝したいフリード。この光は暗闇に立ち竦む私を守るだけではなく、私の進む道の先々にあった暗闇すべてを消し去ってくれた。


「それはキミの力だ。僕は幼女を光らせたかっただけなんだ……」


 フリードは、遠い昔を懐かしむように目を細めて遠くを見る。額に汗を噴き出させていた。

 理由を鑑みて世間一般から警備隊へ通報が行くであろう事情に、彼は羞恥心を抱いているかのようだった。


 ――最初は、この光を使って貴方を探し求めるために未練もないこの国を離れようとしたことがあった。さしずめ、カクレンボウの続きだ。私がオニで、隠れるフリードといったところだな。しかし、自分が持てる者の立場となって、初めて周囲に目を向けたそんな時だった。そこには、まるで幼き日の私と同じように暗闇を恐れる多くの人々がいた。だから、私は光を分け与えて彼らの世界から暗闇を払うことを決めたんだ。フリード、貴方が私にしてくれたことのように。


「――だから、私が始めようとしたカクレンボウの勝敗の行方は、この国が目に留まりフリードがまた立ち寄ることとなれば私の勝ちだということにしておいてくれ。負けず嫌いなフリム・セイク・レム・フォルトゥナより、か」


 フリードは手紙を読み終えると、顔をあげて街並みを眺めた。

 数百年前、この国の広場の中央には美しい噴水などではなく禍々しい処刑台が鎮座していた。

 今は綺麗に舗装された街中の道路も、当時は荒れ果てひび割れた石畳に平然と死体が放置される状態だった。

 昔は廃家すら人々にとっては最後の砦のようなもので、現在のような多くの暖かみある民家などは存在し得なかった。

 だが今では、眼前に広がる光景を構成する全てが、まるで夢物語から引っ張り出して現実へ展開したような様だった。


「ははは、こりゃ僕の負けだな。本当に凄いよ、フリム。君が成し遂げたことはとても美しく輝いて、今この瞬間も僕の目に留まり続けているよ」


 フリードは顔を綻ばせて、雰囲気をとても陽気させている。


「よし、そろそろ行くか」


 ぽんっ、と膝を叩き、フリードは広場の長椅子から立ち上がる。噛み締めるように目の前の光景を眺めながら、颯爽と歩き出して街の門の方向へ移動を始めた。


「というか、僕は伝説の魔法使いってことになってるんだな。あと、僕に娘がいるなんてどういうことなんだろう?」


 フリードは、ふと今までの出来事を想起させていた。


「よう、クズの坊っちゃん! お勤めご苦労さん」

「えっ? ――げえっ、あんたは酒場の店員!!」


 突如、街中を行くフリードに対して罵倒が雑じる陽気な声掛けが行われた。彼が振り向く視線の先には、昨晩の酒場の裏路地で率先と自分を袋叩きにしようとした体躯の良いスキンヘッドの大男の姿があった。

 男は、酒場の店先で大樽を担ぎ上げながら、店の出入りを繰り返していたところだった。


「というか、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ! あと、お勤めってなんのことですか?」

「あん? お前さん、あの時の金でお貴族様にでも一夜を買われたんじゃなかったのか。男娼の仕事でもして、今が朝帰りかと思ったぜ」


 昨晩の出来事は、男にとってはフリードの容姿が気に入られて問題を取り持ってくれたものだと判断していたのだった。


「ち、違いますよ! 僕に聞きたいことがあったみたいで、その代わりみたいなものだったらしいです」


 慌てて訂正することで興奮が作用したのか、フリードは盛大にお腹を鳴らした。


「なんだ、まだ飯も食ってねえのか? 金があるなら軽い飯なら出してやれっぞ」


 男は昨晩の出来事と今を切り離して、フリードへ気さくに接していた。


「あー、お金はまだ持ち出してなかったんだった」


 フリードの言葉を聞き、男は鼻でため息をして少し考え事をしている様子だった。そして、すぐさま肩に担いでいた大樽を地面を揺るがすようにその場へ置く。

 男が酒場の中へ入っていくのを何事かと怪訝そうな表情でフリードが眺めていると、彼は手に棒状の包みを持って戻ってきたのだった。


「ほれ、残り物だがこれでも食っとけ」

「えっ――いや、だから僕は今お金を持ってないんですって」

「いいから持ってけって、昨日の金貨でだいぶ儲けさせて貰ったからな。あれから差し引いといてやるよ」


 ありがとうございます、とフリードは恐る恐る受け取りつつも、昨晩のように豹変して襲い掛かってこないかと身構える。

 棒状の包みを受け取ったと思えば、残り物とは思えない温もりが手に感じられて香ばしいパンの臭いがする。


「イッテェえええ!!」


 空腹の状態で目の前に受け取った美味しそうなパンの香りに油断した瞬間、フリードの額に衝撃が加えられた。

 男が自分の指を弾き、デコピンの要領で痛烈な一撃を与えたのだった。


「ククク、バーカ。言ったろ? 金がなきゃ料金分のサンドバッグになって貰うって。まあ、また金がない時に腹が減ったらウチに来いよ。とりあえず、満腹にさせてからボコボコにしてやっからよ」

「イテテ、まったく酷いな。あんたって人は! だけど、それならお腹が減って死ぬことはなさそうで安心したよ。――殺しは出さねえ、でしょ?」


 フリードが言い返す言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。


「ああ、その通りだ。うちは治安がいいからな! いい国だろ?」

「そうだね、最高の国だと思うよ」


 お互いの言葉は、嘘偽りようのない想いが込められて優しい音がした。



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