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1.お月様みたいな少女がなんか歴史の授業と探偵ごっこ始めたんだが?

 夜の帳が降りる頃、昼間に増して酒場は人々の賑わう喧騒と共に繁盛を絶頂とさせていた。

 その酒場の裏路地では、強面の顔と屈強な体躯を持つ男達の集団に囲まれた青年の姿があった。彼は酷く委縮した状態で、小刻みに震える度に艶やかな黒髪が揺れて、黒瞳は涙で潤ませている。中性的な顔立ちが目立つものの、その他は別段変わった特徴などもない風貌の青年だった。


「お前さん、いいところの坊っちゃんかと思えば文無しのクズ野郎だったとはな」


 集団の代表格のように一人の男が場を仕切り出して、青年に言い掛かるのを始めた。


「しかも、銀貨に似せたエセ硬貨なんぞ使いやがって。俺達を騙し通せると思ったのか?」

「――ちょ、ちょっと待ってくれ。違うんだよ! 僕は手持ちを間違えてただけで騙すつもりなんてなかったんだ」


 青年は恐怖を払拭させて、堰を切るように言い訳をした。人情にも訴えかけるように両手で祈る仕種も見せる。

 酒場での金銭的な問題が発端で、この場の状況が生まれたようだった。


「今すぐお金は用意して持ってくる! なんなら、あんた達に着いてきて貰ったって構わないから――」

「ったく、この期に及んでテメェらみてえなクズは……どいつもこいつも似たようなこと吹かしやがる」


 男は呆れ果てた様子で自身の首裏を撫で掻き、坊主頭を少しばかり左右に振って疲れた素振りを見せた。

 それを契機にまるで恒例行事の合図かのように、男達の集団は路地裏に放置された廃材を手に持ち始めた。


「あー、まあ心配すんな。うちは治安がいいから殺しは出さねえよ。料金分のサンドバッグになって貰うだけだ」

「あわわわわわわ!?」


 男達は廃材の素振りを始めて、手に馴染ませながら青年に詰め寄ろうとした時――

「待ちなさい!!」

 ――この場の状況を制止させる少女のような声が響き渡った。

 周囲の視線を集めた先で、小柄の体躯に外套を目深まで被る人物が暗がりから現れる。


「なんだテメェは?」


 青年に詰め寄る途中だった男は身体を振り向かせて、突如現れた人物に問い掛けた。同時に、小気味の好い金属の弾いた音色が鳴り響き、少女の手元から何かが撃ち出される。

 男は眼前にまで飛来した物体を反射的に掴み獲った。彼は怪訝そうな顔をしながら、掴んだものを確認すると正体は一枚の金貨だった。


「私が彼の代わりにお支払しましょう。この場を預からせて貰います」


 威厳が滲む声音に毅然とする態度を保ちながら、謎の人物が仲裁役を買って出る。


「お客様でしたか、これは大変失礼いたしました」


 荒々しい憤慨の態度を改めて、男は笑顔を爆発させながら謝罪を込めつつ礼儀正しく一礼をした。

 その場にいた他の者たちも一斉に手元の武器代わりだった廃材を背に隠しつつ、顔に営業スマイルを張り付かせて整列を始める。


「直ちにご清算させていただきます。少々お待ちください」

「いえ、結構です。第三者による不躾な介入のお詫びとでも思ってください」


 謎の人物の意向を聞くようにして、男達は沈黙と礼儀を保ちつつその場を離れて酒場へ戻っていく。彼らが酒場へ戻るのを確認して後で、この場に残された二人が初めて視線を合わせるように向直った。


「あのっ、ありがとうございます! お金はすぐにお返しするんで一緒に来て貰えば――」

「――酒場で貴方が出した硬貨を見させて貰いました」


 青年の言葉を遮って、謎の人物は強調する形で指に硬貨を摘まみ、彼へ突きつけるように見せ付けた。


「これは数百年前、まだこのフォルトゥナ国が絶対王政の時代だった頃に使用されていたものです」


 淡々と語るような口調で話を続けながら、謎の人物は目深に被った外套の頭巾を取り去る。


「事は急を要します。少しだけ話をお聞かせ願えますか?」


 次の瞬間、月明かりの届かない宵闇のような暗い裏路地で、月光に似た輝きを放つ銀髪を靡かせて満月の様な優しき瞳を持つ少女が姿を現した。



 夜は一層と深まりを見せたて、街に静寂が色濃く出始める。

 酒場の裏路地でのひと悶着後に、青年は少女に連れられて富裕層が集う地域にある豪邸へ移った。


「ここなら邪魔は入らないでしょう」


 豪邸の一室。

 少女の発話からは一息入れたような感覚を感じさせられた。初めて少女という歳相応の自然体のように感じられる所作が見えたものの、部屋を飾る立てる豪華絢爛なる室内の内装や気品溢れる数々の調度品にも見劣りしないほどの主たる品格の立居振る舞いを見せ続けていた。


「あの、お金は現金でお返しするつもりで……体で返したいワケとかじゃなくて……そ、その、男としてはなんか認められてるみたいで……僕は嬉しいのだけどもぉ……」


 赤面する青年は口篭りながら、チラチラと横目で何度も部屋に備え付けられている天蓋付きのベッドを見た。

 彼の待遇が客人として招待されたのにも関わらず、来賓室ではなく寝室としての機能を持つ部屋へ案内されたことに対しての邪推だった。


「誠に僭越ながら、私奴がご進言を申し上げることをお赦しください。ルミエルお嬢様、この不埒者の陰茎を切り落として今すぐぶっ殺しましょう」


 少女のことをルミエルお嬢様と呼ぶ給仕服の装いをした使用人は、青年の発言を聞いた途端に沈黙を破って物腰柔らかいままで殺意を噴出させる。彼女は豪邸に踏み入ってから、氷の様に凍てついた表情を崩さぬまま物言わずに常時ルミエルの背後に付き従っていた侍女だった。


「僕が間違ってました。申し訳ございませんでした」


 下半身から来る謎の悪寒を回避するために、青年は椅子から滑り落ちるようして即座に全身全霊の土下座を繰り出す。


「――やめなさい」


 ルミエルは軽く手を挙げて、背後にいる侍女へ手の甲を見せるだけの素振りで制止させる。

 青年は自身の土下座に対してのものだと勘違いして、一瞬だけ体を吃驚させて椅子に戻り姿勢を正す。


「遅ればせながらご挨拶を――私はルミエル・セイク・レム・フォルトゥナです」


 ルミエルは胸元に手を添えて、青年に対して礼儀を示す態度を送った。


「うーん? フォルトゥナ?」


 青年は首を傾げて、ルミエルの名前から聞き覚えのある単語を無意識に呟いた。


「はい、私はフォルトゥナ国の王家に連なる一族の者です。もちろん、現フォルトゥナ国は王政撤廃と共に王家解体を経て共和政の国家となりましたので、王家に連なる一族の者だとお伝えすると多少の語弊はありますが」

「えええ、王族さまでしたか!? ――あの、凄く偉い方が僕に一体どの様な用件があるのですか?」


 対面する相手が高貴なる位の王族だと知って、青年は姿勢を正して身構える。言い淀むような発言を控えて、彼は一挙手一投足に神経を尖らせる。

 直前の侍女の言動は、貴族のご令嬢の程度ではなく王族に仕える者のだったからこその過激な発言だったのだと理解できた。

 そして先程から、彼女の背後にいる侍女が青年の彼にだけ見えることを良いことに、汚物を見るような目と嫌悪した表情を顔に出し続けていた。


「畏まる必要はありません。現在はフォルトゥナ国民の御厚意で、我が一族は王家に準ずる待遇を形式上いただいているだけです。身分自体は一介の貴族令嬢と何も変わることはないです」


 彫刻の様に固まる青年を見兼ねてか、緊張する彼にルミエルは配意を施す。


「本題に入りましょう。――これは悪しき時代、数百年前の絶対王政を敷くフォルトゥナ国で流通した硬貨です」


 ルミエルは懐から銀貨に似た硬貨を出して眼下の机上へ置いた。酒場の一件で問題を起こした硬貨だった。


「当時の歴史、暴虐の限りを尽くす罪深き暗君は自らの血筋であるフォルトゥナの王家から輩出されたフリム・セイク・レム・フォルトゥナによって征伐されました」


 決して崩れることのなかったルミエルの毅然とした態度が一時だけ揺らぎを感じさせる。銀色の満月のような瞳の奥底は揺れ動き、己が血族の罪過を宿して悔やむ想いを垣間見せた。ただ、ほんの少しの短い瞬間のせいで勘違いとも言える程度ものだった。


「フリム様は王家の中で継承権を持たず、事実上の王位簒奪との形式で初代女王へ即位されました。王国の腐敗を徹底的に取り除くために、女王は既に悪事の温床を促すためだけの国内に蔓延る財貨へ着手されたのです。その際、当時すべての硬貨は鋳潰されて一時は所持するだけで刑罰の対象となるほど徹底されました――」

「すみません、お話が見えてこないのですが……もしかして、僕が連れてこられたのってコインを持ってたから罰するためとかだったりします?」


 自分に関係があるとは思えない話の内容が続き、青年は不安を募らせるように表情を曇らせていた。王族とも言える相手の口から刑や罰などの単語が出た時には、気が付けば彼はルミエルへ真っ先に懸念する点の確認を問い掛けた。


「いいえ、決してそのようなことはありえません。あくまでも、当時フォルトゥナ王国に変革をもたらすための国内へ向けての一時的な法の施行です。貨幣としての価値は著しく低下していると思いますが、未だに個々人の記念品や商団組織の蓄財に紛れていたとしても至極当然のことでしょう」


 ルミエルの回答に青年が安堵感を覚えたのも束の間に、室内の空間を取り巻く空気が痺れる様に張り詰め始めた。


「――しかし、酒場の支払いにて貴方が取り出された金銭の小袋からは、まるでこの数百年前の硬貨を常用されているかの所持量が見て取れました。さらには、自分は手持ちの用意を間違えただけだとも仰っていましたね」


 ひとつひとつの言動や所作からは威圧に近い威厳のあったものの、相手を尊重する暖かみある雰囲気を纏っていた彼女から、突如として別人の様に思えるほどの切迫感が駄々洩れる。


「旅人の身なりなのに浮世離れした様子。ここをフォルトゥナ国だと把握された上で縁あるにも関わらず、手違いに用意されたのは数百年前に流通していたこの国の硬貨だった」


 ルミエルは真剣な眼差しで青年を見詰めながら、自分自身が彼の状況の確認をするかのように淡々と言葉を続けた。


「数少ない王家の旧い文献には、幼き日のフリム・セイク・レム・フォルトゥナは偉大なる魔法使いの真理によって聖君の所以たる聖光の覚醒に至ったとの記述が残されていました」


 ルミエルは真剣な眼差しで、青年を見詰めていた。緊迫感に感化されて青年もまた息を呑む。


「今代に至るまで王家の文献に記された偉大なる魔法使いとは、運命的な奇跡を歴史上で比喩した表現との見解でした。しかし、私はこの伝説の通りに偉大なる魔法使いという数百年前の人物が今も存在すると信じてやまないのです。いえ、絶対にいるはずなんです!」


 ルミエルは追い詰められた様子で徐々に感情を昂られせて、抑制が効かないような姿を見せた。

 そして、彼女は少し冷静さを取り戻しつつ覚悟を決めたように次の言葉を続けた。


「無礼を承知の上で単刀直入にお聞きします。――貴方様は、伝説の魔法使いフリード様ではないでしょうか?」


 ひとつの問い掛けから相手方の返答を受け取るただの一拍の間すら、今この場で奔流する緊張感からか永遠のような時間とも感じられるほどのものになった。

 時が止まった世界に身を置きながらも外界を認知する感覚が、この場にいる者達をひたすら襲い続けているようだった。



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