(1)
「バタン」
「誰!」
ノックもせずに私の部屋に入ってきたのは叔父だった。
叔父は喜色満面で
「ミリアの結婚を決めてきたぞ。今日結婚できる12歳になったからな」
確かにオッカネ王国では満12歳で男女共結婚できる。でも私はそんなことは頼んでいない。
私のことなどお構いなく叔父は話しを続ける。
「いい話だ。シロイナ王国のドバン伯爵の長男ダムラに嫁ぐぞ。明日朝早く出発しろ!!供はヨハン一人でいいな!」
確かにいい話だ。私ではなく叔父にとってだが。私を売ったな!!
私の叔父はオッカネ王国の国王だ。私ミリア・オッカネは前国王の養女だ。妊産婦好きのオッカネの兄が国王だったときに王命で母サーラを無理矢理第三夫人にしたのだ。
私は前国王の子ではない。父の名前は聞いてないが、母サーラと他国の皇太子との間にできた子だ。
窓から外を見ると私の住家に向かって三段腹を揺らす叔父の子フトールとガニ又で“のしのし”歩くフトールの母ステールの姿があった。
「パーパ―――。お金が入ったんだから服買ってーーー!また服が縮んだのよ!」
「そうかそうか。フトールは見るたびに太ってかわいいなあ。いいぞ。支度金が入ったからな」
「嬉しいーーーーー」
「私の首飾りも縮んだのよね。代わりが欲しいわ」
「また首回りが太ったのか、少しは痩せた方がいいかもな。まあ金はたんまりある。いいぞ」
私は戸が開いたままの玄関で待っているフトールに抱きつこうとしている叔父を追いかけた。フトールとステールは戸口に体が詰まるから入れないのだ。
「叔父様。嫁ぐのであれば私も穴のない洋服が欲しいのですが?」
「お前は、そのままでいい!!もったいない!」
「そうですわよ。下働きの子は継ぎ接ぎの服で十分ですわ」
私を売った金なのに私のためには使わない。
ここオッカネ王国は人口1万人の極小国家で、王族は国王オトス・オッカネ、王妃ステール・オッカネ、王女フトール・オッカネと前国王の養女の私です。
私の母サーラは他国で生まれ、この国に留学中の恋人に会うためにお城の下働きをしていた。
ある日、井戸端で洗濯をしていた母を前国王が見初めて第三夫人にした。そのときはすでに妊娠7箇月だったが前国王はそういう女性が好きな変態だった。
あるとき前国王と母を含む夫人とその子供たちが別荘に避暑していたとき別荘が鉄砲水に遭って全員亡くなった。
母の形見は髪飾りが1つだけ。私はその日夏風邪を引いてしまいヨハンの住まいで看病されていたため被災せずに済んだ。その後弟のオトス・オッカネが戴冠した。
これについては国民の間では雨も降っていないのに鉄砲水が出るのはおかしいと噂された。
私は、前国王の養女となっていたため危険だとして馬小屋を改装したヨハンの住宅に住んでいる。もちろん食事も現王族とは別だ。小さいときから一緒にいるヨハンが私の食事を用意する。ヨハン以外が出すものは食べないし飲まない。母から繰り返し言われた。
私の唯一の楽しみは有機肥料で育てる家庭菜園だ。大きなさつま芋がたくさんできたので、叔父ステールに見せると汚いといって捨てられた。
この国の財政は昨日まで逼迫していた。湯水のようにお金を使う王妃と王女がいれば当然の結果だ。
今は私を隣国シロイナ王国ドバン伯爵に嫁ぐという名目で売り飛ばした支度金で一時的に潤っているが、あの親子であればすぐに蒸発させてしまうだろう。
これからシロイナ王国に旅立つが、供はヨハンだけだ。見送りは誰もいない。城内は支度金が入ったのでお祭り騒ぎだ。
ヨハンが荷車に家庭菜園で育った野菜と私を積んでドバン伯爵邸までの旅をする。明日の午後にはドバン伯爵邸に着くはずだ。
国境を抜ける山中で山賊が数名出たが、ヨハンはアッという間に退治した。私はヨハンがこんなに強いことを知らなかった。
やっとドバン伯爵邸の門口まできた。ミリア・オッカネと名乗ったら、門番は眉をひそめながらも一応取り次いでくれた。ドバン伯爵と息子のダムラが門まで来たが、ダムラは私の顔を見るなり「こんなドブスは嫌だ。美人って言うから買ったのに!!要らない!パパ、違う王族の子を買ってよ!」
「そうだな。明日にでも違うのを買に行こうか?」
「うん、今度は僕も見に行くからね!」
伯爵が私の方を睨んで
「そこのブスはいらん。帰れ!!」
と言うなり振り向きもせず邸宅に戻ってしまった。
私は婚約破棄されたの?それとも売買契約を破棄されたの?
どちらにしても行く場所も帰る場所もない。あるのは荷車に積まれた野菜だけ。
「ねえヨハン、私はそんなにブス?」
「いいえ、美しいですよ。それに私は土で汚れたお嬢様の手が好きですよ」
私には戻る家もない。ヨハンの住宅は出発した日には邪魔になるということで解体された。
「お嬢様、私はギザジュウ王国の出身です。実家がありますから一緒に行きませんか?」
「ありがとう。ヨハン。私はもう公爵でも伯爵でもありません。ご一緒していいのですか?」
「お嬢様一人くらい食べさせることはできます。安心してください」
全四回のつもりです。