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03. 貴族令息様の頭の中

 ていうか、私のことを無視してたの?気がつかなかったわー。婚約時に交わした契約を破りまくるもんだから、理解できてないんだと思ってた。


 それに、私をグレースと呼ぶことを許したっけ?なに勝手に呼んでるのよ。


 キモチワルッ!



「ああ、グレース、グレース。どうか許しておくれ。全部、未熟なお前にとって必要なレッスンだったんだよ」



 ああん?必要なレッスン?なんかもう聞くまでもない気がするけど、とりあえず目線で先をうながしてみる。



「ふん!私は侯爵家、お前はしがない男爵家じゃないか。しかも由緒ある男爵家じゃない。ただの成り上がり男爵家だ。これだけ両家の間に家格差がありながら、婚約時に色々と注文をつけてくるなんて、本当に恥知らずだよ」



 なるほど。アンドローは婚約の際に色々と男爵家から条件を付けられたことを根に持ってるのね。


 それなら婚約の細かな取り決めのときに、言えばいいじゃないと思うけれど、きっとどうしても私との婚約が必要で黙ってたんだろう。


 婚約を交わした今となっては、いくら取り決めを破ってもオーケー。そう、アンドローも彼の父親であるバーティス侯爵も思っているのだろう。


 ホントウニ、クズデスネ。



「良かったじゃないか。半年とは言え、侯爵家嫡男である私が手ずからレッスンを授けてあげたんだ。もうそろそろ体にしみこんだだろう?私の婚約者としてどうあるべきかが」



 体にしみこんできただろう?ときた。鳥肌が立つほど気持ち悪い。



「君も男爵家も、まったく謝ってこないから、ちょっとは気にしてたんだよ。もしかして私のレッスンが、少し難しすぎたんじゃないかってね」



 私は片眉を上げて、ちょっと小馬鹿にした顔をする。とたんにアンドローの余裕はなくなって――



「そういうとこだぞ!いったいお前は自分を何様だと思っているんだ!ゴミのような成金貴族のくせに!――ああ、そうか。私の教育の仕方が優しすぎたんだな」



 焦った顔から、急にこちらを嘲るような笑いを顔にはりつけるアンドロー。


 こめかみがピクピクしてるけど、大丈夫?ここは淑女らしく冷たい目で見ておこう。


 そんな私にアンドローは貼り付けた表情のまま、やれやれと頭を振り――

 


「こうなると紳士過ぎるのも問題だな。教えというのは下位のものに伝わってこそ意味があるのに。いや、グレース、これは私が悪かった。お前のような頭の弱い女にでもはっきりと分かるように教えるべきだったな」



 片手で口元を多い、クツクツと笑うアンドローは気が狂った感じがにじみ出ていて、一部のマニア受けしそうだ。私はご遠慮したい。



「私はこんな真似をしたくないんだが、お前があまりにも婚約者として出来が悪いので、やむを得ない。これから起こることは、すべてお前のせいだ。お前にしっかり分からせる必要がある。私からの最後の慈悲だと思え」



 アンドローがこちらを、蔑みのこもった目で見つめてくる。なので私も同じように見つめる。蔑みのこもった目で。



「クッ!いつまでそんな態度がとれるかな。話を聞いてから気を失っても、私のせいにするなよ。これまでの自分の行動を振り返って、よく反省するんだな」



 アンドローはそういうと、まるで俳優のような大げさな仕草で胸を張り、片腕を頭上に上げた。そして劇的効果を狙ってか、腕をゆっくりと降ろしはじめる。


 こいつ、私に指を突きつけるつもりか……。私はアンドローの動きを、ぼんやりと見ながら考えていた。



 アンドローを久しぶりに見た印象。

 想像した以上の上から目線での発言っぷり。

 端々からにじみ出るバカ息子感。



 ――こいつ、なにも分かってない。

 ――これなら……いけるんじゃない?揉めても押し切れるよ、これ!



 どうせ揉めて時間がかかるよりは、スッパリと手早く別れたいと思っていたけれど、アンドローの様子を見て、もうちょっと粘ってみてもいいかもしれないと思っちゃった。


 上手く誘導すれば、婚約破棄の違約金と慰謝料もふんだくれるんじゃない?

 


 私の中を流れる血が、ヘルミル家の血がささやいている。


 成り上がり者の体に流れる血は、熱く、濃く、時として濁流のように渦巻くのだよ。


 高貴なエライ貴族様のアンドローよ、君にそのへんを分からせてあげよう。

 


 そんな私の粘着く欲望も知らずに、アンドローは人差し指を得意げに私に突きつけて――



「グレース、お前との婚約を、ここに破棄する」



 あーあ。ついに言っちゃったか。

 自らの婚約破棄、ご苦労さまです。

 さよなら、アンドロー。お元気で。


 そして、この婚約破棄に応えたのは――



「アンドロー様、グレースお嬢様との婚約破棄、しかと承りました」



 なぜか我が家の家令、セバスチャンだった。



 

+++



 

 いつのまにか音もなく応接室に入り、私とアンドローの様子を見ていた家令のセバスチャン。


 当初の計画では婚約破棄には私が直接、返事をするはずだったのに、なぜかセバスチャンがしゃしゃり出てきて、婚約破棄を受け入れてしまっていたわけで。



「――なっ!?なぜ一介の下僕がグレースの代わりに返事をする!?」


「私は家令でございますので、この男爵家のあらゆる事柄に対応するのでございます」


「――ヒッ!」



 慇懃無礼なセバスチャンの態度に、いちゃもんをつけたいアンドロー。でも圧がすごくて、できないっぽい。


 セバスチャン、アンドローに切れてたからなぁ。しょうがない。

 

 婚約の際に交わした契約書を出すように、目配せと仕草でセバスチャンに促す。


 セバスチャンが「そのようなこと、お嬢様に言われなくても分かっておりますが、何か?」と、眉の動きだけで伝えてくる。


 器用な人だね。


 まあ、後は有能なセバスチャンにまかせておこう。

 

 


 婚約時の契約書にちゃんと書かれている違約金と慰謝料は、当初の予定では素早く婚約を破棄するために、あえて見過ごしてサクッと終わらせることになっていた。


 だけど間近に見たアンドローは、聞きしに勝るバカ息子っぷりをさらけ出し、これなら上手いこと話を誘導したり、ちょっと煽ったりすれば違約金と慰謝料もまるっともらえそうだと私に欲が出た。


 とりあえず、最初はセバスチャンにまかせておいて、交渉具合を見ながら頃合いを見計らって「違約金と慰謝料も、いただきますわ!」と交渉に割り込むつもりだったのだけれど……。



「まず最初に、違約金の支払いについて話し合いたく存じます」


「ハッ!?違約金だと?」



 あー。セバスチャン、最初っからぶっこんだ。


 初っ端から違約金の話するとか、今までの打ち合わせ、どうなったのよ。いや、私も土壇場で作戦変更しようとしていたけどね。



「恐れながらアンドロー様に申し上げます。婚約時に交わした契約書によりますと、お嬢様と親睦を深めるお茶会、当家の領地管理人による領地管理についての授業、私からは貴族の付き合い方を学ぶレッスンを受けると取り決められておりました」


「ハッ!そんなことは今、どうでもいいだろう?」


「どうでもよくはございません。この取り決めを違えたならば、バーティス侯爵家は違約金を払わねばなりません」



 アンドローがイライラした様子で私のほうをチラリと見てから、セバスチャンの方に視線を戻す。



「ハァ……。さすが成金男爵だ。使用人まで恥知らずとはな。しょうがない。私がこの世界の理を教えてやろう――」



 アンドローはローテーブルの上に置かれた契約書を手に取ると、それをセバスチャンの顔に突きつけるように振りかざした。



「いいか、よく聞け。この契約書はバーティス侯爵家とヘルミル男爵家が交わしたものだ。侯爵家と男爵だ。これの意味するところはな、侯爵家はこんな契約、男爵相手に守る必要がないってことだ!分かったか!」



 そう怒鳴りつけると、アンドローは立ち上がって契約書をセバスチャンの眼の前で――



 ――ビリッ!クシャ!ポイッ!



 真っ二つに引き裂いてから丸め、背後にポーンと放り捨てた。



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