02. 下ごしらえ
そして、半年が過ぎた。
父さんの執務室に集まったのは、半年前と同じ面々。父さん、家令セバスチャン、領地管理人ブラウ、そして私の四名。
話し合って早々に四名がそれぞれに出した答えは、まったく同じものだった。
《早々に婚約を白紙に戻すべし》
アレは無理だね!というのが共通した見解だった。
「この半年、一度もアンドローと会わなかったかな。手紙もプレゼントもなし。週に一度の親睦を深めるお茶会もすべて欠席。いっそ清々しいくらい」
「領地管理人としてご報告いたします。欠席されたのはお嬢様とのお茶会だけではございません。私から領地管理の仕事を習うという約束になっておりましたが、そちらの勉強会へも一度もお越しになっておられません」
「私の方も《成り上がり貴族の家令が教える!三分でマスターできる禁断の人脈術》というレッスンを受けていただく約束だったのですが、そちらも欠席されました。私の渾身の力作でございましたのに……」
「なにそれ面白そう!セバスチャン、私にも教えてよ」
「私も知りたいですね。人見知りですから」
「成り上がりで悪かったな!」
しばらくセバスチャンの力作レッスンを、どう売り出すかについての販売会議となり、その後、父さんを「成り上がりって最高じゃない?」と慰めてから、ようやくアンドローの話の続きとなった。
「今現在、こちらを軽んじるような態度をとっているのは、グレースとの婚約で当面の資金問題がなんとかなったんだろう」
「旦那様のご推察どおりです。グレースお嬢様と婚約が成立したために信用が増し、これまでの支払いを待ってもらうとともに更に借金をされたようです」
「さらに借金?バーティス侯爵家はどうなっているんだ。没落まっしぐらに見えるが」
「旦那様、私共も上手く手を打ちませんと、被害に巻き込まれるやも知れません」
「ねえ、被害に巻き込まれないようにするのも大事なんだけど、アンドローとバーティス侯爵家は婚約したときの約束をぜんぜん守ってないよね。ブラウから学ぶはずだった領地管理、セバスチャンから学ぶはずだった人脈形成。そして私とのお茶会。どれもやってない。ヘルミル男爵が軽く見られてるってことでしょ?」
「確かに、そうですね」
「許せません」
「やっちまうか?」
「父さんのやっちまうか?の幅がありすぎて困るんだけど。とりあえず、他家から見て、ヘルミル男爵家をなめてかかると酷い目に会うぞってことを見せつけとかないと不味いんじゃない?」
「お嬢様のおっしゃるとおりです」
「《貴族令嬢が教える、なめられないやっちまい方》ですか。興味がございます」
「この際だ、やっちまおうぜ!」
「お、おう。父さん、ステイ!」
我がヘルミル男爵が、今回の婚約騒動で他の貴族や商人達になめられないようにするためにはどうすればいいのか、色々と意見が出る中で、私の案が採用されることになった。
「グレース様、すごい!」
「理想的な人脈の使い方と言えましょう」
「おまえ、えげつないわ」
ふふふ。みんなから大絶賛された。照れる。
私の案のキモは、婚約をアンドロー側から破棄させるというところ。こちらから婚約破棄をすると、違約金と慰謝料を払わないといけないから。
すでにアンドローは、婚約する際に交わした契約をないがしろにしているので、その点をついて婚約破棄に持ち込み、ついでに違約金と慰謝料をがっぽりもらうというやり方もあるけど、それをすると間違いなく揉めるから時間がかかる。
その点、私の案でいけば時間はかからないし、すっきりと解決する。さらに違約金と慰謝料ほどではないにしろ、臨時収入も手に入る。
《理想的な人脈の使い方》だとセバスチャンに褒められたけど、人脈というほどのものでもないんだよね。
実は通ってる王立高等学院で仲良くしてる友達がいるんだけど、その子が話しているのを聞いただけ。
私の高等学院での友達って想像がつくと思うけど、だいたい下級貴族や新興貴族、それに商人の子どもが多い。
まれに上級貴族の家の子とも遊ぶけど、なんか面倒くさくて避けてるところはある。
それで、その話をしてくれたのは辺境に領地がある騎士爵家の子で、領地から親が手紙で知らせてきたらしい。
《魔力量の多い男性を紹介して欲しい》
なんでも急ぎで探して欲しいってことなんだけど、魔力量の多い男性となると、これはもう貴族の男性の一択となるよね。
基本、貴族は平民より、生まれ持つ魔力量が多いから。
間接的な紹介でも、仲介者には少なくない仲介料が入るということで、友人の家から誰かいないかと手紙が届いたらしい。
紹介料を聞くと、ちょっと驚くくらいのいい値段。
私は友人ににっこりと微笑みながら、こう言ってみた。
「そのお話、お力になれるかもしれませんわ。もう少し、詳しくお伺いしても?」
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定期試験も終わって迎えた休日。試験勉強から開放された私は、ずっと読むのを我慢していた本を開いてくつろいでいた。
ゆっくりできるのも今のうち。私の仕掛けが上手く作動していれば、そろそろ――
「グレースお嬢様、先触れも面会のお約束もございませんが、アンドロー様がお見えになっております」
知らせに来たセバスチャンが、静かに切れている。事前にアンドローが来るだろうことは伝えてあったんだけど、実際に来ると腹立つらしい。どうどう。
「セバスチャン、まあそう怒らないで。打ち合わせの通りにお願いね」
「かしこまりました」
+++
少し時間を置いてから、応接室へと行く。アンドローがひとりでソファに座っている。表情から見る限り、機嫌はすこぶるいいようだ。
セバスチャンは事前の打ち合わせ通り、アンドローを案内しただけで、お茶も菓子も出していない。よしよし。
私は令嬢らしく淑やかに立ち、アンドローをじっと見つめる。
アンドローって相変わらず、見た目だけはいいよね。肩まで伸ばした銀髪に、ほっそりとした体つき。あえて地味めに抑えた服が今どき。
貴族令嬢から、もてはやされるのも分かる容姿。私の好みからは外れているのが惜しいところ。
アンドローは私が立ったまま、なにも言わずいるので訝しげだ。
この国のお貴族様ルールでは、屋敷に訪問した時の挨拶は、下のものから上のものへとすることになっている。
私のほうが男爵家で爵位的に下位なので、高位の侯爵家の子息であるアンドローに私から挨拶をしなくてはいけない。
でも私ルールによると、アンドローは私より下の生き物なので、私から挨拶はしない。目線でアンドローに挨拶を促してみる。
さあ、愚かな生き物よ、私に挨拶をしなさい。
「――なっ!」
アンドローが私の意図に気がついたらしく、怒りながらソファから立ち上がえる。
「グレース、お前がそこまで無作法だったとはな!――いや、お前の気持ちも分からなくはない。婚約してからというもの、ずっと私から無視されていたので怒っているのだろ?」
まーたバカ息子が、おかしなことを言い始めた。