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01. 断れない婚約話

「グレースお嬢様、婚約者のアンドロー様との茶会ですが、いかがいたしましょうか?」


 家令のセバスチャンが、クッキーとお茶を机の上に置きながら聞いてきた。


 高等学院の定期試験に備えて勉強中の私は、クッキーをひとつ摘んで口に放り込みながら返事をする。


 とくに考える必要もない事だし。



「んと、いつもどおりで。んー、クッキー美味しいー」


「かしこまりました。それでは先方に連絡を入れ、お茶会の場所と時間を決め、後はいつも通りにということで処理しておきます」


「よろしくー!」



 セバスチャンの言う「後はいつも通り」というのは――



 1.連絡して双方合意の上でお茶会の場所を決める。でもそこの予約はとらない。


 2.お茶会の時間になっても行かない。予約もとってないしね。


 3.決められたお茶会の時間が過ぎたら、『本日も来ていただけなくて残念です』という手紙をアンドロー宛に出して、こちらは出席したという偽装工作をする。




 この一連の流れが「後はいつも通り」の内容。


 なんでこんなことするかというと、婚約破棄に向けた証拠の積み重ねのため。


 バレないのかって?大丈夫。アンドローがお茶会に来たことは一度もないし。


 まあ、私も行ったことないんだけどね。



「お茶会の件、承りました。ところでお嬢様、口調が乱れております。貴族令嬢としてはいかがなものかと」


「セバスチャン?おだまりなさい。ところで、クッキーのおかわりが欲しいのだけれど、いただけるかしら?」


「グレース様、口調を令嬢風に直しても、話す内容がそれでは意味がございません。ハァ~、お小さい頃から、お世話をさせていただいておりましたのに、私の力量不足でございましょうか」



 やれやれといった感じで首を振るセバスチャンは、いつもながら厭味ったらしい。


 セバスチャンは早くに母親を亡くした私を可哀想に思っているのか、家令の仕事が忙しいだろうに、昔から私の世話を焼きたがる。


 ねえ、セバスチャン。お茶を出すのってメイドの仕事よね?後ろでメイドのメリアンが涙目になっているから、やめてあげて!



「アンドロー様とのご婚約も、私がもっとしっかりとしていれば、防げたことかもしれません」



 私が令嬢らしくないこと。そしてアンドローとの婚約。この2つがセバスチャンの中では、今のところ《二大悲劇》になっているらしい。



 +++



 私とアンドローが婚約したのは、今から約半年前のこと。


 私、グレースはヘルミル男爵家の一人娘。婚約者のアンドローは、バーティス侯爵家の嫡男。


 ちなみに私がアンドローと呼び捨てにしているのは、婚約者として仲がいいからではない。


 ウチとアンドローの家とでは爵位に差があるけど、実態を知ってみれば《様》とかつけるほどの価値はないなってことで、私の中では呼び捨てにしている。


 じゃあ直接会ったときはどうしているのかというと、会わないので《様》をつけるべきか悩んだことはない。


 そう、私とアンドローは最初の顔合わせ以来、会っていない。



「ハァ……」


「――セバスチャン、わざとらしいため息はやめて。試験勉強の邪魔だから出てって」



 セバスチャンは大人しく出ていった。クッキーのおかわり、まさか忘れてないよね?



 +++



 ウチの家は、元平民。


 祖父が商人として成功し、落ち目の某男爵家から爵位を買い叩いた。


 ――ビシバシ!


 ここだけの話、お買い得価格で貴族になったわけ。


 いわゆる成り上がり。とっても新興貴族。


 買い叩かれた某男爵家や事情を知る人たちは、とんでも新興貴族とか思っているかもしれない。


 祖父で成り上がり、父でさらに拡大。


 今のところ、その辺のちょっとしたお貴族様よりも、お金持ちだったりする。


 父さんは私に男爵位と事業を継がせ、よそから婿をとりたいと言っていたんだよね。お酒を飲んだときとかだけど。


 五歳離れた兄がひとりいるんだけど、事情があって家を出てしまった。それ以来、音信不通になっている。


 まだ私が幼かったから、兄さんが家を出た事情はよく知らない。なかなか聞きにくいしね。


 というわけで、子どもでの残っているのは私ひとり。


 母さんは若くして亡くなってしまっているし、父さんが寂しいから家から出したくないというのもあるのかもしれない。


 聞いてないから分からないけど。でも、そういうの聞けないよね?


 そんなこんなでヘルミル男爵家では、絶賛お婿さん募集中だったわけ。


 それが半年ほど前に、今までまったく接点のなかったバーティス侯爵家から、突然、結婚話が舞い込んできた。


 婚約話じゃなくて結婚話ね。


 婚約はササッと終わらせて、なるだけはやく結婚したいっていう。


 しかも婿入りじゃなくて、私が伯爵家に入るって形にしたいっていうんだけど……うーん。


 だいたい、侯爵家って男爵の上の上のそのまた上の爵位よ?


 なんだってそんな上位貴族が、成り上がり男爵家なんかに縁談を?と、ウチのみんなが不思議に思うのは当然だよね。


 やっぱ金か。やっぱ金だな。


 そっちじゃなくてお金を稼ぐ仕組み作りだとか、色々と繋がっている人脈だとかを評価して欲しいんだけどなあ。


 バーティス侯爵家としては金銭目的の結婚話なんだろうけど、それにしても今すぐに結婚までしたいというのだから、すごく胡散臭い。


 アンドローは私の3つ年上で、もう高等学院を卒業しているからいいど、私はまだ学生なのよ?


 急ぎすぎじゃない?


 困ったなー、でもまあしょうがないと、ヘルミル男爵家で作戦会議をすることになった。


 出席者は父さんのヘルミル男爵、嫌味な家令セバスチャン。領地の管理人をしているブラウ。そして私、グレースの計四名。



「バーティス侯爵家は、昔は名門として有名だったんだがなあ。最近は良い噂を聞かない。資金的に苦しいらしいので、なんとかウチとつながりたいんだろう」


「旦那様のおっしゃるとおりだと思います。今回の急な話は、それだけ資金繰りに詰まっている証拠ではないでしょうか」


「しかし困ったな。父上の代から世話になっている某王家からの内密の紹介なんだ。簡単には断れないぞ」


「ちょっと待って!某王家って、どこの王家なのよ。まさか、この国の?」


「某王家というか、とある王家だな」



 全然意味変わってないし。


 そんな私の心の中のつっこみも物ともせず、父さんと家令のセバスチャンは、「むむぅ」と難しい顔をしている。


 結局、四人で話し合っても良い案は浮かばず、しょうがないので一旦婚約を結んで、半年ほど様子を見ることになった。


 バーティス侯爵家は、すぐにでも結婚したいとゴネたけど、さすがにそれは……ってことで、婚約期間をとりあえず半年はとることで合意した。


 こちらからの資金援助などは当面なし。まだお試し期間みたいなもんだからね。


 この話を仲介してくれた、祖父の代からお世話になっているという某王家には、その半年の間に得た結果を示して、最終的には婚約を白紙にしようという作戦。


 最悪の場合、その某王家から距離をとることも考えているらしい。


 え、それってなに?流行りの追放ってやつ?


 王家が追放される時代、来た!?


 でもさ、こんな話持ってくること自体、おかしいもんね。落ちぶれかかっている貴族を成り上がり貴族に面倒見させようってことでしょ?


 その某王家が、すでにヤバい状態なんじゃないかって想像させてくれる。


 でもまあ、昔、ウチが大変だったときに色々と助けてくれた恩人を、無下には出来ないという父さんの気持ちも分かる。


 はあ、お貴族様は面倒くさいわあ。私も、そのお貴族様のひとりなんだけど。


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