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記憶の王家と家出した王子  作者: 竹永上葉
6/6

#6 記憶の宝玉

 肌寒さに身を震わせ、エルシアは目を覚ました。天井を覆う藍色の岩肌を前に、ぼんやりと眺めながら瞬きを二回する。心臓を貫かれたことを思い出し、胸に当てた手を天井にかざしてみた。

 暗闇で色はわからないが、血はついていなかった。

 そもそも痛みは全くと言っていいほどなく、呼吸も一定で安定している。頭が痛いことと体が重いことを除けば具合は至って普通だった。それともすでに死んでいるから苦しくないのか――。

「――ここ、どこ?」

 空洞の形は巨大な半球。ただし暗くて高さはつかめない。不意に湧き出る疑問を口に出しつつ、天井から目を逸らしてあたりを見渡した。

 入口は一つだけあった。その奥にも空洞が続いている。一見ただの洞窟に見えるが、空間のあまりの精巧な円形に、天然物とは思えない不気味さを感じる。

 エルシアは身震いをして立ち上がった。視界を明るくするため聖霊の目を借りようとしたが、それは眠ったように沈黙を貫き、胸の中心が微かに光るだけ。

 聖霊が傷口を塞いでくれたことを瞬時に理解し、自分が生きていることに安堵した。

 あの状態から命を繋いだことに素直に感心しつつ、暗闇の中、足元を探るように出口を求めて歩いていると、それを呼び止める声が後ろからした。

「目が、覚めたようね」

 高い声が空洞に響いた。呼応するように、岩壁に沿って人の背丈ほどある石トーチが作成の工程をなぞるように生えてきた。それはボッと音を鳴らして炎を灯し、生暖かい空気が肌を撫でた。

 空間は暖色に照らされ、殺風景な洞窟がぼんやりと映し出される。トーチをなぞるように振り向くと、漆黒のローブに身を包んだ小柄な人間が目に入った。声色から性別は女だろうか、小柄なそれはフードを深く被っており、表情は読み取れない。闇に溶け込む漆黒のローブは炎に照らされ鈍い光沢を放っていた。

「誰? ……ですか?」

 訊ねてみると、少女はあっさりとフードを脱いだ。

 毛先の赤い、丸みを帯びた白いショートヘアが現れる。首を振って乱れた前髪を整えると、警戒した猫みたいに、血よりも赤い瞳をエルシアに向けた。

「こんにちはエルシアさん。私はティアナ」

 名を教えた覚えはない。初対面で名前を言い当てられエルシアは目を丸くした。その間抜けな表情を前に、ティアナは口元を僅かに歪ませ、不敵な笑みを浮かべる。

「いいわね。その反応。どうやらこの街から出たいようね。おまけにこんなのも探しているとか」

 ティアナはローブに隠していた杖を取り出した。木製のそれは先に行くにつれて太く、三つ編みに捻じれており、三股に分かれた先端には竜の翼が彫られた赤いガラス玉がはめ込まれていた。

 何もかもが見透かされている。平静を装おうと必死になるも、動揺で揺れる瞳や激しく鼓動する心臓は収めることができなかった。額に滲む汗が頬を伝い、制服の襟にじわりと滲む。身構えるエルシアを前にティアナは口手を当てて可笑しく笑った。

「そんなに警戒しなくてもいいわ。そもそもこの宝玉はあなたが探しているものじゃない。これを奪って持って行っても、この街の形は変えられないわよ」

「どこまで知っているんですか? 私のこと」

「別に、私は何も知らないわ。それよりあなたを信じて頼みごとをしたいの。大事な頼み。あなたの協力が必要なの」

「私は異世界人ですよ?」

「知っているわ。この街のことを思ってくれたことも」

 ティアナは真剣に言うと、杖を掲げた。赤い宝玉が強く光ると何もない空間に映像が投影される。洞窟内が一変し、植物の森の前へ移り変わる。触れようとするとすり抜けるが、何も知らされなければ偽物だとは気づけないほどのそれに、エルシアは困惑の色を隠せない。何が起きたのか確認するようにあたりを見渡していると、自分の声が聞こえてきた。

『できません。この街の人々を見捨ててまで出たいとは……』

『何を言っているんだエルシア。我々の目的は王子を助けることだ。この街を助けることじゃない』

『君の方こそ。……残念だよ』

 そこに人は映っていない。しかし声ははっきりと聞こえる。ギンとヒカゲの会話は続き、何かが倒れる音を最後に景色は元に戻っていった。

 トーチの上で踊る炎を眺めながらエルシアはギンにされたこと思い出していた。消化しきれない思いが、怒り共にふつふつと沸き上がってくる。しかし冷静にエルシアは状況整理に努めることにした。

「その玉は他人の記憶を映し出すことができるのですか?」

「違うわ。映ったのは世界の記憶。人のじゃない」

「それで? 私は何をすればいい?」

「話が早くて助かるわ。二十四時間以内に街の人たちを助けてほしいの」

「二十四時間以内? そんなにやばいのか?」

「ええ。砦が現れたの」

「砦?」

「そう。さっき見せたみたいにこれは過去を再現することもできるの。この街は砦を建設した過去があるから、呼び出せば生えてくるのよ」

 今さっき目の前で見せてもらったとはいえ、改めて聞かされると何を言っているのかわからない。

「それが……、何が……、二十四時間以内につながるんです?」

 必死に言葉を絞り出すが、何がどうして時間制限につながるのかうまく訊ねられた気がしない。ティアナはまっ直ぐな瞳でエルシアを見ている。質問の意図は組んでくれたように見えた。

「砦ができたってことは誰かが記憶の宝玉を使って呼び出したってことよ。異世界人が宝玉を探していることはすでに伝えてある。それでもあんな目立つものを出したということはそれだけ追い詰められてると考えた方がいい。おそらく彼女は自分の命を賭してでも戦うはず」

 ティアナの表情は次第に重々しいものに変わっていき、宝玉に目を落とし、翼の模様を指先でなぞりながら自分で整理するように話している。

「二十四時間の根拠は?」

 訊ねると、はっと我に返ったように顔を上げ「ごめんなさい」と慌てたように髪を耳にかけた。

「あくまでも最悪の状況を想定して言っただけよ。呼び出す記憶が薄れてたり、あやふやなほど再現に時間がかかるの。それが起こせるようになるまで推定二十四時間」

「しかし、二十四時間でチューリップは倒せない」

「心配しないで。戦うんじゃなくて逃げるのよ。そのために必要な記憶は覚えさせたから。手伝ってほしいことは彼女たちの説得。あと、もっと砕けた話し方でいいわ。今から私たちは仲間なんだから」

「わ、わかった」

「それじゃあついて来て。うまく行ったら王子の手がかりも教えてあげる」

「王子⁉ そんなことまで……」

 本当に開いた口が塞がらない。なんでもお見通しなティアナには不気味さもあるが、その態度や口調から悪意は感じなかった。洞窟を駆けるティアナの後をエルシアはついていった。

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