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記憶の王家と家出した王子  作者: 竹永上葉
5/6

#5 交渉

 早朝から出発というのはある程度日が昇った後のことを指す言葉だと思っていた。キンと冷えるような寒さに身を丸めていると不意に体を強くゆすられた。太陽はまだ上っておらず、洞窟の中は真っ暗だった。

「はい?」

 エルシアはむくりと体を起こした。岩の上で寝たせいか、頭と体が痛かった。依然として疲れは取れておらず、せっかく上半身を起こしたものの、目を瞑ったまま何も考えずぼーっとしていた。

 いつまでも動かないエルシアにギンは半眼のまま肩を軽くたたいた。

「いつまで寝ているんだ。行くぞ」

 慈悲のない台詞にエルシアは無理やり目を開けた。奮い立てば、眠い気持ちは払拭することができる。暗闇に目を慣らしてからエルシアは動き出した。

 今日、エルシアはチューリップと交渉しなければいけない。何を話せばいいのか、支度をしながら考えていたがいい台詞は思いつかなかった。考える時間も与えられないまま、エルシア達は静かな街を下っていった。

「相手は逃げないんですし、こんなに早く出る必要はあったんですか?」

「交渉しているところを見られたらまずいからな。今生き残ってる奴らは好戦的な人間が多い。日が昇ったら依頼を受けて植物退治に出かけるだろう。彼らに植物と仲間なんて思われたらまずい」

「どうせこっから出んだし、気にすることねえだろ」

 後ろを歩くヒカゲは手を頭の後ろに回しながらギンの台詞に突っかかる。ギンも怪訝な表情を浮かべて口調を強くして応戦する。

「うまくいかなかった場合のことを言っているんだ俺は」

 日が昇らないうちから喧嘩が始まりエルシアは思わず額に手を当てた。

 交渉、頑張らないと……。

 心中で呟き、気づけば植物の森は目の前にあった。エルシアとヒカゲは互いの意思を確認し合うようにうなずき合い、その傍らで、ギンはすでに森の中に足を踏み入れていた。

「静かだな。いつもはもっと好戦的なのに」

 聖霊を指先に灯し、周りを見渡しながらヒカゲは呟いた。その脇でエルシアも同じことを思う。昨日、攻撃してきた茎はピクリとも動かず静寂に包まれていた。朝日が森を青白く照らし、土を踏む三人の足跡だけが森の中に木霊した。

 聖霊の光が必要なくなった頃、茎が身をよじり、草花が伸びをするように揺れ出した。三人の行く手を阻むように蔦や葉がにじり寄って来る。エルシア達が立ち止まると地面からチューリップが飛び出した。

「改まって、何の用だ? 異世界人」

 まるでここに来ることがわかっていたかのように、チューリップはエルシア達を見ても平然としている。ぱっちりと開いた大きな瞳は

 背を見せるチューリップを眺めているとギンに背中をつつかれた。エルシアは緊張気味に一歩前に踏み出した。

「あの、この街から出たいので、そのお願いをと思いまして……」

「なんだ。そういうことか」

「え、いいんですか⁉」

「そんなに驚くことじゃないだろ。閉じ込めてるのはお前らじゃねえんだから」

 悪意の感じない物言いにエルシアはあっけにとられた。もう少し難航するものだと思っていたばかりに開いた口が塞がらない。チューリップはそんなエルシアを気にも留めず「アンチューサ!」と叫び、青い花の上に飛び乗った。エルシア達よりも高い位置で見下ろして咳払いを一つする。

「助かるよ。森の外まで案内してくれないか?」

 ほっとしたのか、体が強張っていたギンの声色は和やかなものになっていた。一歩前に出て要望を伝えるギンを前に、チューリップはエルシア達一人ひとりの顔を見つめてから、嘲るように鼻で笑った。

「アホだなお前ら。俺がそんなに親切に見えるか? 今すぐ出すなんて一言も言ってねえんだが?」

「どういうつもりだ? 俺たちをおちょくっているのか?」

 食いかかったのはギンだった。腰を構えて迎撃の用意をしている。片方の手は後ろに隠し、指先に聖霊を灯していた。

「わかんねえみてえだから教えてやるよ。まずはそこのお前」

 チューリップはヒカゲを睨みつけた。それに呼応するように蔦はヒカゲの足に絡みついて宙吊りにする。

「おい! 何すんだてめぇ!」

 吠えるヒカゲを冷ややかな目を見つめるチューリップ。その目の前で茎が体をしならせてヒカゲに体当たりをした。あまりの威力に蔦は千切れ、ヒカゲは人形みたいに体を回転させながら十メートル先の別の茎に体を打ち付けた。

「ヒカゲさん!」

 エルシアはとっさにヒカゲに駆け寄った。

「何をするんですか!」

 怒りを露わにエルシアの瞳は黄金色に明滅する。聖霊も同じ気持ちだと体の内から力が沸き上がるのを感じた。

 一方、チューリップは倒れるヒカゲに冷ややかな目を向けている。

「勘違いしないでもらいたい。先に俺達の仲間を傷つけたのはそいつだ。そいつは奴らに加勢し攻撃を仕掛けた。その制裁を今やったまでだ。外に出すのは構わない。だがその前に、俺はお前らを信用したいんだ。邪魔をするなら容赦はしないが、無駄な争いは好まない。そこでだ。お前たちに提案がある」

「その提案ってのを呑んだら、俺たちは森の外に出られるんだな?」

 訊ねたのはギンだった。その問いにチューリップは嬉しそうに歯を見せて笑う。

「そういうことだ。俺の推測では後二つの赤い石がこの街を守っている。ガラス玉のような見た目で色は赤。表面には竜の羽が描かれている。大きさは……、そうだな……、お前の両手に収まるぐらいだ。それを俺の前に持ってきて見せろ。そうすればお前達は晴れて自由となる」

「そうか。具体的にはどこにあるんだ?」

「あんたらが来た街と川の向こうのでけえ建物だな。ちなみにお前達以外にもその石を探してる奴がいる。せいぜい先を越されないことだな」

 突き放すようにギンに伝え、倒れているヒカゲに目を移した。

「……はは、痛そうだな。そいつの罪はこれでチャラにしてやる。わかったらさっさと戻りな」

 煽るように嘲笑い、チューリップは背を向けて去っていった。

 終始嫌味な言い方にエルシアは不服そうに顔をゆがませた。痛がるヒカゲに肩を貸し、三人は森を後にする。チューリップに言われたことを考えているのか、帰り道は皆無言だった。

 森を出ると強い日差しが照り付けていた。空は雲一つなく、嫌というほど晴れ渡っている。街と森の境目には植物の絡みついた建物がいくつも見え、崩れかけた壁には血痕がいくつも映っている。激しい戦闘があったと予想できる惨状に対して、死体はどこにも見当たらない。それが異様さを掻き立て、背筋に寒気を走らせる。無意識に眉を顰めるエルシアだったが、ギンとヒカゲはそれに気づくそぶりも見せない。

「みんなはどうする? 赤い石を探すのか?」

 淡々と今後の行動を訪ねてきた。

「当たり前だろ。じゃねえと出られねえんだから」

 ヒカゲは苛立ちを露わにして言った。ギンはヒカゲの意思を確認し、今度はエルシアに問うた。

「私は……」

 エルシアは言葉に詰まった。赤い石をチューリップに渡せば間違いなくこの街は破壊される。この世界に住む人間を見捨ててまで脱出を優先するべきでないと思うが、植物を突破する対案は思いつかない。

「できません。この街の人々を見捨ててまで出たいとは……」

「そうか」

 それを聞いてギンは頬を緩めた。

「ヒカゲ。エルシアと二人きりで話したい。お前は準備を整え例の場所に向かえ」

「なんでだよ。そんなん後でいいだろ。てかなんで怪我人にやらせるのかよ」

「はあ。なんでこう説明しないとわからない。俺も赤い石を探した方がいいと思っている。今回の件に限っては意見が違えば敵対関係になるのは必然だ。だからこそ、互いに納得のいく回答を得たい。お前はそういうの苦手だろ」

「……そうかよ。どうせ強引に自分の意見に持ち込もうとするんだろ? 気をつけろよエルシア。こいつ頭のねじ二、三本は外れてるからな」

 半ば冗談交じりにギンをからかい、エルシアの肩をポンと叩いて去っていった。その背中を見送って、気が抜けたようにギンは鼻で笑う。

「相も変わらずバカな奴だ。まあいい。エルシア、君にもう一度問う。赤い石を探す気はあるか?」

「あの、どうして一つのやり方にこだわるのですか? 私はどうしてもチューリップの意見に乗るのは得策ではないと思うのですが……」

「何を言っているんだエルシア。我々の目的は王子を助けることだ。この街を助けることじゃない」

「ですがここ一週間は街の人の世話になったのではないんですか?」

「そういう問題じゃないんだエルシア。俺はこの植物の森は意思がないものだと思っていた。だが実際は違った。明確な敵意を持ってこの街を襲い掛かってきている。我々に敵意を向けるのであれば対処するしかないが、そうでないなら穏便に過ごすべきだ」

「そしたらこの街の人が――」

「なぜそこまで街の人にこだわるんだ。君はこの街の誰とも話してはいないだろ。赤の他人どころか世界すら違う」

「ですが……」

 ギンはため息をつきながら失望するようにかぶりを振った。何かを決意したようにエルシアと目を合わせると、

「エルシア。協力できないなら俺はお前を敵とみなす。無論植物にもこのことを告げる。そうなればお前はもう二度とこの街から出られなくなる。それでもいいのか? エルシア」

 ギンはその目を黄金色に光らせ、重い口調をエルシアに浴びせた。眉をひそめたエルシアは自分を律するように拳を握りしめる。エルシアの瞳も黄金色に染まっていた。

「それがあなたと、……聖霊の総意なのですね」

「君の方こそ。……残念だよ」

 ギンの瞳の色が青に戻る。眼鏡の鼻当てを指で押し込み、口を覆って呟くギンは人差し指をエルシアに向けた。その先端には聖霊の光が灯っており、瞬きをするよりも早く閃光が放たれる。

 一直線上に延びたそれはエルシアの胸を貫いた。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。「え?」と情けない声も出た。後ろによろけ、自分の胸に手を当ると生暖かい感触が肌を滑った。

 自分の手が真っ赤に染まっていた。

 痛いよりも熱いが勝った。体中が沸騰したような熱に襲われる。エルシアはその場に膝をつき、歯を食いしばってギンを見据えた。

「何、するんですか」

 ぼんやりと黒ずむ視界の中でこちらを見据えるギンの姿が辛うじて映る。

「君の選択が招いた結果だ。恨んでくれるなよ。俺はこんな街にもう居たくないんだ」

 それを最後にエルシアの意識は闇に落ちた。


 嵐が去ったかのような快晴が昼の街並みを長閑に照らしている。まるで心の中を映しているみたいな空模様にギンは釣り上がった口角が戻らない。足を弾ませるには十分な理由をギンはついさっき手に入れたのだ。隠れ家までやってきたギンは到着するなりヒカゲに声をかけた。

「準備はできたかヒカゲ」

「はっ、お前の分以外はな」

 覗き込むとギンの寝床と荷物以外はすべて片付いていた。しかしギンは嫌味を返したりしない。

「そうかい」

 ヒカゲをよそに早々に後始末に入る。いつもと違う反応にヒカゲは訝し気に眉を顰めるも、意識はすぐエルシアがいないことへ注がれる。

「なあ、エルシアは来ないのか?」

 ギンの歩いて来た方を見ながらヒカゲは訊ねる。

「ああ、この街に残るそうだ。それより川の向こう側に行くぞ。赤い石を取りに行く」

 淡泊なギンを前にヒカゲは嫌味を言う気もなくしてしまった。

「そうか」

 そう一言呟いて、川の向こうへ向かい隠れ家を後にした。

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