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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章9 一流の執事と悪戯好きの少女


 屋敷でお世話になることとなった俺たち。

 ベッドの上でそのままただ傷の治りを待つのも退屈だろうと言われ、屋敷の中を案内してもらうことにした。身体はまだ完治しておらず、自分の足で歩こうとすれば身体が拒絶反応を起こしてしまうので、車椅子を用意してもらった。


 治療をしてくれたグラムさんが言うには完治するまでにまだしばらく時間が必要とのこと。怪我が治るまでの期間、俺の移動手段は文明という名の車椅子に頼ることになろだろう。

 

 部屋を後にして廊下へ出ると暖色系の塗装で統一された長い廊下。左右どちらの方向にも道は続いており、途中途中には自分が休んでいた部屋の扉と同じ見分けがつかないような扉が幾つも広がる。


 廊下を渡っている途中に窓があり外の様子を眺めてみると、大きな庭園が広がっていた。どうやらここは二階みたいだ。

 手入れのされている緑色の芝はまるで原っぱのよう。太陽の光が空から降り注ぎ緑色の床をより一層色鮮やかに引き立てる。机と椅子が置かれ屋根が建てられている小さな憩いの場も設けられており、今日のような天気が晴れている日なんかは外でお茶をしたりすればさぞ気分が良いこと間違いない。


 思わず自然と口から感嘆の声が上げるが、建物越しのガラスからではなく直接目にすれば今以上に大きな反応を示すのだろう。


 娯楽室に書庫、ミスウェルさんの私室と簡易的に扉の内を紹介され廊下を進んでいく。途中素通りする部屋の詳細を尋ねてみるが、どうやら空き部屋らしい。

 

 覚える必要のある部屋とそうでない部屋。滞在七日目でであるけれど実質は初日。最初の内は各所の部屋を把握するだけでも相当時間が必要になる。

 今はこうして説明交じりで覚えた気になるが、明日になれば半分近くは既に忘れてしまっているに違いない。


 滞りなく各部屋の紹介が進んでいき廊下の一番端へと到達し階段が目に入る。一階と二階を繋げるものだ。

 そのまま下れば段差の衝撃で肩に負担が入る為、車椅子を持ち上げて慎重に階段を下りてもらった。


 怪我をしているとはいえ不自由な身体を支えてもらっている身としては少し申し訳ない。早く身体を治して迷惑をかけないようにしないと。


 二階から一階へと場面が映る。二階と同じように廊下には同じ色をした絨毯が広がっており、唯一違う点として屋敷の中央部分に当たる空間には大きな玄関ホール。


 銅像なんかも建てられており、自分が仮に客人として屋敷へと招待でもされれば内装の豪華さと見た目に圧倒されていただろう。


 次に案内されたのは食事場。長机が中心に陣取られそこに等間隔に椅子が並んでいる。一番奥に置いてある椅子は他と比べて少し豪華な印象を受けることから、当主であるミスウェルさんが食事する専用の場所というのは説明がなくても直ぐに察せられる。


 奥にも扉が隔てられておりそこを開くと調理器具や袋に纏まっている食材等が壁へと立てかけられている。恐らく調理場、キッチンなのだろう。

 がらりと視線を周囲に向けると、男性の後ろ姿があった。食器棚の前でお皿を戻している様子だ。最後の一枚を仕舞い込んで振り返ると、俺たちの存在に男性が気付いた。


「――おや、無事にお目覚めになられたそうですね。」


 こちらへと近付く。初めての邂逅だ。


「前に少し話した執事のアーカードだ」


 アーカード……そう名前を紹介され目の前にいる執事さん。

 身長はミスウェルさんと同じかそれ以上の高身長。白の制服に黒のズボンと髪色も若干色の薄れた白髪と、白と黒の二色で構成されているような出立。

 視線を下から上へと切り替えると瞳は青色。こちらを見下ろす視線は優しい印象を抱く。年齢は大人よりも歳を重ねているのか顔にその影響として白い髭が生えている。


「初めまして。屋敷で執事を務めておりますアーカードと申します。何かお困りごとがありましたら、遠慮なく私目にお申し付けください」


 座っている自分を見下ろさずわざわざ床に膝をつけて目線の高さを合わせる。その何気ない行動一つを前にして、アーカードさんの執事としての心意気や矜持が一瞬にして伝わった。


「よろしくお願いします、アーカードさん」


「はい、今後ともよろしくおねがいします、ラルズ様」


 名前の後ろに様を付けられ若干恥ずかしい。そんな畏まらなくても普通に呼び捨てで構わないのだが、彼の掲げている執事としての信条なのだろう。

 訂正はさせずにこちらが慣れるように心掛け順応することに。


 差し出した右手をぎゅっと握り握手を交わす。見た目とは裏腹に手に加えられた力はかなりなものだと一瞬で理解するほど。


「アーカードにはこの屋敷の掃除や炊事に洗濯と、ほとんどの家事を担当してもらっている。何かあれば本人も言っていたが頼んでみるといい。何をやらしても超一流だ」


 この言い方からして、ミスウェルさんは相当執事であるアーカードさんを信頼しているのだろう。二人のことについてはまだ名前程度しか知らないけど、これから仲良くやっていけたら嬉しい。


 仕事中ということもありアーカードさんには一度お別れを告げそのままキッチンを後にする。

 他には一階にある浴室や応接室に案内は続いていく。


 最期の部屋を紹介されたのちに区切りがついたと思った矢先、廊下の向こう側から俺たちを見つけて声を上げながら走ってくる。声の主はシェーレ、隣にはレルの姿も。


 二人は屋敷を案内されると提案されたときからノエルを探しに行くと飛び出していき、以前音沙汰がなかった。

 屋敷の中を見回っていたのでそのうち出会うものだと踏んでいたのだがそうでもなかった。すれ違ったのだろうか。


「ノエルはいたかい?」


「ううん、見つからなかった」


「多分だけど隠れて兄貴のこと驚かそうとしているんだよきっと。あたしたちのときと同じように」


「?」


 三人の会話の内容にいまいちついていくことができない。口ぶりから察するに俺が屋敷で寝たきりになっている際の話をしているのだろう。


「――やれやれ、一目会って挨拶させておこうと思ったんだがな……」


 頭をかき行方をくらます少女に対してミスウェルさんは溜息を吐く。どうやらノエルは相当癖のある人物のようだ。


「夕食のときにでも現れるだろうし、無理に探す必要もないだろう」


 姿を見せない少女ノエルに対し、特に心配したり探しに行ったりする姿勢を見せないミスウェルさん。


 溜息をつくその様子はまるで、言うことを聞いてくれない子供の癇癪に悩む父親のようだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 屋敷の中のほとんどを周り終えたので一度部屋へと戻り今はベッドに横になっている。長い間活動していなかったからか、自分の足で歩いたわけでもないのに身体が妙に重い。

 身体機能が著しく低下している事実を受け止めながら、今後はゆっくりと身体を慣らしていこうと奮起する。


 屋敷の各所にある部屋はまだ把握できていない部分もあるだろうけど、これに関しては生活する時間の中で自然と頭の中に納まりきるだろう。

 などと意気込むが前の家と比べても広さも大きさも段違い。色々とまだミスウェルさんやアーカードさんについて知らないことも多いだろうし、まだ自身の前に姿を現してくれないノエルの存在も気になるところだ。


 早く会って会話を交わしたいと願うが当人はいずこへやら。ミスウェルさんの発言、加えてシェーレとレルの反応から察するに一癖ありそうな印象だが、実際に会って会話を交えなければ人となりは判断できない。


 でもまぁそこまで悩まなくても同じ屋敷に住んでいるのだからそのうち――


「――わっ!!」


「うわぁぁっったぁぁぁぁい――!!」


 会えるだろうと考えている途中、眠っているベッドの下の小さいスペースからひょっこりと女の子が声とともに姿を見せる。

 突然下から出てきた少女を前に反射で反応。加えてそのときに動揺が身体に走ったからか左肩から強烈な痛みが再発。


 驚きの声を最初に上げその後に痛みの方へと意識がチェンジし、絶叫らしからぬ絶叫が室内に響き渡る。

 本日二度目の絶叫を前に少女の耳は爆音に晒され耳に指を入れて鼓膜を防御。


 俺が困惑していると少女は俺へ文句を伝える。


「い、いきなりそんな大きな声上げないでよ! ノエルの方がびっくりしちゃうじゃない!」


 眼前唇を尖らせて俺へと怒りをぶつける少女。驚かせた本人ではなく驚かされた側が理不尽にも叱られる。その人物の名前を確認するまでもなく、自分の中で確信となる。

 この人物こそが、屋敷に住んでいる姿の見えなかった三人目の住人のノエルだ。


 まだ収まりきっていない心臓の鼓動も無視して見てみると、前に聞いていた話の通りシェーレとレルと同じくらいの女の子だった。


 黄色と赤が混ざったような杏子色の髪をストレートに下ろし、水色の瞳はまるでキラキラと輝く宝石のよう。頭の上には茶色のキャップを被っており、服の上からキャップと同色のコートを身に纏っている。

しかしコートはサイズがあっていないのかぶかぶかのご様子でいまいち格好がついていない。


 背伸びをしたい幼い女の子のような印象を受ける人物。こちらが何か言おうとする前に彼女が口を開いた。


「聞いてるかもしれないけれど、名前はノエル! まだ耳がキーンとするけど、それでも反応は求めていたものそのもので嬉しかったわ!」


 すでに名前は知っていたが改めて本人の方から名前を拝聴。怒っていると思った様子の彼女だが、驚いた俺の様子が彼女にとってどこが良い点だったのかは不明だがそれでもご満悦のようだ。

 目の前の少女の感情が切り替わって戸惑っているが、そこには敢えて触れずにこちらも名前を名乗ることに。


「俺はラルズ。今日目が覚めたばっかで屋敷のことも君のことも何にも知らないから、色々教えてくれるとこちらも助かるかな」


 簡単な挨拶を行って右手を差し出す。ノエルは両手で俺の手を掴んで握手を交わす。

 シェーレとレル、そして何よりミスウェルさんが困ったような表情をしていたから少しあれだったが、なんてことない普通の女の子だ。


「ミスウェルは悪戯仕掛けても全然構ってくれないし、貴方の妹のシェーレとレルは面白くない反応。アーカードは真顔のまま怒るから仕掛けられない! でもラルズは面白い反応だったし気に入った! 長い間ベッドに隠れていたかいがあったというやつね!」


 前言撤回。果たしていつからベッドの下に隠れていたのだろうか。もしかして最初に目を覚ましたあのときから……悪い子ではないんだろうけど少し個性的な女の子のようだ。


 ――が、それでも初対面で嫌われれば関係性を良好にするために躍起になるかもしれないので、結果として好印象を勝ち取った先程の自分の反応に感謝しよう。


 シェーレとレルを基準として年の近い女の子と関わるのはこれが初めてなわけだが、二人とはまるで雰囲気もタイプも違う。

 初対面なのに物怖じしない態度に加えて距離感が近い。それを長所とみるか短所とみるかは個人によって変わるだろうけど、俺は前者の方を選択しよう。


 戸惑いこそしたけどこうしてなんだかんだ自分に対して好意的に接してくれるというのは素直に嬉しいものだ。


「改めてよろそしくね」


「こちらこそ、これからも悪戯いっぱいしてあげるから、楽しみにしててね!」


 そう言い残して扉から出ていくノエルの後ろ姿を見送る。

 破天荒というか嵐というか、癖が強いと強烈に感じた。


 悪戯の頻度や大きさは加減してほしいと願う反面、これからの屋敷の生活を少し楽しみにしている自分自身がいるのを感じ、気付けば顔が少しニヤついていた。






 

 


 


 

 






 

 

 


 




 


 


 

 

 

 


 


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