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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章8 目覚めと疑問と提案


 瞼を開いた瞳の先、最初に目についたのは人工的な白い輝き。天井に備え付けられている結晶のようなものが淡い輝きを放出している。


「・・ここは……?」


 目を覚ましてみれば視界に映るのは全く知らない景色。結晶もそうだが天井模様にも見覚えがない。開けた視界の先に広がる光景の全てが見慣れない代物で埋め尽くされていた。


 目が覚めてまだ鈍っている思考を活動させようと、情報を求めて首を動かし周囲を確認する。


 まず眠っているベッドだが、とても柔らかく全身を包んでくれている。ふかふかとした寝心地も今まで寝慣れていた家のベッドとは比べ物にならないほど。

 窓際付近に置かれている机に椅子、花瓶の中に入れられた綺麗な色の花。壁側には調度品や絵画といった高級そうな品々が部屋を彩られている。

 

 勝手な妄想になるが上流階級だったり貴族といった位の高い人間が使うような雰囲気だ。


 そんな豪華な部屋に自分一人がすやすやと眠っていた。場違いにもほどがあるだろう。


 なぜこんな部屋に自分が。頼りになるのは眠りについていた前の自分の記憶しかない。

 記憶を失う最後の瞬間、自分が覚えている記憶の数々。頭の中を必死に回転させ、記憶の奥の引き出しから覚えている情報を引き出す。

 ラッセル、魔獣、シェーレ、レル、死――


 断片的な記憶たちが頭の中でパズルを組み立てるように形成していき、朧気だった情報の集合体はやがてその形を記憶として自身に定着。


 ・・そうだ、魔獣に追い詰められて俺たちは――!


 あそこで死んでいたはずだ。崖に架かっていた橋は天候の影響か道が繋がれておらず、引き返そうとしたがそのときには俺たちは魔獣に追い付かれ逃げ場を失っていた。

 そして魔獣の武器が俺たちを殺そうと振り下ろされたとき――


「・・あれ?」


 そこで記憶が途切れる。そして目を覚まして今に至る、はずなのだが……


「何か忘れている……気がする?」


 違和感を覚えるも、その違和感の正体が掴めない。気がするなどと曖昧な物差しで測っているが、その実絶対に何かあったと断言し確信している自分がいる。

 だが脳裏に浮かび上がるのは空白のみ。繋がるキーワードどころか核心に迫るような重要なものすら見つからず、しこりだけが頭の中の片隅に鎮座している。


「いや、今はそれよりも……」


 他に優先して知らなければいけないことがある。シェーレとレルの安否についてだ。自分の命が助かっているのは大変喜ばしいことだが、俺の命よりも二人がどうなったのかが心配で仕方がない。

 ベッドから降りてシェーレとレルを探そうと身体を動かそうとしたが――


「――いっ……!」


 思い出したかのように左肩から激痛が生じられ、反射的に右手が左肩に伸びる。

 一度主張を始めた痛みは急には収まらず、俺の身体は動くことすらも許されなかった。

 激痛に苛まれる中で思い出したが、魔獣に左肩を喰い千切られていたのだ。むしろなぜ今まで忘れていたのか。


 シェーレとレルの無事を心配し、自分の傷の具合にも目がいかない浅はかさ。あまりの苦痛に自然と顔は下を向いてしまい、そこで俺は自分の身体を見る。


「――あれ?」


 自分の着ている服の下、覗き込んだ自分自身の肉体。ラッセルに刻みつけられた大量の傷。閉じ込められた半年間の結果である忌むべき傷たち。

 その傷が全てではないにしても、大半のものは痕が綺麗さっぱり身体から消え去っていたのだ。身体のあちこち、見れる範囲に首を動かすと、足や腕の傷がほとんど消え失せていた。


 呆然と自分の身体を観察している中、無意識にもう一度肩の傷に触れてみた。こちらは他の傷と違って触れると痛みは当然発生するのだが……


 白い骨が剥き出しとなり皮膚の下から露出していた左肩だが、いざ改めて触れてみると真面な感触が手に伝わる。

 包帯が巻かれており、その下には確かに右肩と同じように皮膚が、肉が元通りとなっていた。

 あれ程大きい傷が完治とまではいかないにしてもここまで回復しているなんて信じられない。


 いっそのこと全部夢でしたと言われた方がまだ信じられる。でも肩の傷は間違いなく本物だし記憶も混濁している訳ではなく正常。


 そんなことはないと自分の肉体が一番分かっている。

 ただここまでくると変に思考を燃やさなくても今置かれた状況が段々と明瞭になってくる。


 恐らく森の中で意識を失った俺を誰かが見つけて助けてくれたんだ。

 となると一緒にいたシェーレとレルもこの家のどこかにいるはず。一番三人の中で傷が深くて命の危機に瀕していたのは自分であろう。

 その自分がこうして生きているのだから、シェーレとレルも無事に違いない。


 半ば願望に近い推測をしている中で、気になるのは当然助けてくれた人物。

 自分から動くことはできないし、確認する手段が――


 そこで扉がガチャリと開かれた。音に反応してそちらを見る。

 扉を開いた人物は知らない男性。男は俺が目を覚ましていることに気が付くと早足にこちらに駆け寄ってきた。


「――良かった! 無事に目が覚めたんだね!」


 心配する第一声が男から自分に投げられ笑顔を向けられる。


 スラッとした身体つきに黒い瞳。長身で細身なその肉体とは逆に弱々しい印象など抱かない。俺を見下ろす優しい笑顔の裏で目元は少し鋭く、力強さを感じる。短くも綺麗に整えられた黒髪に白を基調とした装飾の少ない制服。その派手さもないシンプルさが逆に目の前の男の存在感を際立たせていた。


「傷はどうだろうか、意識ははっきりしているかい?」


 声を掛けられ、呆然としていた自分の意識が現実へと追い付く。慌てて口を動かして自分の身体の具合を正直に伝える。


「は、はい――! まだ痛みますけど、他はいたって健康です」


「そうか。あれ程の傷を負っていたから正直望みは薄かった。でもこうして目を覚まして会話ができるぐらいにまで回復してくれて、彼女らも安心するだろう」


「あ、あの……貴方は?」


 男の素性も名前も分からず質問を口にする。


「俺はミスウェル。この屋敷の当主だよ。」


 眼の前の男の人、名前をミスウェルと名乗り屋敷の当主と自身のことをを紹介する。つまり俺が眠っているこの場所は、ミスウェルさんの屋敷の一室……ということになるだろう。


「さて、まずはじゃあ……」


 ミスウェルさんが口を開きかけた直後の扉の先。開きっぱなしの廊下の向こう側から走り込んでくる音が部屋へと響き渡る。その音の正体は二人分の足音だと分かるぐらいに大きい。

 部屋へと入ってきたのは怪我をした自分よりも心配だった親愛なる妹たち。

 シェーレとレルの姿が俺の瞳の先に映っていた。


「――兄さんっ……!」


「――兄貴っ……!」


 白く綺麗な髪に黄色い瞳。まるで人形のような女の子。

 健康的な身体と兄貴と自分呼び慕ってくれる元気いっぱいな女の子。


 ずっと愛おしく、一番近くにいて俺を助けてくれた最愛の妹であるシェーレとレル。


 「良かった……! 二人とも無事で――」


 俺の言葉を聞き終える前に二人の身体が俺目掛けて飛び込んでくる。腕を広げて抱き着こうとしているのだろう。

 俺も大好きな妹と無事に再会できて嬉しい気持ちもあり抱き締めてあげようと腕を広げようとして思い出す。


 そう言えば、左肩が痛いせいで動かせな――


「兄さん!」


「兄貴!」


「――ま、待って……!」


 制止の呼び掛けすらも二人には届かず、二人は勢いそのままに俺へと飛び付く。

 結果として受け止めきれずその衝撃は俺の左肩へと伝わってしまい……


「――いったぁぁぁぁぁ!!!」


 部屋の一室全てを満たすぐらいの絶叫が放たれた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 絶叫が響き散らかしたのち、シェーレとレルからの謝罪も受け取った俺は、気を失っていた間に何が起こったのかミスウェルさんから話を伺った。


 まずここはミスウェルさんの保持している自宅でもある屋敷。広さはシェーレが言うには俺たちの住んでいた家とは比べ物にならず、部屋数も二十近くに及ぶとのこと。


 場所は俺たちが住んでいた森から大分北上した場所に位置し、この屋敷で過ごしているのはミスウェルさん。他には執事として仕えているアーカードさんと、ノエルと呼ばれるシェーレとレルに歳も背も近い女の子の三人で生活している。

 

 ちなみにだが俺たちの住んでいた森には名前があり、オルテア森林と呼ばれているみたいだが、そんなことはつゆ知らず。


 都市からの依頼を受けて森へと素材を集めに出向いた先、森の奥地に建てられた家を見つけたのが始まり。

 中にいたラッセルの死体を発見し家を捜索していたときに、ボロボロの俺を家の中まで運んでくれたのがシェーレとレルだ。 

 ミスウェルさんが直ぐに応急処置をしてくれ、その後屋敷から執事さんが応援に駆け付け、屋敷までの道の途中も治療を続けてくれた。


 俺はどうやら七日間も意識が戻らなかったらしく、本当に死の一歩手前の危険な状態だったらしい。


 屋敷に案内してからも依然俺の身体の状態は悪く、良くなる兆しも見えない。ミスウェルさんはグラムという名の治療に長けた人物に連絡を回し、俺の治療に一役買ってくれた。

 三日前に実際に診てもらいったおかげで俺はどうにか死地という名の沼の中から救ってもらい、徐々に身体は回復へと差し掛かり、目を覚ました……とのこと。


 ちなみに俺たちの事情についてはシェーレとレルの方から予め確認しており、今しがたは俺の方にも質問が飛んできているのでそれに一つ一つ答えていく。

 といっても恐らくは二人が説明した内容と俺が話す内容にそれほどの差異はないだろう。


 多少言葉や表現が違うだけで中身は一緒。俺に対する質疑応答の時間は数分程度で締めくくられた。


「・・つまり、君たちは一年前にお父さんを、半年前にお母さんを失った。そこから今日に至るまでの日、ラッセルという男に監禁をされ半年間その部屋で生活を余儀なくされた。ラルズ君は妹を守るためにその身体を差し出し、七日前に家に魔獣が現れて男は襲われて死亡。何とか隙をついて逃げ出そうとするも崖に追い詰められて意識を失った。先に目を覚ましたシェーレ君とレル君がラルズ君を家まで何とか運んで、それを俺が偶然にも発見した……てことで合っているかな?」


「はい、そうです」


「・・・・・・」


 顎に手を置いて考えて様子のミスウェルさん。会話が一度閉じられ、俺はその間に今の話の中で気になった疑問を解消しようとシェーレとレルに対して口を開く。


「ねぇ二人とも、魔獣はどうしたの?」


 気になるのはやっぱり魔獣の件だ。俺たちは確かに追い詰められ逃げ場を失った。俺も二人も目の前で斧を振りかぶる魔獣の姿は共通して記憶として刻まれている。だというのに俺たちは全員生きている。


「それが分かんないんです。気を失っていたあたしとレルが目を覚ますと、魔獣は全部死んでいたんです」


「死んでたって、雷にでも当たったの?」


「違います。混乱していたというのもありましたけど、あの魔獣は――」


「細切れにされてたの」


 シェーレの説明をレルが引き継ぎ、レルの発言にシェーレが頷き肯定する。


「・・細切れって……」


「本当です。レルの言った通り全身が切り刻まれていて、腕や足なんかは魔獣の身体から分離して辺りに放り投げられていたし、大型の狼魔獣に関しては中身も全部ぐちゃぐちゃにされていて……」


 疑うような視線と態度を二人に示すが、シェーレとレルはこんなときに嘘を言ったりはしないし、何より嘘をつく必要がない。

 実際に目にした人物が二人もおり、そのどちらも同じ発言をしていることからも、嘘偽りのない真実なのだろう。


 となるとそれを誰がやったかだ。別の魔獣が出現したっていうのも考えられる一つの考えだが、あの状況では横やりなんて不可能だろう。

 あの周りに俺たち以外の人の気配は無かったし、かといってその場にいた俺たちには当然そんな力は備わっていない。

 魔法についてはその存在自体はお母さんが傷を治したりする際に掌から放っているのは覚えているが、俺たちにはそんな経験は無い。


「むしろ私たちは兄さんが助けてくれたものだとばかり。でもその反応を見るに違うんですよね?」


 シェーレもレルも俺がどうにかしたと思っているみたいだが、生憎俺ではない。

 俺も迫る死の前に気を失い、死んだと思っていた。

 

 だからこそ今こうして生きているのが不思議で――


「・・・・あれ?」


 そこまで考えて頭をひねる。何か妙な感覚が全身を昇り、疑問がもやもやのまま頭の上に浮上する。


 意識を失う最後の瞬間、何かが……頭の中で流れたような……


「――…… 兄貴――?」


 考え込んでいてボーっとしていたのか、レルが自身を呼びかけハッとして我へと帰る。


「・・ご、ごめん。少し考えごと」


 気になることではあるけれど、今直ぐ思い出さないといけない訳でもない。膨れ上がった疑問はそのまま一旦奥へとしまい込む。


「さて、一通りお互い話もしたことだし、シェーレ君とレル君の意見は聞いているけど、ラルズ君の意見がまだだったね」


「何です?」


「ああ、二人にはもう話しているが、君たちは両親を亡くして住む家も半壊。魔獣がまた現れない保証もないし危険だと思う。かといって外の世界を出たことがない君たちにとっては未知な部分も多いだろうし、外に行く当てがある訳でもない」


「はい……」


 俺たちの住んでいた森。オルテア森林に戻ったとしても両親はもう死んでしまっている。魔獣が現れたこともそうだし、何よりラッセルのような危険な人物にもう一度遭遇した場合、誰かに助けを求めたくてもそれは叶わない。


 だとすれば森の外で人の住まう村や都市に生活の拠点そのものを移動させるのが一番だろうけど、外について俺たちは何も知らない。本で得たぐらいの知識ぐらいしか頭には入っておらず、金銭だって持ち合わせている訳ではない。


「そこでなんだが、この屋敷で一緒に暮らしていかないだろうか?」


「――え?」


 口に出された提案、一瞬何を言われたのか理解に時間が掛かる。


「い、いやでも命まで助けてもらってその上生活まで面倒見てもらうってのは流石に……!」


「そんなに遠慮することもないだろう。私が仮に手を指し伸ばさなくても、君達を心配して迎え入れてくれる人たちはいるだろう。それにノエルも歳の近い子供がいるほうが毎日楽しいだろうし、どうだろうか?」


 ミスウェルさんの提案は当然嬉しいものだしありがたい話だ。

 命を救ってもらっただけでも十分なのに、その上生活の基盤まで。シェーレとレルはすでにミスウェルさんから話を受けていて了承しているのだろう。

 あとは俺の返事を待つのみ。俺がお願いしますと一言言えばそれでこの話は終わりとなり、晴れてこの屋敷で厄介になるのだろう。


 記憶に思い出されるのは一年前からの暗く沈んだ毎日の日々。父さんを亡くし、母さんも俺たちの傍を離れてしまった。

 ラッセルに半年間も閉じ込められ、希望なんて見出せる訳もなく暗い世界にその身を置いて時間を過ごした。 


 この屋敷でまた、シェーレとレルと一緒に……大好きな妹と笑って過ごせる未来を、どれだけ望んだだろうか。どれほど焦がれただろうか……


 ミスウェルさんの瞳をしっかりと捉え口を開く。


「――ありがとうございます。それと……お願いします」


 再び頭を下げる。


 最悪の日々が続いた一年間。死しか解放される選択がないと思われていた。

 出口の見えない暗闇の中に差し込む一筋の光。


 この日、俺たちは一年ぶりに時間が動き出した……そんな気がしたんだ。


 






 



 


 

 


 

 


 

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