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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第三章 王国と最悪の再臨
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第三章4 出発


 朝の早い時間帯。まだ本格的に活動を開始する人物も数少なく、目立つ人物らとしては通りに立ち並んで商売を開始する商売人ぐらいなもの。開店時刻に合わせて必死に朝の準備を行っている人々の様子を横目にしながら、ラルズは天を仰ぐ。


 太陽の光が眠たさを帯びた目元に直撃し、陽光の加減の容赦なさに腕を覆って被害を抑える。朝方直ぐ、眠気を吹き飛ばす目論見のままに、水に濡らしたタオルで顔を拭いたのだが、それでも肉体と脳みそはまだ完全には目覚め切っていない。本当の意味で覚醒を完了するのは、もう少し先の話であろう。


「まだ時間もあるし、一番乗りだったりして……」


 独り言を呟き、ラルズは約束の場所でもある、エルギュラスの北門付近を目指して進んでいる最中だ。


 ――ラルズが魔導祭の存在を知り、ミュゼットに誘われて参加の意思を示したその晩。同様のお誘いを最愛の妹、シェーレとレルから受けたラルズは、先んじてミュゼットに連絡をして、事情を説明。


 二人も一緒で良いだろうかというラルズの断りを受けて、彼女はむしろ大歓迎といった様子で、快くシェーレとレルの存在を受け止めてくれた。その次の日に残りの二人――グレンベルクとセーラにも事情を説明したのだが、異論は無いとして、四人行きの予定の人数に二名が加わる。


 その旨もその日の内に二人に連絡。二人とも大変喜んでおり、当日を非常に楽しみにしている様子。・・ただ、決まったとはいえ問題事が多く羅列され連なっている事実は見過ごせない。直視しなくてはならない事柄が多過ぎて、頭を悩める時間がラルズたちを襲っていた。


 その理由は当然、魔導祭の開催日時が近いことと、準備に要せる時間の短さが影響している。


 時間も押しており、前日祭開催の二日前。前日祭から祭りを楽しもうと画策した際、準備期間は二日ではなく、移動時間も考慮しなければならない。南の都市エルギュラスから、大陸中央のレティシア王国までは、距離にしてかなりなもの。歩いて向かうなど言語道断、正気の沙汰でもないし、到着する頃には魔導祭が終了としているに決まっている。


 当然の話だが、徒歩という選択肢は最初から選択肢に上がらず、現実的で実現可能な手段として、竜車を用いて向かうのが一番。ただ、都市と国の間の距離感が大きいだけに、移動には大量の時間を要する。道中、複雑ではない只の一本道であるにしても、流石に距離が距離である。こればかりはラルズたちにはどうすることもできない。


 都市と国を長らく行き来している、グレンベルクとセーラの移動間での実体験によると、速度にも多少左右はされるが、どれだけ早くエルギュラスを発ったとしても、最低でも一日は必ず必要らしい経路。


 仮にではあるが、一日ぶっ通しで移動に集中すれば、その日の内に辿り着けるらしい。しかし、地竜の体力面や、揺れ動く竜車の中に一日こもりっぱなしというのは、乗車する人々の体力的にも精神的にも、賢い判断とは言えないだろう。


 加えて、夜間の移動は何かと不安が大きい。道中、魔獣や盗賊の類に襲われる可能性も視野に入る。太陽が顕現していて見通しが良い時間帯に竜車を走らせる方が、安全面を鑑みても最良。


 物価を運んだり、注目度の高い会場に素早く向かい、優位な場所を確保して数多く利益を獲得しようとする方々のような、行商人らや商売人らとは事情は異なる。魔導祭を心待ちにしているとはいえ、焦って無茶な旅路を計画すれば、それこそ大きな被害を被ることも有り得ない話ではない。


「・・計画って大事だなぁ……。もっと前から準備しておけば、バタバタする必要なんて無かったのに」


 今挙げた問題点以外にも、考慮しなければいけない要素は盛り沢山となっている、此度の魔導祭参加。竜車の手配や宿泊の目途、その他諸々と、数えればキリがない。色々と足早に、次から次へと準備をすることだらけで目が回る事態。事柄が多過ぎて厳しいと言わざるを得ない旅路である。


 しかし、そんなラルズたちに助け舟……もとい救世主が現われることとなった。その人物のおかげで、多少無茶な日程が全部解決するにあたり、実質的にラルズたちが一日の間に準備したのは、泊り掛けに際した衣類の類や金銭、あとは小物ぐらいなものである。


 なので、実質的には、六人の一団にその人物が一人加わって、合計七人となっている今回の旅の人員。その人物については、ミュゼットらに細かく人物を紹介する必要もなく、名前を口に出せば全員に理解が及ぶ、超有名な人物。


 全員驚いていたが、中でも一番愕然としていたのはグレンベルクだろう。そのときの彼の表情は、中々に記憶に残り続ける一枚となっている。


 そんな出来事もありつつ、一日……未満に等しい時間と過密スケジュールに追われる中、各々準備に勤しみ、此度の無茶な計画はどうにか形になりそうな具合に。一時はどうなるかと思われ、不安要素が色濃く浮かぶが、無事に払拭されそうで何よりだ。


「――あ、着いた」


 ・・などと考えていると、いつの間にか、集合場所でもある北門が見えてきた。約束の時間まではまだ大分時間が空いている。逸る気持ちと楽しみな気持ちもあり、ラルズは少し早目の到着となっている。流石にまだ集合場所には誰もいないと思っていたのだが……


「――ラルズっ!」


 そんなラルズの考えは、誰よりも魔導祭を楽しみにしていた少女の一声によって吹き飛ばされる。


 声に反応して顔を動かせば、既に一番乗りで現着しているミュゼットの姿。彼女は手を振りながらラルズに自身の存在を知らせていた。ラルズも手を振りながら彼女に近付き、軽い挨拶を交わす。


「おはよう、ミュゼット。まだ約束前なのに、随分と早いね」


「楽しみ過ぎて全然落ち着かなくてっ! ・・でもそれで言ったら、ラルズも一緒でしょ」


 人のことは言えないだろうと、可愛らしい笑顔を浮かべるミュゼット。普段から明るい様子の彼女であるが、今日は一段と明るい印象を覚える。本当に、魔導祭を心待ちにしていたのだろう。


「忘れ物とか大丈夫?」


「大丈夫っ。もう四、五回は確認したから!」


 ちらりと視線が下へ注がれるミュゼット。つられて同じ場所に視点を運べば、彼女の傍に置いているのは、ラルズが肩から提げている鞄と比べるとやや大きいバッグ。色はややグレー味が強く、彼女が身に纏っている白を基調とした服装とも馴染んでいる。相当中身が詰まっているのか、かなり重量感を感じるバッグだ。


 泊り掛けとなると、用意するものもそれなりにだろう。ラルズやグレンベルクのような男性陣ならまだしも、女性陣ならばその比率は膨れ上がることは間違いない。


 それから周りへと首を動かしてみるが、この場に集まっている人物はラルズとミュゼット以外にはおらず、二人きりの状態。約束の時間まではまだ十分時間もあるし、グレンベルクもセーラも、まだ身支度を整えている途中かもしれない。


 友達二人の現着を待つにあたり、ラルズは別の人物たちの合流を気にする素振りとして、無意識に都市の南側へと目線を送る。連絡は昨日の夜の間に交わされ、連絡通りであれば、首を向ける方角から最愛の妹たちが合流を目指して向かってきているはずだ。


 落ち着かず、妙にそわそわとした態度のラルズ。一種の緊張を含んだ佇まいを前にして、ミュゼットがその様子を察したのか、ラルズに声を送る。


「シェーレちゃんとレルちゃん、会うのは一カ月ぶり……なんだよね?」


 ミュゼットの言葉にラルズは頷き、


「対魔鏡越しでは何度か話してはいるけど、実際に会うのはね。久しぶりにシェーレとレルに会えると思ったら、嬉しくて仕方がないよ」


 たかが一カ月。されど一カ月。個人によって感慨の深さ具合は変わるだろうが、ラルズは断然後者。やはり、物を経由した姿と、目の前に存在する姿とでは、感慨も別物。長らく会えていなかった反動もあり、会いたい欲は常人以上だ。


 と、ラルズは都市の方からミュゼットに振り返ると、


「あの……実はお願いがあるんだけど、良いかな?」


「ん、何?」


「これは俺からってより、二人の兄からのお願いになるんだけど、同じ女性ってことで、特にミュゼットとセーラには仲良くしてもらえると嬉しいかな……」


 少し俯き気味になり、頬を掻きながら弱々しくお願い事を口にするラルズ。そんなラルズからのお願いを受けて、小首を傾げていたミュゼットは笑顔を見せると、


「勿論! 私も仲良くなりたいし、会うの楽しみだったんだ。セーラもきっと、同じ気持ちだと思うよ」


 同じ性別、歳の近さも相まって、是非とも今回の魔導祭では仲良くなって欲しいというのも、内に秘めたラルズの細やかな願いだ。実際に会ったことは無く、ラルズの口経由での人となりが、彼女らに伝わっている状態である。


 快く魔導祭参加を認めてくれたこともあるし、互いを毛嫌いしたりといった様は見当たらない。同じ女性という立場で話も弾むだろうし、互いの素性を知った上で、好ましい友好関係を築いてくれるに違いない。


「二人とも、昨日の夜にはもう屋敷を出たんだよね?」


「そうみたい。最後に連絡をしたときにそう言ってたし、大体屋敷から都市まで竜車を走らせて、半日程度って話。今頃、都市の入り口付近にはいるかもしれないかな」


 中々無茶なスケジュールに加えて、長時間の移動。結構過密的な移動が組み込まれている今回の旅路。前日の間に屋敷を出立したり、都市で宿泊して身体を休めてから合流する方が無難なのではと提案したラルズ。が、どうやら元々魔導祭の開催時期に合わせて、夜時間の内に屋敷を発つことは決定事項だったらしく、ラルズの心配は杞憂に終わる。


 シェーレとレルの当初の考えだと、通過地点でもあるエルギュラス。南の都市でラルズを拾い上げ、そのままレティシア王国に向かう手筈。その拾い上げる人数が一人から四人に増加しただけだと、向こうは問題視しておらず、予定が大幅に変更……とは至らず、今日を迎えた次第だ。


 来る約束した人物を待つために、ラルズはミュゼットと歓談を繰り広げる。そうこうして約十数分、見慣れた二つの人影がラルズたちに近付いて来る。


「あ、来たっ! セーラ、グレン、こっちー!」


 ミュゼットが手を振りながら二人――グレンベルクとセーラの姿が視界に映る。方角的にセーラはラルズと同じ宿場通り、グレンベルクは寝食の場がギルドにある関係上、ギルド庁舎からこの場所まで向かってきたのだろう。


「おはよう、セーラ、グレン」


 ラルズの挨拶に二人も挨拶で返し、これで集合場所に四人が集う形に。


「時間ピッタリね。ラルズとミュゼットはその様子だと、随分と早くいたんじゃない?」


「そうだね。俺は二十分前ぐらいからいたけど、ミュゼットはもっと前から到着してたよ」


「まるで遠出前の子供……ガキだな」


「いいじゃん! 楽しみだったんだからっ!」


 約束していた半数が一同に介し、賑わいは加速する。互いにそれぞれ待っている間の会話を行って時間を潰していた二人のやり取りを耳にしつつ、ラルズたちは残りの人物の到着を待ち続ける。


 ・・そんな中、ラルズは全員に伝え忘れていたことを一つ思い出し、「あっ!」と大きな声を上げた。


「いきなりどうした、ラルズ。何か忘れ物か?」


「いや、少し違くて。実はみんなにお願いしたいことがあってさ……」


「あれ、さっき私に伝えたのとは別口?」


 仲良くして欲しいというお願いとは別のことであると、ラルズはその質問に短く頷いて答える。


「なんだ?」


 ラルズのお願い事に、代表してグレンベルクが用件を尋ねる。それからラルズは両手を前で合わすと、


「シェーレとレル。俺の妹にはその……バルシリア小森林での出来事は、秘密にしておいてもらってもいいかな? 都市を出たばかりで、危険な目に遭ったなんて知られたら、二人とも凄い心配するだろうし……お願い!」


 屋敷を出たばかりで、命を失うほどの危険な事態に遭遇したとあっては、シェーレもレルも折角の祝祭で要らぬ不安を与えてしまう。下手にストレスを抱え込んで欲しくないし、再会の喜びはそのままに、今回は純粋に魔導祭そのものを心の底から楽しんでもらいたい。


 聞かれなければそれでいいし、万が一聞かれた際の予防線を張っておきたい名目もあり、こうしてシェーレとレルと集合する前に伝えておきたかった事柄だ。


 黙っているのは気が引けてしまうが、語るのは今ではないとラルズは判断する。そのために、ラルズは全員にお願いする。


 目を瞑り、懇願するラルズ。そんな様子を前にミュゼットたちは顔を見合わせてからラルズを再び見ると、


「わかったわ。お兄ちゃん……の頼みだし、あの件は内緒にしておきましょ」


「ああ。他でもない、妹想いのお兄ちゃん……からのお願いだからな」


「だね! 妹が大好きなお兄ちゃん……からのお願いだもん」


「・・お兄ちゃんお兄ちゃんって……ちょっと揶揄ってるっ?」


 了承してくれたことは嬉しいが、それ以上にどこか癪に障る言い方。わざとらしくお兄ちゃんを強調して言うのと、少しばかり口元がニヤついている三人を確認して、ラルズは絶対揶揄いの意を含んで口に出している、と三人に対して少しばかり唇を尖らせる。


 まぁ言い方はともかくとして、三人ともラルズのお願いは聞いてくれたことは感じられる。多少不満が残る形となるが、揶揄われている事実には目を瞑り、言及は空気の中へと放り投げる。


 お願い事は済ませたので一安心。それからラルズはシェーレとレルが合流するまで歓談を続けようと思っていた矢先、現着したばかりのグレンベルクが、南の方角に視線を送ると、


「・・あれか、ラルズ?」


「え……あっ」


 グレンベルクの発言を受けて、ラルズを含めたミュゼットとセーラも揃って視界を一箇所に注ぐ。


 注いだ先、大通りの奥からこちらへ近付いて来るのは、巨大な体躯をした大型の地竜。その数は目の前に映る存在と、後ろに位置して後を付いて着ている竜と合わせて、合計二頭。


 生物の中でも上位に君臨する、竜という存在が、石造りの地面を踏みながら進んでいる様を確認する。その地竜の風貌を目にして、ラルズは自然と小さな声が漏れた。


 事前に屋敷から地竜を走らせて合流するといった話は確認済みであり、その際、地竜の特徴についても教えてもらっていたこともあるので、情報と照らし合わせてみて、ラルズは確信を抱いた。


「間違いない、あれだよ」


 人違いならぬ竜違い。そんなことも有り得ないだろうと確信し、気付けばラルズは地竜に対して手を振っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「着きましたよっ」


 御社台にて地竜の手綱を握っていた、見た目若々しい男性が、首を後ろへと向けて声を発する。声音が向かう先は、地竜が引いていた客車だ。


 窓付きの客車の中へとラルズは視線を向けると、客車に取り付けられた扉が外側に開いた。中から開け放たれた扉から姿を現すのは、忘れることない、待ち望んでいた最愛の妹二人の姿だ。


「兄さん、お久しぶりです」


「兄貴、久しぶりっ!!」


「シェーレ、レルっ! 久しぶりっ!」


 客車から降り、目線の高さを揃えるシェーレとレル。二人の姿をこうして瞳に映すだけで、ラルズの胸中を激しく感激が揺らし尽くす。


 やや大きめで縦長のホワイトハットを頭に被り、白を基調とした衣服には華美な装飾は見当たらない。全身を白く染め上げているシェーレ。持ち前の白くて綺麗な肌の影響もあり、単純な装い一つでも美しさは際立ち、その場に立っているだけで絵となり華が生まれる。


 一方のレル。シェーレの装いに比べると、やや軽装気味のカジュアルスタイル。それが彼女の衣類に対しての動きやすさを重視し、且つ苦痛に感じない性分に基づいた服装なのだと直ぐに理解できた。


 丈が短い黒のスカートに、身に纏う表が黒地、裏が赤地のケープコート。シェーレとは色合いが真逆に近い服装であり、前述通り動きやすさを優先した衣装。その代償の影響もあり、健康的な印象を他者に与える褐色の肌が衣服の隙間から覗かれ、どこか危なげな感慨を抱いてしまいそうな格好。


 年齢に不釣り合いな大きな胸元も、白い布一枚で隠している始末。全体の衣装を考慮しても、女性としてはやや防御力が薄いと苦言を申したくなるラルズ。昔からレルは、シェーレのように畏まった格好が嫌いであるために、今更衣服への趣向を変更しろ言わない。が、身の振る舞いには気を付けて欲しいと思うラルズであった。


 そんな兄心ならぬ親心は一度奥へと仕舞い込む。こうして見てみると、二人とも普段の装いとはあまり変化は見られず、その変わらなさがラルズにとっては馴染みのある姿で、どこか懐かしさを覚えてしまう。


 レルは客車から降りて全員の視界に映るや否や、挨拶を行うよりも先、真っ先にラルズの元へと走り込む。笑顔を浮かべて走り込んでくる妹の姿に肩をすくめながらも、ラルズは優しく抱擁の準備をして迎え入れる。


「兄貴、兄貴兄貴―♪」


「こら、レル。ちゃんと皆に挨拶しないと、でしょ?」


 腕の中で抱きかかえる大切な存在。口では注意しつつも、ラルズの内に秘めた甘い面が表に引き出され、気付けばレルの頭を優しく撫でていた。注意されつつも、撫でられているレルの表情は笑顔に染まっており、可愛らしい声を上げながら、頭に置かれた手の感触を味わっていた。しかし――、


「ぁ、あぁーっ……!」


「いきなり失礼でしょ。まずは、兄さんのご友人にご挨拶っ」


 そんな幸せな時間を味わっているレルだが、一緒に降車したもう一人の存在の手によって、ラルズの元から引き剥がされた。先にこの場にいる、初対面となるミュゼットらに挨拶しろと義務を命じ、渋々レルはシェーレの言葉に従っていた。


 一つ、ラルズが咳払いを入れて、ミュゼットらに方へと目配せする。


「紹介が遅れてごめんね。話にも合った通り、俺の妹二人。シェーレとレルって言うんだ」


「レルです。よろしくっ!」


「紹介に預かりました、シェーレと言います」


 一方はフランクに、一方は楚々とした振る舞いでミュゼットらに挨拶を送る。


「皆様については、兄さんの方からかねがね。今回は、魔導祭への同行を認めて下さり、誠にありがとうございます」


 礼に乗っ取った挨拶に続き、礼に乗っ取った振る舞いを行うシェーレ。ドレスの端をつまみ、恭しく一礼する姿は、まるで主人に仕える従者。はたまた貴族感同士で行われる、社交場で交わされる類の作法に近い。


 そんな洗練された動作を前にして、ミュゼットは目を白黒とさせているが、我に返って首を横に振ってシェーレとレルを見ると、


「ラルズから聞いてたけど、本当に可愛い妹さんたちだねっ。私はミュゼット。よろしくね、シェーレちゃんにレルちゃんっ」


「そうね。これだけ可愛いと、面倒見たくなるのも納得だわ。私はセーラ。よろしく、シェーレにレル」


「・・グレンベルクだ。名前を呼ぶ際は、グレンでお願いする」


「よろしく!」


「よろしくお願いします、ミュゼットさん、グレンさん、セーラさん」


 三者がそれぞれシェーレとレルに友好的に挨拶を返す。三人とも親しみやすさを込めてか、敬語の類は使用していないので、シェーレとレルも変に緊張したり戸惑ったりはしないだろう。初対面同士であるが、仲良くなれそうな気配を感じて、ラルズはほっと胸を撫で下ろした。


 ――と、それぞれ簡単に自己紹介を終えたところで、


「――元気そうだね、ラルズ君」


「あっ!」


 爽やかな声とともに、御社台の影から現れたのは、ラルズの――否、正確にはラルズとシェーレ、レルの三人の命の恩人でもある、大恩ある人物。


 ラルズと同じ黒色の髪。首の中腹地点で長さを揃えて整えており、真っ直ぐと前を見据える黒い瞳からは、気高く強い意志が宿っている。目元の鋭さとは反対に、ラルズに向けられる視線は柔らかく、慈愛の色が備わっている。


 細身の体躯と、スラッと伸びる長い足。身長はおおよそ百九十前後の高身長。線の細い身体付きからは、弱々しい印象は一切抱かれず、しなやかと形容するのが一番適している。鍛え上げられた肉体を、仕立ての良い白を基調とした礼服に包み込んでいる。


 元レティシア王国騎士団。そして、英雄と呼ばれており、その名は広く、大きく世の中に浸透している人物――ミスウェル。


「ミスウェルさん、お久しぶりですっ!」


「久しぶり。・・元気そうで良かったよ、本当に」


 爽やかな笑顔をラルズに向けるミスウェル。差し出された右手に同じ右手で応じて握手を交わす。


「今回はすみません、無茶な要求だったはずですのに……」


「気にしないでくれて構わないよ。シェーレ君とレル君から魔導祭に行きたいと話は聞いていたし、当然、君も来るだろうと見越していた。魔導祭に向かう段取りに関して言えば、ある程度は組まれていたからね」


 そう、目の前にいるミスウェルの存在こそが、ラルズたちにとって大きな助け舟を運んでくれた形になる。


 元々、かなり余裕のない時間の間で準備を取り行ってきた、今回の魔導祭への準備事。移動に際しての竜車の手配やら宿の手配など、その他諸々の手続きや手配を完了してくれたのが、他でもない彼のおかげで一手に解決する形となった。


「君の友人のことも、対魔鏡を通じて聞いていたし、もしかしたら……と、余計な気を回していたのだが、どうやら今回はそうでもなかったみたいだ」


 シェーレとレル、そしてラルズの分の手配を、随分と早い段階で用意してくれていたみたいで、その際にある程度人数の増加に対応できるよう、前準備を済ませておいたらしい。そんな彼の配慮のおかげで、ミュゼットにグレンベルク、セーラのように、急激な人数増加にも対応が及んだというわけだ。


 不慮の事態に際してどこまで非常時のことを見据えていたのか……。いずれにしても、ミスウェルが余裕をもって手配を行ってくれていたおかげで、今回の件は滞りなく良い結果へと運ばれている。


「・・それに、他でもないラルズ君の頼みだ。聞かないわけにはいかないからね」


「――本当に、ありがとうございます」


 片目をウインクし、優しさと器量の良さを飛ばすミスウェル。ラルズは彼に対して、深々と頭を下げて、魔導祭の件のお礼を伝える。


 ミスウェルがいなければ、レティシア王国に向かうのも一筋縄ではいかなかったであろう。何より、シェーレとレル、二人も加わった状態で魔導祭に参加することも難しかったに違いない。


「屋敷を出て一カ月。良ければ、ラルズ君の話を聞かせても貰えると嬉しいかな。それが、今回の俺へのお礼ってことで、良いよね?」


 お礼としては随分とミスウェルにしては実りが少ない代物だ。それが、彼なりの優しさだと理解して、もう一度だけ頭を下げて感謝を伝える。


 ・・と、そんなラルズとミスウェルのやり取りが終了すると、


「あ、あの――っ!」


「――ん? あぁ、済まないね。こっちでばかり話していて、置き去りにしてしまっていたね。申し訳ない」


「い、いえ、そんなことっ……!」


 機を伺い、横合いから呼ばれた声にミスウェルが反応する。見れば、ミュゼット、グレンベルク、セーラが並んでおり、視線をミスウェルへと注いでいる。各々、様々な意を含んだ視線をぶつける中で、ミュゼットが代表して、ミスウェルに声をかける。すると、


「こ、今回はその、魔導祭に私たちを加えて、じゃなくてえっと、誘ってくれて……も何だか違うっ。え、ええとその、お招き頂き……じゃなくてっ――!」


 しどろもどろ。もはや語彙すらも怪しいミュゼットの言葉。言いたいことが纏まっておらず、どうにかこうにか言葉を組み繋げてお礼の言葉を伝えようとしているのだろう。しかし、残念ながら緊張ぶりに浸食されて真面なお礼の言葉が紡げていないミュゼット。


 身振り手振りが変な方向へと進化を遂げつつ、しっちゃかめっちゃか。その様子にグレンベルクもセーラも肩をすくめる。肝心のミスウェルは口元に手を添え、顔に微笑を浮かべると、


「君が……ミュゼット君、だったね。ラルズ君から話は聞いているし、聞いていた通りの子だね」


「え、あの……」


「大丈夫。君と、君たちがお礼を伝えようとしているって気持ちは伝わってるよ。変に畏まらなくて構わない……と言いたいところだけど、それは少し無茶な話だったかもしれないね」


 頬を掻きながら、自分の発言ぶりに厳しいだろう、と反対意見を口にすると、ミスウェルは続け様に、


「俺自身、自分がどんな人物で、周囲の人々にどのような認知をされているかは、自意識過剰や驕りとは違って、しっかりと自覚しているつもりだ」


 一緒に生活しているラルズからしたら慣れ親しんだものだが、ミスウェルは英雄として名を馳せており、英雄に対して周囲の人々の目の色が、一般の人々に比べて稀有なものであるのは当然。


 ゆえに、ミュゼット側の視点からすれば、どんな風に接するのが一番正しいのか、適した判断と振る舞いが難しいのは勿論のこと。今の彼女のように、緊張した空気に取り込まれてしまうのは必然と言えるだろう。


 ミスウェルは「けど……」と前置きすると、微笑を崩さずに続きを口にする。


「だからこそ、普通に接してくれて問題ないさ。例えば……君のご両親に接するような、極々普通の態度で接してくれて構わない。自分のご両親に対して、変に緊張したりしないだろう?」


「は、はいっ」


「下手に緊張を覚える必要なんてないんだ。英雄だなんて大それた称号を頂いているが、俺も……君達と何も変わらない。只の一人の人間であることに変わりは無いし、そこに差異はないからね」


 ミスウェルも自身のことを客観的に見定めて、英雄としての立場もあると考慮している。だからこそ、ミュゼットの動揺や気負いも、彼からしたら想定の範囲内なのだろう。


 その上で、特別畏まったり、距離を感じて接する必要など無いと助言するミスウェル。人格的にも、人間的にも、彼はそこらの人物と比べて一線を画している。人格者であり、他者への気遣いができる素晴らしい人であると、ラルズは改めてミスウェルに尊敬の念を抱いた。


「・・あ、ありがとうございますっ!」


 ミスウェルが先のラルズのように頭を下げ、感謝を行動で示す。ミュゼットの後に続いて、グレンベルクとセーラも頭を下げる。その様を見届けて、ミスウェルは最後に「よろしく、三人とも」と伝え終えると、


「――さ、挨拶もこれくらいにして、そろそろ出発しようか」


 手を叩き、全員の視線を集めてミスウェルが宣言。


 ラルズ、ミュゼット、グレンベルク、セーラの四人に加えて、シェーレ、レル、ミスウェルの三名が加わり、合計七人。


 魔導祭の開催、前日祭の始まりは明日。目的地は魔導祭の祭典地、レティシア王国。


 どんな出会いが、どんな楽しい時間が訪れるのか。新しい場所と魔導祭に、ラルズは期待に胸を躍らせながら、竜車に乗り込むのであった。

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