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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章50 近くて遠い真実の日


 ――あのとき、あの瞬間に俺は……


 非情さと薄情さが連続で精神を襲う。再認識した罪が景色となって再生される。呼び起こされる景色は、一度目にミュゼットを影から救った場面。


 ラルズの傍で魔法を放ち続けていたミュゼット。その傍ら、限界を迎えたセーラの身体が崩れてしまい、彼女を心配したミュゼットが近くに駆け寄った。それまで魔法を続けていたミュゼットが手を止めて仲間を気遣い……瞬間、眼獣への注意は薄れてしまい、その隙を眼獣は見逃さなかった。


 ミュゼットに投じられた鋭い影の一撃。彼女も反応はしたが、気付いた段階では対処も不可能であり、そのまま影が伸びれば容赦なく肉体を貫かれていたことであろう。だが、結果としてこの影の攻撃は不発に終わった。


 瀕死のセーラが最後の力を振り絞り、魔法を発動してミュゼットを守った。決死の一撃でもある風の刃を打ち込んで影は見事に霧散。セーラの活躍によって、ミュゼットは影の被害を被ること無く、彼女はそのまま意識を失った。


 その後、死角から眼獣の影が再びミュゼットを襲う。セーラが力尽きたのと死角ということもあり、今度こそ対処は不可能。そんな絶体絶命の状況下、誰よりも先にラルズが影を排除。彼女に影の凶刃が及ぶことを阻止できたのだが、今はその話を深くは掘り下げず後回しにしておく。


 ここまでの話をそのまま耳にすれば、ラルズは確かにミュゼットの命の恩人足る人物には相当する。誇大表現をするつもりは毛頭ないが、人によっては、そんな最高の活躍をしたラルズを救世主や英雄のように捉えるかもしれない。


 ――ただそれは、結果が運んできた実績だ。ラルズが注目し、自身を責め立てている一番の理由は、一度目の危機に瀕した話。


 つまり、眼獣の影が最初にミュゼットに投じられた場面に相当する。


 あの瞬間、最初の影の一撃に関して言えば、ラルズは影を「防げた」のだ。距離は開いていたが、対処可能な位置であり、短剣の刃が届く距離。一瞬肉体に働きかけて短剣を振るえば、ミュゼットに届く寸での間で影を切り伏せることはできたのだ。


 だが、それをラルズはしなかった。なぜしなかったのか。しなかった結果、どうなっていたか。


 ・・結果としてミュゼットは無事であった。それは彼女を守ったセーラの活躍によるもの。瀕死の重傷の中でも、最後の最後に風の魔法を放ってミュゼットを助けた、彼女のおかげだ。しかし、ここで違和感が一つ浮かび上がる


 まず大前提として、セーラがミュゼットを守れる保証など一つも無かったはずなんだ。


 欠乏症を引き起こした彼女は、肉体は勿論のこと魔力も枯渇しており、真面に魔法を打つことも厳しい状態。限界を超えた反動として、その場で倒れたのが何よりの証拠だ。ミュゼットを守れる可能性なんて万が一にも無いと判断するのが妥当。ラルズも、セーラの状態を危険だと認識して、これ以上は命に関わると判断した。


 だが、そこで違和感と呼ぶに相応しい、可笑しな「矛盾」が生じているのだ。


 ――なぜ、ラルズはミュゼットを影から守らなかったのか。これが、ラルズが自身を不気味に感じており、思い至って自然と寒気が及んでしまい、彼女を見捨てたと認識している、実態が不透明な罪。


 戦闘不能になったセーラを心配し、命も危ぶまれると判断したラルズ。希望観測無しで判断したのにも関わらず、ラルズはミュゼットに迫る影に何も手を及ぼさなかったのか。


 もしも仮に、セーラがミュゼットを守れなかったら――……


「――ぅ……!」


 惨状が広がっていたに違いない。生々しく、具体的な景色を想像して、胃の奥から込み上げてくる不快な代物たちを表に出さないように、口元に手を当てて留飲を下げる。努力が実り、実物を吐き出すことなく奥底へと逆流させるが、思い出して認識を向けた罪悪感は変わらず蔓延り続ける。


 先程の話が蘇るが、確かにラルズは二度目の影からミュゼットを守った。これは確かな事実であるが、そもそもの話、一撃目の影がミュゼットに及んでいなかったから確かな功績として残っているに過ぎない。ミュゼットの感謝も、正当なものへと塗り替わる。


 仮にラルズが一度目の影に対処してミュゼットを守ったとしよう。そうなった場合、二度目の影にラルズの対処が追い付かず、死角という点も重なりセーラの防御も間に合わず、ミュゼットに影は達していただろう。セーラが一撃目をクリアし、ラルズが二撃目をクリア。これによりミュゼットは無事という結果に収まった。


 眼獣の一撃目を①、二撃目を②と置き換えた場合、真っ先に危険視しなければならないのは①になる。そもそも二撃目があるかどうかなんて想像にも及ばず、目の前の危険に適宜素早く対処をしないといけないはずなのに、不確定な先のことを考慮しておく必要がどこにあるのか。


 攻撃を向けた眼獣以外、死角から狙っているなんて気付かずにいたはずなのに、ラルズはまるでその攻撃が来ることを確信していたように短剣を握り締めて、対処に走った。不確定で確信もなく、未来が視えたりだとか、そんな人知を超えた超人的な能力が芽生えたのとは違う。


 一度目はまだしも、二度目は見てから反応をしてはラルズの速度では間に合わない。一度目の影への対処を無視して、二度目の攻撃に準備を向けていたからこそ、誰も干渉できないはずの二撃目を捌けたのだ。


 ――なぜ、一度目の影に何もしなかった? セーラが守ってくれると信じていた……違う、彼女の状態を見ても、それは信頼とは違うただの願望にすぎない。セーラが防げなかったら、そのまま影はミュゼットに及んでいた。


 そもそも、なぜ二発目が来ると確信していたような動きをしたんだ? 実物を見るまで存在の匂わせも何もないのに。下手な確信もない中で、そんな不透明な存在になぜ仲間の命を預けたんだ? 失敗どころか、最初から眼獣がそんな攻撃を画策していなければ、ラルズはミュゼットを見捨てたことと同義だ。


 理由のない行動が意味を持ったのは、一重に結果が結びついているから。それが良い方向へと進んだから、こうしてラルズはミュゼットに感謝されている。だが何度も言うように、その素晴らしい功績は点と点が繋がったから生まれている産物で、事実に基づいて付いて回る結果だ。


 結果だけを良しとして判断をしてはいけないと、ボルザがミュゼットにも言っていたが、その通りだと思う。あの瞬間のラルズの行動は、結果として良い未来を手繰り寄せた。だけど、その過程の中で、簡単に拭い切れない空白の事実が存在している。


 あの瞬間にラルズを突き動かしたのは、ラルズの意志ではない。だけど、その答えはどれだけ頭を悩ませようともわからない。言葉に表せないから気持ち悪くて仕方がない。あの瞬間はまるで、天啓が授けた使命感に従わざるをえなかったような、自分じゃない別の誰かに操られていたような、そんな感覚だった。


「わけが、わからない……」


 一つとして、確かな答えが生まれないのだ。疑問が次に疑問を作り出して、答えの見つからない疑問の円が形成される。深く検討すればするほどに謎が深まってしまう。冷静に働く思考とは真逆の行動をしている自分自身が、どこか気持ち悪くて仕方がない。


 わからない点は他にも多々ある。それは一度流してしまった物も含めて、改めて思い返してみても、やはりラルズの事情はどこか不自然で塗り固められている。


 大量の出血をし、死地に突っ伏していたラルズが生還している点。治療を施す前よりも先に、応急処置がなされていた心臓。治療した人々も、命が繋がれている点には理解を示せていない。最後に眼獣の攻撃を防いだ、血溜まりの中から形成された不思議な物体の数々。未来予知みたいな超常現象とは別の、自分の意志や思考とは別の働きを示すラルズ自身。これらの事情に更に付け加えられる点として、ラルズは魔法が使えない。体内に異常は見られないし、至って肉体は健康そのものなのに、だ。


 魔法の件然り、眼獣との戦いで請け負った重傷の件然り、正体不明の力の件然りと、何一つとしてラルズはわからないまま。わからないまま、ここまで進んできた。


 唯一、ラルズに答えを示せそうな可能性のある人物がいるとしたら、それは……


「――父さん、母さん……」


 両親以外にはいないだろう。だけど、父さんも母さんも既にこの世には存在しない。大好きな二人は、ラルズが幼少期の頃に命を落としている。詳しく聞きたいどころか、もう会うことも話すこともできない。手がかりも、道標も、何もラルズには残されていない。


 ――窓の外を見る。夢中で考えていたからか、いつの間にか夕焼けは終わりを迎え始め、太陽は月と出番を変えようと傾き始めていた。

 

 ・・駄目だ、何もわからない……


 考え尽くすが光明見えず、無為な時間に終わる。思考の副産物――悪い実りとして、胸中に居心地の悪いモヤモヤ感が付き纏う。この胸中に広がる黒い霧が晴れることは、今後ラルズにあるのだろうか。その答えを知れたとして、果たしてそれは……ラルズにどんな影響を及ぼすのか。


 世の中には、知らない方がいい事実ということも存在する。下手に踏み入って、抜け出せない事実に直面して、知らない方が幸せだったという事柄も、少なからず世の中には広がっているだろう。


 ラルズの場合は、一体どちらになるのだろうか……。


「・・もう、今はこれ以上考えたくないな……」


 考えすぎて頭が疲れてしまった。考えることが多すぎて、処理が追い付かないとして、一度頭を落ち着かせた方が良いだろう。忙しく脳を回転させ続けていては意味が無いとして、先程までの疑問を一度忘れるようと試みる。考えることを放棄して目を瞑り、頭の中を真っ白に染め上げる。


 やがて、忘れかけており、蓄積されていた疲労分が意識を引っ張り上げていたのか、目を瞑った途端に眠気がラルズに押し寄せてくる。体のいい言い訳と共に飛来してくる睡眠欲。その二つに身体を委ねるように、ラルズの意識は沈んでいく。


 真実と相対したとき、ラルズは――。


 その真実と向き合わざるを得ない【刻】の一部が、間もなく訪れることがあることを、眠りについたラルズは知る由も無かった……


 


 


 




読んで頂き誠にありがとうございます。少ないながらに読んでくれている人がいることは励みに繋がりますので大変嬉しく思っております。今後とも読んで頂けると幸いですし、読んで頂けるように尽力していく所存です。


さて、第二章はこれにて終了。正直こんなに二章が長くなる予定は無かったんですが、温かい目で見守ってくれると嬉しいです……(力不足ゆえ申し訳ないです)


新たな舞台、新たな登場人物、久しぶりの登場人物らが物語に加わる第三章。どうぞお楽しみに~

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