第二章48 罰と友情
ティナとリオン、そして二人のご両親とも話し合いが終了し、今回の件はこれで終了……になると思っていたラルズ。時刻は大体夕方近くになり、まだ青空が広がっている空模様ではあるが、間もなく夕方に差しかかるである時間帯。
「・・さて、これで諸々の事実確認も済んだことであるし、一件落着だ。――と言いたいところなのだが、済まないがもう少しだけ時間を頂けせてもらうぞ」
事態は完了したと思われたが、ボルザは手を叩いて全員の視線を自らに誘導。そして、普段の声の調子を一つ落として注目させ、瞳は鋭く細められる。真剣みを感じられる表情を前にしてラルズは、途端に変わったボルザの空気感に思わず背中を正す。
室内にいるミュゼット、セーラ、グレンベルクも、その空気の変化を直に感じたのか、ラルズと同様に身体を向き直してボルザを見る。思惑通り全員が自身に集中した様を目撃して、ボルザは口を開いて言葉を開始する。
「今回の事態、青年らの行いにはギルドとしても感謝を伝えなければならない案件だ。本来であれば都市の住人を助けるのは我々の役割。手が空いていないなどと言い訳を並べてしまうのが大変口惜しいことこの上ないが、青年らの勇気ある行動にあの子らとご両親は救われたと言っていい。・・ギルドを代表してお礼を伝えさせてくれ」
重々しい空気が一瞬和らぐ。どんなことを言われるのかと身構えていたが、いざ話を聞いてみれば、先程もラルズらが頂いた感謝の言葉だ。
今回の件は運悪く出来事が重なってしまった故に起こってしまったことが問題点だ。周囲に魔獣が大量に出現したことと、丁度ギルドがそれに対処をするタイミングで、行方不明となってしまったティナとリオン。
魔獣討伐に向かった大規模な編成隊とは別で、必要最低限の都市の治安維持兼、万が一に備えた防衛部隊を残して、大半のギルド兵は魔獣の殲滅に取り掛かって都市を出立していた。都市へと残った人員もその後、ティナとリオンの捜索を都市内で行ったが、有益な情報は見つからず、時刻は夜を迎えようとしていた。
二人の両親から直接話を伺い、心配になってラルズ等も捜索に独自らで協力。手分けして捜索した結果、ティナとリオンがいるであろう暫定的な居場所としてバルシリア小森林が候補に上がった。が、ギルド兵は前述のとおり魔獣討伐に人員を割いており、残りの人員も都市を守る名目として残っているために、救助活動なんかは行えない。
魔獣の危険性が加速する夜という時間と、戦う力の持っていない子供たち。不安がラルズたちに渦巻き、ミュゼットが助けたいと表明し、ラルズとセーラもそれに同意を示した。最後の一人のグレンベルクは反対の意思を強く掲げていたが、最終的には折れて一緒に付いてきてくれることとなった。それが今回の事態の大まかな流れだ。
「子供らを無事に保護して、ご両親の元へと送り届けられたのは、紛れもなく青年らのおかげだ。重ねてになるが、本当にありがとう」
深く、深く頭を下げて感謝を伝えるボルザ。ギルドの最高責任者として、自分らの代わりに都市の人々を救ってくれたことに対しての、心からの気持ち。
そんな正面からの賛辞の言葉を頂いて照れ臭くなってしまい、ラルズは頬を掻いて誤魔化す。ミュゼットも自身の白い髪を手で遊ばせて恥ずかしさを仕草で表している。だが――、
「・・・・・・」
「・・グレン、どうかしたの? それにセーラも、なんか顔が怖いよ……」
素直に喜ぶラルズとミュゼット。そんな二人とは対照的に、グレンベルクとセーラは浮かない表情をしている。褒められているにもかかわらず、重い空気が二人の周りを取り巻いている。
「・・ボルザさん、俺たちに言いたいことは、それだけじゃないのは知ってます。感謝は本当でしょうけど、本題は次ですよね?」
「本題が次? それってどうゆう……」
言ってしまえば称賛の言葉が前座、そして次に話す内容が本命なのでしょうと、まるでわかっているような口ぶりをするグレンベルク。そしてそれは、黙り続けているセーラも同じだ。そんな二人の態度を前にして、ラルズとミュゼットは状況がさっぱり飲み込めていない。
「・・その口ぶりから察するに、初めからそれは覚悟の上か」
「はい。俺たちだけお咎めなしってのは違います。あの子供らの行動に責任があるように、俺たちは――いや、正確には俺には責任が課せられます」
置き去りにされているラルズとミュゼットを余所に、ボルザとグレンベルクの話は続いていく。わけもわからず話が進行していき、話を理解している者とそうでない者とで二極化されていく。
「わかっているのならば話は早い。――では、本題に移ろう」
ボルザは腕を組むと、全員を再び一瞥する。が、その先の言葉が、先程耳にした感謝のそれとは違うことは、内容を知らずとも空気が肌を通して訴えてくる。今一層に背筋を正して、ボルザの話す内容に意識を傾ける姿勢を取る。
「今回の諸君らの行動は確かに大したものである。手が空いていない俺たちの代わりに、森で危険な状態であった子供ら二人を救ったのは先の通り。・・だが功績とは別に、諸君らの行動にも一部問題が付き纏っている」
「俺たちの、行動……」
ボルザは頷くと、
「まずは無断での都市の外での活動。全面的に禁止していたり、行動を強制するような言い付けではないにしてもだ。あの時間、都市の外の状況が危険なものであることは十分理解が及んでいたはずだ」
周囲に出現した大量の魔獣。ギルドの面々はその対処にあたった。ボルザの言う通り決して都市の外には出てはいけないと指示を住人に発したり、強制を敷いていたわけではないことは事実だとしても、都市の外へと飛び出せば遥かに危険であることは、誰だって想像つく。
一々そんな事態に注意を受けるよりも、状況を鑑みて自分たちの行動に制限を設けてしまうのはある種当然の判断だ。今回で言えば、魔獣が周囲に沢山生息しているとの情報を受けたのだから、安全が確認されるまでは大人しくしているのが吉と言えるだろう。
「無論全員に当てはまるわけでもあるまい。我々も都市の人々を守る名目のもとに活動をしているが、親や保護者といった立場とは違う。あくまで都市を守る集団として力を振るって手助けしている身であるからして、青年らの行動に逐一目を通すような、そんな立場をはき違えたような、的外れな愚行はしない。ただし――」
一度言葉を区切ってから、
「都市に住んでいる全員が、俺たちにとっては守るべき大切な存在だ。都市に滞在して日が浅かろうと、偶々立ち寄った者であろうと関係ない。子供、若者、老人、皆等しくな」
都市に身を置く全ての人が、責務を果たすべき対象者。滞在歴が両手で数えて事足りるラルズなんかも例外ではない。ボルザさんが率いるギルドが、その身を削ってでも守護すべき存在であることに変わりはない。都市に住んでいる人たち全てに対して向けられた、一貫して抱えている使命。
そんな誓いを改めて認識して、最初は理解できていなかったラルズにも、段々と自分らの行動がいかに浅慮なことであるのか、遅いながらに自覚し始めた。ティナとリオンを助けた部分だけを切り抜いて喜んでいたが、言ってしまえばラルズたちの行動も実に危険極まりない。
それは先程、グレンベルクがティナとリオンに忠告した通りの文句と一緒のことがラルズたちにも当てはまっている。ギルド兵に一声かけることでも無く、ただ手を貸してもらえないという状況で勝手に見切りを付けて、動ける人材は自分たちしかいないと決めつけた上での、半ば身勝手で軽率な行動。
「グレンも言ってたもんね。私たちの行動がいかに無謀なことかって。馬鹿なことだって注意してくれてたのに、私はそれを跳ね除けた……」
助けに行きたいと意思表明したミュゼットを、馬鹿なことをするなと声を荒げたグレンベルク。彼女の意識に賛同したラルズとセーラを前にしても、彼は危険であると何度も忠告した。最悪無駄骨に終わり、行動が無意味になると問うた上でも、ラルズたちの気持ちは変わらなかった。
「・・最終的に俺も同行すると表明した時点で、俺も同罪だ。結局、最初の意思を貫き通せなかった俺が悪い。下手に責任を感じる筋合いはない」
グレンベルクの意思を跳ね除けた第一人者。先のボルザの説明と、森へ行くと決意を固めた手前、ミュゼットは人一倍責任を感じていた。そんな彼女に対して、請け負うべき以外の責任を抱える必要は無いと、グレンベルクは言葉厳しめでありながら優しさを言葉に乗せる。
「その様子だと、青年らも反省しているのだろう。反省して、次から謹んで貰えるのであれば、俺はそれで十分だ。ゆめゆめ、忘れないように」
その言葉を受けて、ラルズは頭を下げる。ミュゼットたちも同じように頭を下げて、反省の意を行動で提示する。その姿を見届けて、ボルザは「うむ」と短く声を残す。
顔を上げたラルズたち。これで本当に話し合いは終わり……かと思えたが、
「本来ならこれで終了、解散と言いたいのだが……」
まだ何か言及するべき内容が残っているのか、頭を掻きながらボルザは厳めしい顔つきを崩さないで維持している。話の終わりを迎えないことに不審ながらも姿勢を崩さないラルズたちの中、
「――グレン。・・いや、グレンベルクっ」
「――っ」
一際、鋭い声音が一人の人物の名前を呼んだ。普段の敬称ではなく、本名を口に出すボルザ。名を呼ぶ迫力に威圧感が重なり、呼ばれた対象のグレンベルクは息を呑む。
「軽率な行動についての反省は、お前を含めて全員が既に自覚している。それを承知で納得がいかないかもしれないが、他の三名と違ってお前には罰を課す」
「な、何でグレンだけがっ!?」
この場にいるラルズ、ミュゼット、セーラを除いて、グレンベルクだけを罰の対象人とするボルザ。その発言に異を唱えたラルズ。ミュゼットも後に続いて疑問を口出しするが、セーラは無言でただ己の肘を抱いている。
「いいんだ。元よりわかっていたことだし、罰を与えられることを承知でお前たちの行動に賛同したんだ。これは、俺が受けるべきして受けないといけない正当な代物だ」
「ば、罰って……。それで言ったら俺たちだって同罪なんじゃ……」
「私たちの罰とグレンが受ける罰は、立場上違うのよ」
ラルズの疑問に冷静に言葉を返すセーラ。彼女が口にした言葉――立場上というのは一体どういう意味を示しているのか。そんな疑問を余所に置きながらも、ボルザは一つずつ丁寧に解説を続けていく。
「グレン、お前は正式なギルドの一員ではない。籍こそ置かれてはいるが、正式な入団とは違って、あくまでも互いの利害が一致した上での関係だ」
「わかってます。全般とは違いますが、ギルドの仕事を間接的に手伝うことで、ギルド内の行き来自由や設備の使用許可もそうですし、寝食の場も提供して頂いております。それには、常日頃から感謝を」
「グレンが感謝しているように、俺たちもグレンの働きぶりに関して感謝を抱いているし、仕事ぶりや実力の高さに尊敬の念すら抱いている者もいる。俺であっても例外ではない。先程、利害が一致した上での関係などと寂しいことを口にしたが、反対にグレンのことは俺を含めて、ギルドに身を置く全員が認めており、仲間のように見定めている」
書面上か口約束の類の成り交わし。グレンベルクがギルドに仮契約として身を置かせてもらっている点はラルズも知っている。ギルドは彼に仕事の一端を任せ、彼は逆に住まいの場を確保して、加えて庁舎内を自由に利用できる立場として有効活用している。
彼が志している復讐。その情報の足がかりを掴むために、各都市でパイプを繋げて効率化を図っている点も既に把握している。力を提供する代わりとして、持ち寄られる情報や特訓の場の使用を許してもらい、己を高めつつも標的でもある眼獣の情報を追い続けている。
この都市以外にも、レティシア王国の騎士団とも縁があるらしく、活動拠点を点々としながら目的を果たそうと行動を続けている。そんな現状の中でも、ボルザ率いるギルドの面々は、グレンベルクのことをただの仕事仲間として捉えてはおらず、一個人として信頼を置き、慕っている関係性。
「ギルドの取り決めも、使命も、お前は理解しているはずだ。しかし、今回のお前の行いは、そんなギルドの掲げていた思想や責務とは真逆なものであり、責任問題を問われるには十分すぎる行動だっ」
正式ではないにしても、互いの利害を一致した上での注意事項。民を危険から守るという指針に背いて、ラルズたちと一緒にバルシリア小森林へと同行した。
これが、セーラの言っていた、立場上での問題点。ラルズとミュゼット、セーラとは違う。仮とはいえ、ギルドに属しているグレンベルクだからこそ、咎められてしまうべき違反行為。
「加えて、庁舎内に預けられている竜車の無断使用。俺の名前を使用しての虚偽の内容報告。これらも真実だと見て間違いないな?」
ボルザが新たに口にした二つの内容。突き付けられる二つの罪状を受けて、グレンベルクは無言を貫く。その無言の様が肯定を示しているのは、言わずもがな。相違なく事実を確認して、ボルザは一度深くため息をついた。
「魔獣討伐を果たして都市へと戻ってきて、北門を警備していた兵たちから話を伺ったとき、耳を疑ったぞ。他でもない誠実なお前が、他者を騙して行動に走るなど。更には話だけでは不透明で把握し切れなかったが、青年らと共に危険な場所へと向かっていたなどとはな」
門兵が知っていたのは、グレンベルクが単独で調査をしに行ったという点だけで、その情報にまさか彼以外の三名の存在も一緒にいたことは知らなかったであろう。
「此度のグレンの行動を鑑みて、罰を与えるのには十分な内容であると俺は判断した。よって処罰を与えるつもりではあるが、異論はないな?」
「・・ありません」
異論も、反論も口に出さないグレンベルク。こうなることがわかっていながら、彼はラルズたちと行動を共にしてくれたのだ。自分に一番重い罪が圧しかかるとわかっていた上で、行動を共にしてくれた。
「で、でも待って下さいっ」
そんな中、ミュゼットがグレンベルクの処罰に納得がいかないのか、異議を唱える。
「た、確かに悪いことをしたのは自覚したけど、結果としてティナちゃんもリオン君も助けられたから、その……」
「少女よ、それは結果だけを見た上での判断基準だ。全員無事に戻れた……確かに最高の形と言えるだろう。しかし、仮に今回の事態、救いに向かった少女らのみならず、都市の人々に更なる危険を及ぼすことも考えれば、決して簡単に捉えていい類の問題ではないのだ」
「それ、は……」
「仮に少女らを襲った魔獣。あの魔獣が撤退を選ばず、そのまま都市の中にでも入り込んだ場合、被害は更に広がっていただろう。話を聞いただけで、真正面から対峙したことがない我々ではあるが、相当な実力を有していると耳にした。そんな魔獣が都市の内部で暴れでもすれば、被害はそれだけに留まらない」
ボルザの言うことは的を得ている。あれほど獲物の命を奪うことを執着していた眼獣は、どういうわけか撤退して以降、姿を現すことは無かった。仮にあの眼獣がラルズたちを追いかけた先――都市の中にまで入り込んでしまった場合、あの殺戮の影を無差別に繰り出していた可能性は十分考えられる。
そうなれば、都市の被害は尋常なく膨れ上がる。ラルズたちが原因として二次災害を引き起こして、都市内は混乱。何の罪もない人々が殺されていたかもしれない架空の事実は、実害として生まれていないだけで、想像が容易に働く。
ボルザの物言いに、ミュゼットも想像したのだろう。都市の人々が、眼獣に命を奪われる惨状を。
「わかるな、少女よ。結果だけを見据えて処罰を与える是非ではなく、過程を考慮した上での、その上でのグレンへの罰なのだ。そしてその行動を防ぎ、回避することがギルドの仕事であり責務。グレンが果たさなければならない役割なのだ」
終わり良ければ全て良し、そんな言葉は通用しない。救出できた点ばかり見方を傾けるのではなく、全体を見据えた中での処罰。
「け、けど……っ!」
「もういい、辞めろ」
ミュゼットはそれでも諦めない。助け舟を出し続けることを辞めない彼女は、まだ反論が残っているのか、グレンベルクについての罪を軽減しようと尽力しようとする。が、そんな彼女の口を塞いだのは、件の人物でもあるグレンベルクだ。
「グレン、でも――」
「どう言い繕うとも、俺が約束を破った事実は変わらない。お前らを止められなかった俺の落ち度であって、それ以上でもそれ以下でもない。責任を果たすよりも、人情を優先してしまった俺の、な」
賢い選択をしなかった自分自身に問題があると、グレンベルクは罪を認めている。自分の非を自覚している彼の姿を見て、ミュゼットは黙ってしまった。
「・・ボルザさん。罰は何でも受けます。なんなりと……」
「・・・・・・」
見上げ、ボルザの瞳を真っすぐに見据える。覚悟はあると、後悔がないグレンベルクの瞳を見て、ボルザは無言でいる。無言で何かを判断しているような様子であり、ちらりとボルザはラルズたちそれぞれに視線を送った。
視線の意図を汲み取れないままに、ボルザの口が開かれて罰の内容を――
「やっぱりこんなの納得いかないっ!」
ボルザの口が開かれて言葉を発するより先に、ミュゼットが大声で室内を満たす。突然の叫び声に全員が驚いた様子で彼女を見るが、一番表情に表れているのはボルザだろう。先に自身の口からグレンベルクについて至極丁寧に不備を突きつけたにもかかわらず、少女は臆せずボルザに一歩近づく。
「納得いかないっ!!」
再度、同じ物言いを繰り返す。まるでその様は子供が駄々をこねるような姿。そんな姿を前にして、驚愕に染まっていたボルザの表情が呆然に変わる。そんなボルザに対してミュゼットは、
「グレンだけが処罰されるなんて、納得いかないっ!」
「・・む、どういう意味だ少女よ?」
三度目の、繰り返された物言い。付け加えられた言葉は、罰を受ける対象者の数。その発言に首を傾げるボルザが、ミュゼットに詳細を求めるように質問する。
「もともと、私が助けたいって口に出したのが発端なんだから、私も罰を受けないと駄目に決まってる! 誰か一人が悪いんじゃなくて、全員が悪いっ。だから、罰なら私も受けますっ!」
「――。ま、待たれい少女よっ。俺が言っているのはギルドの規則を破ったことに対してで、少女らの行動については先程既に反省したのを見届けていて」
「それもそれ、これもこれっ! グレンがギルド内の約束事を破ったのは、元を辿れば私のせいっ。私が言うこと聞かなくて、自分本位で物事を考えて提案して、その結果がこれで、みんなを危険に晒した。だったら、罰を受ける権利は私にもあるっ!」
何という自暴論。言い訳や取り繕いとはかけ離れた、自分にも罰せられる権利があるという、権利の逆主張。一人が罰せられようとしている状況の中で、自分も罰せられなければ筋が通らないという、不公平さを引き合いにあげた逆説。
この場にいる全員が森に入る切っかけを生み出してしまったと、己を諸悪の根源として声高に宣言するミュゼット。そんな彼女を前にして、全員が言葉を失った。
――本当に、ミュゼットは……
素直すぎるというか、愚直過ぎるというか。真っ直ぐ過ぎて誰かに騙されないのかと心配になるぐらいに、心が綺麗すぎた。罰を受けたくないと自己防衛に走って言い訳を並べるならまだしも、自分から罰を受ける資格があるなどと口にするのなんて、世界中探しても中々見られるわけがない。
「・・そうね。そう考えると、門番を騙した内容を考えたのは私なわけだし、私にも罰を受ける権利は生じるわね」
ミュゼットのぐちゃぐちゃな理論に賛同するセーラ。自身も門兵を騙す内容を考案した張本人として、罰を受ける権利は持ち合わせていると主張する。
「お前ら、何を馬鹿なことをさっきから――」
「そうだね。俺も、ミュゼットの言葉を受けて、みんなの中で一番最初に賛同してしまったし……。さしもの導火線の役割を担っていたもんだし、俺も同罪だよね」
「ラルズ、お前まで何言ってっ……」
自分でもよくわかっていない理論を展開して、自分にも非があると、罰を受ける条件をクリアしようとする。そんな三者の意味不明な理論を聞いて、グレンベルクは困惑したまま。そんな彼にラルズは一度視線を送ってから、視線をボルザへと直す。
「今回の件は、俺たち全員に非があります。グレンだけが責任を追及されるなら、俺たちも……」
「・・青年。それに少女らも……」
全員の瞳をぐるりと見回す。その瞳から嘘が感じ取れなかったのか、ボルザは口元に僅かな笑みを浮かべたが、直ぐにその笑みを消すと――、
「・・諸君らの気持ちはよく伝わってきた。素晴らしい仲間心をこの目に焼き付けたが、それとこれとは話は別だ」
「そ、そんな……」
期待空しく、ミュゼットから始まった空虚な暴論はボルザには届かない。意向は変わらず、罰を与えるのはギルドに身を置いているグレンベルク一人となる。
それだけ告げると、ボルザはグレンベルクへと顔を向ける。困惑していたグレンベルクの顏が引き締まり、罰の内容に意識を向ける。
「・・グレンよ、最後に一つ問わせてくれ」
「――? なんでしょうか」
てっきり罰の内容が出てくるものと身構えていたグレンベルクの心が挫かれる。そしてボルザが口にした言葉は、
「この場にいる青年と少女ら。彼らはお前にとって、どんな存在だ?」
「どんな、存在……」
「深い意味はない」と付け足して、しばしの時間をグレンベルクに差し出すボルザ。グレンベルクはその質問を受けて思案顔をしている。彼にとってラルズたちはどんな存在に値するのか。その答えを、前もって少し聞いてしまった時間があることを思い出した。
バルシリア小森林を脱出して、都市へと戻っている時間の最中。目を覚ましたグレンベルクが、再び眼獣と相まみえようとしたのを止めた際、激情が発端となってその答えの一部を既に聞かされていた。
「――……っ」
ちらりとミュゼットを見れば、ラルズと同じように思い出してしまったのだろう。友達だと思っているのは彼女だけであり、グレンベルクは拒絶した。軽々しく友達だと口にするミュゼットに対して、酷い言葉を浴びして悲しみに染めた。セーラの参加もあって、致命的にも達する最後の言葉は途中で遮られはしたが、それでも彼の中の本音は既に解き放たれていた。
友達だと思っているのは、ラルズやミュゼット、セーラたちだけ。グレンベルクは、自分の口からはっきりと、友達ではないと口にした。
従って、彼が口にするであろう大よその解答は想像が付いていた。だけど、その期待を裏切ってくれるようにと、ラルズは黙って祈り続ける。あのときのグレンベルクの言葉を、今のグレンベルクが裏切ってくれると、信じ続けるだけ。
「俺にとって、こいつらは……」
一度、グレンベルクが顔を動かして三人を一瞥する。瞳と瞳が重なり、ラルズは息を呑んで、ミュゼットは表情が暗くなり、セーラはいつもと変わらない様子。そんな別々の反応を示す三者を見て、グレンベルクが口にする答えは――、
「・・・・友達、ですっ」
その答えに、三人の中で一番暗く沈んでいたミュゼットの表情が明るくなる。
「酷い言葉をぶつけて心を傷付けた俺を、心配する気持ちを拒絶して突き放した俺を、友達だと呼んでくれたっ。復讐しか持ち合わせていなかった俺に、新しい風を送ってくれた……」
「グレン……」
「・・その言葉に、嘘偽りは――」
「ありませんっ。この気持ちは、この想いは、嘘偽りじゃないっ。こいつらは……俺の、大切な友達ですっ!」
ボルザの言葉が言い終わるよりも先に、グレンベルクが言葉を被せる。友達であると、ボルザの瞳を真っ直ぐに捉えて、想いの丈を口にする。竜車のときに口から出た本音と、今彼が口にした本音。
どちらが本当の答えなのかは、ボルザの判断が示すであろう。しかし、そんな必要もないくらいに、今のグレンベルクの姿からはっきりとラルズにも伝わる。今の言葉に、嘘は一切含まれていないと。
と、正面からグレンベルクの答えを受けたボルザは――
「だーっはっはっはっは!!」
「ぼ、ボルザさんっ?」
突如、室内に滞っていた重い空気感が、ボルザの大きな笑い声によって霧散される。いきなり笑い始めたボルザに困惑するグレンベルク。ラルズたちも何があったのかと目を丸くする。
「いやいや、良い答えだったぞグレンよ。その言葉に――その想いに嘘が含まれていないことは十分伝わった。しかしまさか、グレンの口から友達だなんて素晴らしい言葉を聞けるとはな、感慨深いぞっ」
「・・揶揄わないで下さいよ」
「揶揄ってなどいないさ。最近のグレンに比べれば、ここ最近は顔つきも明るい。余計なお世話だとわかってはいるが、お前にはもっと他者との時間を大事にしてほしかったのだが、その心配もいらないみたいだ」
長らくグレンベルクと一緒に仕事を通して接してきたからか、ボルザが彼に向ける眼差しは仕事相手やそれに類する者に浴びせる視線のそれとは違って見えて、加えてどこか一安心している顔つきだ。
「・・それでボルザさん、俺への処罰の件ですけど、内容は何なんですか?」
「ああ、そんな話だったな」
話を本題に戻し、グレンベルクに課せられる話へと移る。そんな中ボルザは顎に手を添えて、どこか軽々しく本題へと焦点を戻す。どこか他人事というか、先の緊張感が嘘のようにあっけらかんと口にするボルザの態度。
「処罰の内容は、グレンが無断で使用した竜車の手入れと、あとは始末書の提示だ。それ以外はさしたるお咎めもない。以上、解散だ」
「――は?」
さっぱりと言い放ったボルザからの処罰。その内容は、バルシリア小森林に向かう際に持ち出した竜車の掃除と、今回の出来事に対しての反省文。そんな、処罰にしては軽すぎる内容と、解散と口にして部屋を出ていこうと歩いていくボルザを前にして、グレンベルクはその場で固まっていたが、
「ちょ、ちょっと待って下さいボルザさんっ!」
「む、どうしたグレン?」
時が再び刻まれ、愕然としていたグレンベルクがボルザを引き留める。焦り散らかしている彼とは対照的に、ボルザは何をそんなに慌てているのかと疑問顔。
ラルズたちも困惑している。グレンベルクに課せられた処罰は、誰の目から見ても緩いと判断が付くだろう。最も大きな処罰――それこそ一番大きなものとして考えると、ギルドから籍を排斥するという、仮契約自体を無効にされるのではないかとラルズは心配していた。
「こんな安い罰じゃ、罰なんて内に入らないっ」
罰としては軽いものな方が比較的喜ばしいことは確かであるが、納得がいかないのだろう。注意されたことも自身の不手際も、全て事実に等しい。こんな程度の罰で済んではいけないと、グレンベルク自身納得がいかないのだろう。
「確かに俺自身は重い処罰を検討していた。責任ある立場でもあるし、こういった場合、人情を考慮せずに、厳正に判断を下さなければいけない苛烈さも、時には必要であると俺も考えている。だが――」
部屋の外へと向いていた身体を完全に振り返らせて、グレンベルクの後ろ――ラルズたちを見る。視線を戻すと、
「自分から罪を背負おうとするなど、中々できることではない。青年と少女らの心意気を、今回は汲んでやろうと思ってな。・・そしてグレン、お前の本心もな」
「ボルザさん……」
「言っておくが、次は甘さなど見せぬぞ。次に同じことを繰り返せば、しっかりと重い処罰を下す所存だ。例えば一週間近く俺の書類関係の仕事を肩代わりしてもらったり、他のギルド兵の稽古を付けてもらったりな」
「それも、罰にしては軽いですよ……」
次は容赦しないというボルザの発言。甘さは残さないと口にするが、どこからどう見ても甘さが滲み出ている。罰を与える所業は苦手のようで、専門外と言っても良いくらいだ。
「では、俺はこれでだ。若人らよ、友情は大切になっ。だーっはっはっはっはっ! ・・グレンっ!」
大きな笑い声を上げながら廊下へと出ていき、その高らかで個性的な笑い方が廊下の端から端まで響いていく。最後にボルザがグレンベルクの名前を呼んで、
「友達を、大切にしろ。今までお前が抱えていなかった、友情という素晴らしい意識。それをしっかりと自覚しろ。それが、本当の意味でお前への【罰】だ」
そう言い残して、ボルザはそのまま廊下を進んでいく。グレンベルクは部屋から廊下に飛び出して、
「――ありがとう、ございますっ」
器大きいボルザに対し、グレンベルクは深く、深く頭を下げ続けた。
その後ろ姿が見えなくなるまで……ずっと。