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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章47 最高の報酬


 決して細かくはないラルズの生還事情。詳細もわからず、学者も頭を唸るほどの死の淵からの脱却。いつまでも話題を呼び込む強烈な類の内容であるが、あれこれ考えても明確な答えは見つからない。目下、無事であることだけを抽出し、その喜びを噛み締めよう。


 その後も話は続いていき、取り敢えずラルズはしばらく安静状態でなければならないとのこと。痛みは引いてはいるものの、骨同士の結合が不安定傾向にあったり、激しく動かせば痛みが再発するとの本人報告もあり、目が覚めたものの、二、三日近くはこの部屋で治療を受け続ける羽目になりそうだ。


 助けていただいた上に場所まで提供してもらっているので、いずれ何かお礼をしたい所存だ。その旨を伝えたが、ボルザは「民を守るのがギルドの仕事なのだ。無事であるならそれがお礼だ」と言い放ち、お礼は必要ないと突っぱねられた。器も大きく、それでいて恩着せがましさとはかけ離れた集団。


 都市の人々に好かれている理由も頷ける。感謝の気持ちだけで十分だと断られはしたものの、いざ送る分には迷惑とはならないはずだ。回復した暁には、ギルド全体に対して何かお礼の品を渡しに行こうと思ったラルズである。


 ――そんなこんなで話を続けているうち、ボルザは部屋を訪ねたギルド兵に呼ばれて一度部屋を後に。やり取りを終えて部屋を出る際に「この場にいる全員に合わせたい人物がいる」と言伝を残して、ボルザは一時部屋を去り始めた。


 なので今はラルズらに合わせたい人物を迎えに行ったであろうボルザを待っている最中である。


 待つこと数分。再び扉が開かれる。扉を開いた先には一度部屋を退出したボルザと……


「――あっ」


 ボルザと一緒に部屋へと入ってきたのは、記憶に強く刻まれている二人の子供と一人の女性の姿。その三者の間柄が親子であることは周知の事実であり、子供二人のうち、女の子の方が姉であり、男の子の方が弟ということに加え、二人の名前についても既に把握済みだ。


 母親である女性の方の名前は知らないが、女の子で姉のティナ。男の子で弟のリオンだ。二人とも元気そうであり、表情に陰りなどは映らず、年相応の可愛らしさがそのまま表れている。


「自己紹介の必要は無いだろう。この場にいる青年らにぜひお礼を言いたいと言ってな。時間を設けさせてもらった次第だ」


 手を差し出して道を譲るボルザ。頭を下げてお辞儀をし、案内に従って室内へと入る三名の親子。


「ティナだよー!」


「こ、こんにちわ。お姉さんっ、お兄ちゃんっ」


「ティナっ、あまり大きな声を上げないのっ!」


 それぞれ挨拶を行うティナとリオン。弱々しく、人見知りのような雰囲気を醸し出しながら挨拶するリオンと、対照的に明るく元気な声で挨拶をするティナ。個性が大きく隔てられている二人の挨拶を受けて、ラルズたちも挨拶を返す。


 一方で病室でもあることを考慮して、ご婦人がティナの大きな挨拶を注意して叱りつける。ティナは「はーい」と間延びした声でお母さんに返事を返す。反省しているのか微妙な反応に再び口からお叱りの言葉が出かかるが、直ぐにそれを中断。一度咳払いをしてご婦人がラルズたちを一瞥する。すると、


「ま、まずはお礼を言わせてください。森に入った子供たちを、危険を承知で助けてくれたことは、既に息子と娘からっ。そしてギルドの方々からも連絡を頂きました。・・本当に、なんとお礼を言えばいいのかっ……!」


 深々と頭を下げて感謝の意を示すご婦人。言葉尻には段々と涙が混じり、今にも泣きそうな声音で感謝の意を述べていた。母親の動作につられて、ティナとリオンも頭を下げてお礼を口にする。


「あ、頭上げて下さいっ。お礼の気持ちは十分伝わりましたから……」


「しかし……」


 ラルズの言葉を受けてご婦人は顔を上げるが、それではと納得がいっていない様子だ。彼女からしたらラルズたちは大切な息子と娘の命の恩人という立場にあるだろう。が、助けたいと表明したミュゼット然り、その意志に賛同して森へと入る最終的な決断をしたのはラルズたちだ。


 だからこそ、感謝の気持ちだけで十分。それ以上のお礼だったり、対価を要求したりといったことははなから微塵もない。無事にティナとリオンがご両親の元へと戻れた、その事実だけで十分なのだ。


「そ、そう言えばティナちゃんとリオン君は森に何か珍しい素材を取りに行ったのよね? 一体何を探しに向かったの?」


 膝を降り、目線の高さを揃えたミュゼットが、話題を逸らそうと森に入った目的の方へと話を逸らす。意図してか無意識か、いずれにせよこのままではお母さんがずっと謝り続ける図が続きそうであったので、上手く誘導できた次第だ。


「えっと……【夜花】っていうお花を探しに行ったんです……」


 夜花。それがティナとリオンが森へと入った目的らしい。その名前に聞き覚えがるのか、グレンベルクが小さく「ああ、あれか」と呟いて記憶と結びつける。名称に心当たりがないラルズらがグレンベルクに視線を送ると、


「・・夜花……夜になると光を放つ花だ。大きな特徴としては、その土地の特色にあって光る色合いが変化するってところだな。光の度合いも目にうるさくなくて、それでいてスペースも取らない。観賞用の一品として結構人気のある品物だ」


「良く知っているな、グレン。俺はさっぱりだったぞ」


「たまたま図鑑で目にしただけです」


 花という媒体と光を放つ性質。確かに綺麗好きの女性なんかが好んでそうな雰囲気を醸し出している代物な気がする。実際に見たことがない代物でもあるし、都市の間で目にした記憶はない。となると、結構入手するのは困難なのだろうか。


 そんなラルズの意図を汲み取ったのか、グレンベルクが続けて夜花について解説する。


「夜花は確かに珍しい。魔力が豊富な場所限定で咲いていることからして、森林地帯や……他には川辺なんかに生えているケースが多い。ここいらじゃまず見かけない代物だ」


「じゃあ、その夜花を探しに行ったのは……」


「・・お母さんの誕生日が近かったから、それをプレゼントしようと思って。図鑑で調べてみたら、あの森の奥地にも生えている可能性があるってわかって、それで……」


 ご両親への誕生日プレゼント。それを探しにバルシリア小森林へと向かったティナとリオン。夜花を探している途中で時間が夜へと差し迫ってしまい、森を出ようとした際に魔獣に見つかってしまい、そのまま森の中で魔獣に命を狙われる羽目に。あとはラルズたちが助けに入ってと、纏めるとこんなところだろう。


「夜花は確かに貴重な花だし、誕生日プレゼントとして渡したかった二人の気持ちもわからなくもない。・・だが、そこまで欲しかったのならば、誰か冒険者に依頼するなり、ギルド兵にお願いしてみる方法だったりと、他に比較的安全な手段はあったはず。少し考えればわかるはずだ」


「じ、自分たちで取りたかったのよっ。誰かに依頼して手に入れるよりも、そっちの方が価値としても大きいし……」


「価値云々の話は確かに存在するが、それで命を落としていたら本末転倒だ。喜ばせたい母親を、かえって悲しませることになるところだったんだぞ」


「そ、れは……」


 ティナとリオンの気持ちを鑑みている点とは別として、危険な森に子供だけで入ったことを咎めるグレンベルク。言い方に少し棘があるが、間違ったことは口にしていない。自分たちで苦労して手に入れた産物であれば、喜びもひとしお。プレゼントに相応な価値も付与されて、渡す相手も喜ぶことは想像できるが、それで命を失ってしまえば意味も価値も全て地の底に沈んでしまう。


「ちょ、ちょっとグレンっ。別にそんないい方しなくても……」


「残念だけどミュゼット、今回に関してはグレンの言っていることが正しいわ。言い方が少し厳しいかもだけれど、私もグレンと同じ意見よ」


「セーラ……」


「子供とはいえ、物事を正しく分別できる年代。魔獣のことも頭には入っているだろうし、戦う力もない子供二人だけで森に入って、もし魔獣と遭遇すれば命が危ぶまれる。・・そんなことは、誰だって予想がつくはずよ。勿論、その二人だって例外じゃないわ」


 正しく律するグレンベルクの物言いに、ティナとリオンを庇うようなミュゼットの態度。しかし、こと今回に関してはセーラもグレンベルクの味方。グレンベルクとセーラ、両者揃って子供二人をいさめる言葉と意思を前にして、ティナとリオンの頭を撫でながらご婦人が目を細める。


「お二人の言う通りです。短絡的に物事を考えて、その行動の結果が今回です。皆さま方が助けに行かなければ、きっとこの子たちは間違いなく……っ」


 今こうして撫でられている事実すらも、泡沫として消えていたかもしれない。最悪の想定を及ぼし、瞳に悲痛さが浮かび上がる。親でもあるご婦人からしたら、ティナとリオンは正に宝物と同義であり、何物にも代えがたい存在であるのは間違いない。ラルズも同じ感情をシェーレとレルに抱いているからこそ、それは他者よりも強く伝わってくる。


「・・主人を何年も昔に事故で亡くしてしまって、今は三人家族。父親が亡くなってしまって深い悲しみに囚われましたが、この子たちがいてくれたからこそ、主人の死を受け入れて前へ進むことができました……」


 お礼の場としてこの場に子供たちと来たのはお母さんだけ。てっきりラルズは仕事か、何か外せない用事なんかが重なっていて、お父さんの方は来れない事情があったのかと思ったが、そうではなかったみたいだ。


 既にこの世から大切な人を無くしているご婦人。それでも子供たちがいてくれたからこそ、再び再起を図ることができたと告白してくれた。


「不安で押し潰されそうになりました。行方を眩ませて、何か事件にでも巻き込まれたんじゃないのかって、怖くて落ち着かなくてっ。動かないと嫌な想像ばかり働いて、ずっと探していました。連絡を頂いたときなんか、一目散に駆け付けて……っ」


 広場でラルズたちに声をかけたときよりも前から、ずっと探し続けていた。大量の汗を浮かばせて、息も服も乱しながらも息子と娘を捜索し続けて、他者に声をかけ続けて都市内を走り回っていた。目撃情報も一向に見つからず、その間の母親の心境など詮索する必要も無いだろう。焦燥感に煽られて、気が気でなくなって、時間が経過して夜が深まるごとに心は摩耗していく。


 また大切な人を失ってしまうかもしれない。そんな嫌な想像ばかりが、女性の脳内にずっとこびりついていただろう。


 待望の瞬間が訪れた際にはきっと、嬉しくて仕方がなかったはずだ。無事である姿を確認した際には、もっと……。


 ご婦人は涙を浮かべて膝を折り、撫でていた手を頬へとずらしてティナとリオンの顔を自身へ向ける。親から心配の眼差しを直接浴びて、二人とも顔が曇り始めた。


「せめて誰かに一声かけてくれればまだ……っ。本当に……!」


 心配と怒り。両方の感情が声に宿っている。それもそのはずだ。今回の事態でティナとリオン――息子と娘を無くしていれば、ご婦人の心は恐らく……二度と元に戻ることは無かっただろう。既に亡くなっている旦那さんに加えて、愛する息子と娘を失って、生きていこうと思う気力すらも、恐らく微塵も湧くことはないはず。


 親の誕生に祝い物を差し上げたいというティナとリオンの行動自体は悪くないし、むしろ微笑ましくて可愛らしいことだ。普段から仲が良いことも簡単に伺えて、内緒でプレゼントを渡そうと画策することを考えていたのを知ると特に。


 仲睦まじいからこそ、失われたときの反動……そして喪失感は、心を壊すのに相当な破壊力を有している。


 泣きそうな両親の姿を前にして、改めて自分らの行動の軽率さを自覚したのだろう。顔は俯いてしまい、沈み切ってしまっている。


「・・今回の件は、俺を含めてギルドの面々は力になれていない。青年らが自ら動いて、対処した形となっている。その上で、青年らが判断してくれ」


「判断って言うのはつまり、処罰とか罰ってことですか?」


「そんな強い言葉を使うつもりはない。若さゆえの過ちであるし、ただ単に本人同士で納得がいくのであればそれでいいさ。反省をしているのは、子供らの様子を見れば一目瞭然だしな」


 当事者間同士の納得と同意か。ティナとリオンも自分らの行動に落ち度があったことは既に自覚している様子。今回の件もあるし、今後は危ない行動は控えてくれるだろう。行動に責任が伴っている……その認識さえ正しくできているのであれば、ラルズたちから何かを突きつけたり要求したりといったことはない。


「・・誰もいないようなら、私から言いかしら?」


 そんな中、一人手を上げる少女がいた。今回の件でティナとリオンに少しばかり思うところがあるのか、グレンベルクと一緒で行動の迂闊さを追求する面が見られるセーラだった。


 全員の視線がセーラに集中し、そんな視線を浴びながらセーラはティナとリオンの前へと進む。膝を畳んで目線の高さを揃えて配慮するが、子供たちは少し委縮している様子。彼女の普段の顔つきはキリっとしていて、それでいて凛々しい印象が伝わる。が、子供の目線からしてみれば睨んでいる風に捉えられるのか、少し怖さを感じている風だ。


 そんなティナとリオンを見るセーラの表情が、ふと柔らかく変化した。薄く微笑み、他者に寄り添おうとする意志が感じられる姿。伸ばされたセーラの両手が、優しく二人の頭を撫でる。そんな仕草と表情から二人とも怖い印象が抜け落ちたのか、セーラの瞳を真っすぐに見つめ、互いの視線が交錯する。


「――今回の件は、間違いなく二人に非があるわ。森に子供たちだけで入って、魔獣に襲われて。私たちが助けに行かなかったらどうなっていたか、今回で身に染みたでしょ?」


「はい……」


「・・わかってるっ」


 真っ直ぐ射抜いて、セーラの言葉がティナとリオンに突き刺さる。自分の行動によって引き起こされた大きな事態。他者に迷惑をかけてしまったことを悔いるようにと発言するセーラ。彼女の言葉はしっかりと本人らに浸透している。


「十分反省もしているみたいだし、間違いは誰にだって起こる。大事なのはその次で、同じ過ちを繰り返さないこと。もう、自分たちだけで危険な場所も、危険な行動もしないこと」


 二度とこんなことをしないで欲しいというセーラの願い。そしてそれはセーラだけに限らず、この場にいる全員が共通してティナとリオンに守ってもらいたい事項の一つだ。


 頷いて答えを示すティナとリオン。頭に添えた手で再び優しく撫で回すと、


「・・お母さんのことは、好き?」


 その問いかけに一瞬目を丸くして、互いに顔を見合わせるティナとリオン。そのまま隣にいる彼らのお母さんに視線を送り、再度セーラに目線を戻すと――


「大好きっ!!」


「うんっ!!」


 曇りもない、好きを一つ飛び越えた、大好きという答え。そんな子供たちの想いを耳にして、ご婦人の瞳が涙に染まって揺らめく。嘘偽りのない、確かな親愛が三人の間で巡り回っていることを見届けたセーラ。彼女は最後にティナとリオンに向けて、


「互いに愛情を向け合う親子の姿。愛情で結ばれたその姿は美しくて綺麗で、宝石のように輝いている。その愛情の煌めきを、どうか絶やさないで……」


「えっと……?」


「・・少し難しかったかもしれないわね。お母さんを大事にしなさいってこと。ここにいるみんなと、約束して。それだけ約束してくれるなら、他は大丈夫」


「・・わかった!」


「はい!」


「良い返事」


 やり取りを終えてセーラが立ち上がる。振り返ってラルズたちを一瞥すると、


「誰か他にあるかしら?」


 その言葉にラルズとミュゼット、グレンベルクが見合わせるが、首を横に振ってそれ以上ティナとリオンに伝えることはないと無言で示す。


「・・以上です。謝罪の気持ちも頂きましたし、子供らも反省しています。この件は、これで」


「で、ですがそれだけでは……。せめて皆様方に何かしらお礼を――」


「必要ないですよ。貴方のもとに二人のお子さんが戻ってきてくれた。それだけで、私たちは満足ですから」


「――。・・ありがとう、ございますっ……!!」


 謝罪は受け取ったし、感謝の言葉も頂いた。これ以上は、本当に何も求めない。無事にティナとリオンが母親の元へと帰ることができて、目の前には仲睦まじい親子の姿が広がっている、美しい一枚姿。


 命を危険に晒してでも持ち帰ることができた、幸せな景色。


 この景色を無事に瞳に焼き付けれていること。それだけが他でもない、ラルズたちの何よりの報酬だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「本当にありがとうございました。それでは、私たちはこれで……」


 当人同士の折り合いも付いたことにより、ティナとリオンとご婦人の三人は部屋を退室することに。後ろ姿に手を振って見送るラルズたち。と、そんな中で……


「――あっ、忘れてたっ!」


 廊下へと足を踏みかけた一歩目。その瞬間にティナが何かを思い出したのか、その場で振り返って再び室内へと入ってきた。とてとてと可愛らしい足音が木霊しながら彼女が向かったのはグレンベルクのところだ。


 自身の元へと向かってくる少女の姿に眉を寄せるグレンベルク。そんな彼を見上げるティナは、懐からごそごそと何かを取り出す仕草を開始。取り出したのは、


「――はいこれっ!」


 パッと取り出したのは、白くて綺麗な花を模した飾り物。掌の上にちょこんと乗るサイズ感で、装飾品で身に付けても邪魔にならない代物だ。


 グレンベルクは息を詰めると、少女と花飾りを交互に見つめて、珍しく困惑している様子を見せている。意図がわからず、反応に困っていると、


「――んっ!」


「・・貰ってあげてください。何か一生懸命に作っていると思って、聞いても答えてくれなかったのですが、どうやら貴方へのお礼みたいです」


「お礼……、俺にか?」


「お兄さん、私のこと魔獣から守ってくれたでしょ。だから、そのお礼!」


 ・・そうか。ティナが言っているお礼というのは、単身で十匹近くの魔獣から救ってくれたことに対してだろう。分かれ道を分担して手分けして捜索をし、リオンを見つけたラルズ、ミュゼット、セーラの三名。それとは反対の道を進んで、ティナを発見したグレンベルクは、運悪く数多くの魔獣と遭遇した。


 ラルズたちが駆け付けるまで傷を負わせないと庇いながら戦っていたことを指しているのだろう。その後はラルズたちが音の騒がしさに気付いて現地へ向かい、ティナを投げ渡したグレンベルクは一人で魔獣を撃滅した。


 合流はしたが、それ以前に一人でティナを守り切ったのは他でもないグレンベルクだ。彼女からしたらお礼を伝える相手として、一番上に上がる人物として彼が浮かび上がるのは、ある種当然の話だ。


「・・・・・・」


 無言で見下ろしていたグレンベルク。受け取ってくれないのかと不安になるティナであるが、片膝をついてグレンベルクが少女の掌の上に乗っている代物を手に取る。無事に受け取ってくれて少女の瞳が輝きだした。そして、


「・・ありがとな。有難く貰うよ」


 普段の声音の中に優しさを混ぜ込んで口にしたお礼の言葉。そんなグレンベルクの姿を前にしてティナの頬が僅かに赤くなる。顔に熱が浮かんで恥ずかしくなったのか、そんな態度を悟られまいとしたティナは両手を頬へと当てる。


 そのままジーっとグレンベルクを五秒間近く見つめていると、何か本人の中で納得が生じたのか、頷いてそのままいそいそと母親とリオンの元へと走っていった。


「では、玄関まで送りましょう」


「――それではみなさん、私たちはこれで。重ね重ね、本当にありがとうございました」


 最後にもう一度だけお礼を伝えて、母親の動作にティナとリオンも頭を下げる。これで今度こそ用件が片付き、ギルドの入り口までボルザが牽引するとして話が付いて扉が閉まる。が、最後にティナがその扉が閉まる直前、足を差し込んで身をねじ込んで姿が隙間から覗かれる。そして、


「グレンベルクさんっ! 大きくなったらティナが結婚してあげるからっ――!」


「――」


 特大の声量。顔を真っ赤にした少女の告白、もといプロポーズ。どうやらティナにとって自分を助けてくれたグレンベルクの存在は鮮烈に刻まれ、命の恩人の垣根を超えて、一気に王子様。果てには将来の結婚相手へと位が急上昇したようだ。


 結婚してあげるからという文言が、実に気の強いティナらしいと思う。


 桃色に染まった宣言を受けたグレンベルクはその場で固まっている。花飾りを差し出された以上に困惑しており、無反応と同義で言葉を失っている。そんな棒立ちの状態のグレンベルクに対して、口元を手で隠して瞳を輝かせているミュゼットと、微笑を浮かべて見つめているセーラ。


「・・・・なんだっ?」


 無言でいたグレンベルクが、自身に向けられる視線と反応を前にして鋭い言葉をぶつける。若干言葉に苛立ちが募っており、その苛立ちが生まれたのも、今し方告白の現場を聞いた全員が影響しているのだが。


「素敵だなぁって。あんなふうに自分の想いをぶつけられて、素直に凄いなぁって。加えて、真っ直ぐに結婚を申し込まれてグレンが羨ましいなぁって」


「あんなもの、幼少期の頃の強烈な一幕で生じる一種の恋慕だ。時間が経てば気の迷いだったと思う日も来るだろうし、本気なわけないだろう」


「そんなこと言ったら失礼じゃない。本心からの告白。一体どれだけ勇気が必要なものか想像できる? 心の底からの想いを口に出したのに、そんな反応はあんまりよ。ねぇ、ミュゼット、ラルズ?」


 あくまで幼少期の感性のままに膨れ上がった恋愛の風船だとグレンベルクは答える。一時は密度最大まで膨らみを見せるが、やがては空気が抜けるようにしぼんで消えていくだけだと彼は告白を受け流す。


 だとしても、少女の告白は勇気のいる行動であることに変わりはない。最初から見切りをつけるのは少女の心を鑑みても許容は難しい。思いに応えるかどうかは別として、真摯に受け止めないと失礼だというセーラの発言にはラルズも同意だ。


「そうだよグレン。童心を最初から本気にしないで捉えるのは良くないと思う」


「ラルズ、お前まで勘弁してくれ……」


 頭を抱えるグレンベルク。珍しい姿を連続で晒すグレンベルクを前に、室内は明るい雰囲気に包まれる。


 三人から次々に考えを改めろと言われ続け、しばらくの間グレンベルクはずっと渋い顔をしていた……


 



 


 




 


 



 


 

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